(中国特集)ペルーから見た中国


駐ペルー大使 片山 和之

1.はじめてのペルー
 コロナ禍の中、昨年9月にペルーに赴任した。38年近くの外務省生活の中で、ペルーはおろか、南米の地を踏むのは今回が初めてであり、スペイン語学習もしかりである。
 ペルーはマチュピチュやクスコ等インカ文明に代表される歴史と文化遺産を擁する国である。日本が中南米で最初に外交関係を樹立した国であり、世界で3番目に多い日系移民の国であり、共にAPECに属する太平洋国家であり、EPAやTPP(ペルー未批准)等を共有する経済関係の密接な国である。1月末には日秘租税条約が発効した。新型コロナウイルスでは約9億円の無償資金協力を含め官民による協力を展開しており、開発・文化分野でも深い交流があり、地震や津波等に対する防災という共通課題を有する国である。日本の商社による銅鉱山の大型開発も進んでいる。ジャガイモやトマト、トウガラシ等世界的に普及した主要野菜の原産地であり、ニッケイ料理を含め近年世界的な評価を受けているグルメの国でもある。
 この国を知るにつけ興味は尽きない。おりしも、本年は大統領選挙の年であるとともに、ペルー独立200周年であり、2023年は日秘外交関係樹立150周年である。これまでほとんど縁のなかったこの国に重要な使命を帯びて日本から赴任できたことは、私の外交官生活を通しても幸運だと考えている。
 あえて、間接的な接点を紹介すれば、1996年12月に公邸人質事件が発生した際に、橋本政権の下、たまたま、官邸で内閣官房副長官(事務)秘書官を務めていた。翌年4月の事件解決までの4ヶ月余り、正月休みを含め、ほとんど全く休みが取れなかったことを思い出す。あの時は、24年後に私自身が在ペルー大使になるなどとは夢想だにしなかった。

2.近代史における中秘関係
 さて、中国であるが、御多分に漏れずこの国でもそのプレゼンスを高めている。現状を語る前に、近代史における中秘関係を少しばかり振り返ってみたい。1849年に中国人契約移民の歴史が始まっており、これは日系移民の歴史より50年早い。その後の25年間に約10万人の中国人移民(主に広東人)が渡航し、ペルーの綿花やサトウキビ農園、グアノ(リン酸肥料)採掘、鉱山開発、鉄道建設等に携わった。
 そもそも日秘外交関係樹立も中国と浅からぬ縁がある。日本が明治以降関わった最初の国際仲裁の事例として、国際法の教科書に「マリア・ルース号事件」というのが必ず登場する。1872年、マカオから200名余の中国人苦力をペルーに向けて搬送していたマリア・ルース号が横浜に寄港した際に、船内の劣悪な待遇を苦力が訴え、日本政府は結局彼らを中国に送り返すこととした。これに対して、ペルー政府が抗議のために代表団を派遣し交渉の結果、翌年に外交関係樹立に至ったものである。ちなみに、仲裁の方はその後ロシアが行うこととなり、日本の対応は適切であったとの結論が下された。

