最近のASEAN意識調査結果から感じたこと


外務省参与、和歌山大学客員教授、元グアテマラ大使 川原英一

I.はじめに
 2019年以降、シンガポールのシンクタンク(ISEAS)は、ASEAN10か国の政府関係者、学会・シンクタンク・研究者、メディア・NGO、ビジネス関係者などに対する意識調査を毎年実施している。第4回目の意識調査が2021年11月から12月の7週間に実施され、1667人の回答結果が2022年2月中旬公表された(※1)。50問の質問に回答する形で、10か国でオンラインもしくは右に準じる形で実施された。又、10か国の回答が等しく結果に反映されるよう加重平均されている。回答者の比率は、政府関係(38.5%)、アカデミック・シンクタンク・研究者(30.4%)、ビジネス・金融(11.1%)、NGO・メディア(14.3%)、地域機関・国際機関(5.8%)となっている。

(※1)「The State of Southeast Asia survey 2022」:
https://www.iseas.edu.sg/wp-content/uploads/2022/02/The-State-of-SEA-2022_FA_Digital_FINAL.pdf

 この調査にはASEAN知識層の意識について誰もが知りたい項目が網羅された感があり、例えば次のような多様な項目をカバーしている。
①ASEAN域内の最重要課題とは?
②中国の地域経済、政治上の影響力増大をASEAN知識層はどう感じているのか、
③ASEANから中国に望むことは?
④米中対立の中でASEANとして最善の対応は何か?
⑤他の域外諸国に比しての日本への信頼度は?
⑥中国への不信感が高い理由は?
⑦世界の自由貿易のリーダーとして期待の国・地域は?
⑧中国のCPTPP(包括的・先進的環太平洋連携協定)への加盟申請が注目されるが、それが実現した場合の影響は?
⑨法の支配の維持と国際法の堅持に指導力を発揮する国は?
⑩クアッド(QUAD)に対する評価は?
⑪観光先としてどの国に行きたいのか、大学への奨学金が得られるとしてどの国に行きたいのか?

 過去、日本がODA供与国世界一であった約10年間に、ASEAN各国や国際機関での勤務を経験した筆者にとり、最近のASEANの人々の問題意識・見方をより良く理解し認識を深める上で、この調査は大変充実した内容に感じられ、又、設問から、地域内での中国の影響力が圧倒的なことに、強い印象を受けた。この調査結果の中で、意外な結果や興味深く感じた点を中心に紹介しつつ、筆者の個人的印象・見方を申し上げる。

II. 注目すべき項目と気づきの点

1.ASEANの重要課題トップ3(Top3 Challenges)は?
 [3項目を選択して回答する方式。] 括弧内にある2つの数字は、前回(2021年)と今回(2022年)の比率(%)を示す}

 トップ3は、①「コロナの脅威」(76→75)、②「失業と景気停滞」(63→49)、③「気候変動」(38→38)の順である。気候変動は、前回4位から今回3位に上がったものの、比率は38%と前回と変わらない。
 以下、④「軍事的緊張」(29→35)、⑤「不安定な国内政治」(31→34)、⑥「社会・経済格差」が前回の3位から6位(40→32)、及び⑦「悪化する人権状況」(12→22)の順。なお、ミャンマーでは、「悪化する人権状況」が76%と断トツの高さとなり、他の国と事情が異なる。

2.ミャンマー危機へのASEANの対応
 2021年2月の国軍クーデターで高まったミャンマー危機へのASEANの対応について、「支持(approve)」が37.1%、「不支持(disapprove)」は33.1%、「どちらとも言えない」が29.9%である。不支持と回答したグループは、その理由に①ASEAN内の意見不統一(disunity)により、危機への対応が遅すぎる(45%)、②より強い措置を講じていない(26%)、③ミャンマー国内外の主要利害関係者の関与がない(18%)の順である。
 昨年4月のASEAN首脳会議でミャンマー国軍トップと合意した、暴力の即時停止、国軍と民主派の対話、特使の受入など5項目合意内容が実現していないとして、昨年10月のASEAN首脳会議には国軍トップを招待していない。今後のASEANの対応に注目したい。

3.東南アジア地域への経済的影響力が大きい国・地域機関は? 
 中国との回答が76.7%で断トツに高い。以下米国9.8%、ASEAN7.6%、日本が2.6%で、いずれも一桁と極めて低い。しかし中国と回答したグループへの「自国への中国の経済的影響力増大をどう思うか」との問いには、「懸念する」が64.4%、逆に「歓迎する」は35.6%であり、中国の影響力が増すことに各国で高い警戒感もみられる。「懸念する」の比率が高いのは、ミャンマー(87.3%)、比(76.4%)、シンガポール(73.9%)、ベトナム(72%)であり、「歓迎する」比率が高いのは、カンボジア(70.6%)のみである。

