国連総会ハイレベルウィーク中の核軍縮・不拡散行事の開催意義


  元広島市立大学准教授 福井康人

はじめに

 2023年国連総会ハイレベルウィークの期間中に、国連本部において岸田総理主催核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)ハイレベル記念行事及び上川外相が出席した第13回包括的核実験禁止条約(CTBT) 発効促進会合が開催された。現在の核軍縮・不拡散を取り巻く国際安全保障環境は、これまでにないほど厳しく、ロシアによるウクライナ侵攻は当分の間継続する見込みである。また、最近はイスラエル・ハマス間を巡る抗争も激化して中東の不安定要因となり、アジアでも中国及び北朝鮮の動向も警戒すべきところがある。先般、ウィーンで開催された核兵器不拡散条約 2026年運用検討会議第1回準備委員会も、コンセンサス合意が困難であれば議長の責任で取り纏めることが慣行になっていた最終文書も、内容に対する見解の相違から採択できない異例の結果に終っている。そのような状況下での、国連総会ハイレベルウィーク中に開催された核軍縮・不拡散行事の意義について考えてみたい。

岸田総理大臣主催FMCTハイレベル記念行事の開催

 国連総会ハイレベルウィークの期間中には、多くの首脳が参加し、国連の所掌する様々な会議が毎日のように開催される。そのような中で、9月19日(現地時間)、国連総会に出張中の岸田総理大臣はFMCTハイレベル記念行事を開催した。同行事に先立ち、岸田総理はロシアによるウクライナ侵略と核による威嚇は、「核兵器のない世界」への道のりを一層遠ざけるものであり、核軍縮をめぐる国際社会の分断はますます深まっているとの認識を示した。また、冷戦の最盛期以来、初めて核兵器数の減少傾向が逆転しかねない瀬戸際にあると指摘しつつ、しかし、そういった状況にあるからこそ、核兵器用核分裂性物質の生産禁止により核兵器の量的向上に制限をかけるFMCTの早期の交渉開始が必要であると強調した。続いて、ウォン豪外相(共催者)による司会の下で、マナロ・フィリピン外相(共催者)、中満国連事務次長兼軍縮担当上級代表、ウィップス・パラオ大統領、ベアボック・ドイツ外相、ブラウンス・スロット・オランダ外相、シュクリ・エジプト外相、チエリッチ・イタリア副外相の政府高官等によるステートメントが行われた。このようにFMCTの早期交渉開始に意見が参加国から相次ぎ、FMCTの交渉開始へのコミットメントや重要性が強調され、今必要なのは政治的意思であることとの認識が示されたことは重要である。

 筆者は偶々、1998年にFMCT交渉開始が合意された時に本省側でFMCT担当であったが、ジュネーブの軍縮会議の本会議場から担当書記官が国際電話でFMCT条約交渉マンデートが合意されたことを興奮気味に連絡してきたのを今も鮮明に記憶している。それからは新しい条約交渉が始まるかもしれないということで、FMCT分野の検証専門家と相談を始めた。しかしながら、その後、こうした動きが停滞気味になり、今日まで再度2009年に交渉マンデートに合意出来たものの、その後も実質的な交渉が出来ないまま、既に20年以上が経過している。その主たる原因は各国の政治的意思の問題もあるが、軍縮会議の手続規則 が交渉開始を困難にしている側面もある。この手続規則の下では、全ての意思決定がコンセンサス方式で行われ、毎年の会期毎に新たな作業計画に合意できないと継続して条約交渉が出来ないという状況下でしか、条約交渉が出来ない条件が課されている。つまり、1か国でも条約交渉のブロックが可能なのである。

