ロシアのウクライナ侵略が核問題に与える影響


内閣府原子力委員会委員・元軍縮会議日本政府代表部大使  佐野利男

はじめに
 2022年4月24日、ロシアはウクライナに対し軍事侵略を開始した。今回の侵略は、国際紛争を解決する手段として「武力の行使及び武力による威嚇」を禁止した国連憲章の明白な違反であり、「戦争の世紀」と言われた20世紀の乗り越え、国際社会が勝ち取った諸原則、即ち主権平等、政治的独立、領土保全、紛争の平和的解決などを踏みにじる暴挙である。
 今回の侵略については国際政治等の観点から様々な興味深い論点があるが、ここでは、現在世界に原子力発電を行っている国が30か国と1地域(台湾)ある中、ロシアによるウクライナ侵略、就中原子力施設への攻撃や占拠が、核不拡散、核セキュリティー、そして原子力の平和利用にどのような影響を与えるかにつき考察する。

1 ウクライナの原子力施設に何が起きたか?
 下記の図は、ウクライナにおける原子力施設を示している。原子力発電所は5か所にあり(北部のベラルーシ国境付近にチョルノービル原発、西部にフメリニツキーとリウネ原発、そして南部に南ウクライナ原発そしてザポリージャ原発がある)、このほか東部ロシア国境付近のハリキウ等に研究所などがある。ロシアの侵略以前、ウクライナは電力供給の約55%を原子力に依存していた。ロシアは、侵略直後にチョルノービルをそして後日ザポリージャ原発に攻撃を加え、占拠した。それ以降、ザポリージャ原発の周辺では戦闘が繰り返されており、安全性やセキュリティーの面から史上まれにみる深刻な状況が生じている。
 更に、11月末にロシアによる攻撃のためウクライナにある稼働中の4原子力発電所の外部電源が途絶し、その後は復旧したようだが、このような状況下では、すべての原子力発電所は稼働できない事態に至っていると思われる。これから厳しい冬を迎えるウクライナ国民の困難は想像を絶するものがあろう。

 以下、各原発に何が生じているか簡単に紹介する。
 まずザポリージャ原発につき、3月2日にロシアはこれを支配下に置いたことをIAEAに通告し、占拠が続いている。それ以降今に至るまで原発の関連施設への砲撃や地雷の爆発が生じている。最も懸念されるのは、外部電源や通信の断続的な喪失で、極めて危険な状況にあることだ。これに対し、9月初旬に、R.グロッシー事務局長をヘッドとするミッションが現地を訪問し、それ以降数名のIAEA職員が常駐している。同事務局長は、9月3日に国連安全保障理事会にザポリージャ原発周辺に「安全・セキュリティー保護地帯(safety and security protection zone)」の設置を提案し、以降プーチン、ゼレンスキー両大統領と交渉を続けてきた。10月初旬に発電所長が拘束され、また約50名の職員も拘禁状態にあるとの報道もなされた。所長は解放されたものの、辞職し、原発内の設備の安全・セキュリティーのみならず、職員の生命の安全や心理的圧迫による原発の安全な操業に対する影響が懸念される。
 次に南ウクライナ原発では4月にミサイルが飛来し、9月には砲撃により外部電源が一時的に失われた(上図のほぼ真ん中)。また11月初旬と月末にウクライナ西部のリウネ(上方左側)とフメリニツキー発電所(その右下側)も外部電源が喪失した。
 チョルノービル原子力発電所は1986年に事故を起こし、現在は石棺でおおわれているが、軍事侵略の当初に占拠され、これが3月末まで続いた。度重なる砲撃などがあり、また土壌を掘り返したためか、一時は高い放射線量が観測された。ロシア軍の撤退後、IAEAのミッションが4月、5月、12月に訪問し、原子炉の安全やセキュリティーの状況を確認した。
 その他の原子力施設については、2月にハリキウの廃棄物施設の一部が破壊され、キーウの廃棄物保管施設にミサイルが着弾したが、同様な事態は他の研究施設にも生じている。
 ロシアは一時ウクライナがダーティ-・ボム(放射性物質を使ったテロ)を製造していると主張したが、ウクライナの要請により査察を行ったIAEAによると、関係する3施設において未申告の活動はないことが確認された。

