(中国特集)ポーランドから見た中国


駐ポーランド大使 宮島 昭夫

はじめに

 中東欧地域における中国の存在感とその認識は錯綜しています。他の新興国にとってと同様、その存在感は2008年のリーマンショック前後からいったん高まりましたが、その後EU内で「16+1」(注)「一帯一路」に対する対中警戒感が台頭しました。さらにトランプ政権半ばから始まった米中対立が先鋭化しているここ2、3年は、中国離れの動きが顕在化し、その一方で中国による巻き返しの動きも見られます。昨年末には包括的EU中国投資協定(CAI)の合意が発表され、今年2月には中国と中東欧諸国の「17+1」(注)首脳会合開催がありました。しかし、3月にはEUによる中国のウイグル人権問題に対する制裁と中国による対EU報復制裁、5月に欧州議会のCAI審議凍結、リトアニアの「17+1」離脱、9月にリトアニアの台湾代表処設置の発表、そしてEUによるインド太平洋における協力のための戦略に関する共同コミュニケーションの公表など、様々な動きが続いています。

(注)「16+1」「17+1」とは、2012年、中国の主導で中東欧・バルカン諸国16カ国と中国による経済協力枠組みとして「16+1」が立ち上げられた。2019年4月にギリシアが加盟し「17+1」となったが、2021年5月にリトアニアが離脱し再び「16+1」となった。2012年以降、ほぼ毎年首脳会合が開かれている。

 ポーランドは、この中東欧の中で最大の人口と経済規模を有し、EU内の意思決定プロセスでも存在感を高めてきています。本稿では、そのポーランドの対中認識、現政権の対中政策や経済関係の現状そして5月初めの茂木外相のワルシャワ訪問を含む日本としての対応につき述べてみたいと思います。なお、以下はあくまでも個人の見解です。また、在ポーランド大使館の田北・田中書記官から有益なインプットをいただきました。

ポーランドの対中認識

 ポーランドの人々にとって、安保上の最大のリスクはロシアの脅威であり、最重要なのは米国・NATOとの同盟です。また、欧州でも際立つ親米国です(2019年のPew Research Centerの世論調査によれば、トランプ政権時の米国に対して好感を持つとしたのは英国が57%、仏は48%、独は39%、だったのに対し、ポーランドは79%にも達し、日本の68%さえも上回る数字でした)。実際、対露脅威感は2014年の隣国ウクライナのクリミアへのロシア軍侵攻とウクライナ東部での軍事紛争でより現実のものとなりました。さらに、最近は隣国ベラルーシ騒擾に伴うルカシェンコ政権の対露依存の高まりにより、ロシア軍のカリニングラードへの部隊移動が容易になったと見られており、軍・安保関係者は緊張感を高めています。

 一方、中国については、軍や政府関係者・有識者の一部は、軍事面やサイバーセキュリティなど中ロ連携強化の動きに警戒心を高めていますが、基本的には、中国は地理的に遠いため、安保上の深刻な直接的脅威と映らず、その地政学的リスクもあまり意識されていない印象です。

 多くのポーランド人の肌感覚としては、中国は世界第2位で成長を続ける経済大国ではあるが、安いが品質の劣る製品の輸出国、というイメージです。中国人コミュニティは小さく、中華料理を出す店の多くはベトナム系です。当地でアジアといえば、日露戦争に勝ち、敗戦・原爆の廃墟から復興を成し遂げ、トヨタ(新車市場売り上げトップ)、アニメ、寿司等の日本や、サムスン/LGとKポップの韓国の方が、魅力的と捉えられていると感じます。さらに、ポーランドには、幾多の悲劇的な歴史の記憶に加え、1989年の体制転換前の社会主義体制への強い否定、共産主義や当局による統制への嫌悪感が根強く存在します。香港や新疆ウイグル問題、新型コロナへの強圧的な対応など、中国は、法の支配、民主主義、人権などの面で自分たちの考えと全く相容れない異質な国に見え、ロシアと同様に負の印象が残るのです。

ポーランド現政権の対中政策

 ポーランド・中国関係を振り返ると、かつての冷戦時代には東側陣営の友好関係にとどまっていましたが、ポーランドの体制転換(1989)、NATOとEUへの加盟(1999,2004) そして、中国の経済急成長の結果、10年ほど前から対中経済重視路線が鮮明になりました。前政権(「市民プラットフォーム」(PO))の時には、2008年のトゥスク首相訪中、2011年の戦略的パートナーシップ締結、2012年の温家宝首相来訪、現政権(「法と正義」(PiS))下でも、2015年のドゥダ大統領訪中、2016年の習近平国家主席来訪、包括的戦略的パートナーシップ締結と「16+1」第1回会合ワルシャワ開催など関係強化が進みました。ただし、経済面での成果は期待からはほど遠いレベルにと止まりました。2018年頃からは米中関係が厳しくなり、蜜月関係だったトランプ政権から5G政策などの見直しを強く迫られました。