第13回CTBT発効促進会議へ開催との上川外相の出席

 また、CTBTについては44カ国の発効要件国が全て批准しないと発効しないという発効要件が条約第14条に規定されている。このため、この条約も検証制度が将来の発効に向けて整備が行われる中で暫定的運用が行われ、未発効状態が継続している。条約交渉当時から発効に時間を要することが予見されたため、発効促進会議の開催も併せて規定されている。こちらは9月22日(現地時間)、ニューヨークを訪問中の上川外務大臣が、第13回CTBT発効促進会議に出席した。上川大臣は、政府代表ステートメントにおいて、我が国が現実的かつ実践的な核軍縮措置としてCTBTの早期発効を重視している旨述べ、CTBTの重要性がかつてないほど高まっている中、CTBTの発効が国際社会にとって喫緊の優先課題であることを強調した。会議では、中満国連事務次長兼軍縮担当上級代表やフロイドCTBTO準備委員会暫定技術事務局長等に加え、タヤーニ伊副首相兼外務・国際協力相、テワニー・パナマ共和国外務大臣をはじめとする多くの各国政府代表等も出席した。

 更に、同会議に参加したCTBT批准国の総意として、発効要件国を中心とする未署名国・未批准国に対する早期の署名・批准の呼びかけ、核実験モラトリアムの維持の呼びかけ、検証体制構築に関する支援の確認、さらに北朝鮮による核実験への非難等を盛り込んだ最終宣言が採択された 。この条約も軍縮会議で交渉され、コンセンサス採択が原則であるため、インドが発効要件国に組み込まれていることに難色を示したために条約採択には失敗した。このため、「プランB」として投票で同条約を添付した決議を採択可能な国連総会に持ち込み、最終的に採択された後に署名開放され、今日に至っている。

結びにかえて

 上記の2件の行事が扱う事項は、日本が核兵器のない世界を目指す上でも重要視しているものであり、FMCTの早期交渉開始、CTBTの早期発効の両案件とも、日本が議長国を務めたG7広島サミットで発出された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」 にも明記されている。FMCTは核兵器用核分裂性物質の生産禁止により核兵器の量的向上に制限をかけ、他方でCTBTは核実験を禁止することにより核兵器の質的な改善の抑止を図るものであり、両者は核軍縮・不拡散を進めるための両輪である。また、両条約の必要性については、1978年に開催された第1回軍縮特別総会の最終文書 にも言及されており、国際社会は45年以上にも亘り、その目標実現を追求していることになるが、残念ながら双方ともに実現していない現状がある。

 FMCTについては、現時点でも構想に留まっており、既存の軍縮会議又は国連総会決議に基づく特別委員会や外交交渉会議を開催し、条約交渉を行う必要がある。そのため条約の議論(discuss)でなく、交渉(negotiate)することを明記した条約交渉マンデート決議を今後採択して条約交渉を開始する必要がある。他方で、CTBTについては非常に厳格な発効要件で合意されたため、その条件を満たすように、我が国を始めCTBTの発効促進に賛同する国が一丸となって努力を継続する必要がある。特にCTBTについては既にロシア下院が10月19日に批准撤回を可決した。更に上院も承認し、11月2日にはプーチン大統領が署名し、今後手続が進み署名国になると、ウィーン条約法条約第18条の規定する「条約の効力発生前に条約の趣旨及び目的を失わせてはならない義務」はあるものの、核兵器国であり発効要件国であるロシアの批准撤回は発効促進にネガィブな影響を与えかねない。このように、両条約共に様々な問題を抱える困難な状況下で、我が国がハイレベルの政治的意思を示したことは極めて有意義である。

(11月8日記)


i Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty (adopted as UNGA Res 50/245 (17 September 1996) UN Doc A/RES/50/245) 35 ILM 1439 (CTBT).
ⅱ Treaty on the Non-Proliferation of nuclear weapons (adopted 1 July 1968, entered into force 5 March 1970) 729 UNTS 161.
ⅲ 外務省、岸田内閣総理大臣による核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)ハイレベル記念行事への出席。URL: https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2023/0919fmct.html (As of 11 October 2023), https://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page4_005999.html(as of 3 October 2023)
ⅳ CD Doc. CD/8/Rev 9, December 19, 2003, pp.1–8.
ⅴ 外務省、第13回包括的核実験禁止条約(CTBT)発効促進会議。
URL: https://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page4_006010.html (as of 3 October 2023)
ⅵ CTBT Doc. CTBT-Art.XIV/2023/6, 26 September 2023, pp.1-13. この会議報告書の附属(Annex, pp.7-11)に最終的に採択された最終宣言が添付されている。