4.政治・戦略上の影響力が大きい国は?
 括弧内の数字は、前回と今回調査の比率の変化を示している。

 中国がトップ(49.8→54.4)、次いで米国(28.5→29.7)、ASEAN(15.2→11.2)、日本(3.5%→1.4%)の順である。

 注目すべきは、中国と回答したグループの中で、「自国への中国の政治・戦略上の影響増大をどうみるか」について、①「懸念する」のASEAN平均が76.4%と高く、国別で比率が高いのは、ミャンマー(93.5%)、シンガポール(90.7%)、比(88.5%)、ブルネイ(81.0%)、ベトナム(80.3%)、ラオス(77.8%)、タイ(76.9%)となっている。他方、②「歓迎する」のASEAN平均は23.6%であり、カンボジアだけが54.1%と突出している。米国或いはASEANと回答したグループでは、「懸念する」との回答は、各々37.4%、19.9%に留まり、顕著な違いがある。
 この結果から、自国への中国の政治・戦略上の影響力が高まることを懸念する比率が高いのは、内陸国のラオスを除き、インド・太平洋沿岸国が多いこと、又、ミャンマーは、軍事政権と中国との関係が密接なことから、ミャンマー国民の高い警戒感を反映したと思われる。

5.(貴国との)関係改善のため中国に何が出来るか?
  [2項目を選択し回答、括弧内は前回の比率。以下の%は全てASEAN平均値]

 第1には「中国が各国の主権を尊重し、各国の外交政策の選択肢を制約しない」が77.3%(66.5%)、第2は「国際法に従って中国が領土・領海紛争の平和的解決をはかる」が64.6%(55.2%)と、前回調査に比べて各々、10.8ポイント、9.4ポイント増えた。第3は「2国間貿易不均衡を是正し真に互恵的貿易にすべき」の33.3%(36.2%)、第4は「人的交流を増やし相互理解を深める」で14.8%(8.3%)である。各国の主権・外交への中国の影響力増大への懸念、中国との間での懸案解決の必要性への各国意識が高まっていることが、うかがえる。

6.米中対立の中でASEANにとって最善の対応は何か
 [4つの選択肢から1つ選ぶ方式]

 「ASEANの強靭性・団結の強化」が前回調査に比べて7.0ポイント減の46.1%、「米・中のどちらにも組みしない立場を継続」が、前回から4.0ポイント減の26.6%である。他方、「米中以外の第三者を選択」が、12%から16%へ増加し、「中立を保つのは難しく、米中のどちらかを選択」が3.4%から7.7ポイント増の11.1%であり、今後さらにどう変化していくかが注目されよう。

7.域外国の中で日本が信頼度トップを維持

(1)グラフが示すように、5つの主要な域外国の中では日本への信頼度が54.2%で最も高い。日本と答えた理由は、①「国際法を尊重する責任ある国」(46.6%)、②「日本が巨大な経済資源と世界のリーダーとしての政治意思を保有」(25.8%)、③「日本文明・文化を尊敬」(18.7%)、④「政治文化・世界観を共有」(6.3%)などの順である。但し、信頼度の比率が前回調査の68.2%から今回は14.0ポイント低下した。信頼度が減少した理由につき、調査では、カンボジアで大きく減少(84.6%から32.1%)、タイ(64.8%→46.2%)、ミャンマー(76.3%→58.0%)での減少を挙げている。逆に不信感に関する調査項目中、「政治文化、世界観を共有できない」(1.5%→8.3%)と「日本の経済力・軍事力が脅威である」(1.8%→7.2%)が増えている。同調査報告書の主執筆者シャロン・シー氏は、「2020年に菅元首相がベトナムとインドネシアを訪問後、日本の総理が東南アジアを訪問しておらず、日本が水際対策を解除し、岸田総理がこの地域を訪問する時期におそらく来ている」との見方を2月23日付SCMP紙に述べている。

(2)信頼度が2番目に高いのは、米国であり、前回より5.8ポイント増加の52.8%である。3番目は、EUで前回より1.2%減の48.5%、4番目の中国は26.8%で、前回から7.8ポイントほど増加した。インドは、前回18.0%から今回は16.6%に低下した。 逆に、不信度合の高い順で見ると、中国58.1%、インド47.8%、米国29.6%、EU26.1%、そして日本は21.8%であった。

8.中国への不信感が高い理由
 ASEAN知識層の中国への不信感が高い理由について、①「中国が経済力及び軍事力を使用して各国の国益や主権を脅かす存在と感じる」が49.6%、②「責任感があり、頼れる国とは思わない」が23.0%、③「国内問題を多く抱え、グローバルな課題へ対応できない」が11.4%、④「国際的指導者としての能力・政治意思がない」が8.4%、⑤「中国とは政治文化、世界観が違う」が7.6%となっている。

