新「開発協力大綱」を読む
―「歴史の転換期」に作成された継続性重視の大綱―


元駐タイ大使 小島誠二

主要ポイント

●2015年開発協力大綱を改定するものである。大綱としては、1992年ODA大綱、2003年改定ODA大綱及び2015年開発協力大綱に続く4番目の大綱になる。

●「国際社会は歴史的な転換期にあり、複合的危機に直面している」という国際情勢認識に立つ。

●開発協力の基本的な考え方、重点政策及び実施について説明する。

●これまでの大綱との整合性と継続性を重視したものとなっている。

●開発協力の二つの目的(「平和で安定し、繁栄した国際社会の形成」と「我が国と国民の平和と安全を確保し、経済成長を通じて更なる繁栄を実現する」という我が国の国益の実現)を提示している。開発協力を「外交の最も重要なツールの一つ」と確認している。

●新しい時代の「人間の安全保障」を開発協力に通底する指導理念とする。

●重点政策は、「質の高い成長」とそれを通じた貧困削減、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化(FOIPビジョンに言及)及び地球規模課題への国際的取組の主導である。

●旧大綱にあった「自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値の共有や平和で安定し、安全な社会の実現のための支援を行う」という一文が削除された。

●共創を実現するため、民間企業、公的金融機関、他ドナー、国際機関、市民社会等と連帯する。ODAに係る幅広い資金源の拡大を推進する。

●日本が強みを有する協力を推進する。日本の強みを生かした魅力的なメニューを作成し、オファー型協力を強化する。

●2015年大綱に置かれた開発協力の適正性確保のための原則のほぼすべてを維持し、債務の持続可能性及びジェンダー平等・女性のエンパワーメントを追加している。

●ODAの対GNI比0.7%の国際目標を念頭に置くとともに、極めて厳しい財政状況も十分踏まえつつ、様々な形でODAを拡充し、開発協力の実施基盤の強化のための努力を行う。

●実施体制とともに、人的・知的基盤及び社会的基盤(情報公開、海外広報及び開発教育を含む。)を強化する<

●毎年閣議報告される「開発協力白書」において実施状況を明らかにする。

●ODA予算と実績拡大のための具体的なシナリオ作成への筆者の期待。

はじめに
 去る6月9日、「開発協力大綱―自由で開かれた世界の持続可能な発展に向けた日本の貢献―」(以下「新大綱」)が閣議決定された。新大綱は「国際社会は歴史的な転換期にあり、複合的危機に直面している」(新大綱「基本的考え方」)とする国際情勢認識の下に作成されたが、一言で言えば、累次の大綱との整合性と継続性を重視した手堅い内容の文書となっている。分かりやすさに留意した跡も見られる。長さも、約1500語と旧大綱とほぼ同じである。新大綱は、2015年2月に閣議決定された開発協力大綱(以下「旧大綱」)に代わるものである。本稿では、新旧両大綱を比較しながら、注目すべき点を取り上げることとしたい。

1.参加型作成手続き
 新大綱は、昨年12月に林芳正外務大臣に提出された「開発協力大綱の改定に関する有識者懇談会報告書」を踏まえ作成された素案を基に全国各地で開催された意見交換会における議論及びパブリック・コメントの意見を反映させて、閣議決定された。このような手続きは2003年の改定ODA大綱の作成において初めて採用されたものであり、その後踏襲されている。ただし、改定ODA大綱及び旧大綱作成時には、意見交換会ではなく、公聴会とされていたようである。なお、新大綱素案と新大綱を比べてみると、字句の変更(例えば「同志国等」から「他ドナー」への変更)、語句の追加(例えば「ジェンダー平等及び女性のエンパワーメント」)、「市民社会」の項目への1パラの追加等を除けば、構成を含めて変更はなされていないようである。筆者には、1992年のODA大綱以来、個別の事項については意見の相違はあっても、大綱全体の理念、重点政策、連携を含む実施のあり方、国民との関係等について国民の間にコンセンサスが形成されてきたように思われる。他方、政府及び実施機関の側でも、約70年間の成功と失敗から学び、政策と制度を常に見直してきた。こうしたことが「国際社会は歴史的な転換期」にあるにもかかわらず、旧大綱を含む過去の大綱との整合性と継続性を重視した新大綱が作成されることに繋がったと考える。

