ウクライナ戦争と国際エネルギー問題 ―浮かび上がってきた問題点と対応―


  元軍縮会議日本政府代表部大使・原子力委員 佐野利男

はじめに

 ロシアのウクライナ軍事侵攻に激しく反発した米欧日など西側諸国は、エネルギー分野における大規模な制裁措置を課した。ロシアの原油・天然ガス・石炭などの資源に深く依存する欧州諸国は当然ながら大きな代償を払うこととなったが、その影響は欧州に限らず新興国・途上国を巻き込み、国際エネルギー情勢全般に広範な影響を及ぼしている。ウクライナ戦争の帰趨の一端はロシア財政の約45%を占める石油ガス収入如何にかかっている。この論考では1)ウクライナ戦争前の国際エネルギー情勢、2)欧州等で何が起きたか、3)国際エネルギー市場への影響、さらに4)ウクライナ戦争で浮かび上がった問題点、5)今後の対応につき論じる。

ウクライナ戦争前の国際エネルギー情勢

 今年は第一次石油危機から丁度50年に当たる。当時、脱石油・エネルギーの安定供給(エネルギー安全保障)が叫ばれ、エネルギー源と輸入先の双方の多様化がエネルギー政策の優先事項となった。この時期は「石油の時代の終わりの始まり」と言われ、石油から天然ガス、再生可能エネルギー、原子力への「エネルギー転換」が生じた。日本ではこれ以降原発の導入が進む。実際国際社会全体で、石油の一次エネルギーに占めるシェアは1973年の49%から2022年には32%に減少した。石油危機以降、天然ガスと原子力が基幹エネルギーに成長し、欧州では特にドイツを中心にロシア産天然ガスへの依存を深め、また風力などの再生可能エネルギー(以下「再エネ」)を積極的に導入した。他方、同時期に北海油田が発見され欧州では原油への依存が続いた。原子力はその後米国スリーマイル島及びソ連チョルノービル発電所での事故を経験したものの比較的順調に推移し、2000年代の初めには「原子力ルネッサンス」と呼ばれる最盛期を迎えた。しかし2011年の東電福島第一原発の事故で挫折し、少なからぬ国が脱原発政策を選択した。しかし事故から12年を経て、その後徐々に回帰している。
 そして、ウ戦争前には気候変動問題の解決と経済成長の両立を図るGXトランスフォーメイション(脱炭素)のため、各国においてエネルギーのベストミックスが追及されていた。主な潮流は化石燃料からの脱却、特に石炭の退場とそれに代わる再エネと原子力、更には今後に向けて水素・アンモニアの活用であった。パリ協定のCOP26では初めて石炭の段階的削減を目指す国際合意が成立した。欧州は2021年7月に「FIT for 55」を発表し、2030年までに温室効果ガス(GHG)を1990年比で55%削減するとし、また2035年にガソリン車の新車販売を禁止するとしていた。日本でも、菅内閣は、2030年までに2013年比でGHGを46%削減し、2050年にはカーボンニュートラルを実現する政策を打ち出した。
 このような脱炭素のためのエネルギー転換を進めようとしていた最中にウクライナ戦争が起きた。そして再度「エネルギーの安定供給」が喫緊の課題となった。

ヨーロッパで何が起きたか

 それではロシアのウクライナ侵攻後、ヨーロッパで何が起きたのか。主要点を整理してみたい。
 ・まず、軍事侵攻に反発した米英豪がロシア産石油・天然ガス・石炭の全面禁輸を宣言した(3月8日)。これら3か国が侵攻後時を置かずして禁輸を決断できた背景には、これら諸国のロシア依存度がEU諸国と比べて低いことがある。他方EUは加盟国がおかれた異なる状況や対ロシア政策の違いから制裁措置の取りまとめに時間がかかり、2023年6月まで11次にわたる制裁パッケージを順次発表してきた。これはEUの内、旧東欧諸国及びドイツ、イタリなど主要経済国の対ロ依存度が極めて大きいことがその背景にあった。制裁内容を見て気づくことは、欧米は天然ガスと原子力サービス(ウラン供給や濃縮等)を制裁の対象とすることを未だ決定していない。
 ・3月、ロシア軍は欧州最大のザポリージャ原発を攻撃・占拠した。そして運転に従事する約50名の職員が拘禁され、心理的圧迫により原発の安全運転に深刻な状況がもたらされた。また、外部電源がこれまで6回にわたり遮断され、原子炉の冷却に影響を及ぼしている。2023年6月にはザポリージャ原発への冷却水を提供してきたカホフカ・ダムが何者かによって破壊され、冷却水は近隣の池に頼っているのが現状だ。
 ・EUの動きを見てみると、まずショルツ独首相が、既に完成していたN. ストリームIIパイプラインの認証拒否を発表した。これは制裁として発表したものではないが、これ以前にロシアにより停止されていたN.ストリームと合わせ、N.ストリーム経由の天然ガスの供給が停止された。N.ストリームには各々2本のパイプラインがあり、その総輸送量は約1100億m3と欧州全体の需要約4100億m3の1/4にあたる。のちにN.ストリームに対する爆破事件が生じ(10月6日)、3本のパイプラインが破損し、ガス供給が物理的に停止した。
 ・これに対し、ロシアは天然ガス取引のルーブル決済に応じなかったことを理由にポーランドに到達するヤマル・パイプラインによる供給を停止したが、これは対ポーランド制裁との名目であった。また、最大のパイプラインであるウクライナに到達するソユーズがロシアによるインフラ攻撃を受け、供給量が激減している。これでウクライナから独へのパイプライン・ガスはほぼ停止状況にあるとみられる。したがって、2023年前半時点で稼働しているのは黒海底経由のトルコ・ストリームのみになっている。ロシア産ガスはEUの総調達量の約40-45%に達し、ロシアの供給停止措置はガス価格高騰を「演出した」との見方もある。
 このパイプラインによるロシアから欧州への天然ガス供給は冷戦期からの長い期間を通じて極めて安定的に継続されてきており、政治的に利用されてこなかった経緯がある。この背景には天然ガスを必要とする欧州(特に当時の西ドイツ)とハード・カレンシーを必要とするソ連経済の相互依存関係があったことは言うまでもない。しかし、皮肉にもソ連が崩壊し、特にプーチン大統領が権力を握ったロシアにおいて政治的利用がみられる。2006年及び2009年のウクライナに対する天然ガスの一時供給停止などがその例である(注)