 東・南シナ海での中国の力による現状変更、一帯一路と借金漬け外交、貿易を武器にした豪からの輸入の一方的規制、新疆・チベットなど国内少数民族の人権抑圧、97年以降の香港の高度自治を謳った英中共同声明に反して中国本土並み地位への変更に向けた強権行動、人権抑圧を欧米諸国が非難すれば内政干渉と突っぱね、制裁措置には報復措置で対抗する姿、昨年6月の英コーンウォールG7サミットで新疆・香港の基本的人権、強制労働、経済安全保障などの議論がされるなどの動きが反映されたのではないかと思われる。

9.世界の自由貿易で指導的立場を果たす国は?
[米・中・ASEAN・EU・日本・NZ・英・豪・韓国・インドの10か国・地域から選択する方式]

 この1年で順位が大きく変わる驚きの結果と指摘されている。米国が、前回3位(19.7%)から今回1位(30.1%)に躍進。ASEANは前回1位(21.5%)から3位(15.5%)に、EUも前回2位(21.5%)から今回4位(14.1%)に後退、日本も前回4位(15.5%)から今回5位(9.0%)に後退。他方、中国が前回5位(13.2%)から今回2位(24.6%)に躍進したことが注目される。

(1)筆者が意外な結果と感じる第一の点は、トランプ前政権から交代したバイデン新政権は、前政権の貿易規制措置をほぼ継続していて、この1年で貿易政策に大きな変化がない中、米国が世界の自由貿易を指導する第一人者に飛躍したことである。バイデン大統領は就任後の早い時期から米国内の雇用創出と米国の「労働者を中心とした」貿易政策を表明している。今年11月には与党に厳しいとされる中間選挙があり、国内政治上TPP復帰も当面はなさそうである。米国への信頼度が高まったのは、貿易政策の実質変化というよりは、バイデン政権への自由貿易推進役としての期待値が高まったと見るべきと思われる。

(2)意外に感じる第二の点は、ASEANが提唱、長年の交渉を経て今年2022年1月に発効したRCEP(地域的な包括的経済連携協定)に日本と共に加盟している中国が、前回の5位から今回はEUや日本を追い抜き2位になった点である。中国カンボジアFTA(自由貿易協定)が22年1月に発効し、又ASEAN中国FTAの見直しが今年行われる見通しから、自由貿易に果たす中国の域内での認識が高まったからとの同調査団体の見方がある。なお、国別で中国を高い比率で支持したのは、カンボジア(71.6%)とラオス(61.4%)であり、一帯一路、インフラ投資等で中国との関係が深い両国の事情が反映されたと思われる。

(3)「CPTPPへの中国加盟が認められた場合、地域への影響はどうか」との質問に対して、「地域経済の緊張緩和や米中対立の解決に寄与」が31.0%、「中国の困難な国内改革や経済の現代化を進める機会となる」が22.2%と、米・中及び加盟国の利益にかなうとの肯定的評価が半数以上ある。逆に「米国を孤立させ、米中対立が高まる」が29.9%、「CPTPPを希薄化し、多角的貿易体制への影響力を減らす」が16.9%であり、全体としてバランスのとれた冷静な見方が多いように感じた。

 中国の加盟申請について付言すると、中国が体制変更を伴う可能性のあるCPTPP協定のルール・条件を本当にクリア出来るのか、又、加盟承認はコンセンサスであり、一部加盟国との貿易関係の修復が必要であり、さらには、ほぼ同時に加盟申請した台湾の取り扱い、未加盟の米国への配慮などハードルは多く、加盟国による中国の加盟審査には相当な年月を要するというのが一般的見方である。

(4)「米国がCPTPPに未加盟の状態が、今後続けばどうなるのか」との質問に対し、「中国の地域内での影響力が高まる」が46.8%、「地域の緊張が高まる」が23.2%であった。

 2021年後半、ASEANとの関係を重視した、バイデン政権閣僚のASEAN訪問が相次いだ。同年7月、オースティン国防長官がシンガポール・ベトナム・比へ、8月にハリス副大統領がシンガポール・ベトナムを、同11月、レイモンド商務長官がシンガポール・マレーシアを訪問。本調査が終わった同12月中旬には、ブリンケン国務長官が、G7外相会合の帰途、インドネシア、タイ、マレーシア3か国を訪問した。その際、ASEANとの関係を重視し、数カ月内に米・ASEAN首脳会合の米国開催、デジタル経済、サプライチェーン強靭化、脱炭素・クリーンエネルギー、インフラなどにつき包括的経済枠組みを構築する旨の発言が同国務長官からあり、今後の動きが注目される。

 ASEAN側から自由貿易推進役としての米国への期待表明の例は、ヘン・シンガポール副首相が、米国とASEANの間でCPTPPに匹敵する貿易取極めが必要だと発言した旨報じられている(※2)。今後、米国がASEANとの間で新たな貿易取極めに動く可能性があるか注目される。