2 国際社会はどのように対応したか
 次に、このようなロシアの攻撃に対し、国際社会がどのように反応し、対応したかを説明する。
 1)IAEA
 先ずIAEAはウクライナの原子力発電所の安全やセキュリティーに関して、最も大きな貢献をしてきた。IAEA理事会は3つの決議を採択した。即ち、1)ロシアの侵略を非難し、全ての原子力施設の管理をウクライナに戻すこと、2)ザポリージャ原発の占拠をやめること、3)ウクライナ国内の核関連施設ですべての活動を停止すること、である。
 またIAEAはロシアの侵略当初から原子力関連施設の状況につき、ホームページで情報提供を行い、グロッシー事務局長自身が現地を訪問し、職員をザポリージャに常駐させるなど活発に行動してきた。また前述のようにこの地域を「安全とセキュリティーの保護地帯」とすべくロシア・ウクライナ両政府と交渉している。
 また原子力施設の安全・セキュリティーに関し、守るべき主要7ポイントを発表し、ウクライナの現況について、これまで報告書を2回(4月、9月)発表してきた。これら7ポイントとは、原子力施設の一体性確保、安全・セキュリティーの確保、職員の職務遂行の確保、外部電源の確保、備品の供給確保、放射性モニタリングの実施、および規制当局とのコミュニケーションの確保、である。
 2)Group of 7
 G7はロシアの軍事侵略を非難する声明を数回発出した。またIAEAの活動の支援、ロシアによるウクライナ4州併合を非難する声明も発表した。先のIAEA総会ではカナダがG7と54か国を代表して、ロシア非難の共同ステートメントを行った。
 3)NATO、EU
 当初からNATO及びEUは今回のロシア侵略を国際の安全と安定を阻害するものと位置付け、国際法に違反し、人道に反するものと非難した。
 他方、ウクライナはEU及びNATOへの加盟意欲を表明しており、EUは6月に加盟候補国としてこれを認めている。なお、NATOとロシアの間で中立的な立場をとっていたフィンランドとスウェーデンは5月にNATO申請を行い、欧州政治における一つの転換点になった。
 4)国際連合
 国連は緊急特別総会を開催し、これまで5本の決議を採択した。即ち、1)軍事侵略の非難、2)民間への攻撃非難、3)拒否権行使につき総会での背景説明、4)4州併合の無効、5)侵略の被害への損害賠償、である。
 また人権理事会はロシア軍の行為につき特別調査を提案すると同時に、侵略非難決議を採択したが、ロシアは反対している。なお、穀物輸出についてはトルコと共に国連が仲介し、8月に実現し、11月に延長された。
 このように国連は様々な対応を行い、グテーレス事務総長もモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談し、人道回廊の設置や穀物輸出についての仲介を行ったが、原子力発電所の安全確保につき手を尽くしたといえるだろうか。この点につき、私の考えを後ほど述べることとする。
 5)G20
 G20としては先般インドネシアで開催された首脳会議で、多くの国がロシアを非難した声明を発出している。

3 国際法上の整理
 1)ジュネーブ諸条約
 ここで、今回の原子力発電所への攻撃・占拠を国際法の観点から整理してみたい。
 まず、一般的に原子力発電所、ダム、堤防などの破壊が人道上甚大な被害を及ぼすものについて、国際人道法であるジュネーブ諸条約の追加議定書IとIIが適用される。このうち追加議定書IIは「文民たる住民の保護」のため「危険な力を内蔵する工作物等(原発、ダム、堤防)を掲げ、これらが「軍事目標」であったとしても、攻撃を禁止している。しかし、これらは議定書に批准した国の国内法によって処罰が規定されるものの、国際的な担保規定がないのが実情だ。
 そして、国際人道法、即ち戦時国際法が適用された場合は、平時において核テロリズムや核セキュリティーを規定する「核テロ条約」や「核物質防護条約」の適用は除外される。
 従って戦時における核テロリズムをどのように扱うべきかにつき課題が残ることになる。
 2)国際司法裁判所
 なお、国際司法裁判所の対応については、ウクライナの訴求に対し、3月ロシアに対し即軍事活動を停止するよう暫定措置を発出した。ロシアは、国連憲章第94条、即ち加盟国は国際司法裁判所の裁判に従うとの規定にも違反していることになる。