 (注)このロシアの措置を「エネルギーの政治利用」とする見方が多いが、従来より市場価格を下回る安値で供給してきた状況を是正するのもとして、「天然ガスの国際価格への移行」や「補助金廃止」という政策志向であったとする見方もある。

 なお、歴代米政権はNATO 諸国が過度にロシアに依存することを冷戦期も含めて何度も警告してきた(注)。直近ではトランプ前大統領は「米は対独防衛に数十億ドルを払っているが、独はロシアに数十億ドルのガス代を払ってきた」としてN.ストリームIIの運用開始に反対してきた。

 (注)米国は冷戦中からソ連(ロシア)と欧州関係の緊密化に懸念を表明してきた。1981年パール国務次官補(Richard Pearl)は上院公聴会で「ソ連へのエネルギー依存は米欧の政治的・軍事的弱体化につながる」とする証言を行った。また、2006年リトアニアのヴュルニュスにおいてチェルニー米副大統領は「石油とガスを恫喝や強制の道具に使うことは許されない」旨発言している。

 ・EUは6月に海上輸送の石油・石炭の原則禁輸を決定した。ただし石油についてはハンガリー(ロシア依存度69%)とスロバキア(同100%)及びパイプラインで供給されているチェコ(同41%)を例外とした。のちにこの措置は原油・石油製品価格への上限設定と関係してくる。ロシアはサウジアラビアと並ぶ原油の輸出大国であり、日量約760万バレルを輸出している。主要油種ウラル・ブレンド(中質のサワー原油)で、このほか極東ナホトカのコズミノ港からESPO(East Siberia-Pacific Oil)原油が輸出されている。これはロシアが取ってきた「東方シフト」、即ちアジア市場重視の一環である。
 これに対しロシアは原油価格の割引をもって対抗した。即ちウラル原油を欧州に指標原油であるブレントからバレル当たり平均29ドル、最大40ドルの割引を受け入れることで、失われた欧州市場の代替先を求めた。

・次にEUはエネルギー分野における対ロシア新規投資を禁止し、LNG関連機器の禁輸を発表した。これに対してロシアは対抗策として、外資の地下資源採掘権に現地法人の設立を条件とするなどの制限を付した。更に侵攻後の2月から3月にかけて、主要欧米メジャーであるR.D. Shell、BP、ExxonMobilがロシアからの撤退を表明した。

・12月になってEU・G7と豪州は原油市場の逼迫に対応するため、ロシア産原油価格に上限(60ドル/バレル)を設定した。これはロシア産原油の輸入を一定程度可能にしてエネルギー価格のさらなる高騰を防ぐと同時に、ロシアのエネルギー収入を減らすことを目的としている。但し、サハリン2の原油については規制の対象外とすることで米英EUと合意した。また2023年2月からは石油製品にも上限価格を設定した。そしてこれら措置を実効あるものとするため、上限価格を超えた原油の海上輸送に対し、寄港の停止と海上保険の付与を禁じた。

 これに対しロシアは自国船による輸送、自国保険会社による保険を付与し、加えて価格上限設定国に対する禁輸措置をとった。

以上が西側のとった制裁措置とロシアの対抗措置の概要である。

国際エネルギー市場で何が起きているか。

 それでは、これら欧米による制裁措置やロシアの対抗措置が、国際エネルギー市場にどのような影響を与えたのだろうか。

 第一に当然ながらエネルギー価格が高騰し、これが先進国の諸物価高騰のみならず途上国の貿易収支や債務問題に深刻な影響を及ぼした。国際エネルギー機関(IEA)はこの状況を「本当のエネルギー危機」と表現した。具体的には原油価格が一時約2倍の130ドルまで高騰した。これに対し2022年3月と4月の二度にわたってIEAは原油備蓄の緊急放出を実施し、高騰する原油市場を冷やした。放出の規模は(1臆8,270バレル)年間に換算すると日量約50万バレルに相当する(ただし、危機の長さを仮に半年と仮定すると日量100万バレルとなる。因みに日本の年間輸入量は日量約250万バレル(注))。次に石炭価格は約7倍、天然ガス価格は一時原油換算にして約20倍(600$/バレル)という異常な水準に達した。その結果、各国の卸電力価格が高騰し、日米豪では過去5年の平均に比べ約2倍に、また欧州諸国では3-5倍に高騰した。
 ここで注目したいのが、このような緊急時に際し何故OPECやOPECプラスが増産せずむしろ協調減産に踏み切ったのかである。これについては後述する。