3.中国の存在感
 在ペルー中国大使の話によれば、ペルー在住中国人は国籍保有者数で言うと約10万人であるが、中国人の血を引き継いでいるペルー人という意味では全人口の10%程度、即ち約300万人に上るのではないかと推測している。日系人以上に混血化が進んでおり、300万人が明確な中国系社会を構築している訳では全くない。他方、ペルー社会に与えた影響も少なくなく、例えば当地リマには4千軒を超える中華料理店があると言われるが、中華料理店を総称するChifa(チーファ)という呼称は、中国語広東方言の「喫飯」から来ている。ちなみに、世界で3番目に多いと言われる日系人口は約10万人と言われている(登録在留邦人は約3,340名(2019年)で内、約8割が永住者)。
 本年、中秘両国は1971年に外交関係を樹立してから50周年を迎える。これは、中南米ではキューバ(1960)、チリ(1970)に次いで3番目に古い。2008年には「戦略的パートナーシップ」を構築し、2013年には、「全面的戦略的パートナーシップ」に格上げされている。両国は2009年に自由貿易協定を締結している。また、2019年には「一帯一路」に関する了解覚書を交わしている。
 昨年11月の中国大使の講演内容によれば、過去連続6年間中国がペルーの最大貿易相手国であり、最大投資国の1つである(ラ米で2番目)。ペルーにとり中国は銅鉱や魚粉の最大輸出国であり、2019年の貿易総額は240億ドル(ペルーの対外貿易の約1/4。日本は約4%)、170社余の中国系企業が約200億ドルの投資残高を誇っている(日系企業は70社余り)。当地は南米では日本車がシェア・トップを占めている珍しい国であるが(2019年の普通車販売の内日本車は38.9%)、中国車もシェアを伸ばしている(同年、12.5%)。かつての「安かろう悪かろう」から、価格優位性を持ちつつ品質を上げてきていることが見て取れる。
 通信分野では、華為(Huawei)は、ペルーの通信事業者に対して通信インフラや携帯電話を供給する主要な外国企業となっている。AIやIT分野では5G等既に日本の水準を凌駕している分野も少なくない。
 近年ペルーの農産物輸出が増えており、日本にもアスパラガスやアボカド、ミカン等が輸出されているが、例えば中国はペルー産ブドウの最大輸出先となっている。ちなみに、日本は、現在検疫の問題について交渉を続けており、まだ輸出の実現に至っていない。
 鉱山開発については、北京に本社を置く首鋼(Shougang)集団が、1992年にマルコナ銅鉱山を購入したことを皮切りに本格的な投資が開始された。現在、中国企業がペルーの銅25%、鉄鉱石100%、石油35%の生産に関与していると言われている。
 新型コロナウイルス関係の協力では、中国から既に検査薬、マスク、呼吸器等500万ドルを超える物資援助が提供される等最大の支援提供国の1つであり、医療専門家の派遣、中国製ワクチンの臨床試験・調達も行われている。2月7日に最初のワクチンとして中国のシノファーム製ワクチン30万回分が届いた際には、サガスティー大統領自らリマ国際空港に出迎える重視振りであった。中国製ワクチンについては、効果や、副反応、価格についての議論もあるが、直ちに他に代替できるものでもなく、政府幹部が密かにワクチンを接種したことが発覚し内政上の問題となっているが、中国の協力自体については概ね肯定的である。
 文化面では、中国の援助でリマ市内に建設された「ペルー・中国友好館」が2015年に提供されている。約4千平方メートルの敷地内に多目的ホール、劇場等を備えた建物がある。孔子学院も4カ所に設立されており、毎年約1500名のペルー人が中国語を学んでいる。ちなみに、日本は現在国際交流基金がリマ事務所を設置すべく準備中である。
 このように、中国はペルーにおいて幅広い分野において、特に過去20年の間に存在感を大きく高めている。その背景には、農産物・鉱物資源の供給源、中国製品の輸出先、外国投資資金・ノウハウの誘致、米国のカウンター・バランス等様々な要因があろう。

