カリブ海の島国・バルバドスと気候変動イニシアティブ


駐バルバドス大使 福嶌香代子

 バルバドスは中米カリブに位置する小さな島国であるが、最近、気候変動問題等に関連したミア・モトリー(Mia Mottley)首相の国際場裡でのリーダーシップが注目を集めている。本年5月には、林芳正外務大臣が日本の外務大臣として初めて同国を訪問した。最近の動きを含め、バルバドスの横顔を紹介したい。

国のプロフィール

 バルバドスは、中米カリブの最も東端に位置する島国である。面積は種子島とほぼ同じで約430平方キロメートル、人口約28.1万人(2021年世銀データ)。海岸線には美しい海が広がり、陸地には赤、黄、ピンクなどの色とりどりの花、椰子の木等の植物やグリーンモンキー等の野生の動物が生息している。1627年にイギリスの植民地となり、アフリカから連れて来られた奴隷の労働によりサトウキビの栽培が行われ、砂糖産業が主要産業であった。奴隷制は1834年に廃止され、1838年に奴隷解放が行われた。1966年に英国から独立したが、その後も英国女王が引き続き元首を務め、バルバドス人の総督が女王の代理を務めてきた。2021年11月30日、共和制に移行し、総督であったサンドラ・メイソン女史が大統領に就任した。共和制移行後もバルバドスは英連邦内に留まり、中国承認国ではあるが、欧米諸国と良好な関係を保っている。中南米地域の中では比較的内政が安定し、治安も良く、教育水準も高い。1人あたり国民所得は16,720米ドル(2021年世銀データ)であり、ODA卒業国である。現在は金融業及び観光業等が主要産業で、コロナ禍により特に観光業が打撃を受けたが、最近はコロナ関連の規制も緩和され、英国、米国等から多くの観光客が訪れ、経済は回復傾向にある。

(写真)バルバドスの海岸の風景

日本とバルバドスとの関係

 日本は1966年のバルバドスの独立と同時に同国を承認し、1967年に外交関係を樹立した。以降、両国の間では友好的な関係が築かれてきた。以前は近隣国の日本大使館がバルバドスを兼轄していたが、2016年にバルバドスに日本大使館の実館が開設された。2019年にはサンドラ・メイソン総督(当時、現大統領)が訪日し、即位の礼に参列した。筆者は2022年4月に同国に着任し、現在駐バルバドス日本国特命全権大使として活動している。

 日本とバルバドスは、平和、自由、民主主義を尊重する基本的価値を共有し、国際場裏で様々な協力を行っている。同国は気候変動及びハリケーン等の自然災害の影響を受け易いといった小島嶼国特有の脆弱性を有しており、ODA卒業国ではあるが、2014年の第1回日・カリコム首脳会合で安倍総理(当時)が「カリコム諸国が抱える小島嶼国特有の脆弱性に鑑み、1人当たりの所得水準とは異なる観点から支援することが重要である」と表明し、この方針に沿って、日本はバルバドスに対するODAによる協力を継続している。2023年5月現在、UNDPを通じたバルバドスを含むカリブ諸国のサルガッサムと呼ばれる海藻を除去するための機材供与等支援、IDBを通じた沿岸管理支援、JICAを通じた省エネルギー推進プロジェクト等を実施しているほか、同国に拠点を置くカリブ災害対策緊急機関(CDEMA)にJICAの専門家を派遣している。また、国費留学生、JETプログラム等を通じて、バルバドスの若者が日本で経験を積む機会を提供している。更に、国際協力推進協会(APIC)のプログラムを通じて、昨年秋に同国の環境・漁業分野の専門家及びジャーナリストが訪日した。また、同協会の協力を得てバルバドスの西インド諸島大学ケーブヒル校と日本の上智大学との間でバルバドス人の留学生受け入れ等の協力関係が進展している。また、山形県南陽市は東京オリンピック・パラリンピック競技大会のホストタウンとしてバルバドスのスポーツ選手や要人を同市に受け入れ、南陽市からも白岩市長をはじめ同市の関係者がバルバドスを訪れる等、交流が行われている。

(写真)モトリー首相と筆者(バルバドス首相府提供)

