核兵器禁止条約と核抑止(その2)
-漸進的アプローチの擁護-


元軍縮会議日本政府代表部大使 佐野利男

はじめに
 核禁止条約の成立の経緯とその問題点については、既に拙稿「核兵器禁止条約と核抑止-漸進的アプローチの擁護-」で書いたが、ここでは、 私たちがこれまで核兵器国の合意を得つつ進めてきた現実的な核軍縮の道筋とはいかなるものか。私たちが「漸進的アプローチ」(progressive approach)と呼んできたものについて論じたい。それはあくまでNPTを中心に据え、NPTの内包するグランド・バーゲン(非核兵器国の核不拡散義務・原子力の平和利用と核兵器国の核軍縮義務のディール)を将来実現する過程で、核兵器国に段階的に核軍縮を迫り、最終的に核を廃絶しようとする考え方だ。段階を踏んで一歩一歩進める方式(step by step approach)とか、軍縮措置に優先順位を付けずにできるところから積み上げてゆく方式(building blocks approach)とかも基本的にはこれとほぼ同様な考え方だ。
 これら措置とは如何なるものであったのか。これまでどのような成果を上げてきたのか。またその実施にどのような問題や困難を抱えているのか。それを分析することによって、漸進的アプローチに基づく核軍縮措置の展望を考えたい。構成は以下の通り。
 1 現実的なアプローチ
 2 NPT 運用検討会議の成果
 3 核兵器国が約束した核軍縮措置の実施状況と今後の展望

1 現実的なアプローチ

 「漸進的アプローチ」が前提とする点がいくつかある。
 その第一は核軍縮措置の合意に向けて、核兵器国との信頼関係を基礎にしてきたことだ。NPT第6条は核兵器国の誠実な核軍縮交渉義務を規定している。実は核兵器国の法的な軍縮交渉義務を定めている国際条約はNPTだけだと言ってよい。加えて、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見は、全会一致でこの「誠実な交渉義務」を「交渉を締結する義務」とまで解釈した経緯がある。つまり、第6条は「核軍縮条約を誠実に交渉し、締結する義務」となる。ただ、問題はその義務履行を法的に担保する仕組みがNPTには無く、核兵器国の第6条義務不遵守あるいは怠慢に対して、これを強制的に履行する規定がない。また運用検討会議で政治的に合意した事項の履行を担保する仕組みも用意されていない。ここにNPTの限界を指摘する識者は少なくない。これは、核軍縮と並んでNPTの重要な柱である非核兵器国の不拡散義務違反については、IAEA理事会が最終的に国連安保理に報告し、安保理が当該案件を「国際の平和と安全」の問題と認識した場合、審議を進め、法的拘束力を伴う措置を取りうることとなっているのと対照的だ
 第二の前提は、「漸進的アプローチ」は、核兵器国・同盟国の安全保障を害さない範囲で核軍縮を進めることを基本とする。核軍縮を進めた結果、国際情勢や地域情勢が不安定化し、核兵器の使用・保有の敷居値を下げてしまっては元も子もない。このことは当然ながら国際情勢が協調的な時代には核軍縮が比較的順調に進み、緊張の時代にはなかなか成果が上げにくいことを物語っている。
 以上を踏まえ、実際わが国や日豪が共同で提案してきた核軍縮措置は、概ね自由、民主主義、法の支配など基本的価値観を共有する核兵器国(米、英、時に仏)との信頼関係を基に事前に協議し、多国間交渉の場に提示し、残りの核兵器国との間で妥協を図ってきた。NPT運用検討会議への提案やわが国の核廃絶決議案文を固める段階では、概ねこのような手続きを踏んできた。
 良く「どのように核兵器国・同盟国の安全保障を害さない範囲で核軍縮措置を決めるのか」という疑問が出される。確かに核軍縮を強く主張することで、安全保障上の中核部分を害してはならない。しかし、核兵器国が安全保障を害さない範囲で「ぎりぎり呑み込める」核軍縮措置を見極めることは可能だ。そのような努力を積み上げることが重要で、見極めに当たって虎(核兵器国)の尾をまともに踏んではならないが、踏んでも良い部分を核兵器国・同盟国との密接な協議を通じて見極めるのだ。
 核兵器禁止条約(以下禁止条約)の成立過程で、条約推進派は第一の前提につき核兵器国の反発を買い、拡大抑止国との信頼関係も損なった。そして第二の前提についても、核抑止に国家の安全保障を依存している国への十分な配慮を払うことなく、「人類の安全保障」を優先すべきとする論陣を張った。そして「人道主義」の名のもと、禁止条約の成立に正義ありとして突き進み、軍縮コミュニティーに深い分断を招いた。

2 NPT運用検討会議の成果

 それでは、「漸進的アプローチ」の結果、どのような具体的な核軍縮措置が合意され、実施されてきたのか。以下、最終文書が合意された1995年、2000年、そして2010年のNPT運用検討会議での成果を中心に見るとともに、合意に至らなかった2015年の「核軍縮パッケージ案」についても解説を試みる。
(1)1995年の運用検討・延長会議では、以下につき合意された。

・NPTの無期限延長
・核軍縮合意文書「核不拡散及び核軍縮のための原則と目標」(以下「原則と目標」、CTBTの早期発効、FMCTの早期交渉開始など)
・運用検討プロセスの強化(準備委員会の設立など)
・中東決議(採択)(中東非大量破壊兵器地帯の実現)

 1995年、25年の期限付きであったNPTを延長するか解消するか、延長する場合更に25年間にするかあるいは無期限にするかが議論された。当時国際社会の指導者を巻き込んだこの交渉は紆余曲折を経て、議長J.ダナパーラの手腕もあり、全会一致で無期限延長が決まった。非核兵器国が払った代償は極めて大きなものがあったが、その「見返り」に核兵器国が譲歩した点があった。それが、三つの文書、すなわち「原則と目標」、「運用検討プロセスの強化」「中東決議」である。以上に加え、NPTの外側ではあったが、国連安全保障理事会で5核兵器国が合意した「消極的安全保証」(非核兵器国に核を使用しないとの約束)に関する決議が採択された。この決議第984号は、それまで5ヵ国がそれぞれ一方的に宣言していた「消極的安全保証」を国連安保理決議にいわば格上げしたものといえる。
 この内「原則と目標」については包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の早期交渉開始の二つが重要だが、更に核兵器国による「究極的廃絶」を目標とした核軍縮努力の重要性に言及している。また、無期限延長に強硬に反対した中東諸国、とりわけエジプトへの対策として用意されたのが「中東決議」で、これは端的に言えばイスラエルの非核化を目指す、いわば「中東非大量破壊兵器構想」であった。アラブ・イスラエル紛争の当事国のエジプトなどアラブ諸国にとっては、主要国(特にNPTの寄託国である米英露)が関与する形で約束されたものであり、仮に実現すれば魅力的な構想であった。
 これら、現在からみると必ずしも実現が容易とは言えない(あるいは非現実的な)「約束」を得て、NPTの無期限延長が合意された背景には、国際社会がまだ米ソ冷戦終焉後のユーフォリアの中にあり、各国が将来の核軍縮に対し希望を抱いていたことがあった。
 尚、運用検討プロセスの強化のため会期間会合を設ける案については、NPTは第8条により、5年毎に運用検討会議の開催を規定しているに過ぎないが、これに3年前からの準備会合の開催を加え、NPTの実施状況をきめ細かくかつ効率的に監視していこうとするもので、主にカナダの主導によるものであった。