4.3分野における対中認識
 ペルーにとり、中国の存在を経済、文化、政治・安保、の3分野に分けて考えた場合、次のようなことが言えるのではないか。
 先ず、経済分野は双方が相互互恵のwin-win関係をもたらすと認識する限り、経済の論理で今後も発展していくということである。特に、インフラが整っていないペルーに中国の投資資金が入って来ることは、一般的には歓迎される。投資に伴う実際のビジネス手法については、時として現地社会と摩擦を生じることも起こるが、全体としては歓迎されている印象である。開発協力の分野もしかりである。米国がトランプ政権の下、「アメリカ・ファースト」を掲げている間に、影響力を増した感もある。
 第2に、文化面では、中国の重要性の高まりとともに、中国語を含めた中国への関心は更に高まるであろうし、コロナ禍が収束すれば再び中国から多くの観光客がやって来るであろう。このような市民レベルの交流の高まりは観光産業の振興とともに相互理解を促進する上で、大きな役割を果たすと考えられる。また、170年を超える中国系移民の歴史は、日系移民ほどグループとして当地への社会貢献を行っている姿が見えにくい面があるが、少なくともペルー国民にとり中国系がネガティブにはとらえられていない。他方、中国のソフト・パワーが目に見えて拡大しているような印象も受けない。スペインをはじめ、欧州の文化を引き継いでいる側面があり、中国のソフト・パワーが直ちに影響するような環境には必ずしもないのかもしれない。
 第3に、政治・安保面である。ペルーは基本的には我々と基本的価値を共有する体制の国であり、中国の異質性は認識してはいるものの、そのことが中秘関係の障害とはなっていない。そのような「価値外交」はこの国の外交政策の中心的場所を占めておらず、地球の裏側にある東アジアは地政学的に言っても安全保障上、懸念を生じさせる存在ではない。近海で操業する中国漁船の動きがせいぜいのところである。この点、隣国日本が持つ対中安保観をペルーと共有することは容易ではない。他方、私が10年程前に欧州に在勤していた際、現地の一般的な対中観は、中国はビジネス・チャンスをもたらす存在であるが、地政学的に安全保障上の懸念をもたらす存在ではない(ロシアの方がずっと身近な存在)というのが最大公約数的な見方であった。しかし、最近は、中国の存在感の急速な拡大と異質性から懸念が広まっていると聞いており、当地における中国の今後の行動如何によっては対中認識に変化をもたらす可能性はある。
 このような中、ペルーの一般的な中国理解が深まっているとは必ずしも言えないのが現状である。そして、中国との関係緊密化は、対中感情の悪化には繋がっていないと同時に、著しい向上にも必ずしも役立っているように見えない。中南米で行われる世論調査の結果を見ても、中国を脅威とは認識していないと同時に、信頼できる国としては米国の方がかなり高いのが一般的である。言い換えれば、中国との関係の中心は実利ということになる。したがって、実利を感じれば関係は益々深まり、それを感じなくなると関心は小さくなるといったある種のドライな関係と言えるのではないだろうか。

5.日本の対応
 15年程前に、東南アジアのある国に在勤した際に感じたことがある。日本は1960年代、70年代から数十年間に亘り、官民挙げて開発援助や投資・貿易を通じて東南アジアの発展に尽力した「良き隣人」であるという自負がある。一時期は経済面で圧倒的な存在感を示していた。したがって、国際社会で日本が何かを実現したいと試みる場合に、これら東南アジア諸国から支持を得ることを当然期待する(例えば、国連安保理常任理事国入りに関する具体的提案に対する支持)。しかしながら、彼らは、対日関係以外の様々に重要な国際関係の中で、自らの国益を最優先に、したたかに外交政策を進めようとする。したがって、私が赴任した国について言えば、日本をとるか、中国をとるかという選択肢を迫らないでほしいというのが彼らの本音であった。中国の影響力が更に増した現在では尚更である。
 もちろん、中国社会自体、貧富の格差、地域格差、少数民族問題、国有企業の非効率、役人の汚職、環境・省エネ問題、医療・福祉、少子高齢化、都市化等克服すべき困難な諸問題を抱えており、更に言えば今年結党100周年を迎える共産党一党支配という根本的な体制上の問題を抱えている。したがって、決して中国の長期的将来を楽観視はできないと考えるが、少なくとも近い将来において、日中の総合的国力の差は残念ながら拡大していかざるを得ないと言うのが厳然たる事実であろう。その中で、日本がペルーにおいて貢献できることにつき、最後に少し言及したい。
 当地において、物量や資金力において日本が中国を代替することはできない。日本にできることは、中国との量における競争ではなく、質における競争である。基本的価値を共有し、長年の貢献実績を持ち、特定の政治目的を持たず、真摯に相手に寄り添って、高品質のハード・ソフト両面の洗練された協力関係を様々な分野で展開していく総合力において、やはり日本は素晴らしいとペルーに思わせることが重要である。そのためには、日系人の力を大いに借りる必要もあろうし、日本が更に中南米に関心を向けなければならず、スペイン語人材を一層育成すべきである。そして、根本のところでは、日本がペルーにとって魅力を持ち続けることのできる憧れの国としてあり続けていくことが大前提である。そのためには、日本社会が更に外国人に開かれたものとなる必要がある。
 中国の隣国である日本は、歴史的にも、文化的にも、経済的にも中国の影響を直接受けやすく、その点、対中認識や中国とのつきあい方につき、ペルーが日本から学ぶべき点も多いと感じている。このような観点から、当地の政府関係者や専門家等と中国問題について意見交換する機会も少なくない。私としては、このようなことを今後の任期中、地道に重ねていきたいと考えている。