モトリー首相のリーダーシップ

 モトリー首相は三代続く政治家一族で若くして政治の道に入り、弁護士でもある。教育・青少年問題・文化大臣、法務長官兼内務大臣、経済問題・開発大臣を歴任し、2008年から野党代表兼バルバドス労働党(BLP)党首を務めた後、2018年の選挙で大勝して、同国の女性で初めての首相に就任した(財務・経済・投資大臣を兼任)。2020年9月、同首相は、2021年11月までに共和制に移行すると表明し、「バルバドスにはバルバドスの元首を」等のスローガンの下に準備を進め、既述のとおり、2021年11月30日、バルバドスは共和制に移行した。2022年1月、モトリー首相は前倒しで選挙を実施し、同首相率いるバルバドス労働党が下院の全30議席を獲得して勝利した。モトリー首相は、政治的嗅覚に優れ、時代の先を読むパワフルなリーダーシップで国内で盤石な政治基盤を築くとともに、国際場裡においても、気候変動、自然災害に対し脆弱な立場にある小島嶼国の立場を代弁し、グローバルサウスの指導者として影響力を強めている。

 2021年のCOP26における同首相の「二度の気温上昇は途上国にとって死刑宣告に等しい」というスピーチは大きな反響を呼び、UNEP地球賞を受賞。2022年には米タイムズ誌の「世界で最も影響力のある100人」の1人に、ファイナンシャル・タイムスの「世界で最も影響力のある女性25人」の1人に選ばれている。2021年10月、UNCTADを開催し、総会の議長国を務め、小島嶼国を含む開発途上国の発展のための支援を盛り込んだ「ブリッジタウン盟約」をまとめあげた。モトリー首相は、昨年9月に開発のためのブリッジタウン・イニシアティブを掲げ、気候変動、自然災害に対して脆弱な国々を支援するため、MDBs(国際開発銀行)改革の一環としてIMFのSDR(特別引出権)の活用等により国際社会が新たな資金メカニズムを構築し、中所得国を含む脆弱国の取組を支援することを提唱している。ブリッジタウン・イニシアティブへの仏のマクロン大統領の賛同を得て、本年6月に仏で「新たな開発資金取決めのための首脳会合」(the Summit for a New Global Financial Pact)が開催される予定であり、モトリー首相は、日本にもブリッジタウン・イニシアティブへの協力を要請している。日本が本年G7サミット議長国としてバルバドスを含むグローバルサウスの声に耳を傾け、連携を深めていくことが同国との関係において重要な課題となっている。 

林外務大臣のバルバドス訪問

 このような背景の下、5月1日及び2日、林芳正外務大臣が日本の外務大臣として初めてバルバドスを訪問した。5月1日にはモトリー首相主催歓迎夕食会が行われ、ケリー・シモンズ外務・貿易大臣も同席した。冒頭、モトリー首相から林大臣のバルバドス訪問を歓迎するとともに、両国の良好な関係を一層強化させたい旨の発言があり、これに対して、林大臣から、日本の外務大臣として初めてバルバドスを訪問出来、嬉しく思う旨述べるとともに、今回の訪問において両国の友好の絆を強化し、気候変動等の国際社会が直面する共通の課題での連携を更に深化させたい旨述べた。その後、両国関係の更なる進展のための二国間交流、カリブ地域の情勢、国際開発資金等について幅広く意見交換が行われた。筆者もこの夕食会に同席したところ、和やかな雰囲気の中で話が盛り上がり、夕食会は3時間に及び、双方の距離が急速に縮まったように感じられた。モトリー首相が翌日の首脳会談に加え林大臣と時間を共にし、長時間にわたり懇談を行ったことからも、同首相が日本を重要な国と考え、両国の関係強化に大きな期待を寄せていることが窺えた。

(写真)林大臣によるモトリー首相への表敬(外務省提供)
(写真)モトリー首相主催の林大臣歓迎夕食会(外務省提供)