(2)2000年の運用検討会議では、「核兵器の全面廃絶に対する核兵器国の明確な約束」とともに13項目からなる具体的措置が合意された。      
 NPTが無期限延長されてから5年が経ち、この時期は核兵器国側が揃ってNPTにメリットを見出していた時代であった。第一次湾岸戦争(「砂漠の嵐作戦」)においてトマホーク・ミサイルなど最新精密兵器でイラク軍を席巻する米国の圧倒的軍事力を見せつけられた露は、未だ冷戦後の経済的疲弊の中にあり、米国との核をめぐる協調を崩すだけの体力はなかった。また1992年に仏とともにNPTに加盟したばかりの中国は、これ以降急速な軍拡に進むわけだが、天安門事件後の欧米による制裁の影響もあり、また米国に抗う軍事力もなかった。結局、露中とも5核兵器国が優位に立つNPTを通じ、核兵器国間の協調にメリットを感じていたものと考えられる。
 この背景下で合意された「具体的かつ現実的な13ステップ」には、軍縮会議に対しFMCTの即時交渉開始と5年以内の妥結を奨励するなど「原則と目標」の実施を促進する措置及び軍備削減措置の「不可逆性の原則」や核兵器能力につき「透明性」を高めること、また核軍縮のための「検証能力の向上」などいわゆる「軍縮の3原則」が頭出しされている。
 また、米露に対しSTARTIIの早期発効・完全な実施、STARTIIIの早期交渉妥結、ABM条約の維持などを要請し、全ての核兵器国に対し安全保障政策における核兵器の役割低減(核使用のリスクを最小限に抑えるなど)、核兵器の運用ステータス低減のため具体的な合意措置をとること、非戦略核兵器の一層の削減、更には余剰核分裂性物質のIAEA等による国際管理及び処分など、以降の核軍縮に関する主要事項が合意された。
 尚、日本は「8項目提案」を提出し、その大部分が13項目に採用された。

(3)2005年の運用検討会議は、事前に決定されておくべきであった議題設定など手続き事項に全会議日程の2 /3を費やし、実質事項に十分な時間が割けない中、イラン、北朝鮮など地域情勢をめぐる問題及びCTBTをはじめとする核軍縮問題につき調整がつかず、最終文書の合意に至らなかった。運用検討会議に先立って、北朝鮮は2003年に再度NPT 脱退を宣言した。また、米国上院はCTBTの批准を否決していた。このように国際環境が整っていなかったことも、合意への機運をそいだ要因であった。

(4)2010年の運用検討会議は、2009年のオバマ米新政権の誕生により、核軍縮・不拡散に対する国際協調の機運が盛り上がった時期に開催された。同大統領の核廃絶に関するプラハ演説、核セキュリティー・サミットの開催、米露の新START署名、米英による核関連の情報公開などが追い風となり、64項目の「行動計画」を含む最終文書が合意され、この内22項目が核軍縮関連であった。

主な内容は、2000年の「明確な約束」を再確認したうえで以下の合意に達した。

a) 核兵器国にあらゆる種類の核兵器の削減と安全保障政策における核兵器の役割を更に低減し、これらを2014年の準備委員会に進捗を報告するよう要請。これを2015年の運用検討会議で評価して次のステップを検討する、
b)また、CTBT、FMCTについては2000年の約束を再確認した。つまり、早期発効と軍縮会議における早期交渉開始である。
c)消極的安全保証については、既存の約束を尊重し全ての締約国への供与を奨励、
d)軍縮不拡散教育に関する国連事務総長報告に含まれる勧告の実施を奨励、
e) また核軍縮以外では、核セキュリティー・サミットの成果を受けて、核物質防護条約の早期批准、核テロ防止条約の早期締結を奨励した。北朝鮮に対しては、2005年の6者会合の共同声明の履行、NPT及びIAEAの保障措置への復帰、更には核不拡散義務の履行を強く要請した。

 尚、64項目の「行動計画」とは別に、2010年運用検討会議の成果の一つとして、中東決議の展望を開く国際会議の開催が合意された。これは、国連事務総長及び中東決議共同提案国つまり米英露が、中東非大量破壊兵器地帯設置につき、2012年に国際会議を招集することを支持するものであった。本件については後述する。

(5)2015年の運用検討会議では、最終的には合意に至らなかったが「核軍縮パッケージ(案)」が交渉・作成された。これは、当然過去のNPT 運用検討会議の成果を踏まえて合意されたものであり、良い意味でも悪い意味でもその時点での「NPTの現在」を現していた。主な点は以下のとおりである。

1) 核軍縮パッケージ(案)

a)核兵器の削減
i)戦略核か非戦略核かを問わず、また配備されているか否かを問わず、多国間措置を含めた手段により、全ての種類の核兵器の更なる削減及び廃絶を要請する、
ii)米露に更なる核兵器数削減に関する早期交渉の開始を要請する、
iii)5核兵器国に対し、世界の核兵器保有数の迅速な削減を奨励する、
b) 核兵器の非人道性
i)核戦争の危機回避のため、あらゆる努力を払う、
ii)核兵器の人道的影響に関する知識を深めた3回にわたる国際人道会議、オーストリア主導の共同ステートメント、オーストリアの誓約に留意、
iii)核兵器がもたらす結末は、以前理解されていたよりはるかに深刻であることを確認し、それへの懸念は核軍縮努力を下支えする要因であり、全ての国々に「核兵器のない世界」に向けた緊急性を訴える、
iv)第二次世界大戦後70年に際し、各国指導者・軍縮専門家・外交官・一般の人々特に若い世代の意識向上のため、被爆者や地域との対話を通じ、軍縮・不拡散教育を強化する、
c)核軍縮の効果的措置
「核兵器のない世界」の達成に必要な法的措置を含むNPT 第6条の完全な実施に向けて、第70回国連総会で効果的措置を特定・策定するための作業部会を設置する、
d)CTBT
可能な限り早期発効の重要性を確認し、発効しない間実験をしない。残り8か国の発効要件国の署名・批准に向けて個別にイニシアチブをとる。CTBTO(ウィーンに置かれたCTBTの事務局)による現地査察体制の完成と、暫定運用に向けた努力を歓迎、
e)FMCT
FMCT政府専門家会合の作業に留意し、軍縮会議に即時交渉開始に合意するよう要請、
f)核軍縮の検証
英・ノルウェイのイニシアチブ、米国の国際検証パートナーシップなど核軍縮の検証能力の開発に向けた努力の強化を奨励、
g)核兵器の役割低減
軍事・安全保障概念やドクトリンにおける核兵器の役割低減につき継続的に再評価するよう要請、
h)核使用のリスク低減・警戒態勢解除

