中東和平

写真(飯村政府代表).JPG
日本政府代表(中東地域及び欧州地域担当) 飯村 豊

 大震災が起きる直前の2月下旬,私は政府代表としてシリア,イスラエル,パレスチナを訪れた。
 今,世界で大きな地殻変動が起きつつある地域をあげよと云われれば,私は東アジアと中東をあげる。東アジアにおいては中国とインドという新興大国の台頭に伴い国際関係の再編が進行しつつある。太平洋・インド洋の制海権を握り,多くのアジア諸国に政治的・経済的影響力を維持してきた米国との間にどのような勢力均衡が作られていくのか,北朝鮮問題の収束の行方とも絡み合い,東アジアの将来を決めていくだろうと言われている。
 もう1つの中東地域は第1次世界大戦の発火点となったバルカン半島にもしばしば比べられる。第2次世界大戦以来イスラエルと近隣のアラブ諸国との間に4回に亘る中東戦争が戦われ,湾岸地域ではイラン・イラク戦争,湾岸戦争,イラク,アフガン戦争が闘われてきた。中東では東アジアと違い,米国自身の政策が必ずしも腰が定まらず,また,イスラムの急進化も進み,国際社会は火山地帯のマグマの上にいるように感じてきている。
 そこに,今回の各国での民衆蜂起である。反政府運動は各地に燎原の火の如く広がり,曲がりなりにも地域の力関係の基礎的エレメントとなってきた各国の独裁政権を脅かし,転覆しつつある。私が中東を訪れたのはチュニジア・エジプトで上がった火の手がシリアに本格的に及んではいない時であった。

 シリアではダルダリ副首相,ムアッリム外相,シャアバーン大統領補佐官等に会ったが,いつシリアに火の手が上がるかわからないという不安感,機先を制するために政治改革を加速化すべきか否かの躊躇,そしてエジプトと異なり米国には追従しない外交を守ってきたことが,民衆にも支持されているとの自負,当然口には出さないが巨大な治安組織が民衆の動きを抑え込むだろうという秘かな確信,場合によってはエジプトに代わって中東における安定勢力となり,西側との関係を深め,経済の発展を図ることができるかもしれないとの期待など様々な気持ちが渦巻き,それも人によって濃淡の違いがあるように見受けられた。しかし,このようなシリアにも,私が離れた数日後には津波が押し寄せ,問題の焦点は外交政策ではなく,体制の在り方であることがはっきりしてきた。

 イスラエルではリーベルマン外相,中東和平交渉を担当するモルホ首相特別顧問などと会談した。中東の政治情勢の混迷の結果,これまでイスラエルの安全保障を支えてきたエジプトとヨルダンとの和平の将来に不安が生まれつつあり,他方では,レバノンではヒズボラの勢力が強大化し,更にはイランの影響力が地域に広がる中で,イスラエルの現政権の指導者は自国の周辺の地域の行方を不安の眼で見ている。ネタニヤフ政権は,ここは守りを固くして,嵐の中で迂闊な譲歩をするわけにはいかないとの思いを定めているように見受けられた。いかなる和平であろうともヨルダン渓谷におけるイスラエル軍の駐留を認めるものでなくてはならないと強調する姿が印象的であった。
パレスチナ自治政府のアッバース大統領に会ったのは今回が10回目であったが,同大統領の言辞からは,オバマ政権への失望のみならず,オスロ合意は一体何だったのかとの懐疑心が強まりつつあることがうかがえた。とりつくしまのないネタニヤフ政権を前に,本意ではないが,この9月の国連総会においてパレスチナ国家承認を勝ち取るために国際世論に訴える道を進まざるを得ないとの気持ちが強まっているように見受けられた。イスラエルが受け入れない和平は実体がないが,イスラエルに米国が圧力をかける気持ちがないならば,国際的キャンペーンに頼らざるを得ないというのであろう。
 今,燃えさかるアラブ民衆の怒りの火が,これからの中東の姿をどう形づくっていくのか,まだ誰にも分からないだろう。はっきり言えることは,どのような中東になったとしても,更に言えば,私達が期待するように,より民主的な政体がアラブ各国の主流になったとしても,イスラエルとアラブ諸国の関係が正常化されず,パレスチナで不正義が行われているとアラブの人々が思い続ける限り,多くのアラブ人は国際社会の現状打破勢力に心を寄せ続けるだろう。

 シリアのムアッリム外相の述べることを額面通り受けとることはないが,彼の一言が記憶に残っている。「今年末からは米国オバマ政権も完全に大統領選挙モードに入るだろう,次期大統領が中東和平のイニシアティブをとることに積極的になるとは思えない,我々の前に残された時間はあと残りの数ヶ月,ここで中東和平プロセスを軌道にのせておかなくてはならない。」同外相のこのような発言の背後にある政治的意図は別にして,時間の感覚に関する限り,正鵠を得た発言ではあるまいか。
私の印象では,アッバース大統領も同じようなタイム・フレームを持っていると思う。国際世論を動員すると言っても心は米国主導の和平プロセスの推進であると思う。ヨーロッパ,特に英,仏も和平を前進させたい,そのためにはEUとしての特色を出しつつ,米国をサポートしなくてはいけないとの気持ちだろう。ムバラク政権崩壊前のエジプトや政治不安期に入る前のヨルダンも今年中に和平を前進させたいとの気持ちでは同様であった。問題は,米国の現政権が腰を上げるのかということである。日本の役割も,米国とイスラエルが和平プロセスをめぐり国際社会で孤立するような絵柄が現れないように努め,米国のイニシアティブの下に和平が前進するよう支えていくことにあると思われる。
 今,中東を席巻している大きな津波が沈静化した後に出てくる新しいアラブ世界は従来以上にイスラエルを厳しい視線で見る可能性が大きい。また,アラブとイスラエルの対立がイスラム原理主義の先鋭化の肥沃な土壌を提供していることを忘れてはならない。
 我々は,当面震災と福島原発問題への対応,更には復興に向けて全力を注がなくてはならないが,同時に日本がこの難局から再び立ち上がることを志すとすれば,これからの何年かを「失われた外交」の時代にしてはならない筈だ。特に,日本国民の生活に直接関わりのある東アジアと中東では,地域全体に歴史的地殻変動が起きつつあるだけに外交の手綱を緩めてはなるまい。               (4月5日寄稿)

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