<帰国大使は語る>中東の安定した立憲君主国・ヨルダン


前駐ヨルダン大使 嶋﨑 郁

 2020年11月から2022年10月まで駐ヨルダン大使を務めて最近帰国した嶋﨑郁大使は、インタビューに応え、ヨルダンの特徴と魅力、在任中に経験したことや力を入れて取り組んだこと、日本との関係とその展望等について以下の通り語りました。

―ヨルダンはどんな国ですか。その魅力は何ですか。

 ヨルダンはイスラエル、パレスチナ(西岸地域)、シリア、イラク、サウジアラビアと隣接する中東の国で、国土の面積は8.9万平方キロ(日本の約1/4)、人口は約1010万(2019年世銀統計)です。国土の約8割が砂漠・土漠地域に属し、国民の約93%がイスラム教徒で、約7%がキリスト教徒他です。歴史的に近隣諸国からの移民・難民を大量に受け入れ、現在の人口の約6割が周辺諸国からの移民・難民です。イスラム教の預言者ムハンマドの先祖の血を受け継ぐハーシム家の当主が国王として政治的実権を有する立憲君主国であり、現在の国王はアブドッラーⅡ世陛下です。
 周辺諸国の不安定化により大量の難民の流入等の経済的・社会的負担を強いられている中で様々な課題や不安定要因を抱えながらも、ヨルダンは難易度の高い外交・内政を巧みに展開することにより、政治的安定や良好な治安を維持している稀有な国と言えます。周辺諸国及び欧米各国と良好な関係を保ち、我が国や欧米諸国にとって中東における数少ない穏健かつ幅広い協力余地のある貴重な存在であり、一部の西側諸国では近隣諸国に所在する政府関係機関の機能をアンマンに置いている、又は移転させようという動きも見られます。また、ヨルダンとしても国際機関、NGOの誘致や外国軍の駐留受入等を通じて地域のハブとしての機能を備え、自国の存在意義を国際的にアピールし、国際社会から必要な支援を引き出し国の発展・安定化を図ろうとしていると言えるでしょう。
 他方、ヨルダンはリン鉱石、カリ以外の天然資源に乏しく観光資源の他に良好な外貨獲得手段を有しておらず、諸外国からの経済・財政支援に大きく依存している面があります。特に近年はシリア難民の受け入れに伴う負担増や新型コロナ禍により経済・財政状況が更に悪化し、現在IMFの拡大信用供与措置(EFF)の下、財政再建に向けた経済・財政改革に取り組んでいます。

 ヨルダンの魅力としては、(ア)良好な治安と快適な気候、(イ)柔軟で親日的なヨルダン人気質、(ウ)歴史的遺跡や自然遺産の豊富さが挙げられるでしょう。
 中東というと日本では一般的に危険なイメージがありますが、平時においてヨルダンは安定していて治安も良好です。また、首都アンマンは標高約900メートルの高地にあり、真夏も比較的爽やかで過ごしやすく、近隣の中東諸国から避暑に訪れる人が多いほどです。冬は降雪に見舞われることがあります。
 ヨルダン人の9割以上はイスラム教徒ですが柔軟なムスリムで、豚肉やアルコールの規制はあるものの、ヨルダンで暮らす日本人が宗教的な観点から窮屈さを感じることは殆どなく、現地の女性の服装も日本や欧米社会とさほど変わらないと言えるでしょう。また、少なくともアンマンはじめ都市部では英語でのコミュニケーションに不自由しないこともありがたい点です。さらに、ヨルダン人は要人レベルから一般市民に至るまで親日的で、日本や日本人に対する信頼感は相当強いものがあります。
 ヨルダンには有名なペトラやワディ・ラムはじめ古代ローマ、ビザンチン、イスラム等、各々の時代の歴史や文化を刻む遺跡や印象的な自然遺産が豊富に存在し貴重な観光資源となっています。また、モーゼ終焉の地であるネボ山、サロメの舞台で預言者ヨハネ終焉の地でもあるムカーウィル、ヨルダン川沿岸のイエス・キリスト洗礼の地はキリスト教徒にとって重要な巡礼地と言えるでしょう。

(写真)パレスチナ難民キャンプ訪問
(図表)UNHCRに登録されている難民(パレスチナ難民を除く)

