(中国特集)ラオスから見た中国


駐ラオス大使 竹若 敬三

 ASEAN10か国の中で最も中国寄りであるのがカンボジアとラオスという印象を持つ人が少なくない。しかしながら、ビエンチャンに到着して約1年半の間、筆者はそのような見方とは異なる経験を多くもった。以下、個人的な見解として、ラオスが独立国としてバランスをとろうとしている姿を伝えたい。

1.ラオスとベトナムは兄弟国
 ラオス人民民主共和国の原点は、植民地支配や東西冷戦を背景としたフランス、米国との戦乱を経て、1975年に人民革命党が創設した革命国家である。ラオス建国の英雄7人のうち最も国民の尊敬を集めるカイソン・ポムヴィハーンは、若いときにベトナムでホーチミンから直々に教えを受けている。独立前のラオスは米国から苛烈な軍事攻撃を受けた。ベトナムは、戦場となったラオスを支え共に独立のために闘った同志であり、建国からまだ45年のラオス、特に党や軍の指導層の中では、ベトナムとの盟友関係は新鮮な記憶である。
 昨年8月、ビエンチャンでベトナム建国75周年を記念するレセプションが開催され、外交団として筆者も出席した。コロナ対策で規模を縮小した中にあっても、ラオス政府は10人以上の閣僚が出席し、軍服姿も多く見られた。ラオス、ベトナム両国出席者は、ホーチミンとカイソン・ポムヴィハーンの名前を連呼しながら、お互いに同志、兄弟と讃えていた。

2.ラオスと中国の関係の枠組み:政府間、党間
 ラオスと中国の外交関係は1961年に樹立された。しかし、1979年中越紛争の際、ラオスは中国共産党との関係を停止した。当時ラオスはソ連から多くの支援を受けていた背景もあるが、ラオスにとりベトナムの方が中国よりも重要であることを示す例である。ラオスと中国が関係を回復するのは10年後であり、1989年にカイソーン首相が訪中し、1990年には李鵬首相がラオスを訪問した。
 2009年、両国関係は「包括的かつ戦略的パートナーシップ」に格上げされた。2019年、政党間文書「ラオス・中国運命共同体構築マスタープラン」が署名された。近年では、ほぼ毎年ラオス首相は、中国を訪問している。

3.中国との経済関係の拡大
 ラオスが後発開発途上国(LDC)からの脱却を目指す中、中国は多額の開発資金を提供し、経済面を中心に関係は大きく拡大している。
(1)ラオスと中国の貿易は2010年から2020年で約3.5倍の増加(別表参照)。

(出典:IMF)https://data.imf.org/regular.aspx?key=61013712

 絶対額では、ラオスの貿易全体の中でタイが約50%を占める(ASEANの中で中国が一番の貿易相手国でないのはラオスだけ)ものの、伸びは対中国の方が大きい。
(2)中国は対ラオス第一の投資国であり、2018年の対ラオス海外直接投資(総額13.2億ドル)に占める中国の割合は79%と非常に高く、1989年からの累積投資額で見ても第二位のタイと比較して倍以上の差をつけている。
(3)中国からラオスへの経済協力(無償支援金額)は、2014年約7億元、2015年約10億元、2016年と2017年は12億元と年々増加している。2017年11月、習近平国家主席がラオスを訪問した際、3年間で40億元の無償援助を表明した。
(4)中国による大型インフラ案件としては、2015年12月起工した中国ラオス鉄道は、本年12月に開通が予定されている。また、昨年12月に開通したビエンチャン-バンビエン高速道路は、ラオス初めての高速道路である。 
(5)電力については、中国不動産企業がダムの建設、IPPとしての水力発電事業を行っている例が多い一方、ラオスの電力公社EDLは、過剰投資が一つの要因で赤字が累積しており、ラオスが抱える対外債務の大きな割合を占めている。さらに、ラオスには送電事業を行う知見、資金力が十分でないことから、ラオスEDLと中国南方電網との間でEDL-Tという送電事業のための合弁企業が設立され、運営開始に向けた準備が進められている。出資割合は中国側が圧倒的に多いとされる。中国南方電網は、中国南部5省・自治区、人口2億5千万人の市場をもつ大企業である。
(6)コロナ発生後、中国はラオスに医療機材供与、医師団派遣などの支援を行ってきており、ワクチン支援として、昨年11月以降、現時点でシノファーム約110万本が当地に到着した。中国による医療支援は、スピードとともに、丸抱えのロジ能力(ジャンボ機での輸送や運送要員など)が特筆される。
(7)ラオス北方の貧しい県は、中国への依存度が高く、中国人が農園を経営している例も少なくない。ルアンナムター県と中国国境のボーテンに行くと、中国企業が建設した高層ビル、ミニ香港のような光景が見られる。当地のある大使が事前通報なしにボーテンに行った際、中国警察から誰何されたそうである。