 (注)日本の石油備蓄は国家備蓄が純輸入量の129日、民間備蓄が93日、計222日分 ある。

 第二に、ロシア産原油の輸出先に大きな変更が生じた。従来欧州を仕向け地としていた原油が中国、インド、トルコ等に向けられた。2022年の中国のロシア産原油輸入量は前年比で44%増加し、この結果、中国のロシア原油の輸入比率は前年の1.4%から17.4%へと急増した。またインドは前年比で41.7%、トルコも23倍に増やした。前述の通りウラル原油は買い手市場の中、安値で取引され、またESPOは、中国により同じ制裁下にあるイラン原油との値引き競争にあった模様である。

 第三に、欧州市場においてパイプライン・ガスからLNG(液化天然ガス)への転換が顕著に生じ、また調達先が大きく変化した。侵攻後のLNGの主要な供給国は米国で、2020年に欧州が調達した輸入総量660億m3の内、約2/3が米国からであった。これを米国から見ると対欧州LNG輸出量は2.4倍になったことになる。しかし、従来パイプラインで輸入していた欧州にはLNGの気化設備が圧倒的に不足しているため、欧州では新規にLNG基地を23基建設したり、浮体式の気化設備(船舶)を導入せざるを得ず、独だけでもこれを6基導入した。この結果、EUのLNG関連インフラへの投資額は前年比で150%増へと急増し、今後この投資の結果、どの程度の期間欧州がLNGに依存せざるを得ないかが注目される。これについても後述する。
 また米国以外の天然ガスの調達先としてはノルウェーが7%増加供給した。ノルウェーはパイプラインにより英仏蘭への供給を増やし、Baltic Pipelineを通じてポーランドへも供給を続けている。このほか、アルジェリアが南部欧州向けに増産し、アゼルバイジャンなども増産した。また今後を見据えてポテンシャルの高い西アフリカのセネガル・モーリタニア沖への新規投資や地中海新規ガス田開発なども開発されているようだ。

 第四にEUは天然ガスの備蓄増強を打ち出した。欧州全体の年間ガス需要約4,100億m3の内、約25%に当たる備蓄を目指している。

 第五に、欧州各国が消費を全体として約15%を削減するとした。主要国では独が25%減、仏が20%減、伊が15%減などでありこれが経済成長に及ぼす影響が懸念される。

 第六にEUは2022年6月に「REPowerEU」を発表し、2027年までにロシアのエネルギーからの脱却を発表した。この内容は、エネルギー輸入源の多角化、クリーンエネルギー移行の加速化、省エネの推進、エネルギー投資の促進、ガス価格の上限設定などガス価格への介入、などである。そして目先の2023年末までにロシア産天然ガスを2/3削減することにした。また、2022年10月には政策第2弾としてガスの共同調達、相互融通、電力市場の改革なども打ち出している。

 第七にエネルギーの安定供給が喫緊の課題である中、再エネへの移行を加速することを明確にした。2030年に90年比で最終需要量に占める再生可能エネルギーの比率を40%から45%に引き上げようとしたが、結局42.5%に落ち着いた。

 第八に原子力エネルギーへの回帰があげられる。2011年の福島第一原子力発電所の事故の影響は日本にとどまらず、欧州にも及んだ。ドイツ、イタリア、ベルギー、アジアでは韓国などの脱原子力政策がそれである。しかし、今回の未曽有の危機により、エネルギー安全保障が喫緊の課題となると共に、気候変動問題との同時解決に迫られた欧州は原子力エネルギーの再評価に急激に舵を切った。2022年6月に発表されたIEAの特別報告書では、現状を「原子力復活の好機」と表現している。英国は今後10年間で最大8基の増設を決め、仏は2035年までに6基増設し更に8基を計画、米国は「インフレ抑制法」により既存大型炉や先進原子炉建設への投資に税額控除措置を発表。日本もGX脱炭素関連法により、停止原発の再稼働を急ぐとともに、新規制基準審査中などに停止していた期間を運転期間にカウントしない、新型炉による建て替えの検討などを打ち出した。
 ロシアとの関係では欧州は従来から原子力関連サービスの多くをロシアに負ってきた。旧東欧を中心に欧州には現在でもロシア型原子炉が17基存在し、ウラン供給の44%、濃縮サービスの31%をロシアに負うなどその依存度は大きい。従って、現在に至るまで、制裁の範疇に原子力関連サービスの停止は入ってきていないのが実情だ。