潜在的なサイバー脅威に対する(核兵器システムの)指揮・統制を確保し、意図しない核爆発のリスクに対し包括的に対処する。核兵器の運用態勢低減のため、更なる実際的な措置を検討する。

 尚、核軍縮以外では以下が合意案に残った。

a)核セキュリティー
核セキュリティー・サミットなどの国際的なイニシアチブの役割及びIAEAの中心的な役割を再確認。改正核物質防護条約、核テロ防止条約の早期締結を奨励
b)中東決議関係

2016年3月までに、国連事務総長は中東非大量破壊兵器地帯のための条約交渉・妥結に向けた継続的なプロセスを立ち上げ、そのための会議を開催する。同会議には全ての中東諸国(含む、イスラエル、イラン)が招聘され、意思決定はコンセンサスとする。

 以上が核軍縮パッケージの主要点だが、実はこの作成に当たり、実質事項について核兵器国側との交渉の前面に立ったのは「人道グループ」と日本だった。当時、並行的に禁止条約に結びつく「人道プロセス」が進行しており、2015年NPT運用検討会議を念頭に人道国際会議がオスロ、ナジャリット(メキシコ)、ウィーンで開催されるとともに、人道関係ステートメントが関係会議で実施され、人道的側面から核軍縮を進めようとする動きがあった。その一つの有力な手段として禁止条約が考えられていた。従って、核軍縮パッケージの交渉に於いては、核兵器国と人道グループの文言調整が難航し、交渉を難しくした。最終合意案は双方が譲歩した結果、人道グループの直截的な文言が弱められ、同グループはこれを不服として交渉決裂も辞さずと振る舞っていた(本音は別にして、少なくともその様に振る舞った)。
 また、日本は、核兵器国側に核戦力の透明性を強く迫った。この提案は、核戦力の透明性を運用検討プロセスの活用により確保しようとするアイデアであった。核兵器国は自国の核戦力を2017年と2018年の準備委員会で報告し、2020年の運用検討会議で更なるステップを検討する。そうすることで核兵器国による報告を慣行化し、「報告の文化(culture of report)」を醸成しようとした。しかも報告内容は中途半端なものではなく、

a)核弾頭の数と種類及び配備状況、
b)運搬手段(ミサイル)の数及び種類、
c)安全保障政策における核兵器の役割を低減する措置、
d)偶発的な核兵器使用の危険を低減する措置、
e)核兵器の運用態勢(operational status)を解除・低減させる措置、
f)軍縮の結果解体された核兵器及び運搬手段の数と種類、
g)兵器用核分裂性物質の量、

を内容とし、「標準フォーマットにより定期的に報告する」というかなり徹底したものであった(この手法は2010年の行動計画に倣ったもの)。
 これには特に透明性の低い一核兵器国から反発が出た。その結果「報告に当たっては、国家安全保障を害さない範囲で」との制限句が付けられたが、交渉に必要な譲歩のために仕方ないものであった。この核兵器国が当初から透明性につき後ろ向きであることは事前に十分わかっていた。
 このようにして辛うじて纏まった核軍縮パッケージ案を手にしつつ、第二の柱である核不拡散、第三の柱である原子力の平和利用は早々に合意案が形成されていたこともあり、大多数の加盟国は中東決議に関する交渉の結果を待つ状況にあった。合意はまさに目の前にあった。しかし最終段階で、中東決議をめぐる国際会議の開催につき米・英等とエジプトを中心とするアラブ諸国との交渉が決裂し、結果的には核軍縮パッケージ案も流産する形となってしまった。

2P5会合-多国間核軍縮交渉への期待-
 ここでNPTの下で漸進的アプローチを進めるにあたり、2015年当時の注目すべき動きについて触れたい。それは、運用検討プロセスに臨むに当たって、5核兵器国による事前調整が強化・定期化していたことだ(いわゆるP5会合)。ジュネーブに於いては頻繁にP5の外交官が会合を開き、またキャピタルベースでもP5各国が半年ごとに持ち回りで会合を主催し、各々テーマを決めて会合に臨んでいた。例えば中国は核兵器関連概念の統一化を図るべく用語の定義を担当し、最終的には共通言語でP5が交渉可能な「用語集」(glossary)の作成に当たっていた。これについては今更感があるが、例えば「非戦略核兵器」とか「戦術核兵器」とか言っても核兵器国間で意味するところが異なる。これでは核削減交渉に当たり微妙な同床異夢を生む恐れがある。これをP5共通の定義で交渉できるようにしようとの試みであった。用語集については、中国が2015年には成果物を出し、2020年の運用検討会議に向けて第二版を準備していた。
 P5会合の運用は、実際には自由民主主義を標榜するP3(米英仏)がイニシアチブをとってきた。まずP3で基本的なポジションを固め、それを露中に諮り、結果としてP5の共通ポジションを形成する場合が多い。しかし2015年のNPT運用検討会議に向けてのP5会合の実態はさほど確固(institutionalize)としたものではなく、いわば調整会合(coordination meeting)の域を出なかったようだ。
 しかし、わが国をはじめとする同志国はこのプロセスに着目した。P5会合による政策調整はP5の中で最も消極的な国に合わせる結果、その共通政策を薄めてしまうか最大公約数になってしまう(例:核装備の透明性)とのデメリットがある。しかし他方で、核軍縮に消極的な核兵器国をP5の枠内にとどめ、ドロップアウトさせないメリットも認識されていた。これまでの核軍備管理・軍縮は主に米露のSTARTプロセスに見られるように二国間の(bilateral )合意か、英仏による一方的(unilateral )な核削減によるものであった。しかし、将来核兵器数が削減されるにしたがって、どこかの段階で5核兵器国による交渉が必要だとの認識はP5も含めNPT加盟国にも漠然と共有されていた。そしてこのP5会合が将来「核軍縮交渉の多国間化」に発展する可能性に期待していた。2015年の核軍縮パッケージ(案)が「5核兵器国会合に留意し」(パラ128)、「核兵器に関する定義及び専門用語に関する議論を強化」し、「多国間措置を含めた方法を通じて(中略)核兵器の更なる削減及び廃絶を要請」し(パラ154)、「5核兵器国に対し世界の核兵器保有量の迅速な削減への関与を慫慂」(パラ154)しているのにはそうした背景があった。
 2015年NPT 運用検討会議が決裂した後、2020年の次期会議に向けてP5は以下の準備をしているようだ(実際は新型コロナ感染症のため延期され、2022年1月の開催が検討されている)。この動きは、人道プロセスや禁止条約の成立過程で一旦中断したかのように見えたNPT運用検討会議プロセスを核兵器国側から一歩でも動かそうとの動きとも考えられる。
これら核兵器国からのシグナルを軽視すべきではない。

