ラオスに何があるか(そして日本は何をするか)


駐ラオス大使 小林賢一

 村上春樹の紀行文集に「ラオスにいったい何があるというんですか?」という本がある。これは村上さんがアメリカやヨーロッパなどを旅行した際のエッセイをまとめたものであるが、そのうちの一章だけ途上国を訪れたときのものがある。それがラオスであり、なぜか本のタイトルになっている。経由地のハノイでベトナム人から不思議そうにこう言われたあと、実際にラオスに行って見聞きしたことを書いたものである。隣国のベトナム人ですらラオスに何があるか知らないなら、日本でラオスがあまりよく知られていないのは無理もないことかもしれない。そこで、ノーベル文学賞候補作家にはとうてい及ばないけれども、駐在大使バージョンとしてラオスに何があるか書いてみることにしたい。

一つ目は「魅力」である。
 定型的表現でいうと「美しい自然と豊かな伝統」ということになるが、率直な言葉を使うと「タイムスリップ感」であり、日本人には「昭和な感じ。映画『3丁目の夕日』みたいですね」という人もいる。確かにアジアの他の国の大都会に比べると圧倒的に都市化が進んでいない。私も地方に旅行に行った時、学校の放課後夕陽を背に子供たちが土の校庭でゴム跳びをしている様子を見て子供時代を思い出した。
 一番人気があるのは世界遺産のルアンパバーンである。かつて王宮があったところで、近代的都市開発が始まる前にユネスコに指定されたので、落ち着いた街並みが良く保存されている。他にも世界遺産の場所が二つあり、自然と歴史で見どころは少なくない。
 ラオス人も魅力的である。穏やかであり、とてもシャイである。攻撃的なところがなく、日本人好みである。ラオスでは物を無理に売りつけられることがない。むしろ店に入ると店員がスマホに目を落とし、客を見ない振りをすることがよくある。アジアで財布を落として戻ってくる国は日本とラオスだという。親しくなった大臣や知事が収穫された新米や庭で釣れたばかりの魚を大使公邸に突然届けてくる。

ラオスの夕日とメコン川 (筆者撮影)


二つ目は「潜在力」である。
 インドシナ半島でただ一つの内陸国で、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、中国に囲まれている。内陸国としての不利を挽回すべく、現在「Land-lockedからLand-linkedへ」をスローガンにして、周辺国との連結性を強化する努力を行なっている。その一つが中国南部と連結したラオス中国鉄道であり、これをさらにタイ、ベトナムに繋げようとしている。特にベトナムと繋がれば、タイのレムチャバン港経由で迂回することなく、直接南シナ海にでて日本、韓国、北米に向けた物流を作ることができる。
 一人当たりGDPは2088ドル(2022年)であり、ミャンマー、カンボジアに次いでアセアン10カ国の下から3番目である。アジアの最貧国と言われることがあるが、生活実感として悲惨な感じはあまりない。街中でホームレスを見ることはほとんどなく、政治・治安は基本的に安定している。人口が753万人(2022年)と少ないので、ラオス自体の市場規模は小さいが、チャイナ・プラス・ワン、タイ・プラス・ワンといったサプライチェーンの多様化の観点からは、ラオスへの投資は視野に入ってくる。周辺国と比べ賃金が安い。JETROの調査(2022年)で雇用年間実負担額(製造業作業員)はラオスが1572ドル、ベトナムが4783ドル、タイが7596ドルである。山国であり、水資源が豊富である。人口に占める若年層が多く、年齢の中央値は24.4歳、ASEANの中で最も若い。

三つ目は「安らぎ」である。
 日本人がラオスを訪れて帰る時、多くの人が「癒されました」という。保健・教育などの基礎的社会インフラや社会保障のレベルは低いが、家族・親類の間の相互扶助の習慣が強く残っている。職を失っても贅沢をしなければ家族と一緒に住んで生きていける。仏教の影響もあり、お互いにシェアをする精神が強い。幸福度は一概に比べられないが、ラオスの人々よりも東京の人々の方が疲れた顔をしている。私はラオスの人が怒ったりどなったりしているのをほとんど見たことがない。首都ビエンチャンで車のクラクションの音を聞かない。

 このようなラオスと日本との関係は極めて良い。2023年はトンルン国家主席、ソーンサイ首相、サルムサイ副首相兼外務大臣がそれぞれ訪日し、上川外務大臣もラオスを訪問した。閣僚に元日本留学生が3人いる。世論調査で日本への信頼度はとても高い。ラオスはJICAの海外青年協力隊が派遣された最初の国であり、毎年首相が協力隊員の表敬を受ける。

 現在ラオスに対する中国の影響が急速に強くなっている。対ラオス投資国の1位は中国であるし、ラオスの対外債務の約半分が中国に対するものである。街中で漢字をよく見る。中国語を勉強するラオス人が増えている。ラオス中国鉄道の開通は大きな注目を浴びた。こうしたことから、ラオスはもはや中国の掌中にあるとの見方がメディアなどで良く聞かれる。依存度が高まっていることは事実であるが、状況はそれほど単純ではない。ラオス人は穏やかな顔をして内面はドライである。中国から最大限の利益を得たいと考えているが、中国に飲み込まれたいとは思っていない。ベトナムやタイなどの隣国、日本や韓国、豪州、ヨーロッパなどとの関係からも利益を得て、全体としてバランスを取っていきたいと考えている。

 その中でも特に日本に対する期待は大きい。ラオスから見ると日本はいわゆる西側先進国であると同時にアジアの国であり、高圧的外交スタイルを使わない国である。人材育成、保健、教育、インフラ整備、法制度整備支援など、ほぼ全ての分野で支援を行なっている。日本の支援が現在直面している困難は、ラオスの債務問題のために新たな円借款の供与が難しくなっていることである。そうした中で日本は病院や学校の建設など人々の生活に直接インパクトを与える分野を中心に数多くの支援を行っている。昨年11月には、首都の中心にあるスポーツ・スタジアムの大幅改築計画の支援を決定し、大変好評である。日本の協力の新たな象徴的案件になるものと思われる。

 昨年は日本とASEANの協力50周年、そして今年はラオスがASEAN議長国を務める。日本としてはこれが成功となるよう最大限の支援を行う方針である。さらに来年は日本とラオスの外交関係70周年で、多くの記念行事を行うことになる。直行便の実現も多くの人々が期待している。こうした協力関係と支援を続けて強化していくことが、ラオスの望むバランスの実現を助けることになると考える。

 さて急激に成長する東南アジアの中で、「20年後のラオス」には何があるだろうか。私としては、上に挙げた「魅力」がさらに光り、「潜在力」が顕在化し、そして「安らぎ」に変わりがないことを望む。それが今から楽しみである。

(本稿は執筆者個人の見解であり、所属組織を代表して書かれたものではない)