2.新大綱の構成
 新大綱は、I. 基本的考え方、II. 重点政策及びIII. 実施の3部構成となっている。I. 基本的考え方は「策定の趣旨・背景」、「開発協力の目的」及び「基本方針」からなっている。II.重点政策には、「新しい時代の「質の高い成長」とそれを通じた貧困削減」、「平和・安全・安定な社会の実現、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化」及び「複雑化・深刻化する地球規模課題への国際的取組の主導」について書かれている。III.実施は、「効果的・戦略的な開発協力のための3つの進化したアプローチ」、「開発協力の適正性確保のための実施原則」、「実施体制・基盤の強化」及び「開発協力大綱の実施状況に関する報告」という構成になっている。旧大綱との構成の違いのうち特に目に付くものは、新大綱では、旧大綱の重点政策の下にあった「地域別重点方針」が削除され、地域別・国別開発協力方針は別途定めることとされたことである。また、旧大綱は「実施上の原則」が「効果的・効率的な開発協力推進のための原則」及び「開発協力の適正性確保のための原則」からなっていたが、新大綱では、後者は「原則」として維持されたが、前者は、より充実した内容とされ、「効果的・戦略な開発協力のための3つの進化したアプローチ」の中に取り込まれている。なお、旧大綱にあった「課題別政策」は新大綱では言及されていない。その意図は明らかではない。

3.基本的考え方
(1)策定の趣旨・背景(国際情勢の認識と開発協力の役割)
(国際情勢認識)令和5年版外交青書(外交青書2023)巻頭言において、林芳正外務大臣は「今、世界は歴史の転換期にあります」と書いている。新大綱「策定の趣旨・背景」は、このような国際情勢認識を共有した上、地球規模課題の深刻化、多くの開発途上国における成長鈍化と国内外の経済格差、自由で開かれた国際秩序・多国間主義への挑戦及び国際社会の分断リスクの深刻化を挙げ、これらがエネルギー・食料危機、インフレ、債務危機及び人道危機と相まって複合危機を生み出していると指摘する。
(我が国の国益)新大綱は、「平和で安定し、繁栄した国際社会を構築していくことは、我が国の国益に直結している」という従来の大綱に示された基本的考え方を繰り返している。
(日本の立場と開発協力の役割)新大綱では、国際社会は複合的危機の克服のため、協力することがかつてないほど求められており、我が国は、「こうした国際的な協力を牽引すべき立場にあ」り、「我が国の外交的取組の中でも開発協力が果たす役割は格別の重要性を有している」と書く。こうした考え方に対しては、開発協力において「日本の外交目標が前面に出てきている」という批判がNGO等に存在する。
(協調的な開発協力と多様なアクターの連携)新大綱は、「国際社会全体が、透明かつ公正なルールに基づいた協調的な開発協力を展開することが求められている」として、「これらのアクター(民間企業、市民社会、国際機関等の多様なアクター)との「連携や新たな資金動員に向けた取組もより重要になっている」と書く。
(開発協力の定義)新大綱では、開発協力は「開発途上国地域の開発を主たる目的とする政府及び政府関係機関による国際協力活動」を指すものとされている。これは、DACのODAの定義から譲許性関連部分を除いたものであり、旧大綱と同じ定義である。この定義によれば、OOFも含まれることになるが、続く文章では、「ODAとその他公的資金(OOF)や民間資金(PF)との連携」を強化すると書かれており、開発協力にはOOFは含まれていないことになる。

(2)開発協力の目的
 新大綱には、次の二つの目的が掲げられている。

●「開発途上国の開発課題や人類共通の地球規模課題の解決に対処し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の下、平和で安定し、繁栄した国際社会の形成に一層積極的に貢献すること」