ボーテン

4.主な問題とラオスの対応
 上記3のように、ラオスは経済的に中国に相当依存しており、もう手遅れとか悲観的な見方も聞かれる。しかしながら、ラオスは中国の思い通りになっているのではなく、それなりに自国の振る舞い方を考えている。そこにはラオスと中国との接近を警戒するベトナムとの関係があり、同時に、地域の大国間でバランスを取りつつ独自の道を進もうとするラオスなりの矜持も垣間見える。
(1)南シナ海
 ラオスは、南シナ海のクレイマントではなく特定の立場はとらないようにしており、ASEANのコンセンサスに従うという姿勢である。バイの協議の場では、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の考え方に対しても特段の抵抗を示すことはない。しかしながら、マルチの場では中国などから批判されることを常に警戒しており、FOIPに対してニュアンスを与えることには非常に慎重である。
 他方で、明らかに特定国寄りの発言をすることもある。一例として、2019年のASEANの会議でトンルン首相が南シナ海について「generally peaceful」と発言したことがある。この発言に対しては、本省幹部を含め日本側から評判が悪いということをいろいろと申し入れた。そうすると、最近ラオスはこの発言をしないようになり、関係者からは言われたことには対応しているという説明が聞かれる。ラオスは、自分たちがどう見られているか、就中、特定の国に傾斜していると言われることを気にしており、指摘を受けて立場を修正することがあるという例である。
(2)債務問題
 ラオスの公的債務(政府・政府保証債務)は対GDP比60%、国有企業などの債務を加えると同90%に達する見込みである。公的債務のうち対中国債務は45%前後、対タイ債務は約30%を占めると言われている。対中国債務の内容は、明らかにされていないので、推測になるが、種々の水力発電事業、中国ラオス鉄道の事業費60億ドルのうち30%を占めるラオス負担分の一部が入っていると見られる。タイに対しては水力発電事業の債務などがある。ムーディーズによるラオスの信用格付けはCaa2であり、デフォルトに陥る一つ手前というのが世銀など当地金融筋の見方である。 
 このように如何としてもしがたいラオスの債務問題によって、中国は得をしているのであろうか。ラオスが中国に債務再編、繰り延べを要請しているとの報道が時々出るが、金融筋によればよくあることで目新しいことではないとされる。ラオスに見識の深い西沢利郎・東京大学公共政策大学院教授は、中国ラオス鉄道のような不採算事業は中国にとり「債務の罠」ならぬ「債権の罠」になるかもしれないとの記事(Wedge2021年4月号)を書かれている。
 当地でのドナー国会議の場で、当地中国大使館の出席者が自分達も好きでラオスにお金を出しているのではない、要請されているから出しているのであって、一帯一路を債務問題の原因にするのは筋違いであると述べていたことがある。中国も債務問題で苦労しているのかもしれない。
 ラオス政府も債務問題が重大な局面にあることを十分理解しており、トンルン前首相のときから、既存の債務返済以外の目的で新たに対外借入れを行わないことを言明している。本年3月22日に開会した第9期国民議会初回会合においてパンカム首相は、債務問題を最優先課題としてあげている。
(3)インフラ支援
 ラオスにとって、中国によるインフラ支援は両国関係の上で象徴的な意味合いがある。他方、ラオスにとって経済的な便益をもたらすためには、それだけでは十分ではない。ラオスは人口7百万人強の小さな市場で、もともとサプライ・チェーンが発達していない。地場の産業を発達させ、雇用を促進するという地道な努力が必要である。輸出の多様化も重要である。また、中国ラオス鉄道は、単線の貨物、乗客兼用である。中国の狙いは、タイ経由で東南アジアへの輸送路確保であって、ラオスは通過点に過ぎないとも言われる。
 昨年12月に開通したビエンチャン-バンビエン高速道路については、今後観光促進の上で効果が期待される。ただ、高速道路にしては車線の幅に余裕がない。高架が全くなく、道路の両側間で往来のできない区間が10km以上も見られる。このため、家畜などが高速道路を無理に横切って事故の原因となるリスクは少なくなく、安全性には注意する必要がある(報道によれば、開通から1か月で事故30件、死者16人が発生している)。
 EDL-T設立については、送電という国家主権に関わる事業の自立性という観点から、日本を含めいくつかの国がラオスに対して懸念を表明した。日本は、茂木外務大臣の御指示で電力の専門家をラオスに派遣し、EDL-T設立に関して法的助言を行っている。詳細は割愛するが、ラオス側は、日本の専門家派遣を高く評価している。