(※2)12月3日付SCMP紙「Southeast Asia wants a trade pact with the US, not a democracy summit」記事サイト:
https://www.scmp.com/week-asia/opinion/article/3158230/us-needs-trade-deal-southeast-asia-counter-china-not-democracy?module=hard_link&pgtype=article

10.国際法に基づく秩序の維持に、指導的立場の国・地域は? 
 1位米国36.6%(前回24.5%)、2位ASEANが16.6%(同17.5%)、3位EUが16.6%(同32.6%)、4位中国が13.6%(同4.4%)、5位日本は7.7%(同11.6%)であり、日本は前回調査の4位から5位に後退している。順位の変動、特に中国が日本を抜いて4位となったことに同調査主体自身が驚きの声をあげている。

 東・南シナ海で国際法を遵守しない行動を続ける中国が、日本よりも国際法に基づく法秩序に指導的立場にあるとの見方がASEAN知識層で増えたのは意外であり、現状認識に差がある。日本は、米国と共に地域の平和・安定と繁栄のため「開かれた自由なインド・太平洋」の実現を強く働きかけ、これまで、アジアのみならず欧州や中南米・アフリカ諸国にまで理解と支持が深まったと自負している。又、ここ数年、デジタル貿易の国際ルール策定に意欲的に参加しているが、こうした日本の姿がASEANからは見えにくいのではないか。今後、国際法遵守や先進的な自由貿易ルール策定に積極的な日本の立ち位置について、ASEAN知識層への発信がより強化されることが望ましい。

11.QUAD
 2021年に日米豪印の首脳会議が開催され、新型コロナや気候変動対策などで具体的地域協力を強化するQUADに対し、「積極的支持」は58.5%あり、「支持しない」は、13.1%、「どちらとも言えない」は28.5%である。特に、比(81.6%)、ラオス(75.0%)、越(65.9%)、インドネシア(64.9%)での支持率が高い。他方、不支持率が40.7%と唯一高いのは、カンボジアであった。

12.ソフトパワー(観光・大学留学先)
(1)希望する観光訪問先として、日本はトップではあったものの、前回の30%から今回は22%に低下。次いで、EU諸国も前回の23%から今回は19%に減少。他方、ASEAN域内が前回12%から今回14%に増加した。NZは2年連続で9%台であり、韓国は4%台から8%台へ、米国は5%台から8%台へ、中国が前回2%から今回7%台へと各々増加した。

 日本が訪問先としてトップを維持したものの、ASEAN域内、韓国、米国、中国が訪問先として増加傾向にある。外国人観光客の受入の経済効果は大きく、新型コロナの終息後に、日本への受け入れが再開され、日本人気が再び高まることを期待したい。

(2)大学留学希望先:[括弧内の数字は前回調査での比率を示す]

 奨学金を得ての外国大学への留学希望先について、米国25.6%(27.1%)、英国20.8%(20.1%)、ASEANが14%(3.7%)、EUは12%(11.8%)、豪9.9%(12.3%)、日本は9.6%(12.4%)で、前回より3%近く減少。7位の中国は8.8%(3.3%)であった。この中で、前回よりASEANが10%以上増加し、中国も5%以上増加したことが注目される。

 国内で少子化が進む中、国際化、ASEAN留学生の受入拡大を目指す日本の高等教育機関が増えると思われる。新型コロナの終息時期が不透明な中、今後の日本への外国観光客、大学留学生受入の拡大には、不安と期待が入り混じる現状に思われる。

III.最後に

 オンラインを利用した意識調査の結果、ASEANにとり日本が域外国の中で最も信頼度が高いことを嬉しく感じる。他方で、前回調査に比べて、カンボジア、タイ、ミャンマーでの信頼度が低下し、又「政治文化、世界観を共有できない」や「日本の経済力・軍事力が脅威である」との見方が増えている。こうした意識・見方を変える、一過性にとどまらない、情報戦略を考える必要があろう。又、観光先として日本の人気が依然トップであるものの、調査数字からは人気に陰りが出始めたと言えなくもない。
 ASEAN10か国では、携帯電話・スマホを利用したSNS(Facebook、インスタグラム、ツイッター等)の利用度が日本より進んでいると聞く。日本の持つソフトパワーの魅力は大きく、コロナ禍にあっても、SNSを利用した日頃の情報発信と交流により日本とASEANの絆をさらに深めることは可能ではないだろうか。
 2023年には、日・カンボジア友好70周年、日・ASEAN友好協力50年、日・ベトナム外交関係50周年を迎える。この機会に日・ASEAN間で様々な分野でハイレベル対話・相互交流が大いに高まることを期待したい。

(令和4年3月14日記)