新「開発協力大綱」をさらに読み込む ―オファー型開発協力に込められた新たな意義―


  元駐タイ大使 小島 誠二

はじめに

 最近、ある講演会において長年ODAの実務に携わってこられた方が新「開発協力大綱」においてオファー型協力への言及がなされた背景について質問をしておられた。この方を含め、ODAの実務を担当された方は、相手国からの要請を待たず、基本的な調査(JICAの基礎情報収集・確認調査)等のプロジェクト形成の手段を活用して、押し付けにならないように配慮しながら相手国に提案することを日常的に経験してこられたと考える。
 2015年2月に閣議決定された開発協力大綱(以下「旧大綱」)において「我が国から積極的に提案を行うこと」が提示され、また、本年6月に閣議決定された開発協力大綱(以下「新大綱」)でも、「オファー型協力を強化する」と書かれている。さらに、9月15日に、外務省は「開発協力におけるオファー型協力に係る戦略文書」(以下「戦略文書」)を公表した。新旧大綱及び戦略文書は、すでに一般化しているオファー型協力に新たにどのような意義付けを行っているのであろうか。
 本稿は、本ホームページに掲載された筆者の「新「開発協力大綱」を読む」に続くものであり、今回はオファー型開発協力に絞って、二つの大綱の内容を改めて確認するとともに、新たに公表された戦略文書の内容を紹介し、これらの文書で提示された新しいオファー型開発協力の意義と課題を考えることとしたい。

要請主義に対する批判と擁護(オファー型協力への道)

 1980年代末から1990年代初頭は、「日本のODA批判が最も盛んであった」(佐藤仁東大教授)とされる。批判は多岐にわたるが、そのうちの一つが要請主義に対するものであった。その背景には、途上国政府が要請する案件は、日本企業が持ち込み、途上国政府に要請させたものではないかという根強い不信があったように思われる。そこで、オファー型協力を考える前に、オファー型協力が提唱される一つのきっかけとなった要請主義批判について改めて考えることとしたい。1990年「政府開発援助 上巻」(以下「1990年ODA白書」)は、要請主義の内容及び要請主義の実際の運用について次の通り、要領よく取り纏めている。
(要請主義とは?)まず、1990年ODA白書は、二国間援助の案件採択について「我が国は、援助は途上国の自助努力を支援するものであるとの観点から、二国間の援助案件の採択に際しては、相手国から政府部内の公式の手続きを踏んで、我が国政府にその案件の実施が要請されることを前提としている」と説明する。
(要請主義の実際の運用)1990年ODA白書は、「先方の要請があればこれをそのまま受け入れる、または先方に対し我が国が適切と考える案件を提案することを排除している」わけではなく、我が国は、相手国側から出された要請について、「多くの場合調査団を派遣するなどして、精査し検討を行った上で」採択の是非を決定していると説明する。また、要請主義を補完する日本側の活動として「案件形成のための協力」及び「ハイレベルの政策対話ミッション」の派遣を挙げている。

相手国政府等との対話・協働の中で進められるオファー型協力(旧大綱)

 旧大綱には、「相手国からの要請を待つだけでなく、相手国の開発政策や開発計画、制度を十分踏まえた上で我が国から積極的に提案を行うことも含め、当該国の政府や地域機関を含む様々な主体との対話・協働を重視する」(「自助努力支援と日本の経験と知見を踏まえた対話・協働による自立的発展に向けた協力」)と書かれている。ここで注目されるのは、旧大綱においても、既にオファー型協力が個別案件の相手国への提案によって始められるものに留まらず、様々な主体との対話・協働の中で進められる可能性が示唆されていることであり、提案の相手が途上国政府に限られていないことである。ここには、新大綱で初めて取り上げられた「共創」の考え方が既に存在すると考えられるし、「対話・協働」の場は、戦略文書に言う「開発のプラットフォーム」に繋がるものであると言えよう。ただし、オファー型協力の対象については記述されていなかった。

共創の成果を活用し、日本の強みを生かしたオファー型協力(新大綱)