5.日本の役割
 昨2020年は、日本とラオスの外交関係樹立65周年、両国関係が戦略的パートナーシップに格上げされてから5年目という節目の年を迎えた。コロナの制約下にあっても、昨年8月に茂木外務大臣にラオスを訪問していただき、コロナの中で初めての外国要人訪問としてラオス側から高い評価を受け、トンルン首相表敬、サルムサイ外務大臣との会談などを通じ、二国間関係を深化させる上で、有益な成果があった。特にラオスが5年に一度の党大会の開催及び国家社会経済開発5か年計画の策定を控えた時機を捉え、大臣自らラオスに対する支援の姿勢を確認していただいたことの意味は大変大きいと考える。
 3月22日に開催された国民議会において、それまで首相を務めたトンルン氏が国家主席に選出された。筆者を含め当地外交団もその場に招かれた。舞台となった国民議会の建物は、ベトナムの支援で昨年新たに建設されたものであるが、設計と施工は日本企業が行った。日本企業の設計だということを感じさせる質実剛健で立派な建物である。今後のラオスとの関係強化において、「兄弟国」ベトナムとの連携が功を奏する可能性を示す一つの例である。

国民議会

 ラオス政府は、日本に対して大きな信頼感を抱いており、機会あるごとに日本の支援に対する高い評価を表明する。たとえば、1965年に日本が最初の青年海外協力隊を派遣した国として、ラオス政府指導部は日本との会談において海外協力隊に対する謝意を必ず表明する。また、ビエンチャンには、ワッタイ空港、国道1号線、上水道など、日本が建設した質の高いインフラがある。南部のパクセーには日本が建設した橋があり、その橋は1万キープ札の図柄になっている。これらは、日本がラオス国民のために真摯な姿勢で援助を行ってきたことへの信頼の表れと言える。

国道1号線

 ラオスは、建国45年の若い国であり、政府の制度も十分でない面がいろいろある。債務問題、コロナの影響など、新政府指導部にとっては、難問が山積している。同時に、ラオスは、特定の国の影響下にあると見られるのをよしとしていない。どの国を選ぶかといった選択を迫るようなアプローチでラオスに対処するのは、ラオスのためにも日本のためにもならないと考える。一帯一路がラオスのためになるのかについては種々の疑問が指摘される一方、日本がラオスのために効果的な支援を一貫して行ってきていることについては、ラオス政府、当地ドナーの中でも評価が高い。長年に亘って培ってきた信頼関係に基づき、周辺国に囲まれたラオスの立場に寄り添いながら、今後とも何がラオスのためになるのかを基本として、日本としての役割を果たしていくべきと考える。

(以上は筆者個人の見解であり、筆者が属する組織の見解を示したものではない。)