北方領土問題、ロシアの「ソ連化」を許さず、じっくりと

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元在ロシア大使館公使 河東 哲夫
元在ウズベキスタン・タジキスタン大使、早稲田大学客員教授


昨年11月、メドベジェフ大統領が国後島に上陸して以来、北方領土問題が久々の関心を浴びている。これについて論じようと思うのだが、その前に今のロシアの状況、ロシアをめぐる国際情勢を復習しておきたい。相手を知ることがまず外交の第一歩であるので。

ロシアの「ソ連化」現象
専制政治・計画経済のソ連が倒れて、はや20年も経った。ロシアは当初、エリツィン大統領の下で自由化と民主化に着手したが、60~70年もの間やってきた計画経済――政府がほぼ全ての企業・農園を直接経営し、軍需と広く薄い福祉の重荷で投資は手薄、競争・革新のマインドを備えた経営者は育たない――のつけはあまりにも大きかった。ほぼ全ての富を国家が管理してきた中で、無数の国営企業を明日から民営化しろと言っても、その株を買う金がどこにあると言うのか? だれがその「民営化」された企業を、これまで見たことも聞いたこともない「市場」で経営していけると言うのか? 企業の全てが国営である国家では、急激な自由化は大混乱を生みだす。皆がカネと暴力に訴えて、国家の資産・特権の分け前を確保しようと走り出すからだ。そこでは、国民とか従業員とかへの配慮はない。ただむき出しの欲と暴力があるだけだ。 

ロシアの混乱の極みは1992~94年、街頭では撃ち殺されたマフィアの死体がころがり、「価格自由化」後のインフレは3年間で6000%、人々は不用品を売って日銭をかせぐため、零下20度の街路にずらっと並び、一日中立ち尽くしていたのだ。「改革」は混乱・困窮・屈辱と同義語になってしまい、大衆はエリツィンを今でも憎悪、「秩序」をもたらしたプーチンを支持するようになった。だから今ロシア政府は「改革」という言葉を使えずに、「近代化」という表現でごまかしている。

つまり、一度専制集権経済を築いてしまうと、自由=無法=混乱か、さもなければ秩序=締め付け=専制か、どちらかの選択になる。選挙による政権交代を伴う民主主義と市場経済に基づく中庸の運営は、不可能なのである。

それにロシアは、自立した市民を形成するに足る歴史を持たなかった。西欧と異なり、ロシアではルネッサンスも宗教改革も起きていない。19世紀半ばまで国民の大半が農奴であったために、産業革命の開始も日本と同時期であった。ロシアでは、そのような不幸な歴史が生み出した大衆が、権利よりも安定とパンを求めがちである故に、改革を実行するのが難しい。投資よりも消費、蓄積より分配が優先される。だから当局は、強権支配の下で石油収入を分配しては政権を維持していくという、安易なしかし長期的には破綻が確実な政策に終始せざるをえなくなる。

90年代、西側の善意と援助に期待したロシアは、逆にNATO拡大などの冷厳な現実に直面し、西側や日本にすっかり猜疑心を持つようになった。今ロシアは、経済・社会が行き詰まる――製造業の大半は外国からの直接投資なしでは改革不可能であり、石油・ガスの輸出収入に依存していくしかない――中での無力感と、世界のなかで致命的に遅れてしまったのではないかという秘かな劣等感・被害者意識のなかで神経をとがらせている。

そしてゴルバチョフ元大統領が批判し、メドベジェフ大統領自身が何度も指摘しているように、上層部、官僚による横領と収賄はひどくなる一方で、与党「統一」はたとえば大学の学部長クラスのポストにまで浸透してソ連時代の統制・管理マインドを蘇らせている。このような状況で、意欲と能力のある若者ほど外国への移住を考え、実行に移す――というのは、最近のロシアのマスコミも報じているし、ロシアの友人からも直接聞く話でもある。

にもかかわらず、大統領選挙を1年後に迎える当局は、軍事力の大幅増強(2011年、装備費、将校の数とも数十%の増加を見込む)の構えを示すなど、外交面ばかりでなく経済・財政政策としても危険な道に踏み込もうとしている。北方領土問題も、このようなロシアの「ソ連化」の文脈のなかにある。ソ連時代のアプローチがまた前面に出てきたのだ。

ソ連崩壊後、前進してきた日ロ関係
ソ連で保守クーデターが失敗した1991年8月以来、浮き沈みはあったが、日ロ両国政府は北方領土問題解決に前向きに取りこんできた。世上言われるところと異なって、日本政府も解決のためには柔軟なアプローチを取る用意があることを、数度にわたって具体的な提案としてロシア側に示したのである。そうした上向きの時代の最後はおそらく、2001年3月森総理(当時)がプーチン大統領(当時)とイルクーツクで行った会談だろう。この会談で発表された「イルクーツク声明」 にはこんなことが書いてある。