●「我が国と国民の平和と安全を確保し、経済成長を通じて更なる繁栄を実現するといった我が国の国益の実現に貢献すること」

 改定ODA大綱及び旧大綱では、国際社会(開発途上国)の安定・安定・繁栄が我が国の国益(改訂ODA大綱では「国民の利益」)の増進に繋がるという考え方に基づく書きぶりになっていた。新しいフォーミュラでは、二つが分けて書かれている。従来以上に国益の重要性を強調する意図があるように思われる。ただし、新大綱には、従来のフォーミュラに基づく記述も見られる(「開発協力の目的(3)」)。なお、上記有識者懇談会報告書は、「日本の国益と国際社会の利益は、独立して存在するのではなく不可分で繋がっている」という考え方をとっている。また、「開発協力と安全保障上の利益が深くリンクする場面が増えてきて」いるという認識も示している。

(3)基本方針
 次の4つの基本方針が示されている。下記①から③までは旧大綱にも置かれていた。

① 平和と繁栄への貢献

② 新しい時代の「人間の安全保障」

③ 開発途上国との対話と協働を通じた社会的価値の共有

④ 包摂性、透明性及び公正性に基づく国際的なルール・指針の普及と実践の主導

 以下では①以外の方針について論ずることとしたい。
(新しい時代の「人間の安全保障」)「人間の安全保障を我が国のあらゆる開発協力に通底する指導理念に位置づける」とする考え方は旧大綱にも置かれていた。筆者としては、人間の安全保障」を開発協力に通底する指導理念にすることに異議はないが、新大綱に固有の指導理念との関係をどう整理するかという問題が残されているように思われる。具体的に指導理念を実現する際に、このことは問題になるような気がする。新大綱の新しい点は、「我が国は、「様々な主体の連帯を新しい時代の「人間の安全保障」の柱とし、人間の主体性を中心に置いた開発協力を行っていく」としている点である。これは、UNDPの2022年特別報告書『人新世の脅威と人間の安全保障』に基づくものと考えられる。「連帯」及び「人間の主体性」はこの報告書からきているが、新しい用語であるので少し説明が必要のように思われる。将来新たなUNDPの報告書が作成されるような場合には、新大綱の理念を反映させる努力も必要であろう。
(開発途上国との対話と協働を通じた社会的価値の共有)「自助努力支援」を含め、基本的に旧大綱にあった考え方である。ただし、我が国と途上国を含む様々な主体による「共創」の成果と人材の育成が我が国の課題解決や経済成長につなげることを目指すというのは新しい点である。
(包摂性、透明性及び公正性に基づく国際的なルール・指針の普及と実践の主導)新たに追加された上記④には、我が国が国際的なルール・指針に基づく協力を展開することにより「債務の罠や経済的威圧を伴わず、開発途上国の自立性・持続性を損なうことのない協力を実現していく」と書かれており、これは中国を念頭に置いたものと解されよう。

4.重点政策
 新大綱では次の3点が「重点課題」として取り上げられている。

(1)新しい時代の「質の高い成長」とそれを通じた貧困削減
 旧大綱においてもこの考え方はとられていたが、新大綱では、複合的危機の時代には、「質の高い成長は」ますます重要になっているとして、これが兼ね備えるとする「包摂性」、「持続可能性」及び「強靭性」を個別に取り上げている。また、「質の高い成長」とそれを通じ貧困削減に取り組む際、特に、「食料・エネルギー安全保障など経済社会の自律性・強靭性の強化」、「デジタル」及び「質の高いインフラ」という分野における取組を強化するとしている。