 新大綱では、前述の通り「オファー型協力を強化する」(「我が国の強みを活かした協力」)と述べられているが、次の点で新しいもののように考えられる。
● 資機材提供、施設建設等の質の高いハード面の協力と運営・維持管理への関与、制度構築及び人材育成を含むソフト面の協力を組み合わせて実践することがより重要となっているとされていること
● 共創の中で生み出された新たな社会的な価値や解決策も活用するとされていること
● ODAとOOF等の様々なスキームを組み合わせて相乗効果を高め、日本の強みを活かした魅力的なメニューを作り、積極的に提案していくとされていること
 新大綱の特徴について、まず言えることは、オファー型協力の実務的な側面が強調されていることであり、今般公表された戦略文書では、より戦略的な色彩が強いものとされているように見える。新大綱では、「共通の目標の下、様々な主体がその強みを持ち寄り、対話と協働によって解決策を共に創り出していく共創が求められる」(「共創を実現するための連帯」)とされ、オファー型協力の意義付けにも用いられている。また、「日本の強みを活かした魅力的なメニュー」を作成するとしていることは、日本政府の継続的で組織的な取組が示唆されていると言えよう。

外交政策上戦略的に取り組む分野と複合的な開発課題の解決鍵となる分野を対象とするオファー型協力(戦略文書)

 9月15日に公表された戦略文書(正式名称:「オファー型協力を通じて戦略的に取り組む分野と協力の進め方「パートナーとの共創のためのオファー型協力」」)は、①文書作成の目的、②対象分野、③具体的な進め方並びに④各分野における開発協力目標及び開発シナリオにより構成されている。戦略文書は依然抽象的な内容にとどまっており、今後各分野別共通計画及び各国別計画により具体化していくことになっている。

(1)本文書作成の目的
(オファー型協力を戦略的な内容に格上げした戦略文書)今回の戦略文書は、新大綱のオファー型協力に関するいわば実務的な内容(上記3)に加え、新大綱にあった次のような考え方を反映したものになっている。
●「我が国の外交の最も重要なツールの一つである開発協力を一層効果的・戦略的に活用する。」
●「今日、国際社会は、複合的危機の克服のため、価値観の相違、利害の衝突等を乗り越えて協力することをかつてないほど求められている。」
●「共通の目標の下、様々な主体がその強みを持ち寄り、対話と協働によって解決策を共に創り出していく共創が求められる。」
(戦略文書作成の背景)戦略文書は、作成の背景を次の通り説明している(下線原文、以下同様)。
「我が国の外交政策上戦略的に重要であり、かつ複合的な開発課題の解決の鍵となる分野に集中的にリソースを投入」すること
●「我が国の強みを活かした協力を行う」こと
●「民間資金や様々な技術との連携により開発効果を最大化していくこと
●「途上国の活力を日本にも取り込むための互恵的なものへと転換していくことが求められており、ODAもその重要な一翼を担うものに変化することが必要となっている」こと
(オファー型協力の定義)戦略文書は次の通りオファー型協力を定義している。
 「我が国の外交政策上戦略的に重要であり、かつ複合的な開発課題の解決の鍵となる分野に資源と人材を集中的に投入し、双方にとって望ましい未来を共に築いていくことを目的として、我が国の戦略(重点分野、各分野で達成すべき目標、協力の実現のためのシナリオ)を定め、それを土台にして、その相手国との対話と協働を通じて、各国に適した国毎の支援の方策を編み出し、共にその実現を図っていく共創による協力という新たな仕組みである。」
(共創の重要性)戦略文書は、共創の重要性について、次の通り述べている。
●「共創によって生み出された価値により、グローバルな複合的危機への対応に連帯して取り組むとともに、我が国の課題の解決や経済成長にもつなげていく。
●「国際社会全体に広く普遍していくにふさわしい社会的価値の共創にも取り組んでいく。
●「開発のプラットフォームに様々な主体(民間企業、公的金融機関、国際機関、他ドナー、市民社会、地方自治体、大学・研究機関等)を巻き込み、互いの強みを持ち寄り様々な協力を組み合わせることで、総合的な開発効果(Collective Impact)を最大化することを目指す。」
(戦略文書の見直し)毎年一度をめどとして、本戦略を見直す。