4 ウクライナ侵略が核問題に与える影響
 それでは今回のウクライナ侵略、就中ロシアの原子力発電所への攻撃・占拠がIAEA保障措置、核不拡散及び核セキュリティーに与える影響につき考えてみる。
 1)IAEA保障措置への影響
 保障措置とはウランやプルトニウムなどの核物質などが平和利用に限定され、軍事目的に転用されないことや、未申告の核物質や原子力活動がないことを確認するためIAEAが加盟国に行う査察制度である。核不拡散条約(NPT)は、非核兵器国である締約国が核開発に向かわないように保障措置の受け入れを義務づけている。
 今回の軍事侵略により、IAEAの保障措置活動が大幅に阻害され、保障措置の結論が出せない状況が続いている。つまり、原子力発電所が他国の管理下に置かれているため、ウクライナ政府の保障措置協定上の義務が履行できていない。これに対し、グロッシー事務局長は、チョルノービルやザポリージャへのミッションを派遣し、査察活動を確保しようとしている。
 2)核不拡散・核軍縮の取り組みへの影響
 先ず、今回の度重なるプーチンによる「核使用の恫喝」は核使用の「閾値」を下げ、核兵器の政治的価値を不用意に上げてしまった。加えて、これが潜在的な核開発国(イラン、その他かつて核を開発しようとした諸国)や野心を抱く独裁者達に核開発の誘因を与えたといえる。オースチン米国防長官は先般のハリファックスの講演で、「プーチンの仲間の独裁者たちがこれを見て「核を保有すること」が「狩猟免許」を得ることだと結論付け、これが核拡散の危険なスパイラルをもたらす危険がある」と指摘した。
 また、今次侵略は各国に核抑止の有用性を再認識させる結果となり、政治的中立をうたっていたフィンランドやスウェーデンのNATO加盟申請を招いた。またゼレンスキー大統領も10月にNATO加盟へに意欲を示した。このことは、核抑止の有用性が再認識された結果、核軍縮の優先度が下がり、今後核軍縮への取り組みが停滞することを意味する。現に、北朝鮮が度重なるミサイル発射や核開発を推進し、自国の核抑止力強化に邁進しているのにはこのような背景があるものと考えられる。
 また、「ブダペスト覚書」違反により、非核化にたいする取り組みがスローダウンすることは避けられないだろう。ウクライナは旧ソ連から引き継いだ核兵器5000発を米露英による安全保障供与と引き換えに手放したが、このウクライナ・モデルですら機能しなかったことから、今後核兵器保有国が核兵器を簡単には手放さないことは容易に想像できよう。
 この8月のNPT運用検討会議ではロシア1か国の反対で最終文書に合意できなかったが、5核兵器国間の対峙が今後、核不拡散体制の礎であるNPTの求心力の低下をもたらすことが懸念される。
 3)核セキュリティーへの影響
 核セキュリティーとは、核物質その他の放射線物質などやその輸送を含む活動を対象にしたテロなどの犯罪行為を防止することである。具体的には、核物質や放射線物質を盗み、核爆発装置やいわゆる「ダーティ・ボム」を製造することなどだ。今回のチョルノービルやザポリージャ原発への攻撃は国家主体によるもので、これを規制する国際法はジュネーブ諸条約だが、これにはロシアもウクライナ両国とも批准しており、ロシアの義務違反は明らかである。
 ロシアによるウクライナ侵略が核セキュルティーに与える影響で懸念されるのは、いわゆる「インサイダーによる脅威」であろう。インサイダーとしてはロシアのワグネルのメンバーや前線に投入されるロシアの受刑者、或いは傭兵の内、統制のとれていない軍人による核物質などの盗取やテロリストへの横流しの可能性、更にはインサイダーによる破壊行為により放射性物質が飛散するリスクが考えられる。「核テロ条約」や「核物質防護条約」が戦時において適用外であることは既に述べた。これらインサイダーを規制する規範はないとみられ、これをどう考えるのかが今後の課題だ。
 4)原子力の平和利用への影響
 原子力の平和利用は、米国アイゼンハワー大統領のAtoms for Peace演説を契機に、1950年代後半から、米国を中心に軽水炉発電が始まり、世界中に広まった。1970年に発効したNPTは、核不拡散、核軍縮と並び原子力の平和利用を3本柱と位置付けた。現在では、世界で約440基の原子炉が稼働中である。
 福島第一の事故の際は、ドイツ、イタリア、韓国など原子力発電を諦める国が続出したが、今回は事情が異なり、ウクライナにおける原発への攻撃・占拠がゆえに原発をやめた国の話は聞いていない。むしろ、ロシア産天然ガスや原油の供給問題、或いは気候変動問題から原子力エネルギーを再評価する動きは変わっていないように見受けられる。
 しかし同時に、今回の侵略が有事における原発の防護を現実の問題として提起し、原子力発電所を有している国々、就中、旧東欧諸国、バルト海諸国、北欧諸国などウクライナの隣国に不安をもたらしたことは確かだ。有事における原発の防護を如何にすべきか、どのような体制を整えるべきかなどの課題を提起した。