 
a) 核ドクトリンに関する定期協議(次期運用検討会議のサイドイベントへ繋ぐ)
b) 核兵器国間のFMCT専門家会合と成果物の取りまとめ(第一回はパリで実施)
c) 核用語集の第二版提出(上述の通り中国が取りまとめ役)  
d) 原子力の平和利用に関するパッケージ(於、ウィーン、米国が推進)
e) 透明性に関する報告書の提出(2010年のアクションプランで合意した事項の実施、P5で合意した共通フォーマットによるもの)


3 核兵器国が約束した核軍縮措置の実施状況と今後の展望

 それでは、これまでの運用検討会議で合意された軍縮措置の主要な約束事項がどの程度実現されたか、実現されていない場合その背景、またはどのような問題を抱えているのか、そして実現に向けた今後の展望につき概観してみたい。
 尚、人道主義の核軍縮への影響については、既にこの国際的潮流が禁止条約の発効にまでに至ったことから、以下では伝統的なNPT第6条の「効果的措置」について見る。

(1)核軍縮(核廃絶)に対するコミットメント
  まず、核兵器国から核軍縮(核廃絶)に関する約束を得た。具体的には、1995年の「原則と目標」に於いて、「核兵器国による究極的廃絶を目標とした核軍縮努力の重要性」が言及され、その後2000年の運用検討会議において「全面的核軍縮への明確な約束」が合意された。そしてこの「明確な約束(unequivocal undertakings)」をどのように遂行していくかにつき13の「具体的な措置」が約束された。
この核兵器の全面廃絶に対する「明確な約束」が実際どの程度履行されたかが、まさに2000年の「具体的措置」、2010年の「行動計画」の進捗そのものであり、以下現状と問題点を検討してみる。2021年の段階でこの「明確な約束」を否定する核兵器国は無い。
 尚、厳密にいえば、NPT運用検討会議の合意文書に法的拘束力はない。また言いぶりも核兵器国への「要請」や「奨励」であり義務を課すものではない。従ってその履行に当たっては核兵器国に一定の裁量が残る。しかし、たとえ政治文書ではあっても条約に基づく運用検討プロセスで合意されたものであり、その「約束」は重い。

(2)核兵器の削減
 NPT運用検討会議は2000年、2010年の最終文書で核兵器の削減を要請している。2000年の13ステップには、米露にSTARTプロセス(による核兵器削減)を進めること、非戦略核兵器の一層の削減を要請し、また2010年には核兵器国にあらゆる種類の核兵器の削減を要請した。また、合意には至らなかったが、2015年の核軍縮パッケージにおいても、戦略核か非戦略核かを問わず、また配備されているか否かを問わず、多国間措置を含めた手段により、全ての種類の核兵器の更なる削減及び廃絶を要請することが仮合意された。
 世界の核兵器総数は東西冷戦のピーク時に約7万を超えたが、冷戦の終結後、数次にわたる米露(ソ)の核軍備管理・軍縮条約(START-I、SORT、新START)などを経て、現在は約1万3千台まで削減されたことは周知の事実だ。現在でも米露二カ国で保有総数の約9割を占めている。また英仏は一方的な措置により核弾頭や運搬手段(ミサイル・爆撃機など)の削減を実施してきた。核兵器国や核保有国の核弾頭数などはストックホルム平和研究所(SIPRI)が毎年更新している。それによれば核兵器国で唯一中国のみが核弾頭数を増やしている(10年前の約240発から現在約320発へ)。

 しかし、今まで核兵器国により実施されてきた核兵器及び運搬手段の削減は、実はNPTを軸とする「漸進的アプローチ」の結果もたらされたものとは言えない。米露英仏とも核軍縮の成果はNPT第6条を実施したものだとするが、それは「後付け」に過ぎず、その主たる要因は東西冷戦後の国際的な緊張緩和の結果、膨大な数の核兵器を保有する安全保障上の必要がなくなったこと及びそれを維持することが財政的に困難な事情にあった。従って、現実の核兵器削減につきNPTが果たした役割を過大評価すべきではない。米露二国間の現状は新START条約が、両国の配備されている戦略核弾頭数をそれぞれ1550まで削減することを決めたが、これは概ね遵守されている。そして2021年、バイデン米政権が条約の5年延長を認めたため、現在両国の配備戦略核弾頭数は凍結された状態にある。他方、英国は2021年3月外交・安全保障政策を見直した「統合レヴュー」を発表し、潜水艦搭載の核弾頭数を180から260発へ引き上げる計画だ。ロシアの脅威に加え、中国のインド・太平洋における台頭に対応したものと言われている。
 今後の核兵器削減の展望については幾つかの要素にかかっているが、最大の要素は中国の動向だ。現在、中国は急激に核軍備を増強している模様だが、中国の核戦略が従来の「第2撃」を温存する「最小限抑止(minimum credible deterrence)」政策から離脱し、仮に米露との核パリティを追求するようであれば、これまで成果を上げてきた米露STARTプロセスや英仏の一歩的削減にも影響せざるを得ない。前述のとおり既に英国ではその動きが出ているが、仏も「独裁国家が核兵器を維持・開発しているのに、民主主義国のフランスが武装解除することはできない」として、一方的な核軍縮は行わないとしている。また、2013年米国統合参謀本部は、展開されている戦略核兵器数を新START条約の1550発から更に1/3削減しても米国の安全保障に影響しないとして、露に対し削減を提案した経緯がある。これに対し露は関心を示さなかったが、米露関係のみを見れば約1000発程度まで削減が可能ということだ。しかし、ここで中国の核軍拡を考慮した場合、米露もこれ以上の核削減に躊躇せざるを得まい。トランプ前政権及びバイデン新政権も、新STARTの後継となる軍備管理条約交渉には非戦略核兵器も対象とすること、及び何より中国の参加が必要だとしている。これに対し中国は完全に参加を拒絶しているが、中国が関心を示すような提案を盛り込むことで中国の核軍備管理への参加を確保できるかが今後の焦点だ。

