余談雑談(第156回)独裁者

  元駐タイ大使 恩田 宗

 独裁者プーチンはウクライナ侵略という大きな誤りを犯した。これが彼にとり致命傷となるか、未だ分からない。ただ誤った戦争をした国家指導者は多くが滅びている。

 20世紀は独裁者の多い世紀だった。諸帝国が崩壊し民族や宗教別の国に再編される過程で機を見るに敏で暴力を厭わぬ野心家が混乱を制し独裁者として新国家の頂点に居座ったのである。「二十世紀の独裁者列伝」(桂令夫、他著)には67人の独裁者が載っている。彼等は一旦権力を握ると離したがらず離せば身の危険を招くので権力掌握の期間が長くなる。平均22年である。その間に不満分子の投獄・殺害や理のない戦争をして罪を重ねる。独裁者の半数は暗殺・刑死・亡命等の憂き目に会いタタミの上では死んでいない。プーチン大統領も在位20年を超える。ロシア民族は残酷なタタール族の2世紀半に及ぶ支配を生き延び皇帝・地主の苛政・搾取にも耐えた。我慢強く愛国的らしいが注意を要する。

 独裁制は民主制との競争に破れソ連が崩壊したがその後民主制の普及は進んでいない。民主化を標榜しての米国の中東・ソマリアへの介入は失敗に終わった。最近は民主的資本主義は格差を拡大させるとして果断な政策を実行できる独裁制に惹かれる人達が増えEU内でも権威主義に傾く国が生じている。V-Dem 研究所の調査では20世紀末には年に72ヵ国がより民主化しより権威主義化したのは3ヵ国であったが去年は民主化が15、権威主義化が33であったという。

 政治は人を敵味方に分ける。政治を独裁する者は当然敵を持つ。最初は救国の英雄として国民に乞われるようにして権力の座に就いた場合でも独裁者はいずれ命を狙われる。ガリアを平定したカエサルもローマ市民に喝采されて終身独裁官に就任したが元老院内の政敵に暗殺された。結果として後継者のオクタビアヌスが元老院を抑えて帝制に変革し初代皇帝アウグストスとして以後200年の「パックス・ロマーナ」の繁栄の基礎を築くこととなった。日本は低迷して30年余りになるが国会議員数の削減でさえ進まず復活は当面望めない。  

 カエサルはエジプト女王クレオパトラを愛人にして子を成し彼の死後アント二ウスが彼女と結婚した。二人とも妻がいた。之を「英雄色を好む」と解しては正鵠を欠く。エジプト王朝安泰のため女王の方から誘惑したらしい。英雄も凡夫同様美女には弱いということなのである。「ローマ人の物語」の塩野七生は偉大なカエサルは全てを承知の上で弱い立場にある女の必死の誘いに大きい心で乗ってやったのであり現地での仕事は抜かりなくやり遂げていると評価が甘い。カエサルは独裁者であったが2000年以上経っても賢女が魅入られる程立派な人物であったようである。