5 今後の対応
 このような状況を踏まえて、今後、何よりもまずウクライナの原発や関連施設を防護していくことが喫緊の課題であるが、国際社会はどのような貢献ができるだろうか。
 1)IAEAへの支援
 まず、ザポリージャ原発をはじめとした原子力施設の防護に全力を挙げてきたIAEAの活動を力強く支えることが必要だ。特に、国連やロシアやウクライナ首脳に「安全とセキュリティーの保護地帯」(safety and security protection zone)の設置を呼びかけ、これら施設へ”Safety and Assistance Mission”の派遣など、グロッシー事務局長はあらゆる手段を使って対応してきた。これまでのIAEAの努力は高く評価される。因みに、日本政府もこれまで4台の防弾車をIAEAに供与するなど、計200万ユーロの支援を供与してきた。
 2)外交努力
 このようなIAEAの活動を支援するため、国際社会はウクライナ原発の防護に向けて外交努力を一層強化すべきだ。ザポリージャ原発を含むウクライナの原子力活動を保障し、原発の防護や保全につき、福島第一の原発事故を経験した日本こそが、原子力の平和利用を進める諸国と連携して問題解決に尽力すべきだ。このためにプーチンに近いBRICSやCISの指導者を経由して、ウクライナ原発に万が一のことがあった場合の非人道的な結果をロシアに訴えることが重要だ。インドのモディ首相は「今は戦争の時代ではない。民主主義外交、そして対話が世界を動かす」とプーチン大統領に諫言し、また中国の習近平主席やトカエフ・カザフスタン大統領なども同様な懸念を有している。これらロシアの友好国の首脳を経由してプーチンの耳に届くメッセージを送り続けることが必要だろう。
 第二に、原発保有国の力を糾合することが重要だ。今や30か国プラス1地域が原発を保有しているが、例えば「戦時における原発の安全・防護」策につき検討し有効策を提案する国際会議を招集することが考えられる。この取り組みは現在IAEAが行っている活動を後押しすることになる。日本にはぜひイニシアチブをとってもらいたい。
 3)国際連合の活用
 第三に、国連を活用することが考えられる。
 現在、ロシアの拒否権行使により安全保障理事会が機能不全に陥っている中で、国連総会の役割が大きくなっている。総会は現在まで6本の決議を採択しているが、残念ながら効果的な対応に結びついていないのが実情だ。
 私はここで、「戦時における原発の安全・防護」決議を総会が採択し、総会によるウクライナの原子力施設防護のためのpeace keepersの派遣を検討するべきではないかと考える。
 安保理が拒否権により機能不全に陥っている中、総会がPKOを組織した事例は、スエズ動乱(第二次中東戦争)の際、国連緊急軍(UNEF)を派遣した例がある(平和のための結集決議)。この可能性を追求してほしい。総会によるPKOの派遣については、3原則、即ち1)当事者の受け入れ合意、2)普遍性、3)自衛及び任務の防衛以外の実力不行使、が前提になるが、そのためにも前述の通りザポリージャ地域における限定的な停戦合意が必要で、これに向けて国連事務総長の積極的な介入努力(good offices)が求められる。

おわりに
 以上、様々指摘したが、ロシアのウクライナ侵略における核問題というと「核兵器使用の恫喝」に焦点が当てられてきた嫌いがあるが、原子力施設が攻撃され、爆発が生じた場合の悲惨な結末に鑑み、「原子力発電所を如何に防護するか」にもっと努力を傾注すべきだ。そして、この点につき、我々にはまだできることが多くある。日本は来年1月から、国連安保理の非常任理事国となり、またG7の議長国にもなる。福島事故を経験した国として、積極的なリーダーシップを発揮してほしい。
 (本稿は日本原子力研究開発機構主催の国際セミナーにおけるプレゼンテーションを基に作成したものであるが、個人の見解を述べたものであり、如何なる組織の見解を代表するものではない)