●1956年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言が、両国間の外交関係の回復後の平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した(注:平和条約を結べば、ソ連は歯舞と色丹を日本に「引き渡す」と書かれてある)。

●その上で、1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。
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上記は、歯舞・色丹だけでなく、国後・択捉の帰属も「東京宣言」(1993年 「歴史的経緯、法と正義の原則に則って4島[注:歯舞は群島の総称であるが]の帰属問題を解決する」という合意)に則って交渉していく、ということを意味している。つまり、択捉島の北に国境線(と言うか海上の境界線)を引くことをロシア側が認めれば(4島の主権が日本に属することを認めることになる)、島の復帰のタイミングなどについては柔軟に対処する用意があるという、1998年4月橋本総理がエリツィン大統領に行った「川奈提案」も反映されているのだ。

だがロシア側は、右イルクーツク会談の直後発足した小泉内閣の田中真紀子外相が「4島一括即時返還」の立場に戻ったこと、その翌年には同外相と(別件で)対立した鈴木宗男議員(当時)が逮捕されたことを、「北方領土問題解決[ロシア側に都合のいい形での]を日本の保守層が妨害した」と捉えている節がある。彼らは、歯舞群島と色丹島だけを返せばそれでもう最終解決、平和条約が結べるのだと思いこんでいたらしい。日本政府がそのような提案をしたことはないのだが。

その後ロシアは、鳩山内閣にまた淡い希望をいだいた。だが鳩山首相は対ロ関係に手をつける前に退陣を迫られたため、ロシアは大変な失望感を味わわされたらしい。日本政府はかねて、北方領土はソ連に「不法占拠」されたとの表現を使っていたが、この頃からロシア政府はこれに初めて気がついたかのごとく問題視する姿勢を示し、それをマスコミが大きく報じたから、ロシア国民は日本があたかも最近になって要求を強めてきたかの印象を持つに至った 。ロシアは日本の立場が後退したと思い込み、自分も用心のために交渉ポジションを1段階、ソ連時代の昔に戻そうとしているかのようである。

ロシアはソ連時代の立場に戻るのか?
昨年11月1日メドベジェフ大統領の国後上陸は、対日戦略の一環として周到に計画されたものと言うより、地元利権者のロビーイングの結果という面が大きいようだ。だがこれに対して日本が強い反発を示したことをロシアのマスコミは書きたてて、ロシアの世論を逆切れさせ、メドベジェフ大統領等はそれに乗じて日本に対する圧力を強める一方である。外国の圧力に屈しない強い男、というイメージを作って、来年の選挙の役に立てようとしているのだろう。2009年5月来日したプーチン首相が、「ロシア国内には領土問題を解決しないまま進もうという考え方もあるが、自分はそうは思わない。全ての障害を取り除く必要がある」と述べたことに、彼らは明らかに反しているのである。

その背景には、ロシアなりの国際情勢分析があろう。ロシアは、強い、弱い、大きい、小さいで国際関係を見る。「日本は今、組みしやすい相手だ。日本をたたいて、ポイントをかせぐことができる」というわけだ。ロシアは米国とは「リセット」と称して関係が良い、NATOとも昨年11月の首脳会議でグルジア戦争以来のしこりを解消したばかりだ、そして中国とロシアは少なくとも表面上は緊密な協力関係にある、それに比べて日本は・・・こう考えているのだろう。

メドベジェフ大統領は最近、全国の時間帯を11時間から10時間に短縮したり、冬時間を廃止して一年中を夏時間にする、というような、抵抗の少ない「改革」を手掛けては業績にしようとしている。日本も時間帯と同じくらい、安易な相手に見えたのだろうか? 

と書くと、だんだん感情的になってくるので、今回前原外相の訪ロ結果を見てみよう。ロシア側は最近、「北方領土はロシア固有の領土」という念仏を繰り返しているが、前原外相訪問結果についての日本外務省発表を見ると 、「領土問題をめぐり,日露間の立場に大きな開きがあることが確認されたが,これまでの両国間の諸合意に基づいて双方にとって受入れ可能な解決策を模索する必要があり,静かな環境下で協議を継続していくことで一致した」とある。ロシアは四の五のと言うかもしれないが、この「諸合意」の中には東京宣言もイルクーツク声明もみんな入っている。

ということで双方とも、ひとまずここで頭を冷やすべきだ。ロシア大統領選挙が1年後に迫った今は、北方領土問題を動かすに適した時ではない。ロシアの政治家はこの問題で譲れば、それが選挙で致命傷になりかねない。そのくらいの民主性はロシアにもある。だから今、日本が無理に動かそうとしても、ロシア側は立場を後退させていくだけだろう。
日本側は、大幅に譲ってまで、この50年の努力と費用に足で砂をかけてまで、この問題の解決を今ここで急がねばならない事情がなにかあるのか? 今ここで解決しないと、問題は永久に解決できなくなるのだろうか? 戦後60年以上経ったが、日本の立場は国際的にも理解を得ている。今すぐ動かないと、不法占拠が既成事実化してしまう、というものではない。ロシアと組んで中国に対抗する? ロシアが日本と組んで中国に対抗してくれるはずがないではないか。両方とも組んで米国と対抗したいのだから。

