余談雑談(第118回)伝統と保守主義

元駐タイ大使 恩田 宗

 童謡の「お正月」(もういくつねると・・・)はもう唄われなくなったらしい。数ある童謡の中で人気は180番目位だという。今の子供達にとりこの唄にある凧揚げ・こま回しや鞠つき・羽根つきはそれほど面白い遊びではなくクリスマスと重なる正月は(早くこいこい)と待ちわびる程の行事ではなくなったからではないかと思う。

 同じ明治からの歌で昭和までは小中高の学校の卒業式で広く歌われてきた「仰げば尊し」も今は歌われなくなったらしい。歌ネットによる卒業式の歌の人気ランキングは30中の22位である。これは卒業式で実際に歌われた回数の順位ではないがあまり歌われていないとみてよいという。30の歌の内「仰げば」(1884年作)と2位の「旅立ち」(1991年作)を除く28は全て今世紀の歌である。「仰げば」が歌われないのは言葉使いが古く内容が教師崇拝で出世主義だということらしい。然し生徒が教師に感謝し教師は生徒が世に出て成功するよう励ますことに問題があるとは思えない。台湾では歌詞を中国化し今も卒業式の定番曲として使っているという。曾祖父の時代から世紀を超えて歌い継いできた伝統の歌を古いということで捨ててしまうのはいかにも惜しい。美しいメロディーの歌であり残して欲しいと思う。

 保守主義につての古典的な本に人間は保守的な生き物で未知のものに不信感を抱き経験済みのことは信頼すると書いてある。変化を怖れ現状の継続を望む習性があるという。英国では革新が流行るこの時代に保守を正面から名乗る大政党が存在する。同国ではニュートンが学んだグラマー・スクールの石造りの建物が学校の図書館としてまだ使われている。何世代もの学童がいたずらで彫った無数の名前があちこち残っていて彼の名前もあるという。日本では古い立派な家や建物も利や便のため簡単に建て替えてしまう。そこに善し悪しはないが日本人の変化に対する抵抗は英国人より明らかに弱い。

 日英とも古い歴史のある伝統を尊ぶ国であるが年を重ねた「古さ」という質(クオリティー)への信頼の強さというか尊重愛着の念が違う。両国の近・現代史が違うからではないかと思う。日本は前の時代を引き継ぎその上に次代を築くのではなく去った時代を否定し新たに時代を築いてきた。明治は江戸時代を、敗戦後の昭和は戦前を、絶縁して前進せざるを得なかった。そうした経験から元々の保守的な性格の上に変化と新奇を好み受け入れる性向を継ぎ木のように持っているのだと思う。

 歌ネットは卒業式用の新しい歌を紹介するとき「時代と共に変わる卒業ソング」とそれが当たり前のように言う。卒業式を現代風の歌詞とリズムの歌で盛り上げたいという教師や生徒の気持ちは分るが百年近く続いた伝統ある慣習を取り捨ててしまうのはいかにも惜しい。 

(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。