(コロナ特集)新型コロナウィルス感染症とデンマーク


駐デンマーク大使 宮川 学
(令和2年6月19日 記)

 「今はお互いに離れていることで団結を示そう。」今年3月、80歳の誕生日を1ヶ月後に控えたマルグレーテ二世女王陛下は、異例の演説(注:通常は毎年大晦日にのみ演説)を行い、デンマーク国民に呼びかけました。

1.封鎖措置が段階的に解除
 トンネルの出口に一筋の光が見え始めた。2020年6月のデンマークの状況を一言でお伝えすれば、そういうことかと思われます。

 デンマークでは、3月にCOVID-19の感染者が急増し、3月上旬から封鎖措置を導入、国境封鎖、在宅勤務、商業施設や飲食店の閉鎖(食料品の買い物、近所の散歩は問題なし)、11人以上の集会禁止が導入され、それ以来、国民が一丸になって取り組んできています。
 4月中旬くらいから、感染者の増加ペースが緩やかになり始め、6月19日現在、累計1万2591人(人口約580万人)で、治癒者1万1482人です。陽性者数や入院者数は日々減少しており、当初は、医療崩壊の可能性も取りざたされましたが、ピークは乗り切りました。
 イースター明けの4月中旬に第1弾の封鎖解除措置として、幼稚園、小学校低学年等の学校を再開(右上写真 4月中旬、小学校の再開を報じる朝のTVニュース)等、5月18日に第2弾として、レストランを一定条件(社会的距離を空ける等)の下で再開、6月8日に第3弾(文化施設等の再開)、6月15日に、ドイツ、ノルウェー、アイスランドとの国境再開、その後、欧州域内の国々と順次国境再開、8月に第4弾で概ね正常化させようとの計画です。

 42歳の女性宰相、メッテ・フレデリクセン首相は週1回程度、明確な方針を1時間くらいかけて記者会見で説明し、加えて、3-4月には連日、保健省、警察、外務省等がテレビ記者会見で詳細なブリーフを実施してきました。マルグレーテ二世女王陛下は、4月16日のご自身の80歳の誕生日関連行事を全てキャンセルされました。(左写真 メッテ・フレデリクセン首相、首相FBより)



2.次は経済回復
 社会保障制度、デジタル政府といった社会的インフラが長年をかけて整備されてきたこともあり、経済は2020年マイナス5.3%(財務省)~マイナス6.5%(IMF)の落ち込みとの予測ながら、何とか持ちこたえています。次は、ビジネス関係者の移動を再開して、貿易投資で経済回復を目指す構えで、日EU経済連携協定(EPA)を大いに活用しようとの点で、日本と波長がぴたっと合うように感じられます。
 特徴的なのは、ビジネスの中核に、再生可能エネルギーをはじめとする気候変動対策が完全に本気で組み込まれており、大手年金ファンド、MHI(三菱重工)ヴェスタスのような洋上風力発電製造企業((c)MHI Vestas Offshore Wind)、最大手海運会社マースク、大手製薬ノボノルディスク、玩具のレゴなどが、目の色を変えて気候変動をビジネスとして捉え、実際に相当の収益を上げている点です。2030年までに温室効果ガスを70%削減するとの昨年夏の選挙公約は、政府のみならず世論、企業によって、それぞれの思惑は若干異なるにせよ、完全に支持されています。

3.新型コロナウィルス収束後の日デンマーク協力
 未だ、第2の波も懸念される中、デンマークでも、ポスト・コロナの議論が始まっています。例えば、医療機器の生産のあり方。今回の反省を踏まえて、感染症に備えた医療機器のような国の安全保障に関わる製品に関しては、国内や同志国間での生産を強化し、サプライ・チェーンの見直しを進めるべきとの議論があります。6月18日から始まった欧州理事会(EU首脳会議)に向けて、デンマークが根回しをして、ドイツ、フランス、スペイン、ベルギー、ポーランド6か国の首脳が連名書簡をファン・デア・ライエン欧州委員長に送り、「将来の感染症に対してより良く備えるために、一層強い欧州協力が必要」との意見具申を行いました。
 また、これまでこつこつと積み重ねられてきた国際社会の信頼関係、多国間主義を大切にして行こう、WTOを中心とする多角的自由貿易体制の維持・強化、WHOの検証を行いながら医療分野の国際協力の継続といった点でも、日本とデンマークは意見が一致します。5月26日の日EUテレビ首脳会議の後に発出された共同報道発表(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100058697.pdf)にも、日頃からのデンマークの主張が良く反映されているように思われます。デンマークは、決して大きくない国ながら、EUの中でも粘り強く主張を通すしたたかさがあるように思います。