浮かび上がってきた問題点

 それではこれらの結果どのような問題点が浮かび上がってきただろうか。

1)エネルギー関連制裁の効果
 まずエネルギー関連制裁の有効性である。統計を見るとロシア原油(ウラル)及び石油製品の輸出量は侵攻前の2022年1月と一年後の23年1月ではほぼ変わっていない。またロシアの石油・ガス収入(国家財政の約45%を占める)は2022年はむしろ約30%増加した。これから判断するにエネルギー関連制裁は効果に疑問があるようだ。この背景としては、

  1. 制裁により欧州向け化石燃料の輸出が半減したが、中国、インド、トルコなどが欧州市場の代替となった。
  2. OPECプラスが2022年11月から日量200万バレルの協調減産に踏み切り、原油価格が高騰し、値引きされたウラル原油価格を下支えする結果となった。
  3. トレーダー情報によれば、制裁に抜け穴があった。例えばUAEのウラル原油輸入量は前年の約3.3倍になっているが、これはウラル原油をUAE経由で再輸出した可能性がある。また、インドへ輸出されたウラル原油がインドで精製され、石油製品が欧州市場に輸出された。またサウジアラビアは安価なロシア産石油製品を輸入し、国内消費に充て、本来国内向けに精製していた原油を輸出に回しているようである。

 この制裁の効果については新しい統計に基づき後述する。

2)気候変動問題への影響
 まず主要欧州諸国(独、伊、蘭、英など)が石炭火力を一時的に拡大したが、これを一時的なものにとどめおくことができるかが問われよう。また、新興国・途上国において高価格の原油に代替する石炭火力への回帰がみられる。石炭への回帰はCOP26のグラスゴー気候合意(石炭火力の段階的削減(phasedown)に関する史上初の国際合意)や40か国の石炭不使用合意に反する。これら新興国・途上国の石炭回帰が長期にわたらないかが懸念される。
 また、欧州のLNG志向やLNGインフラへの投資拡大が2050年カーボンニュートラル目標を遅延させないかが問われよう。

3)戦時における原発の防護
 3月のロシア軍によるザポリージャ原発攻撃・占拠は、史上初の稼働中の原発への攻撃であり、これは国際人道法であるジュネーブ条約の追加議定書により攻撃の禁止が特記されている(ダム、堤防、原発)。それは、これらが破壊された場合、文民たる住民に壊滅的な人道的被害がもたらされるからだ。そして2023年6月、原発の冷却水の源であるカホフカ・ダムが決壊し、以降冷却水は近隣の池から摂取してきた。冷却水確保が喫緊の問題である。
 IAEAは当初から緊急時センターを立ち上げ、ウクライナが必要としている機材や技術を提供し、常時環境モニタリングを実施するなど最大限の支援をしてきた。理事会は、原発施設の管理をウクライナに戻すことを要請し、また早くからザポリージャにIAEAの要員を常駐させている。またIAEAは国連安保理に「核安全・セキュリティ保護地帯」の設置を提案し、ロシア・ウクライナと交渉を続けてきたが、未だ実現に至っていない。
 問題は、戦時においては核テロリズム条約も(改正)核物質防護条約も適用されず、核セキュリティが確保されないことだ。ここに法的な欠缺が無いだろうか。ある場合、戦時において如何なる実効的な規範形成が必要になるのかが今後の課題となろう。

4)アジアLNGの争奪戦の懸念
 欧州がパイプライン・ガスからLNGに傾斜した結果、中東LNGをめぐりアジア諸国との争奪戦が生じる可能性がある。特に今後の中国の景気動向、日本の湾岸諸国におけるプレゼンスの低下に鑑み懸念される。因みに、欧州諸国の「カタル詣で」に反し、タイミング悪く2021年日本企業はカタルとのLNGの長期契約を更新しなかった経緯がある。
 習近平とプーチンの間で合意されたパイプライン「シベリアの力II」が、建設されれば、ロシア西部のガスが中国に供給され、結果的にアジアの需給が緩和されよう。しかし建設までには5年程度かかる見込みであり、足元の需給は、中国の景気回復状況やアジアにおける産ガス国(豪州、マレーシア等)の供給余力によるところが大きいだろう。日本にとってはサハリン・プロジェクトがこれまで以上に重要性を増す所以である。

5)エネルギー大国としてのロシアの揺らぎ
 ウクライナ戦争を機に2022年3月、Shell、BP、ExxonMobilなど欧米メジャーが相次いでロシアから撤退したが、これはロシアにおける今後のエネルギー関連プロジェクトの円滑な操業や必要部品の安定的供給、高度技術の供与に不安を抱かせるものである。果たして中国をはじめとするBRISCのエネルギー関連技術が欧米メジャーの代替たり得るのだろうか。
 またロシアへのエネルギー関連投資の禁止は長期的にロシアのエネルギー分野での比重を下げることになると考えられる。冷戦期を通じて半世紀にもわたりパイプラインガス供給が安定的に行われ、いわば欧州地域の「安定装置」として機能してきたが、ウクライナ戦争でエネルギーを武器とした結果、安定供給大国としてのロシアの信頼は失墜したと言わざるを得ない。