(2)オファー型協力を通じて戦略的に取り組む分野
(イ)基本認識
(気候変動)
戦略文書は、気候変動について、「人類のみならず地球上の全ての生命体の存亡にも関わる待ったなしの共通の課題である」として、「「アジア・ゼロエミッション」共同体構想の実現等を通じ、地域のパートナー国の脱炭素やエネルギーの移行を支援すること」及び「島嶼国等の脆弱国が気候変動に対し強靭な社会を構築することを支援すること」の重要性に触れ、「我が国の最先端の脱炭素技術を活用しつつ、共創によって共通の課題を乗り越えていく観点も重要である」と指摘している。
(経済強靭化)戦略文書は、ロシアによるウクライナ侵略、新型コロナの感染拡大、一部の国の経済的依存関係の武器化等に触れつつ、途上国の経済的強靭性と経済安全保障を強化していくことは、途上国の質の高い成長を確保しつつ、我が国経済への裨益という成長の好循環を確保していく上で喫緊の課題となっている」と述べる。
(デジタル化の促進)戦略文書は、「安全性の高いデジタルネットワークの構築、途上国の成長と我が国経済の発展の好循環を確保し、ウィンウィンの関係を築いていくことが求められている」と書く。
(ロ)オファー型協力の実施分野
戦略文書は、「戦略的にODAを実施していくことが特に求められている以下の分野において「オファー型協力」を実施していくこととする」と述べる。
● 気候変動への対応・GX(グリーン・トランスフォーメーション)
● 経済強靭化(サプライチェーン強靭化、重要鉱物資源に対する公平なアクセスの確保、産業多角化のための産業育成等)
● デジタル化の促進・DX(デジタル・トランスフォーメーション)

(3)オファー型協力の具体的な進め方
(イ)協力の目的
 戦略文書によれば、オファー型協力の目的は次の通りである。
●「途上国の質の高い成長を図る。」
● 諸アクターとの「共創」により、「相手国と我が国の社会経済面での成長に還元する。」
● 国内外の官民資金の連携による開発効果により、「途上国との外交関係を一層強固なものとするとともに、当該途上国と我が国の双方の経済の強靭化など、互恵的な関係を構築する。」
(ロ)具体的な進め方
戦略文書は、次の通り具体的な進め方を提案している。
● 各国共通の分野ごとの「開発協力目標」と「開発シナリオ」を策定する。
● 重点国を選定し、当該重点国との間の政策対話により、当該国ごとの協力内容(開発協力目標、開発シナリオ、協力メニュー)を協働で策定する。
● 我が方から「中長期的な投入資源量」を示しつつ、「相手国側が政策面で取り組む内容等についても議論し、必要に応じ、包括的に合意」し、「各国ごとに我が国と途上国の双方の関係するステークホルダーとの対話の場(プラットフォーム)を設定する。」
● 「これらの取組を通じ、様々なステークホルダーとの共創によって、設定した開発協力目標の実現を図る。」

(4)各分野における「オファー型協力」の開発協力目標及び開発シナリオ
(イ)気候変動への対応・GX
(開発協力目標)
戦略文書には、パリ協定の実施を促進し、「直面する開発課題と気候変動対策を両立させて推進し、持続可能かつ強靭な社会の構築を促進する」と書かれている。
(開発シナリオ)戦略文書には、「パリ協定実施に向けた制度構築・人材育成等」及び「開発途上国の持続可能な開発と気候変動対策に貢献するとともに、持続可能かつ強靭な社会を構築する(緩和と適応の推進)」という二つのシナリオが掲げられている。
(ロ)経済強靭化
(開発協力目標)
戦略文書には、「様々な国際的リスクへの途上国の経済的な強靭性を高め、我が国を含む自由で開かれた世界経済と当該経済との間で相乗効果を発揮させるようにする」と書かれた。
(開発シナリオ)戦略文書には、「グローバル・サプライチェーン及び産業構造を強靭化・多角化する」並びに「資源国と国際社会の双方にとって安定的な鉱物資源開発を確保する」という二つのシナリオが掲げられている。
(ハ)デジタル化の促進・DX
(開発協力目標)
戦略文書には、「途上国及びその国民が、安全、公平かつ安定的にデジタル化の恩恵を受けられる社会を実現する」と書かれた。
(開発シナリオ)戦略文書は、「開発課題解決へのデジタル活用と民間との協働の推進」及び「DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の考え方に基づくデジタル化推進のための基盤整備」を掲げている。