(2)平和・安全・安定な社会の実現、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化
(「質の高い成長の前提」)ここでは、「開発途上国において平和で安全な、かつ、安定した社会を実現すること、及び法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化することは、開発途上国の「質の高い成長」を実現する上での前提である」とする基本的な考え方が示されている。これは旧大綱にも示されていた認識であるが、「質の高い成長」の前提の一つとして旧大綱にあった「一人ひとりの人権が保障され」ることが削除され、新たに「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化すること」が追加されている。
(「普遍的価値」への言及の削除)旧大綱と新大綱との大きな違いは、旧大綱にあった「そうした発展(「質の高い成長」による安定的発展)の前提となる基盤を強化する観点から、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値の共有や平和で安定し、安全な社会の実現のための支援を行う」という一文が削除されていることである。筆者としては、これはこういった支援を行わないということではないと考える。
(具体的な協力分野の提示)新大綱では、基本的な考え方に続き、平和構築支援、法執行機関の能力強化、社会の安定・安定の確保のための支援、法令の起草支援・制度整備支援・法制度整備支援、開発金融等のルールの普及・実践に資する取組、緊急人道支援等を実施するとされている。
(自由で開かれたインド太平洋への言及)新大綱では、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のビジョンが取り上げられ、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に取り組むとともに、開発途上国がそれに主体的に関与し、力や威圧を受けず、その果実を享受できるようにするための協力を行う」と書かれている。これは極めて丁寧な記述と言える。FOIPについては、名古屋の意見交換会で「普遍的な価値の実現ということとFOIPの推進をつなげることで、普遍的価値の推進の意味合いを狭めてしまうのではないか」という懸念が示されている。筆者としては、実践を通じてこのような懸念・誤解が払拭されていくことを期待したい。

(3) 複雑化・深刻化する地球規模課題への国際的取組の主導
 ここでは、気候変動・環境、保健、防災及び教育のそれぞれについて具体的な課題を取り上げ、解決策を提示している。新大綱は、国際的なルール作りに一層貢献するとともに、国際的な議論を主導していくことを提言している。

5.実施
 III.実施には、「効果的・戦略的な開発協力のための3つの進化したアプローチ」、「開発協力の適正性確保のための実施原則」、「実施体制・基盤の強化」及び「開発協力大綱の実施状況に関する報告」という項目が置かれている。いずれの項目も、旧大綱でも取り上げられていたものであるが、最初の項目は旧大綱の「効果的・効率的な開発協力推進のための原則」に当たるものであり、そこでは「戦略性の強化」、「日本の強みを活かした協力」及び「国際的な議論への積極的貢献」が取り上げられていた。

(1)効果的・戦略的な開発協力のための3つの進化したアプローチ
 ここには、お互いに性格の異なる次の3つの方策が挙げられている。
(共創を実現するための連帯)旧大綱では、「実施体制」の下の「連携の強化」として取り上げられていた。新大綱は、「開発途上国を中核に置きつつ、様々な主体を巻き込んだ開発のプラットフォームを形成・活用」することを目指すとしている。そのために、民間企業、公的金融機関、他ドナー(素案では「同志国等」)、国際機関・地域機関・国際開発金融機関、市民社会、地方自治体、大学・研究機関、知日派・親日派人材・日系人等を取り上げ、それぞれの組織・個人の活動の特質を詳細に紹介し、これらのパートナーとの連携を可能とする手段等を紹介している。旧大綱の場合と同様、連携について記述するためには個別のパートナーに言及する必要があり、新大綱では、この部分には、新大綱全体で14ページのうち2ページが当てられている。新大綱では、「国際機関における意思決定への関与」の強化を求めているのに対し、旧大綱「効果的・効率的な開発協力推進のための原則」にあった「国際的な議論への積極的貢献」では、国連を含む「国際的な枠組みにおける議論に積極的に参加・貢献していく」とされていた。他ドナー・機関、民間企業等との連携の実面の難しさは従来から指摘されてきており、政策・制度面でのハーモナイゼーションを進めたり、政策・制度の柔軟な運用を認めたり、リスクを分担する仕組を創出したりする努力が求められる。様々なパートナーとの連携を推進するため、例えば、開発協力によって動員されたOOFの金額、民間資金の金額、協調融資への他ドナーの貢献額等について目標額を設けるといった試みを始めることも一案であろう。その第一歩として、全体の実績を取りまとめてはどうであろうか。「市民社会」に関する部分では、素案に対して、「広範な国民各層の開発協力への参加と知見の社会還元を促すとともに、その提案や意見に耳を傾ける」というパラが追加された。
(戦略性の一層の強化)内容面では旧大綱「戦略性の強化」と共通するものが多い。まず、「政策と実施の一貫性の強化」では、必要な重点化、ODAの3スキームの効果的活用、開発のプラットフォームを通じた様々な主体との連帯、相手国・国民による認知、評価(筆者注:原文は「評価、改善」)の重要性とあり方、PDCAサイクル等を取り上げている。もう一つの項目である「我が国の強みを活かした協力」では、我が国が積み上げてきた強みの活用、留学・研修プログラムの充実、オファー型協力の強化等を提案している。オファー型協力は旧大綱「基本方針」において当該国の政府等との対話・協働の一環として「我が国から積極的に提案を行うこと」も重視するとされているのに対し、新大綱のオファー型提案は次の点で新しいようである。