6)サウジアラビアの石油政策変更
 OPECの歴史を振り返ると、これまで穏健な石油政策をとるサウジアラビアをはじめとするGCC諸国と高価格志向のイラン、リビア等の強硬派が対峙し、結果としておおむね穏健派が政策を主導してきたといえよう。つまりサウジアラビアがswing producerとして機能し、国際石油需給のバランサーとして貢献してきた経緯がある。しかし、今次「石油危機」に際してサウジアラビアは米国の増産要請に応えず、むしろ11月にはOPECプラスは日量200万バレルの協調減産に踏み切って高価格政策をとり、更に本年4月自主減産を発表し、OPECプラスは7月から日量100万バレルの減産に踏み切った。
 この背景には、サウジアラビアがOPECプラスの共同議長国であるロシアに配慮したのか、余剰生産能力がないのか、財政的に苦しいのか、米国離れ(カショギ殺害をめぐる人権問題など)か、或いは自立外交を進めているモハンマド皇太子の個人的要素もあるのか、様々な要因が考えられる(注)

 (注)余剰生産能力について、当時IEAはOPECで日量約300万バレル(そのうちサウジアラビアは約160万バレル)あるとした 。

 他方、中国のサウジアラビアとイランの政治的仲介、最近の原油貿易決済のドル離れ、サウジアラビアが原発建設に中国企業(CNNC)の参加を検討していること(注)、上海協力機構加盟、UAEと共にBRICSに加盟したことなどの動きは、米国のペルシャ湾岸諸国への相対的影響力の低下の反映と考えられる(注)。これはシェール革命後米国のペルシャ湾岸への関心が低下しているためであろうか。サウジアラビアは武器体系などからして、最終的には米国に安全保障を依存せざるを得ないと考えるが、これら最近のサウジアラビアの「米国離れ(自立外交)」や米国の「湾岸離れ」が石油政策の変更につながり、今後のOPECおよびOPECプラスの石油政策が高価格志向になることが懸念される。

 (注)サウジアラビアはこれまでイスラエルとの国交回復と米国原子力技術の導入を引き換えに、米国が濃縮・再処理技術を容認することを狙ってきた。しかし核拡散を懸念する米国はGold Standard(濃縮・再処理を認めない原子力協定)を重視し、これに応えてこなかった。サウジとしては米国の譲歩が得られない以上、中国企業の参加を検討するなどして、米国をけん制しているものと考えられる。

7)エネルギー自給率
 第六に、これとの関係で、第一次、第二次石油危機以来、改めて西側諸国は資源供給先の多角化及びエネルギ-自給率向上の課題を突き付けられた。特に旧東欧諸国、バルト3国そして何より経済規模の大きいドイツ、イタリアの高いロシア資源依存が、国際エネルギー市場の混乱の一因であった(欧州全体でみると原油、天然ガスのロシア依存度はそれぞれ29%、33%であった(2022年))。
 エネルギー自給率を見るとG7の内、米・カナダ・英がそれぞれ107%、179%、75%と高いが、仏は55%、独35%、イタリアは25%、日本に至っては11%と極めて低い。日本の場合、福島事故前は約20%であったことから原発の長期停止が主要原因であるといえる。

8)国際原子力市場において中国が主導権を握るのか
 最近の世界における原子力発電市場はロシア・中国が席巻してきた。世界の原子炉の内、建設中(59基)の60%、計画中(82基)の55%がロシア製か中国製である。ロシアはこれまで、インド、トルコ、バングラ、イラン、エジプト、ベラルーシで原発を建設してきたが、ここにきてウクライナ戦争が長期化しロシア財政に大きな負担になると、原子炉輸出のための建設資金や技術供与が困難になることが予想される。また欧州ではフィンランドがロシア原発の建設を中止し、スウェーデンやチェコが核燃料の調達先を米仏に転換している。このようの状況下で、中国が国際市場を席巻する可能性はある。中国は英国(サイズウェルC)からは事実上距離を置かれたが、既に自前の原子炉(「華龍一号」)を開発しており、先進国のみならず、途上国市場で原発ビジネスを拡大していく潜在性を十分有している。なお、ロシアは既に実装化しているSMRなど次世代革新炉の輸出ビジネスの展開で起死回生を図る余地はあるだろうが、欧米諸国もSMRなど革新炉による世界展開を企図しており、競争に勝ち抜いていくのは容易では無いだろう。  