(注)一つの可能性は、中国との核搭載INF制限交渉があり得る。これは、R.ゴテモラー前NATO事務次長が提案している。中国は現在、東アジアに於いて地上発射型の中距離ミサイルやクルーズ・ミサイルの配備を増強しているが、露とのINF条約を破棄した米国が中国の海洋進出に対抗して、東アジアの同盟国等にINFを配備するのではないかと懸念している。これを奇貨として、核搭載のINFに限って中国との間で軍備管理交渉を始めることが考えられる。通常兵器搭載のINFについては制限されないわけだから、中国のA2AD政策 (Anti Access Area Denial、接近阻止・領域拒否)への影響は限定的だと考えられる。核搭載か否かについては、RV OSI(Reentry Vehicle On-site Inspection)という新しい手法により検証可能のようだ。

(3)核兵器の役割低減・核リスクの低減・警戒態勢解除
 次に核兵器の安全保障政策・核ドクトリンにおける核兵器の役割低減、核リスクの低減、警戒態勢解除などは、核使用の敷居値を高めるとともに、核兵器システムの誤作動や偶発的事故を未然に防ぐ意味でも極めて重要だ。ただ、ここではこれらの措置につき二点指摘しておきたい。
 第一に、これら措置は核兵器国・同盟国間の信頼醸成には極めて有効で重要な政策だが、国際情勢・地域情勢の流動化に極めて敏感に反応する性質がある。国際情勢が協調的な時期には、これら信頼醸成措置が具体的な軍縮措置をもたらす場合があり、それが好循環となり、更なる軍縮措置を呼び込むことがあり得る。これを軍縮自体が持つ信頼醸成機能と言ってもいい。しかし、一旦情勢が悪化すると、これら措置は容易に撤回されてしまう脆弱性を有している。
 第二に、これらいわば「宣言政策」は検証が難しい。例えば核兵器の先制不使用宣言にしても「唯一の目的」(核抑止は核兵器のみを対象とし、他の大量破壊兵器や通常兵器などの抑止には適用しないとするもの)政策にしても、核使用のリスクを低減するメリットは大きいが、その維持や変更は専ら時の政治指導者の意思によるところが多く、これを検証することは難しい。また、これを法的に(例えば条約で)担保する方途は有り得るが、(消極的安全保証の例を見ても分かる通り)核兵器国が受け入れないだろう。それは、核兵器国は、国際情勢の変化に対応すべく核政策の柔軟性・機動性を確保しておきたいが故にこれを受け入れることは考え難いからだ。これは、核弾道ミサイルの警戒態勢の解除についても同様で、弾頭外し(ミサイルから弾頭を外しておく)、ミサイル燃料を抜いておく措置、ミサイルの標的外し、警戒解除などはいったん宣言しても、直ちに元に戻すことが可能だ。これらを核軍縮措置と呼ぶか否かは別として、「不可逆性」が期待できないのは明らかだ。
 近年、特に2014年のロシアによるクリミア併合以降のロシアと欧米諸国の対立や、アジア太平洋における中国の海洋進出をめぐる欧米諸国との対立に見られる大国間の地政学的競争は、これら宣言政策が如何に脆弱かを示している。例えば2021年6月に露が公表した「核抑止における基本政策」では、露が核兵器使用に踏み切る場合として、敵が核兵器など大量破壊兵器(生物・化学兵器)を使用した場合にとどまらず、通常兵器を用いた露への侵略により国家が存亡の危機に至った場合を挙げている。
 NPT運用検討会議は2000年、2010年の最終文書や2015年(合意に達せず)の軍縮パッケージ案で、「核兵器国の安全保障政策や核ドクトリンにおける核兵器の役割低減」、「意図しない核爆発のリスクに対する包括的対応」を要請した。しかし残念ながら、この点に関するNPTの合意は、現実の緊張した地政学的対立の中で継続的に維持するのは困難だろう。

(4)核兵器・核装備の透明性
 核兵器国が保有する核装備の透明性を高めようとする努力は、以前からその重要性が認識されてきた。透明性の欠如そのものが核兵器国間の猜疑心を生み、軍拡へ繋がりかねないことは自明にしても、そもそも核兵器・核装備の現状(baseline)が明らかでなければ核軍縮の進展を量的に評価できない。米露のSTARTプロセスではこれらが強く認識されてきた。多国間交渉の場においては、2000年のNPT運用検討会議で合意された13ステップ(核軍縮に関する具体的措置)に、核軍備削減の「不可逆性」、核軍縮の「検証能力の向上」とともに「透明性」の必要性が頭出しされた。その後、2010年の運用検討会議において、核兵器国は自国の保有する核弾頭数、核物質の量、運搬手段などの公表及び核軍縮の進捗状況に関し報告することに合意した。これは日本が特に主張してきた点で、各国から評価されている。そしてこれに基づき、5核兵器国が順次報告書を公表した。このこと自体がある意味では画期的だが、結果は、米国が高い透明度をもって定量的な報告書を提出し、英仏がこれに続いたのに対し、中国、ロシアは核政策の紹介や定性的な記述が多く、数量的な報告はほとんど見られなかった。核をめぐる透明性はまだら模様と言わざるを得ない。ただし、上述の通り、最終的に決裂した2015年の軍縮パッケージに於いては、制限句付きながら相当詳細にわたる核装備の報告義務につき合意されたことは注目して良い。また、次期NPT運用検討会議に向けて、核兵器国が共通フォーマットにより透明性に関する報告書を準備しているのも興味深い。
 今後の展望については、上述した(2.核軍縮パッケージの項)ように、2015年運用検討会議での日本の提案、つまり「運用検討プロセス」と「透明性に関する報告」を組み合わせ、核兵器国にその都度「課題」を出す形で、徐々に核装備に関し透明性を向上していく方法が有益と考える。