●質の高いハード面の協力と運営維持管理・制度構築・人材育成を含むソフト面の協力を組み合わせて実践することが重要であること

●ODAを含む様々なスキームを組み合わせて相乗効果を高め、日本の強みを活かした魅力的なメニューを作ること

 報道によれば、6月9日、外務省は、オファー型協力の具体例としてデジタル人材の育成や低炭素型施設の整備、鉱山開発の推進等を列挙した文書を公表した。この項目の下で、「我が国らしい協力」として JICA海外協力隊が特記されていることが注目される。

(目的に合致したきめ細やかな制度設計)ここでは、「開発のニーズに合わせた柔軟かつ効率的な協力の実施」と「時代のニーズに合わせた迅速な協力の実施」が取り上げられている。前者では、民間企業との資金協力・技術協力を可能とする制度改善、所得水準が相対的に高い国に対する協力スキームの戦略的活用、緊急人道支援における制度運用の改善(意思決定の迅速化、非政府の幅広いパートナーの一層の活用、質の高い柔軟な拠出、JICAの支援手法の改善等)を提案している。また、後者の項目では、迅速な意思決定・協力実施のための制度改善を求めている。

(2)開発協力の適正性確保のための実施原則
 1992年ODA大綱では、「理念」と共に「原則」は中心的な役割を果たしていた。旧大綱と同様、新大綱では、分量としては1ページ半とはいえ、多くの項目の一つに過ぎないと見なされているようである。
(最初のODA4原則)1992年のODA大綱には、新大綱に掲げられた最初の4原則が掲げられていた。ただし、環境については1992年の大綱及び2003年の改定大綱では「環境と開発を両立させる」とのみ書かれていた。旧大綱では、「環境と開発を両立させ、持続可能な開発を実現するため、開発に伴う様々な環境への影響や気候変動対策に十分注意を払い、環境に十分配慮した開発協力を行う」とされ、ODA実施に当たり、環境・気候変動対策への悪影響が生じないよう配慮することがより明確化された。新大綱の場合には、「持続可能な開発」の内容として「脱炭素化の促進」が含まれることが明確化された。ODA4原則の二番目の原則(「軍事的用途及び国際紛争助長への使用の回避」は、開発協力(ODA)と2022年12月に閣議決定された「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の運用に当たり、振り分けの基準の一つとなるものであろう。
(債務の持続可能性)多くの開発途上国が債務危機に陥っていることを背景に、今回新たに債務の持続可能性に関する原則が追加された。
(ジェンダー主流化を含むインクルーシブな社会の促進・公正性の確保)旧大綱にあった「公正性の確保・社会的弱者への配慮」及び「女性の参画の促進」を一本化して新たな原則としたものである。従来の「女性の参画の促進」がWID的な発想であったのに対し、新たな原則は、「ジェンダー主流化を通じたジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進」という内容に変更された。この部分は、有識者報告書にもあり、素案作成前に表明されていたNGOの要望も反映されているようである。本項の後段部分は旧大綱と同様の内容となっている。
(その他の原則)「不正腐敗の防止」の原則は、旧大綱と同内容となっている。「開発協力関係者の安全配慮」については、政情・治安が不安定な地域における危機発生時の対応が追加された。