9)中国優位の「中露エネルギー関係」
 これまでの経緯を見ると、短期的には中国インドなどが原油・天然ガスの欧州市場にとって代わったが、中・長期的にみて、中国は今後どの程度ロシアに資源にコミットするのだろうか。その中国の意向が注目される。つまりウクライナ戦争後、ウラル原油やESPOの安値販売が緩和された時点でも引き続きロシアの資源にコミットするのだろうか。国際的な市場商品である原油やLNG取引は柔軟性と機動性を有しており、スポット市場も発達している。戦後、中国がロシア原油や天然ガスを他国産と競わせて価格競争をするのは明らかだ。
 また、天然ガスにつき、中国が「シベリアの力II」(500億m3)に本腰で投資するのだろうか。今後の中国経済の減速に伴うガス需要の落ち込みやパイプライン建設投資(約10兆円)、需要・供給両者を長期にわたり固定化してしまうパイプラインの硬直性等々を考えた場合、果たして中国が将来にわたってロシア産パイプラインガスの輸入にコミットするか否かが注目される。それは今後の国際関係において、中国・ロシア関係を一定程度規定していくことになると思われる。建設合意はすでになされており、実際「シベリアの力II」に建設に対するロシア側の期待は大きいようだが、中国の電力業界は冷静に考えていると聞く。いずれにせよ今後の中露エネルギー関係は中国優位の中で推移するだろう。

10)Global South(新興国・途上国)への影響
 今回のウクライナ戦争の結果もたらされたエネルギー価格の高騰は新興国・途上国の経済に大きな打撃を与えた。多くの途上国では計画停電を余儀なくされている。例えばパキスタン企業は月間75回の停電に苦しみ、バングラデッシュで64回、インドでも14回を記録している。また途上国政府の物価高対策のための財政支出がこれら諸国の債務問題を悪化させた。IMF(国際通貨基金)はこの状況を「新たな債務危機の入口」と表現し、実際スリランカ、エジプト、ガーナ、パキスタンなどがIMFに対し支援を要請している。またこれら諸国において燃料としてより安価な石炭への回帰も始まっている。
 注意すべきはこれら新興国・途上国においてはウクライナ戦争の見方が欧米西側諸国とは異なる点であろう。これら諸国にとっては、この戦争は負けることのできない「民主主義擁護」の戦いとは限らず、未曽有のエネルギー危機下で如何に経済を回していくかが最優先課題であろう。
 長期的に2050年を見通すと、国際エネルギー分野におけるこれらGlobal Southの重要性が増していくことは間違いない。つまり2050年までのエネルギー需要の増加は最早中国ではなく、インドやASEAN諸国が中心になる。IEAの予測では2020年から2050年までにASENのGDPは3倍、インドネシアで3.3倍となっている(ちなみに日本エネルギー研究所の予測はこれを上回っている)。これに従ってこの地域のエネルギーの最終需要も当然増加する。
 そしてGlobal South の経済発展は自然と国際社会における発言権の増大に結びつくだろう。
 今後、エネルギー問題のみならず国際政治の観点からもこれらGlobal Southを如何に欧米西側に「取り込む」かが重要になってくる。

今後に向けて

ウクライナ戦争に起因するこれらの問題点の内、何点かにつき今後考えられる対応につき述べる。

 第一のエネルギー関連制裁の有効性については、確かに統計上ロシア原油及び石油製品輸出量は2022年1月と2023年1月ではほぼ変わっていない。また石油・ガス収入(国家財政の約45%)は2022年にはむしろ約30%増加した。
 他方、ロシア財務省の新しい統計によれば、エネルギー価格の高騰にもかかわらず、本年1-4月の石油ガス収入は前年同期比で52%(2兆2820億ルーブル)激減した。またロシア財務省は2023年を通じて約23%(8兆9400億ルーブル)減少すると予測している。従って、これら財務省統計によれば2023年には既にエネルギー制裁が効き始めているといえると考える。なお、本年の連邦財政予算はウラル原油の価格を70.1ドルと想定しているが従来ウラル原油がブレントから平均29ドル安値で取引されてきたことから、この想定は楽観的と考えられる(2023年10月現在、原油価格は高値で推移しており、ブレントは約95ドル/バレル)。
 また、EUは本年6月に発表した第11次制裁パッケージで制裁の向け穴対策を講じ始めており、制裁の継続が効果を上げるものと考えられよう。

 第二に気候変動問題への取り組みについては、一時的とは言え石炭とLNGへの回帰が問題となる。特にEUにおけるLNG関連インフラへの投資増強はLNGへの依存が一時的であることに懸念を生じさせる。いったん投資すれば少なくとの10年―15年間はLNGの液化設備等インフラは使わざるを得まい。
 これにつきEUは2036年以降、現在の天然ガスは今のままでは使用できないとしている。つまり、水素との混焼技術を2020年代に確立し、2030年代に水素・天然ガスを燃料とした火力発電を社会実装するとしている。また日本でも原子力を利用したクリーン水素の製造や天然ガスとの混焼技術の開発が進められている。また途上国の石炭回帰も懸念材料だが、石炭についてもアンモニアとの混焼技術の開発が進められており、例えばJERAは混焼率50%での商用運転を2030年代前半に、専焼化を2040年代に実現することを目指している。水素・アンモニアの製造・輸送、価格競争力の実現は困難な課題だが、中・長期的には今後これらを達成し、混焼技術を新興国や途上国に普及し、石炭や天然ガスからの脱却を図ることが期待される。
 また原子力エネルギーを最大限活用することがカーボンニュートラル目標を達成するための鍵であり、欧州(英仏伊など)、米国、日本などの原子力先進国での安全を最前提とした最大限の活用が必要だろう。また需要の伸びが予測される東南アジアでは、ベトナムが導入を一時断念した経緯はあるが、中長期的に原発導入を検討している国は少なくない。また後述するように革新炉、特にSMRに対する各国の期待は大きく、これが世界の原子炉市場を塗り替える可能性もあろう。