(5)消極的安全保証
 NPTは主権国家を二つのカテゴリーに分類した。67年1月以前に核実験をした国を核兵器国と定義し、残りの国を非核兵器国とした。この分類を認めた以上、当然非核兵器国は核兵器国から核の使用及び威嚇を受けないとの了解が無ければばらない。それは条約に内在する本質的な権利である。その理解は核兵器国も共有しており、事実5核兵器国は数次にわたってこの約束を宣言してきた。この消極的安全保証(以下NSA: negative security assurances)については、非核兵器国、特に非同盟諸国の中に、単に政治宣言にとどまらず、法的拘束力を伴う文書(条約)による保証であるべきと主張してきた国が多い。しかし、ここに5核兵器国が共通の理解を持ち難い状況があった。それは核兵器国の同盟国の扱いである。同盟国にまでNSAを供与すべきか否かで見解が分かれた。実際中国はこの区別をせず、全ての非核兵器国にNSAを供与するとしているが、米露(ソ)は同盟国を除外している。
 1995年にNPTの無期限延長が決定された際、5核兵器国は一般的表現ではあったが、国連安保理決議でNSAを約束した(決議第984号)。これはそれまで5核兵器国が個別に与えていたNSAをまとめて安保理の決議に格上げしたものといえる。しかし上述の通り、これを条約化すべきとする主張は未だNAM諸国を中心に根強い。ジュネーブの軍縮会議においてもFMCTの早期交渉開始の取引にNSAの条約交渉開始が提起されることもあり、また国連第一委員会でもNSAに関する決議は毎年提出されているほどだ。
 ここで近年、政治的に約束したNSAが、地域情勢次第で容易に撤回され得る例を一つ上げる。それはクリミア併合時に、ロシアが核使用の威嚇をも辞さなかったことが事後に判明した事例だ。1994年12月欧州安全保障会議(OSCE)はソ連崩壊後ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシに配備されていたソ連の核兵器(それぞれ5000発、1400発、81発)をロシアに移転する際、これら3国をNPT上の非核兵器国とすると同時に、米英露がこれら3カ国に消極的安全保証を供与する旨合意した(ブダペスト覚書、Budapest Memorandum on Security Assurances)。これは政治協定ではあったが当時の各国首脳が署名した限りなく拘束力の強い合意であった。これら約6500発の核兵器の管理・指揮系統はロシアが有していたが、ロシアに移転するか否かにつき各国の議会はこれを承認した。もし一カ国でも認めなかったならば、新たな核保有国が生まれていた可能性もあった。しかし、OSCE主要国はこれら諸国の主権と独立の尊重、政治的影響力を及ぼす目的で経済的圧力をかけないことなどと並び、3カ国に対する核兵器を使用しないこと(消極的安全保証)につき同意した。
 しかし、その後(2015年3月15日)、モスクワのTVでプ-チン大統領は、クリミアを併合する過程で欧米からの妨害を念頭に、核兵器使用に向けた準備をしていたことを明らかにした。多くの西側外交官は、これをブダペスト覚書違反だとした。
 このように非核兵器国への核使用を控えるとの政治的約束は脆弱で、信頼醸成措置としては有益だが、時の政治指導者の意向によるところが大きく、国際関係が緊張した状況下では国家の安全保障を依存するには心もとないものだ。

(6)包括的核実験禁止条約(CTBT)
 核実験を禁止しようとする動きには長い経緯がある。その中で、1962年のキューバ危機による核戦争の恐怖や核実験が及ぼす健康・環境問題への懸念などから1963年に米国・ソ連・英国の間で調印された部分的核実験禁止条約(PTBT)が転機をもたらした。内容は大気圏内、宇宙空間、水中における核実験を禁止したもので、発効までに110カ国を超える国々が調印した。ただ、PTBTは地下核実験を禁止しておらず、またフランス、中国が調印せず、核兵器開発を制限する効果は限定的であった。その後1974年に米ソは地下核実験制限条約を締結し、最大出力を150ktに抑えることとなったが、核兵器の開発や質的改善と新たな核保有国の出現を阻止しようとする地下核実験の禁止は、冷戦終了後に交渉が開始される包括的核実験禁止条約(CTBT)を待たざるを得なかった。
 CTBTは1994年からジュネーブの軍縮会議で約2年半にわたり交渉された。しかし、最終段階でインドの激しい反発にあい、採択されなかった。インドの反対理由は主に二点あった。第一は、発効要件国44か国にインドが入っていることが、「主権国家がその意に反して条約への署名を要請されるのは前例がない」との理由。第二に、インドは時限付きの核軍縮を主張し、これが条約に盛り込まれるべき、との立場であった。軍縮会議議長などによる「CTBTへの署名は強制ではない」旨の説得にもかかわらず、全会一致制をとる軍縮会議で採択を拒否した。このようにインドが激しく反発した真意は、中国及びパキスタンとの累次にわたる国境紛争を抱える厳しい情勢下で、核開発のオプションを残しておきたい、そのために核実験の権利を留保しておきたいとの事情があったと言われる。特に中国とのライバル関係に留意したい。                           
 このような困難な状況の中、R. バトラー豪州国連大使がこれを国連総会で採択するよう国連事務総長に提案し、投票に付された。結果は、158カ国の圧倒的支持で採択されたが、インド、ブータン、リビアの3カ国が反対し、キューバ、レバノン、モーリシャス、シリア、タンザニアの5カ国が棄権し、19カ国が欠席した。
 採択後、クリントン米大統領はじめ各国とも概ねこれを歓迎する発言をしたが、ゴーズ・インド大使は「インドは将来にわたりこの不平等(unequal)な条約に署名することはない。第14条(発効要件条項)がある限りこの条約が発効することはないであろう」旨、またラマカー軍縮会議議長も同様な「予言的発言」をしている。なお、パキスタンは条約採択を支持したが、地域情勢が許すまで署名しないとした。このようにCTBTは軍縮会議の外側で、かつ多数決により採択されたという「出生の事情」を抱えたまま船出した。軍縮会議をいわばバイパスした方法で条約を採択したことに対し、一部途上国を中心に疑問が出された。また、CTBTの採択時に、既に幾つかの懸念が表明されていた。それは、発効要件が厳し過ぎ、事実上条約の「冬眠状態」が続くであろうこと、条約が核爆発を伴わない実験を禁止できず、核兵器の質的改良を阻止できないことから、今後の核軍拡への歯止めに疑問が付されたことなどであった。
その後CTBTは批准国を増やし、2021年時点で185カ国が署名し、170カ国が批准している。しかし発効要件国44カ国(これはIAEAの「世界の動力用・研究用原子炉」に掲載されている国)の内、未だ8か国が締結しておらず、またこれら諸国が置かれた状況をみると、発効に至る展望は明るくない(8カ国とは、米、中国、インド、パキスタン、イラン、エジプト、イスラエル、北朝鮮)。CTBTの早期発効を推し進める各国は、発効促進会会議、CTBTフレンズ外相会合を頻繁に開催しており、またこれら未締結国への個別のアプローチも検討されてきた。発効促進会議・フレンズ外相会合では、8か国への早期締結を呼びかけるとともに、核実験モラトリアムの維持、各国の検証体制構築への支援、北朝鮮の核実験への批判などを表明してきた。
 今後の展望について、「冬眠状況」を打開するのは容易ではない。それは、米国における民主・共和党の立場が真逆であること、中国・インド・パキスタンのリンケージの存在、アラブ・イスラエル紛争の継続、イランの核開発問題、北朝鮮問題といずれを取ってみても解決の難しい問題を背後に有しているからだ。
 米国では民主党政権と共和党政権でCTBTに関する考え方が全く異なる。民主党はこれまで1100回を超える核実験で蓄積したデータとコンピュータ・シュミレーションによる未臨界実験で核兵器の安全性や信頼性は確保できるとして、もはや地下核実験は不要との立場だ。他方、共和党は核兵器の安全性確保や質的効率性向上のため、あくまで地下核実験は必要との立場で、この対立のため米上院で批准に必要な2/3が確保できない状況が続いている。クリントン政権下の1999年に一度否決された経緯もある。
 中国はこのような米国の動きを見ている。中国は既に国際監視システムをほぼ完成し、CTBTO本部の国際データセンターに情報を提供したことがある。しかし、近年の米中対立の中、中国は核戦力の増強と近代化を進めており、最近報道されているミサイル・サイロの新設などの核軍拡の動き(注)を見ると「最小限の核抑止(minimum credible deterrence)」を標榜してきた従来の核政策からの急激な離脱が懸念される。その場合中国のCTBT批准は米国次第となる。これは米国にとっても同様で、中国の核軍拡が明らかになれば、CTBTの批准が上院で審査されることさえも難しくなる。

