日本は「第三の奇跡」を起こせるのか

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元駐スウェーデン大使  大塚清一郎

未曾有の大震災が日本を襲ってから2週間が過ぎた。まずは、被災された方々には心からのお見舞いを、亡くなられた方々には謹んでお悔やみを申し上げたい。
危機管理には3つの要諦があると言われている。
第1が迅速、果敢な初動対応。第2は「悪いニュース」ほど迅速に正確に伝達することだ。特に、福島第一原発については、菅首相が震災の翌日、ヘリコプターで視察しことは「現場重視」という意味では良いとしても、その後の肝心な初動対応の遅さ、危機認識の甘さ、後手、後手の情報伝達等を見て、歯がゆい思いで事態を見守っているのは私だけではあるまい。最悪の事態を想定した自衛隊、警察、消防、地方自治体などの迅速果敢、包括的・有機的活用が必須であることは言うまでもない。予断を許さない福島第一原発事故を最大限の努力でなんとか封じ込めて貰いたい。

総理は国難に対処する最高司令官だ。記者会見では、国民の耳には痛く厳しくとも、正しい情報を迅速に知らせて貰いたい。 それが「最悪の事態のニュース」であっても、である。更に、最高司令官には、テレビを通じた「国民へのメッセージ」では、この大震災を乗り越えるための国民の「気力や勇気」を鼓舞する「力強い言葉」で語りかけていただきたいものだ。
震災発生後、諸外国からは、日本人の冷静な対応を称賛する言葉が伝わってくる。それはそれで心強いことだ。「不屈、自制心、連帯、勇気」、英語では“resilience” という言葉が目につく。2005年8月、米国ルイジアナ州をハリケーン「カトリーナ」が襲った際の米政府の対応の遅れ、暴動、略奪、放火などの被害の記憶が生々しい。米国人には、今回の危機に冷静に対応する日本人の行動は称賛に値すると映るのかもしれない。しかし、これらの称賛を手放しで喜ぶ訳にはいかない。日本でも、頻発する震災詐欺、被災地での灯油やガソリンの火事場泥棒などの醜い被害は枚挙にいとまがない。我々日本人は心を戒めて、これからの正念場に立ち向かわねばならない。
危機管理の第3の要諦として、「修羅場でのユーモア」も忘れてはなるまい。第二次大戦中のポーランドのアウシュヴィッツ収容所の中で、ユーモアを忘れずに実践した人物のことを想起したい。ユダヤ人の心理学者、ヴィクトール・フランクルは、収容所生活のある日、建設現場で働く仲間に提案した。「毎日、義務として最低ひとつは笑い話を作って皆で交換しようじゃないか」 奇跡の生還を果たした彼は、『夜と霧』の中で「ユーモアは自分を見失わないための魂の武器である」と書いている。これからの苦しい復興への道を我々日本人は歯を食いしばって進まなければならない。修羅場でのとげとげしいひと言は周りの人々のやる気を削ぐ。折角のチームワークを一気に崩してしまう。長丁場での「ストレス管理」や「心のケア」は、これから益々大事になるだろう。
日本は、明治維新、戦後復興に続く「第三の奇跡」を起こすことが出来るのか?これからの5年、10年が正念場となる。それは、単に物理的な「復旧」ではなく、震災を機会として「新生日本」に向けた視点を生かしたものでなければならないだろう。被災地を災害に強く、高齢者や環境に優しい「町づくり」にしてゆく視点も肝要だ。

日本の底力を信じたい。底力は追い込まれてこそ出る。特に日本の若者の開発途上の底力に期待したいものだ。しかし、日本の底力を発揮させるには、妨げとなる「政治の足枷」を取り払わねばならない。党利党略に走る日本の政治の貧困からの早急な脱却が急務である。そのような条件が整えば、復興への道筋に光が見え始めることだろう。「危機」は、熱意と創意工夫で必ずや「機会」に転化出来る。それが出来た時、世界は「日本の第三の奇跡」と呼ぶに違いない。
 昨日、新聞で時事川柳を目にした。<東北の桜それでも春を待ち> 惨禍の悲しみに包まれた日本列島にも桜の季節がやってくる。内向き志向を脱し、再び元気よく胸を張って歩きだす日本を見たいものだ。       (平成23年3月28日執筆)

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