 現政権の対中政策の基本は、プラグマティックに、最重要の対米関係をしっかりにらみながら、経済・人権・サイバーテロなどのEUの対中戦略をも踏まえつつ、二国間での実利的な協力と具体的な成果の実現を追求していくことです。中国を「協力と交渉のパートナー」、「経済的競争相手」そして「体制上のライバル」として位置づける2019年の「EU・中国戦略アウトルック」をポーランドは支持しています。「17+1」や「一帯一路」などについては、実利に乏しくプライオリティは低いが中東欧地域で最大規模の国として参加しない訳にはいかないとの立場です。たとえば、今年2月に行われた「17+1」では最後の段階でドゥダ大統領の参加を決定し、5月にラウ外相は、茂木外相訪問の3週間後に訪中し、王毅外相とビジネス機会拡大を中心に協議を行いました。

 ポーランドの対中政策を他のEU諸国と比較してみると、たとえば、中国とのビジネスに既に巨大な利害のある独仏とは違い、ポーランドの期待する中国・欧州を結ぶゲートウェイ・EU市場へのハブとしての成果は上がっていません。ウイグルや香港の人権問題などについては、EUの一員としての対応を専らとし、二国間では中国に問題を指摘するにとどまります。 また、近隣のハンガリーのように、中国から大規模インフラ投資(最近も復旦大学建設計画あり)が行われ、中国・ロシア製のワクチン接種を進めるようなこともありません。強い対露脅威感、5Gやサイバー面等の中国リスク、中ロ連携リスクへの警戒感、それに対処する上で米国との同盟を最重視という点ではバルト三国と共通していますが、経済規模が大きく、リトアニアのような「17+1」からの離脱は考えにくいのです。

 ポーランド現政権は、バイデン政権でも対中強硬路線・米中対立が継続するとの見通しを有しており、その対中政策に大きな変更はないと見られます。ただ、米国との関係も盤石とはいえません。ポーランドの現政権は、特にバルト海ガスパイプラインのノルド・ストリーム2(NS2)問題をめぐりバイデン政権がポーランドの利益を勘案してくれなかったとの不満を有しており、一方、米国は、ポーランド政府による米国系民間TV局をターゲットとした規制強化法案、反LGBTQ姿勢や反妊娠中絶の保守的姿勢などに不快感を抱いています。米国との軋轢の隙を突いてポーランドの5G政策などについて中国がどう動いてくるかは要注視です。米国は次期大使としてブレジンスキ元スウェーデン大使(オバマ政権。父親はカーター政権の国家安全保障担当大統領補佐官)を指名しており、年内にも着任の見込みです。

中国との経済関係の現状、5G、新型コロナ

 実利という観点から見ると、中国は既にドイツに次ぐポーランドにとって第2の貿易相手国です。中国からは、鉄道で運ばれた電気・電子機器や安価な消費財が大量に入ってきています(年間1000本の貨物列車。鉄道輸送は、船便より3倍速く、航空便の3分の1のコスト)。他方、ポーランドは豚肉やりんご等の農産品・食品の輸出振興、中国市場への参入を目指していますが、成果は限られ、11対1の大幅な貿易赤字になっており、その是正は政治的な課題となっています(日本は7対1、韓国は8対1)。一方、中国の対ポーランド投資は9位にとどまっており(主要投資国は韓国、米国、独、日本)、主要中国系企業は進出していません。中国企業が関与している大型インフラ案件も、2012年のユーロカップ開催に向けた高速道路案件が頓挫して以来、見当たらなくなっています。

 情報通信分野については、ポーランドは、トランプ政権時代に米国から強い働きかけを受けて5G政策の見直し中ではありますが、既に個人用通信端末のシェアは、ファーウェイとシャオミの中国企業2社が併せて約40%でトップ、サムソンの30%を凌ぎます。また、アンテナ・送信機など通信事業者の設備ではファーウェイ社製が70%から90%を占めています。2019年1月にはポーランドでも中国人ファーウェイ社員及び元公安庁(ABW)職員がスパイ容疑で逮捕され、今年6月本件に関する裁判が非公開で開始されましたが、一旦は保釈されたものの7月に再逮捕されました。今秋に審議再開予定の国家サイバーセキュリティ法の改正案において、5Gネットワーク構築に携わる通信事業者をリスク別に判定する規制を設けることが検討されており、同改正案がこのまま成立すればファーウェイ社など中国企業がクリティカルな分野から閉め出される可能性が高くなります。ただし、ビジネス界や中国側からのロビー活動が続いており、最終的な法案の書きぶりなど法案の行方は不透明です。

 新型コロナの関係では、昨年春の感染第一波の際に、習近平主席がドゥダ大統領と電話会談し、4月にマスク700万枚・数十万着の医療用防護服など80トンの医療物資を提供しました。ただし、EU基準を満たさないとしてマスクは使用されず、かえって中国の評判を落としました(『ゴミ箱行きの中国製マスク』ガゼタ・ヴィボルチャ紙)。ワクチンについては、ロシア製は論外であり、中国製についても安全性に対する不安感が強く、EU保健当局の承認したワクチン以外は使用しないとの方針です。