(注)米国の独立系専門家によると、中国には従来20のICBMサイロが存在したが、新たに200以上のミサイル・サイロを建設中である(於:北京北西のYumen、Hami及び内モンゴル)。中国の核ミサイル開発は前例のないスピードで近代化・改良されている。それは地上移動型のICBMやSLBM搭載の戦略原潜の建造であり、このため民生用の核分裂性物質を軍事転用する恐れがある。中国当局からは正式な確認や説明はなく、中国の意図がどこにあるか猜疑心と混乱が生じている。

 米中がこの様な姿勢を見せると、インドは頑なに拒んできたCTBTへ署名をする意義がさらに遠のくだろう。インド人民党(BJP)政権は1998年に5回に及ぶ地下核実験を断行した。この背景には主に従来からのライバルである中国を牽制し、核のパリティを得るためであったとみられる。他方、想定していたこととはいえパキスタンがこれに呼応し、インドは通常兵器の優位性を失い、パキスタンに核のパリティを与えてしまった。従ってインドがCTBTに署名しない限りパキスタンが署名することはない。
 この事情はイスラエルと対立するエジプトやイランにとっても同様だ。中東和平問題が将来解決することがあったとして、その最後の段階で中東非核兵器地帯条約が交渉され、その時初めてこれら諸国のCTBT締結が実現可能になろう。そして北朝鮮については、核保有が金正恩専制体制維持のバックボーンになっている以上、解決の道のりは遠い。
 このように発効要件国で残った8か国は、それぞれ地政学的に深刻な安全保障上の問題を抱えており、CTBTを締結する可能性は極めて低い。
 しかしここで翻って、「核爆発が地球環境や人体へ与える影響が明らかな今、核実験ができる国はあるか」との問いに対し、これら諸国はどう答えるか。つまりCTBTが発効していなくても、国際世論の猛反発を考えると核実験を敢行することは決して容易ではない。それは、核実験につき既にある種の禁止規範が各国政治指導者により意識されていることを意味する。北朝鮮の累次にわたる核実験に対する国際社会の反発は激しい。国連安保理による強力な制裁がこれを物語っている。このようにCTBTは厳しい発効要件や困難な地域紛争が故に未だ発効していない。しかし条約の精神は、これを擁護し発効を促進しようとする国際社会によって尊重されてきた。これが私たちに希望を与える。

(7)兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)
1)これまでの経緯
 兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)は、核兵器の原料となる高濃縮ウランやプルトニウムの生産を禁止することによって核兵器の生産を抑制するとともに、新たな核保有国の出現を防ごうとするものだ。また核物質の厳格な管理を通して非国家主体による核テロを未然に防ぐ効果も期待されている。CTBTが地下核実験を禁止することで「質的」な面から核兵器の開発を制限しようとするのに対し、FMCTはこれを「量的」な面から制限しようとするもので、漸進的アプローチからすると論理的にはCTBTの次に来る有力な核軍縮措置と期待されてきた。
 経緯的には、1993年クリントン米大統領により国連総会で提案されたが、当時の趣旨は核の敷居国と言われたインド、パキスタン等の核開発を阻止する目的だったと言われる。しかしその後1998年にこの両国が相次いで地下核実験を断行したことで当初の目的は一般化され、核兵器国・保有国の核軍縮措置として重要視されてきた。1995年にNPTが無期限延長された「見返り」に合意された文書「原則と目標」の中で核兵器国が約束した一つがこのFMCTの早期交渉開始であった。FMCTは「非差別的、多数国間及び国際的かつ効果的に検証可能な」条約であるべきとするシャノン・マンデート(CD/1299、シャノン大使は当時のカナダ人軍縮会議議長)が交渉の原則とされた。尚、同マンデートではストックの問題を提起することは排除されてない。
 しかし、その後FMCTは国際政治の文脈の中で漂流していく。具体的には交渉機関であるジュネーブ軍縮会議(CD)において、1995年、1998年、2009年に一旦は交渉開始が合意されたが、非同盟諸国が核軍縮の具体的進展と条約交渉開始とのリンケージを主張し、その後、米国のミサイル防衛の進展を懸念する露中が、宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)とのリンケージを主張し、更に現在までパキスタンが、インドに対する安全保障の懸念から、核物質のストックを対象とする保証が無い限り交渉に反対するとして、長らくCDの作業計画に合意せず、四半世紀後の現在に至るまで交渉は始まっていない。前述したように、これには主に南アジアにおけるインドとパキスタンのカシミール地域の帰属をめぐる対立が背景にある。1998年に地下核実験を実施した両国は、その後競って核開発に邁進したが、兵器用核分裂性物質の生産能力に於いてインドに劣後してきたパキスタンがストックを条約のスコープに入れずに条約の交渉開始に同意する可能性は少ない。ここに、今後米国を牽制するため核軍拡を行おうとする中国、そしてその中国を見るインド、そのインドを見るパキスタンという連鎖的な膠着状況がある。ジュネーブ軍縮会議の意思決定ルールは全会一致で、一カ国でも反対すれば作業計画に合意できない。FMCTの交渉が長らく開始されないのにはこのような背景がある。
 NPT運用検討会議は合意文書で繰り返し軍縮会議での交渉開始を求めてきた。しかし、NPTにはその合意の実施を担保するメカニズムは用意されておらず、今に至っても交渉開始の展望は開けていない。