 これまで、日本とデンマークは、治療薬アビガンの臨床研究や、当地の日本企業による治療薬やワクチンの開発で、静かに協力を進めてきました。6月には、富士フィルムが、デンマークにあるバイオ医薬品の製造設備を大幅に増強する1000億円の投資を発表し歓迎されました(左写真 6月9日、FUJIFILM Diosynth Biotechnologiesへの1000億円増資。富士フィルム提供)。

 そして、デンマークは、こうした難局においても、気候変動問題は存在し続けるとの信念に基づき、日本との協力に関心と期待を寄せています。
 例えば、日本企業がもつ洋上風力発電の技術、日本の水素社会に向けた取組、スマート・シティーなど様々なデザインに対する価値観などについて、デンマークの人々は、共感を抱いてます(右上写真 Woven City本年1月、トヨタが発表した富士山の裾野のスマート・シティー構想。デザインはデンマーク人建築家のビャルケ・インゲルス氏。提供トヨタ)。そして、デンマークは、「日本とともに持続可能な循環社会作りに取り組みたい。グリーン・トランジションをポスト・コロナの経済回復のバネにしたい」との意思をもっていることを日々感じます。日本にとって、デンマークは信頼すべき戦略的パートナーです。

4.在デンマーク日本大使館の優先課題
 大使館は、約1700人の在留邦人の方々(フェロー諸島とグリーンランド含む)の安全と安心の確保を最優先業務として、そのためにも我々自身が感染せずに健康を維持することを一番心がけております。永住・長期滞在者が1000名以上おられ、また、日本企業関係者はほとんどデンマークにとどまり、工場は概ね通常操業、これまでは事務系は在宅勤務が主体、留学生は一時日本に帰国といった様子です。
 大使館では,3月から、館員が2チームに分かれての在宅勤務をローテーションで行い、領事窓口を維持し、毎日、新型コロナウィルス感染症関連情報を発信してきました。時折、善意の方々から感謝の言葉を頂くこともあります。デンマーク社会の再開状況を見極めながら、6月上旬から、在宅勤務を段々と元に戻しつつあります。本省診療所や在英大医務官のアドバイスを頂いて、机の配置、社会的距離についても工夫しています。この3か月余りは、館内会議も含め、館内でもお互いにテレビ会議と電話で意志疎通するとの新しい体験もしました。当面は,館内会議もteams会合です。

5.おわりに
 来年は東京オリンピック,パラリンピック。スポーツと文化の祭典です。デンマークと日本の間にも、新型コロナウィルス感染症によってつらい思いをしながらも前向きに、両国の交流を深めている方々が大勢おられます。デンマーク女子ハンドボールのトップ・リーグで活躍する池原綾香選手(右写真上 池原綾香選手。2019年秋,撮影筆者)、2020年グラミー賞にノミネートされた狹間美帆デンマーク公共放送(DR)Big Band主任指揮者(右写真下 写真提供DR Koncerthuset)、デンマーク選手を励ましながら東京オリンピック、パラリンピックを応援してきたニールス・ニューゴー・デンマーク・オリンピック・パラリンピック国内委員会会長など、紙面の関係上、全員を紹介しきれません。

 一歩一歩,文化スポーツ活動が再開されることを願っております。まだ、しばらくは、大変な時期が続きます。読者の皆様の健康とご無事を心よりお祈り申し上げます。
(左写真 筆者とニューゴー・オリンピック・パラリンピック会長 写真提供ハッセ・フェロルド)