 5月2日の日・バルバドス外相会談では、林大臣から、両国は価値や原則を共有する重要なパートナーであり、国際場裡での協力関係を更に深めていきたい旨述べた。シモンズ大臣からは林大臣の訪問を歓迎しつつ、両国の良好な関係を一層強化させたい旨述べた。林大臣から、バルバドスに対して環境・気候変動対策の一環としてサルガッサム海藻除去支援等を実施中である旨説明し、今後も小島嶼国特有の脆弱性の克服に寄与すべく環境、気候変動、防災等の分野において必要な支援を行っていく旨述べた。シモンズ大臣からは、バルバドスの開発課題に即した日本の支援に謝意が表明され、引き続きの協力の要請があった。両大臣は、気候変動問題及び開発資金についても議論を行い、林大臣から、気候変動分野に係る日本の取組につき説明したところ、シモンズ大臣から、日本の取組を評価するとともに、バルバドスが気候変動と経済成長との関連をめぐり、昨年発表したブリッジタウン・イニシアティブ等の国際社会の開発資金をめぐる議論での連携を深めたい旨言及があった。これに対し、林大臣から、バルバドスが国際社会の開発資金をめぐる議論を力強くリードしていることを賞賛する旨述べた。また、林大臣から、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために連携を深めたい旨述べるとともに、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、バルバドスとの間でもビジョンを共有し、連携していきたい旨述べ、理解を得た。両大臣は、ウクライナ情勢について意見交換し、世界のどこにおいても力による一方的な現状変更は許されないとの認識で一致し、林大臣から、唯一の戦争被爆国として、ロシアによる核の威嚇、ましてや、その使用は断じて受け入れられない旨述べた。両大臣は、核・ミサイル問題を含む北朝鮮への対応等の東アジア情勢、経済的威圧を含む経済安全保障、安保理改革を含む国連の機能強化、核軍縮・不拡散等の国際社会における諸課題への対応についても意見交換を行い、今後とも連携していくことを確認した。さらに、両大臣は、透明で公正な開発金融の重要性を確認するとともに、2024年の「日カリブ交流年2024」に向けて、二国間及び日・カリコムの交流を強化していくことについても確認した。

(写真)日・バルバドス外相会談(外務省提供)

 同日後刻、林大臣はモトリー首相を表敬し、冒頭、林大臣から日本の外務大臣として初めてバルバドスを訪問でき嬉しく思う旨述べるとともに、バルバドスは価値や原則を共有する重要なパートナーであり、国際場裡での協力関係を更に深めていきたい旨述べた。これに対し、モトリー首相から林大臣のバルバドス訪問に対する歓迎の意が表明され、今次訪問を契機に二国間関係を強化するのみならず、幅広く国際場裡でも連携したい、日本のG7議長国と してのリーダーシップにも期待している旨述べた。また、外相会談時と同様に両者の間で小島嶼国の開発課題に即した日本の支援について意見交換があった。また、両者は、気候変動問題や国際開発資金についても意見交換を行い、モトリー首相から、気候変動に係る日本の取組を評価するとともに、バルバドスが気候変動と経済成長との関連をめぐり、昨年発表したブリッジタウン・イニシアティブ等の国際社会の開発資金に関する議論について説明し、連携を深めたい旨言及があった。これに対し、林大臣から、バルバドスが国際社会の開発資金をめぐる議論を力強くリードしていることを賞賛する旨述べた。更に、両者は今回の訪問を契機として、文化、教育、経済も含め二国間及び日・カリコムの交流を強化していくことを確認した。

 その後、林大臣はバルバドスにおける日本関係者との昼食会に出席し、ムーア西インド諸島大学(UWI)ケーブヒル校副学長、カートン元日本名誉総領事他と懇談を行った。  

 林外務大臣の訪問により両国のハイレベルの指導者が直接会って関係強化及び協力を確認し、モトリー首相のBIを含む気候変動・環境関連での取組及び協力、現下の国際情勢、国際場裡での協力、日カリコム交流年2024に向けた交流等について話合い、連携していくことを確認したことは、今後の両国関係にとり大きな意義を持つものであると考える。林外務大臣の今次訪問を契機にバイ・マルチ両面での両国の協力関係を強化出来るよう、筆者としても微力を尽くしたい。  

(注)本稿の内容は筆者個人の見解であり、外務省の公式な立場を代表するものではない。