2)早期交渉への努力
 このような事態に臨んで、早期条約交渉開始を目指す軍縮会議メンバー(カナダ、豪州ドイツ、オランダ、日本など)が主導して、国際的な努力を主導して来た。具体的には、条約発効まで兵器用核分裂性物質の生産を控える(生産モラトリウム)ことを要請し、また、二度にわたり政府専門家会合(GGE)を立ち上げ、将来の交渉に資するよう条約の要素について議論を深めた。例えば条約のスコープ(条約発効後の生産のみを禁止するか、過去に清算されたストックを入れるか否かなど)、核分裂性物質の定義(例:ウランの濃縮度など)、いかなる核関連施設を検証するか(再処理・濃縮施設の検証など)、そのために新たな検証機関(FMCT Organization)を創設すべきか、あるいはIAEAを活用できるか、など将来の条約交渉で想定される論点を浮き彫りにして、将来の交渉者に対して選択肢を提供する作業を行ってきた。GGEは2014年、15年(わが国からは須田明夫元軍縮代大使)に、またその後ハイレベル専門家会合が2017年、18年に開催され(わが国からは筆者)、それぞれ報告書をまとめた。
 尚、一時は、CDの議論に時限を設定し、停滞が続く場合はCDでの交渉の代替策を検討すべきとの提案もされたが、これは一部核兵器国や多くの非同盟諸国の反対で実現しなかった経緯がある。
 このように非核兵器国は、漸進的アプローチに基づく有力な軍縮ステップとして期待されるFMCTの早期交渉開始に向けて、できる限りの努力を積み重ね、一旦交渉が開始された暁にはスムースに交渉が進むよう周到に準備してきた。
 一方、核兵器国側にも注目すべき動きがある。仏は詳細な「FMCT条約案」をCDに提示した。この案文には、条約のスコープ、特に過去に生産されたストックの扱いを除き、核兵器国がFMCT交渉開始を進め易い具体的な条文が用意されている。また、次期NPT運用検討会議に向けて核兵器国が核兵器国のみのFMCT専門家会合を開催し、その報告の取りまとめを予定している。FMCT交渉開始についてはここまで来ているのが現状だ。

(8)運用検討プロセス(*)
 最後に運用検討プロセス自体に対す評価と問題点の認識、そしてどのように改善していくべきかについて考える。

(*)従来、5年に一度開催されるReview Conferenceを「再検討会議」と呼んできたし、今でもそう呼んでいる識者もいる。しかしこの呼称は誤解を生みやすい。この場合のreviewとはNPTそのものを見直す「条約再交渉会議」ではなく、実際は条約の運用あるいは実施がどのように進捗しているかを監視し、条約の目標実現に向けて何らかの「行動」につき合意することを目指す会議であり、「運用(或は実施)検討会議」と呼ぶのが現実をより反映している。

現在の運用検討プロセスは1995年にNPTを無期限延長した際、いわばその見返りに核兵器国から譲歩を勝ち取った文書「原則と目標」に規定されたものだ。5年に一度の運用検討会議の3年前から会期間会合としての準備会合を毎年開催し、条約の進捗状況をよりきめ細かく評価すること、及び本会議での合意を促す意図で導入された。しかし実態は各国の意見表明の場にとどまっており、国際社会の懸案事項が実質的に議論され、解決策が出されることはない。というか、そもそもNPT運用検討会議プロセスは個々の問題解決の場では無く、また運用検討会議が解決能力を持っているわけでもない。例えば北朝鮮の核問題は、IAEA理事会や国連安保理が問題解決の場であり、更には6者協議や米朝協議などの政治プロセスが実際の対応を図ってきた。NPTはこれらの機関や当事国に対し、問題解決に向けてメッセージを発すること、アクションを奨励することなど限定的な役割を果たすにとどまっている。
 では、NPT運用検討会議を実のあるものとするため、どのようなことが考えられるか。一つの提案は、5年に一度の会議及び3回の準備会合を一連の「流れ」として捉え、核兵器国に対し次回会合までに「課題」を出し、その進捗を報告させることが考えられる。前述したとおり、NPTには合意事項の実施を担保するメカニズムが用意されていない。このプロセスを活用して一歩一歩改善を図るのだ。合意事項によっては、不適当なものもあろう。しかし例えば「透明性の向上」については実際2010年の運用検討会議で合意し、その後報告を受けた前例がある。もちろんその「約束」を核兵器国が完全に履行するとは限らないし、合意には常に「国家安全保障を害さない範囲で」などの制限句がつく。しかし、そのようなプラクティスを積み重ねていくことに意味がある。そうすることで核兵器国に政治的圧力をかけ続けることは可能だし、実施の担保に向けて有益な手段と考える。)

おわりに
 漸進アプローチに基づく核軍縮措置は、幾つかに分けることができる。一つはCTBTやFMCTのような多国間条約の形態をとり、法的拘束力を有し、検証体制を備えるもの(FMCTもそれを想定している)。二つ目は、STARTプロセスのように二国間の軍備管理条約により核兵器を削減するもので、これも検証措置を伴っている。また、英仏の一方的な核兵器削減措置の場合は第3者による検証制度は無いが、議会の予算審査などの「民主的チェック」によりその履行が担保される。これら以外は、運用検討会議の合意事項のように法的束力がなく、検証ができない政治的合意あるいは宣言的措置で、その実施には核兵器国に一定の裁量が残る。その裁量の幅は、国際情勢や地域情勢次第で変化する。クリミア併合以降の米欧と露の確執や最近の米中対立が激化するなかでは、合意事項の実施や新たな合意形成が難しくなる。禁止条約の背景にある要因、すなわち核軍縮の長期停滞、核兵器国に対する憤懣、NPTへの不平等感などは、冷戦終焉後の国際協調の時代が終わり、再び大国間競争の時代へと入った国際社会の現実を反映している。
 このような時代に禁止条約が交渉され、発効した。しかし禁止条約の余りにも理想主義的な性向を考えると、如何に実施が停滞していても、如何に時間が掛かろうが、これまで営々と築きあげてきた漸進的アプローチに基づく核軍縮措置を諦めてしまうことはできない。
 2021年はNPTが発効して50年目にあたる。半世紀前、核のカオスが恐れられていた時代から、曲がりなりにも非核兵器国に不拡散義務を課し、核の拡散を防止してきたのがNPTだ。そして紆余曲折はありながらも核兵器国の暴走を防ぎ、核廃絶へのベクトルを失わず、国際安全保障の礎となってきたのがNPTだ。
 今、核軍縮が正念場にある困難な時代に、次期運用検討会議では軍縮コミュニティーの分断を乗り越え、全ての加盟国がNPTの旗のもとに結集することが重要だ。そして将来の核軍縮の展望につき着実に核軍縮を進めて行くことができる具体的な方向性を打ち出すことが求められている。

(本稿は個人の意見を述べたものであり、いかなる組織の見解を述べたものではない。)