(3)実施体制・基盤の強化
 ここには、「実施体制」、「人的・知的基盤」及び「社会的基盤(情報公開、海外広報及び開発教育を含む。)が取り上げられている。この項目の柱書においては、ODAの拡充を含む開発協力の実施基盤強化、民間企業・政府関係機関との連携強化、民間資金の動員等を取り上げている。
(ODAの拡充)前述の有識者懇談会報告書には、「新大綱においては、「今後10年でGNI比0.7%を達成する」など達成年限を明確に設定するとともに、中間目標を設けるなど、目標達成に向けた具体的な道筋を示すことを提言する」と書かれている(下線報告書)。新大綱には、前記「国際的目標を念頭に置くとともに、我が国の極めて厳しい財政状況も十分踏まえつつ、上記1.及び2.(筆者注:上記(1)及び(2)のこと)を踏まえ、様々な形でODAを拡充し、開発協力の実施基盤の強化のため必要な努力を行う」とされた。同様の記述は旧大綱においても見られた。一般会計ODA当初予算が1998年度から減額され始め、2015年度が最低額となり、その後少額ではあるが増加傾向にあることを考慮すると、新大綱では2015年に作成された旧大綱に比較して、もう少し前向きの記述が欲しかったような気がする。予算への言及がないのは、大綱では予算は取り上げないという方針に基づくものであろうか。ただし、新大綱では、ODAの語は資金又は体制・制度を意味する場合に使用されているようであり、ここには予算が含まれていると解することもできよう。なお、筆者は、かつて10年間で国際目標を達成するためのいくつかのシナリオを考えたことがある(霞関会HP「予算と実績の面から開発協力の未来を考える―ODA実績拡大のための現実的シナリオの提示―」参照)。
(実施体制)外務省を中核とした関係府省庁間の連携の強化、政府が政策を立案し実施機関が実施することによる政策実施の一貫性の強化、在外公館とJICA現地事務所の連携の促進及び能力・体制整備・制度改善について記述している。在外公館とJICA現地事務所の連携の促進は新たに追加された。
(人的・知的基盤)ここでは、産官学の連携、日本国内における国際人材の育成、これらの人材の活躍機会の増大・制度体制整備、国内外の大学・研究機関等の間の政策研究・ネットワーク形成等を提案している。
(社会的基盤(情報公開、海外広報及び開発教育を含む。))ここでは、開発協力の意義・成果、国際社会からの評価等について国民に説明し、開発協力に関する情報を公開し、国際社会における日本の開発協力とその成果の認知度・理解度を高めるための海外広報に積極的に取り組むとされている。

(4)開発協力大綱の実施状況に関する方向
 これは、2003年の改定ODA大綱に初めて置かれた規定で、初めは「政府開発援助(ODA)白書」とされていたものが、旧大綱では「開発協力白書」に変更された。なお、ODA白書は1984年以来発行され、2015年以降開発協力白書とされるようになった。

おわりに
 新大綱では、冒頭で「国際社会は歴史的転換期にある」とする国際情勢認識が明らかにされ、開発需要の多様化と膨大な開発需要の存在が指摘された。新大綱の本文では、開発協力の目的、基本方針、重点政策、実施に当たっての方策、実施原則、実施体制等を網羅的に取り上げており、新大綱でも累次の大綱との整合性と継続性に配慮がなされた。その結果、累次の大綱は政府・政府機関の実務者が常時参照し、国民の幅広い理解を深めるのに資する文書となっている。今後政府・外務省に期待されることは、課題別政策、地域別政策及び国別政策を取りまとめ、改訂することであろう。特に国別開発協力方針として取りまとめられている文書は、国別政策を語るには短すぎ、その結果内容面で画一的になりがちである。新大綱が完成した現在、外務省がこれらの文書の作成・改訂に取り組むことを期待したい。それ以上に期待したいのは、新大綱で触れられなかった財源を含む将来のODA予算と実績を見通す具体的で期限を付したシナリオが描かれることであろう。

(6月13日記)