―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事項はありますか。

 私のヨルダンにおける任期の大半は新型コロナ禍にあり、これまでの在外公館勤務とは全く異なる勤務経験となったことが実に印象的でした。
 私は妻と共に2020年11月にドーハ経由のカタール航空便で赴任しましたが、新型コロナ対策のためフライト・クルー全員がマスク及び真っ白な防護服とフェイス・シールドで身を固めていたばかりでなく、私たち乗客も機内食を頂く時以外は就寝中もマスク及びフェイス・シールドの着用が求められたことを鮮明に覚えています。
 ヨルダン着任後も一週間の自宅隔離義務がありましたので、その間は大使館に登庁することができず、着任後の館員からのブリーフはすべてオンラインで実施し、対面での手続きが必要なものは自宅隔離明けまで持越しになりました。また、ヨルダンの公邸では公邸料理人は別棟の2階に居住しますが、自宅隔離中は公邸料理人が私たちのいる本棟に来ることすら許されませんでしたので、その間は公邸料理人が調理をすることも叶わず、予め館員に買い置きしてもらった食材を妻が調理して過ごしました。
 自宅隔離終了後も、ヨルダン政府関係者や外国大使への表敬等、少人数会合は対面での実施が可能でしたが、ドナー会合等はオンライン形式で実施する期間が約半年続きました。館員全員が集まる館内会議を対面で開催したのは私の着任後10か月を経た2021年8月になってからでした。コロナ以前は恒例だった館内歓送迎会も私自身の着任・離任の機会を含めて任期中は全く行われませんでした。大使館の館員・現地職員の全員と対面で顔を合わせるまでに数か月を要しましたので、館内の意思疎通やコミュニケーションを良好に保つことが非常に重要な課題でした。
 また、多くの重要な会合がオンライン形式で実施されましたので、館としても個々の館員としてもデジタル技術を駆使しうるノウハウを有していることが不可欠でした。2021年8月、茂木外務大臣(当時)が中東諸国歴訪の一環でヨルダンを訪問された際、アフガニスタン情勢の緊迫化によりヨルダン御滞在中に急遽G7外相会合がオンラインで開催されることになりましたが、関係館員が大臣宿舎内に必要な機材を迅速にセットし的確に対応してくれたことで大過なく実施できました。

―ヨルダンと日本の関係はどのようなものですか。今後の展望は如何ですか。

 日本とヨルダンは我が国皇室とヨルダン・ハーシム王家の長年にわたる親密な交流を基礎に友好関係を発展させてきました。アブドッラー国王陛下はこれまで王子時代を含めて計14回訪日され、国王御自身が大変な親日家でいらっしゃることが両国友好の強固な基盤であることは間違いありません。
 そして、2018年の安倍総理大臣(当時)の訪問の機会に合意された日本・ヨルダン間の「戦略的パートナーシップ」に基づき、近年両国の協力関係はこれまで以上に深化を見せています。
 ハーシム王家のヨルダン統治開始から100周年に当たる2021年8月、茂木外務大臣(当時)がヨルダンを訪問し、サファディ副首相兼外務・移民大臣との間で戦略的対話を行いました。同年夏の東京五輪に際しては、IOC理事を務められるファイサル王子殿下が訪日し、約3週間滞在されました。
 本年1月31日には岸田総理大臣とアブドッラー国王陛下との間で電話会談が実施され、両国の戦略的パートナーシップと一層の連携が改めて確認されました。本年9月末の安倍晋三元総理の国葬儀にはアブドッラー国王陛下及びガーズィ王子殿下が参列され、その機会に天皇陛下との御会見、岸田総理との首脳会談が実施されました。国際舞台でもヨルダンは我が国の緊密なパートナーであり、ほぼすべての国際機関選挙において我が国乃至我が国候補を支持しています。また、「自由で開かれたインド太平洋」構想や北朝鮮の核・ミサイル開発及び拉致問題についても全面的に日本の立場を支持してくれています。
 他方、ヨルダンは深刻な経済・財政状況、恒常的な水不足や高い失業率、大量の難民流入による経済的・社会的負担等様々な課題を抱えていますので、我が国としてはヨルダンのニーズに沿った支援を今後とも着実に実施していくこと、そして民間レベルでも貿易・投資関係を促進していくことが重要です。

(写真)天皇陛下とアブドッラー国王陛下との御会見(東京写真記者協会提供)