茂木大臣のワルシャワ訪問

 最後に、本年5月の茂木外相の当国訪問について触れたいと思います。
 茂木大臣は、英国でのG7の機会を捉えて、次期EU議長国スロベニア、西バルカンのボスニア・ヘルツェゴビナ、そして最後に本年設立30周年を迎えたV4(ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキア)の議長国ポーランドを訪問しました。日本の外相としては2018年7月の河野外相以来3年ぶりでした。ポーランドにおいては、5月6日にドゥダ大統領、ラウ外相との二国間会談、翌7日に第7回V4外相会合と各国外相との二国間会談が実施されました。2021年から25年の「戦略的パートナーシップ」行動計画署名等、二国間関係上、とてもポジティブな出来事でした。

 茂木大臣は、今年1月のEU外務理事会において「自由で開かれたインド・太平洋(FOIP)」についてのプレゼンテーションを実施し、そのフォローアップとして、ワルシャワにおいてV4の外相に直接働きかけました。安保といえば対露が最大の関心でいずれも内陸国ですが、現場では、ポーランドの大統領・外相共に、東アジア情勢についての茂木大臣の説明に熱心に耳を傾けた上、FOIP実現に対する強い支持を明言し、さらに、翌日のV4外相会合で各外相は法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序が重要との認識で一致しました。

 コロナ禍の中で実施された茂木大臣の訪問は、FOIP実現への日本の強い意志と実行力を V4各外相に強烈に印象づけました。また、日本外交の存在感、戦略性を示すものとして、出先大使として大変勇気づけられました。

 V4外相のFOIP支持の背景には、米国や日本といった同盟国・同志国が強く推進していることに加え、大国の横暴と暴力に蹂躙された歴史の記憶が未だに重く鮮明に残っており、歴史の教訓として国際法に基づく国際秩序の維持・強化が自分たちの生存にとって不可欠と身にしみて分かっているからだと強く感じました。その意味で、たとえ地理的に離れており中国の直接的脅威は感じていなくとも、民主主義、人権、法の支配、市場経済など基本的価値を共有する同志国は、FOIP支持を広げる上で大切なパートナーであることが改めて確認されました。

 バイデン政権下で、米中対立が今後どうなっていくのかは、各国の重大な関心事であり続けます。V4外相会合でも、米中対立が深まるとの見通しの下、中国のもたらす地政学上のリスクは、対岸の火事や他人事ではない、中国の動向をしっかり把握し自国の対応策を検討しなければ、という真剣さを感じました。また、茂木大臣の強い説得力の背景には、ブリンケン米国務長官との緊密な協議に支えられた日米の結束がありました。

 さらに、V4外相会合では、交通インフラ・エネルギー・IT分野を中心に、バルト海、アドリア海、黒海を結ぶ地域の南北の連結性向上を目指そうと、ポーランドが中心となり、バルト三国、V4、クロアチア、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、オーストリアの12カ国が推進している「三海域イニシアティブ(3SI)」について、茂木大臣から「有意義な取り組み」と評価した上で、ブルガリア・ソフィアでの首脳会合に何からの形で参加を追求したい」旨発言があり、V4外相から歓迎されました(その後、7月9日の同首脳会合において宇都外務副大臣からのビデオ・メッセージの形で参加が実現しました)。

むすびに

 中東欧地域を舞台に、各国の中国離れと中国による巻き返し・せめぎ合いは今後も続きます。 繰り返し述べてきたように、中東欧の雄としてEUの中での存在感を高めつつあり、日本同じく米国との同盟を最重視し、FOIP実現を強く支持しているポーランドは、V4そして中東欧諸国はじめEU諸国の対中政策を我々の側に引きつけておく上で、要であり鍵となる戦略的パートナーです。

 実は、ポーランドの安保関係者には、米中対立に伴う米国のアジア重視の結果、対ロシア欧州安保が置いてきぼりになるのではとの不安感も垣間見られます。特に昨今のアフガンからの混乱の中の米軍撤退やAUKUSの突然の発表がこの不安感を高めたであろうことも否めません。

 ポーランドの次のV4議長国はハンガリー、来年後半のEU議長国はチェコ、3SIの議長国はラトビアです。総理・閣僚の現地訪問などを通じ、茂木大臣による働きかけのフォローアップが是非必要です。日米の対中認識・戦略、軍事面やサイバー面など中ロ連携強化の動きなど、ロシアと中国によるユーラシア大陸全体の地政学的リスクについて、説得力あるインプットを続けていくこと、そして、3SIへの取組を含め、米国とEUと手を携えて、中東欧地域の経済発展とレジリアンス向上に積極的かつ具体的な形で関与し続けていくことが強く望まれます。

 まさに「継続こそ力なり」です。