まとめ(今後の進め方)

(戦略文書の目的)戦略文書は、オファー型協力の目的を①外交政策上戦略的に重要であり、かつ複合的な開発課題の解決の鍵となる分野への資源と人材の集中的投入、②我が国の強みを活かした協力、③開発途上国及びその他のパートナーとの共創と我が国経済への還元などに求めており、また、オファー型協力の対象分野を特定しているという点で旧大綱と異なっており、新大綱と比較するとその内容がより明確化され、戦略化されているようである。なお、新大綱のオファー型協力にはインフラ重視の姿勢が見られたのに対し、戦略文書ではその重要性が相対的に低くなっているように見える(インフラ整備への言及は一か所のみ)。
(オファー型協力へのインセンティヴ)これらの目的は、新大綱の内容をいわば凝縮したもののように見える。言い換えれば、これらの目的は、オファー型協力にとらわれず、通常の開発協力の計画・実施の中でも追及していくべきものであると言えよう。それでは、途上国政府はどのような動機からオファー型協力を希望するのであろうか。まず考えられるのは、あらかじめメニューが用意され、我が方から中長期的な投入資源量も示されているので、プロジェクト形成が容易に進むことが考えられる。また、様々なステークホルダーの参加が想定されていることも途上国政府にとってはインセンティヴになり得よう。
(予算手当て)日本政府は一般に国ごとの年間ODA供与額をあらかじめ提示していないが、オファー型協力の下では、日本政府を含むステークホルダーが中長期の資源投入量を示すことになっている。この過程において、途上国政府は、オファー型協力の下で通常のODA供与額とは別枠の供与額の要請を行うかもしれない。もちろん、オファー型協力であるので、決定はあくまでも日本側で行われるが、オファー型協力の全額又は一部を追加供与することがオファー型協力をより円滑に進めることに資するかもしれない。報道によれば、外務省は、2024年度予算においてオファー型協力のための予算を確保しようとしているが、この予算が通常ODA予算に追加的なものとなること期待したい。
(実施体制)戦略文書を読むと、オファー型協力の準備と実践に当たっては、多くのリソースを投入する必要があり、それなりの準備期間も必要と考えられる。外務省としては、既存の文書(国別開発協力方針・事業展開計画等)及び既存の制度(政策対話の枠組み、現地ODAタスクフォース等)を活用していくものと想像される。ただし、オファー型協力では、ODAに関連する府省に加え、OOFに関連する組織、民間企業等の参加が想定されており、分野ごとの全体計画、国別計画、個別プロジェクト等について多くの調整が必要となると予想される。報道によれば、外務省は、オファー型協力のための新組織を立ち上げる計画である。
(将来の見通し)戦略文書では、「国際情勢や外交課題は刻々と変化するものであり、毎年一度をめどとして、本戦略の見直しを行う」とされている。オファー型協力の予測可能性を考えれば、あまり頻繁に戦略文書を変更することは適当ではないと考えられる。また、戦略文書の変更は、分野別全体計画及び国別計画の実施状況も考慮して行われる必要があろう。戦略文書の変更の中心は実施分野の変更・追加が中心になると考えられる。JICAグローバル・アジェンダには20の事業戦略が掲げられており、この文書との連携を考えていくことも有効であろう。

(10月4日記)