 第三に、ザポリージャ原発の安全について、本年9月のIAEA総会で、グロッシー事務局長は現地において11本の井戸を掘削していることを明らかにした。原発の冷却水の確保の為の苦肉の策であろう。しかし、もしザポリージャ原発にメルトダウンなど最悪の事態が生じた場合、影響は周辺諸国のみならず広範に及ぶこと必至で、チョルノービル原発事故のもたらした影響が如実に示している。そして懸念すべきは、仮にこのような事態が生じた場合、福島事故以来徐々に改善してきた原発に対する国際世論が再度逆行することだろう。筆者は以前から、ザポリージャ原発を防護するため、BRICSやCIS諸国の指導者を通じてロシア政府に対する外交努力を強化すべきこと、国連の部隊派遣を検討すべきこと等を提案してきた。前者についてはインドのモディ首相やセミパラチンスク核実験場の被爆者を抱え、放射線被ばくに敏感なトカエフ・カザフスタン大統領、更には本年2月に12項目仲介案を発表し、その中で「平和目的の原子炉施設への攻撃に反対する」とした習近平中国主席へのアプローチが必要ではないか。また後者については、現状ではロシアの同意をとることは難しくても、ウクライナの反転攻勢の結果ザポリージャがウクライナの支配下になった場合、国連総会の緊急特別総会(「平和のための結集決議」)を活用した、原発防護部隊の派遣が考えられよう。それはグロッシー事務局長が提案した「核安全・セキュリティー保護地帯」の実現とその防護を確保することにもなろう。
 また、戦時における核セキュリティの確保については既にIAEAが検討を始めていると聞く。実効的な規範形成に向けた議論を期待したい。

 第四に資源大国としてのロシアとの関係であるが、ウクライナ戦争が収束しても欧米や日本を含む西側諸国とのエネルギー貿易関係が元に戻ることは考えにくい。いわんや気候変動問題の文脈で「化石燃料の市場からの退場」が潮流である中、ロシア産石油・石炭・天然ガスへの需要は長期的に低減せざるを得ないと思われる。しかし、ロシアとのエネルギー貿易が無くなるわけではなく、特に2030年代半ばまではロシア産LNGの輸入は続くであろうし、また状況によっては、アジアにおいて欧州・中国・日本・韓国等の間でLNG争奪戦が起きるかもしれない。その様な状況下で、日本にとりサハリンLNGプロジェクトは貴重で、これを長期的かつ大切に継続していくことが重要だろう(日本のLNG需要の約8%)。またウクライナ戦争後、冷却化した日露関係の修復を考えるうえでサハリン・プロジェクトは重要な橋頭保になり得るものと考える。

 第五に、国際原子力市場における米欧vs中露の主導権争いについて、これまで中露が新興国・途上国市場で圧倒的な強みを見せてきており、西側には危機感があった。この状況を覆しうるのがSMRをはじめとする革新炉の開発である。西側原子力先進国は、SMRなどの革新炉をgame changerとして位置づけ、来る10年間「機会の窓」が大きく開いていると期待している。米国では原子力業界にとどまらず政府(DOE)、議会(bipartisan)の支持の下、研究開発がすすめられ、これを国内における原子力回帰のみならず、有力な輸出産業としても位置づけている。またカナダもSMRの社会実装ロードマップを作成するなど意気込みは強い。米国ではNuScale社(注)のSMR(2929年)、Terra Power社のナトリウム冷却高速炉、X Energy社の高温ガス炉などがその例であり、日本企業やJAEAなども研究活動に参画している。

 (注)NuScale社(Portland, Oregon)には韓国斗山エナジビリティーの他日揮、IHI、国際協力銀行などが出費している。Terra Power社(Wyoming)にはGE日立、カナダのオンタリオ州のSMRプロジェクトにもGE日立が参画している。

 日本の原子力産業界の現状は、これまで原子炉の再稼働で手いっぱいであり、かつ防潮堤建設など新規制基準適合への巨額の追加投資、電力の小売自由化などによる競争下で企業財政が悪化し、SMRを含め新規の原発建設に進む余裕も体力もないのが現状だろう。しかし、日本企業は米国やカナダなどの革新炉の研究開発に積極的に参加しており、日本の技術面での強みを推し進めていくことが重要だ(例:JAEAの高温ガス炉技術)。

 第六に、資源の自給率向上と供給減の多角化(エネルギー安全保障)の喫緊性については、2050年に向けて化石燃料から基本的に脱却せざるを得ないとすると、国産或いは純国産エネルギーである再エネや原子力に頼らざるを得ないだろう。また、欧州に限らず、新興国や途上国で天然ガスや石炭を長く使わざるを得ないとの予測に立てば、技術開発上の困難はあるではあろうが、水素・アンモニアとの混焼・専焼技術の早期確立と社会実装、更には原子力技術や水素・アンモニアのGlobal Southへの普及を急がざるを得ないだろう。