前原外相訪ロの際の「話し合いを静かに進める」という合意が守られないようであれば、日ロ関係は売り言葉に買い言葉で悪化して経済関係にまで響くだろう。日本は、簡単に変えることのできる時間帯のような安易な対象ではない。日本の力はロシアの理解を超えたところにある。日本がカタールに輸出した天然ガス液化プラントが大量の液化ガスを世界に氾濫させ、シェールガスとともに天然ガス価格の急落を招いた(ロシアの収入も急減する)ことなどはその一例だ。

なお訪ロした前原外相に対してラヴロフ外相は、「日ロ双方の歴史専門家による委員会を設置して議論を行う」ことを提案したが、それはもう1980年代末、日ソ双方の外務次官級で詳細に議論が行われ、共通認識に達した結果が日ロ双方言語の「共同資料集」として公表されている。ロシア側はなぜかこれが公衆の目に触れるのを嫌がってきたから、もしかするとラヴロフ外相もその存在を知らないのかもしれない 。

この共同資料集の1(7)には、1855年の「日魯通好条約第2条」が掲載されている。これは、1855年日ロが初めて外交関係を設立した際、国境線は択捉とその北方のウルップ島の間に引くことを明確に述べたものなのだ。それ以来、北方4島は1945年8月15日以後ソ連軍に占拠されるまで一貫して日本領であり、それに対してロシア帝国もソ連も異議を申し立てたことはない。戦争の結果、領土が占領されることは今でもあるが、平和条約締結とともに占領は停止されるのが当然である。日本はまさにそれを求めているのであり、エリツィン時代はロシア政府も、北方4島における国境は法的に未確定であることを明確に認めていたのである。

ロシア側は最近、「第2次世界大戦の結果の見直しは認められない、歴史の歪曲は許されない」との趣旨を欧州諸国に強調し、今同じことを日本にも言っているが、歴史の歪曲を行っているのはロシア側の方だろう。
なおロシアは北方4島に中国、韓国の投資を誘致すると言っているが、利益のあがる案件があるのなら、ロシア人がとうの昔に手掛けているだろう。甘言に乗せられて投資して、それをロシア側の合弁相手に奪われた日本人は枚挙にいとまがない。それに、ロシアが軍備を増強しようとするほど緊迫した状況にある北方4島に、どの外国人があえて投資したがるというのだろう?

上記プーチン首相が言っているように、この問題を避けずに、しかし静かに話し合いを続けていこう。ロシアが解決したくないというのだったら、日本は要求を続けながら時を待てばいい。ソ連時代も、周囲の国際情勢がソ連にとって不利なものとなると、グロムイコ外相が日本に来て微笑をふりまいたものだった。歴史が生んだ問題を、日本の負担とするのではなく、ロシア外交にとっての負担にしていこう。ロシア人は、何か得べかりしものを失うことに大変な恐怖心を示す人たちであることを念頭に置きながら。
民主主義の国は息の長い外交というものはなかなかできないものだが、ロシアのような国を相手に性急なアプローチは、自分の立場を悪くするだけだ。但し、息の長い外交と言う場合には、何の補償も受けずにソ連に追い出された(数千名の)旧島民の方々の事情と要望、そして4島返還が遅れるゆえに経済的な不利益をこうむる北海道の沿岸地方の方々に、十分配慮していく必要がある。

注1:
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2002/gaikou/html/siryou/sr_03_02.html

注2:北方4島は1945年8月15日、日本が戦闘を停止したあとソ連軍が無血占領し、数千人の日本国民を補償もなしに追放し、代わりにソ連人を入植させ、ソ連領に併合したと一方的に宣言しただけだ。その「併合」は何ら国際条約や日ソ、日ロ間の条約で認められていない。サンフランシスコ平和条約で日本が放棄した千島列島に北方4島は含まれておらず(1855年、日ロが下田条約を結んで国交を樹立して以来、一貫して日本領である)、その千島列島も別にソ連に与えたとは書いてない。そもそもソ連はサンフランシスコ条約に入っていないのだ。

だから、北方4島の地位が国際法上決まっていないことは(いやそれどころか南サハリン、千島へのロシアの支配も、国際法的にはあやふやなものなのだ)ロシア外務省も認めて、それを何度も公言している。だからそれは不法占拠なので、そのことは日本はこれまで数十年にわたって言い続けてきた。それをなぜ、ロシアが今になって、その言い方はけしからんと言ってきたのか、奇怪なことである。

注3:http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/g_maehara/russia1102/kekka.html
注4:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/ryodo.html

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