―大使として在任中、特に力を入れて取り組まれたことは何ですか。

 先人達が培ってきた日本・ヨルダン間の緊密な交流が新型コロナ禍において途切れないようにすると共に、この状況を逆手にとってオンライン会合等を活用しつつ、特に経済及び広報文化の分野で両国間のネットワークを発展させることに腐心しました。
 経済分野では、2018年11月に日本・ヨルダン投資保護協定が署名され、同協定は2020年8月に発効しましたが、本年3月にはヨルダン投資省と在ドバイJBIC事務所の共催でドバイ万博会場にて投資促進セミナーが開催され、本年6月にはヨルダン戦略フォーラムとJETROの共催で投資促進セミナーが開催されました。ヨルダン政府も昨年秋の内閣改造の機会に新たに投資省を設置し、投資環境法案が議会で議論される等、民間投資誘致のための環境作りに全力を挙げています。
 このような中で、私は当地日系企業関係者とヨルダン政府閣僚はじめ経済関係要人との定期的な夕食会を公邸で開催し、両者の意思疎通と連携の促進に努めました。

 広報文化分野では、本省及び多くの関係者の協力を得て、例えば以下のオンライン形式による講演会・セミナーを実施しました。
 ①2021年3月18日、吉川真JAXA「ハヤブサ2」ミッション・マネージャーによるセミナー
 ②2022年2月8日、石黒浩大阪大学教授による「ロボット研究の最前線」に関する講演会
 ③2022年2月28日、小池俊雄・水災害・リスクマネジメント国際センター長による水管理に関する講演会
 ④2022年3月8日、市原麻衣子一橋大学准教授による「外交における民主主義」に関する講演会

 これらのオンライン・イベントはいずれも各分野の第一線で活躍される我が国の学者・研究者による中身の濃い講演会として好評を博しましたが、特に①の吉川JAXAミッション・マネージャーによる「ハヤブサ2」に関するセミナーは、ヨルダンばかりでなく他の中東諸国や英国在住の研究者も参加する等、オンラインの利点を活かして多数かつ広範な参加者を得ることができました。
 上記の講師陣はいずれも多忙な方々であり、実際にヨルダンを訪問して対面での講演会を開催することは時間的・予算的に困難であり、オンライン形式だからこそ実現できたものと言えるでしょう。

―在外勤務を通じて強く感じられたことはありますか。

 日本を巡る安全保障環境が厳しさを増す中で、一か国でも多くの友好国、一人でも多くの親日家を確保するための外交活動は益々重要であると痛感させられます。同時に、ヨルダンや私の前任地チェコのようにコンパクトながら存在感のある国々との交流・協力を促進していくことが特に重要だと考えます。これらの国々とは既に様々な交流・協力実績がありますが、更なる交流・協力拡大のポテンシャルは多大であり、一つの協力・交流プログラムが有する限界効用も非常に大きいと言えるでしょう。
 また、外交活動におけるオール・ジャパンとしての取り組みの重要性も益々増大しています。この関連では、私が2011年9月から2年間、警察庁に出向し群馬県警察本部長を務めていた時期に、当時の警察当局が「施策の総合化」として注力していた国民各層への積極的な働きかけが参考になります。片桐警察庁長官(当時)の言葉を引用すると次の通りです。( )内は筆者が国際関係・外務省に置き換えてみたものです。

 「治安の維持(日本の平和と安全)というのはひとり警察(外務省)の力では成し遂げることができない。従って、関係機関、団体、または事業者、そして地域を含めた国民各層との共同作業であると観念すべきである。その中で、警察(外務省)は治安情勢(国際情勢)に最も知悉する立場にあることから、関係機関・団体等国民各層に対して各々できる施策を実施してもらうように働きかける努力を粘り強く進めていかなければならない。」

 我が国を含む民主主義国家にとって国民世論を軽視した、あるいは多くの国民の理解を得られない外交はあり得ません。また、重要かつ複雑な外交案件ほど内政と直結していることが多く、相手国との交渉と同時に、国内各層への働きかけや調整、要すれば説得が不可欠であり、常日頃から可能な限り国内各層において理解者・協力者を確保しておくことが肝要と考えます。そして、外務省員の場合、在外勤務では本省勤務以上に我が国の様々な分野で活躍する人々と緊密に接する機会に恵まれ易い立場にあり、その意味でも在外公館勤務は非常に貴重で重要だと感じます。