 第七にGlobal Southとの関係強化であるが、先ず、気候変動分野であまりに途上国の化石燃料に反対する姿勢を先進国側が取れば、かえって欧米への反発を買い、むしろ途上国を中露側に追いやってしまう恐れがあろう。従って、パリ協定の実施に当たっては、Global South各国の個別の事情に配慮した賢明な環境政策を推進することが重要だ。この点、G7広島サミット首脳宣言で「カーボンニュートラル目標は共通だが、そこへの道筋は多様」であることを確認した点は前進であり、これはG7にとどまらずGlobal Southにも適用されるべきだ。
 次に、エネルギー分野で日本をはじめとする西側諸国がイニシアチブをとり得る分野がある。それは新興国や途上国のカーボン・ニュートラル実現に向けた努力を技術面・資金面でサポートすることだ。前述の通り、今後2050年に向けてエネルギー最終需要の伸びは最早中国ではなく、インドやASEAN諸国だと予測されているが、これら諸国に対する協力が考えられる。
 今日本は、「アジア・エネルギートランシジョン・イニシアチブ(AETI)」を掲げアジア諸国のカーボンニュートラル実現に向けたロードマップの策定や、再エネへのファイナンスなどを支援している。また、「アジア・ゼロエミッション共同体構想(AZEC)」を提案し、ASEAN諸国や豪州と共にアジアの脱炭素化戦略を策定し、ビジネスを巻き込んだ技術開発や実証・展開を進めようとしている。具体的には、省エネ、再エネ、水素、アンモニア、バイオ、CCUS、電力網を含む脱炭素インフラへの投資、脱炭素技術の標準・相互運用性の確保などの分野における協力である。
 米国は、グローバルインフラ投資パートナーシップ(PGII)によりアジア、アフリカ、中南米に対するインフラ支援策を進めており、2027年までに民間資金を含めて6,000億ドルの支援を目指している。EUはGLOBAL Gateway政策を掲げ、アジア太平洋地域、途上国へのインフラ等への投資を増強している。また英国もグリーン・グリーンイニシアチブにより、気候変動に強いアジアのための行動(CARA)プログラムのためインド太平洋全域に7年間で3億6,500万ドルを支援している。加えて国際開発金融機関も同様な政策を打ち出している。例えばアジア開発銀行(ADB)はアジア諸国の石炭火力を買い取るなど脱炭素化を支援し、インドネシア、ベトナム、フィリピンから始めるとしている。
 このように各国・機関とも今後エネルギー需要が急激に伸びると予想されるアジアを中心とした脱炭素支援策を打ち出している点が注目される。
 原子力関係では、本年6月原子力委員会が主催したFNCA(Framework for Nuclear Cooperation in Asia)会合ではASEAN諸国や豪州・中国・韓国などが参加し、SMRを含む革新炉について各国の状況を紹介しあった。おおむねアジア諸国からはタイミングの違いこそはあれ、今後の電力需要の増大に向けて原発導入や革新炉に対する強い関心が示された。今後中国がこの面で進出する潜在性を考えれば、早期に日米欧が協力してアジア市場を先取りする戦略を策定する必要があろう。その際は原子炉の輸出のみならず。原子力関連人材の育成をも含めて幅広い協力を考えることが重要だ。またこれまで日本が中心に行ってきた放射線を活用した農産物の増産や、今後拡大が予想されるがん治療など医療面での貢献も期待される。原子力分野における西側原子力先進国の果たしうる役割は、予想以上に大きな潜在性を有しているものと考える。
 このような脱炭素に向けた技術及び資金協力は、西側諸国の強みであり、Global Southと協力する上での絶好のチャンスととらえるべきだ。今後日本はこれら欧米や国際金融機関等と連携して、アジアの留まらず、協力の範囲を広げ、Global Southとの関係を構築していくことが求められる。

おわりに

 ウクライナ戦争は脱炭素に向けたエネルギー転換の最中に起き、資源大国ロシアへの大きな依存度が、欧州のみならず国際エネルギー市場を混乱させた。そしてそれがGlobal Southに深刻な影響を及ぼしている。これらから浮かび上がってきた問題点に適切かつ迅速に対応していく必要がある。
 しかし翻って考えると、これらはいずれもウクライナ戦争が起きなくても早晩顕在化することが予想される問題点ばかりである。脱炭素化の促進、化石燃料の退場及びそれと裏腹の関係にある再エネ・原子力の最大限の活用、水素・アンモニア技術開発の早期確立と社会実装、資源供給源の多角化や自給率の向上などエネルギー安全保障の確立、戦時における原発の防護と核セキュリティの確保、Global Southを如何に民主主義国側につけるか、などである。ウクライナ戦争はむしろこれら問題を鋭い形で私たちに突き付けた「目覚まし時計」であった。そして確かに西側諸国は今混乱の中にあるが、これら諸問題を解決する技術においては中露などの専制的な国に対し比較優位にあることは間違いない。今後西側諸国は、共通する価値観を堅持しつつ、これら直面する問題解決に向けて協力を深化させていくべきだろう。

(本稿は個人の意見を述べたものであり、如何なる組織の見解を代表するものではない)