ウクライナ戦争とグローバル・サウス


前駐エチオピア大使 松永 大介

1.はじめに

 ウクライナ戦争がロシアによる理不尽な侵略であることは誰しも認めるところであるが、世界全体を見渡した時、すべての国がロシアを非難する側に回っていないことに気づく。それどころか、ロシア非難に与しない国々が例外的な少数派でなく、むしろ相当数にのぼっている。なぜ、これらの国々は、どちらつかずの態度を取るのであろうか? こうした国々、特にグローバル・サウスの眼に、ウクライナ戦争をめぐる国際社会の対応はどう見えているのだろうか? 本稿では、国連総会におけるロシア非難決議に対する投票行動という切り口から、グローバル・サウスを代表する存在としてのアフリカ諸国を中心に分析してみたい。

2.国連決議における票の割れ方

 昨年2月24日の侵略開始から程ない3月2日に国連で対ロシア非難決議(UNGA Resolution ES-11)が採決に付されているが、アフリカ54カ国のうち、賛成は28カ国だけである。反対はエリトリア1カ国のみであるが、残りは棄権17カ国、欠席8カ国である。すなわち、賛成していない(棄権や欠席を含め)国々の数を見れば、アフリカ54カ国中、実に26カ国(48%)が賛成していないのである。アフリカ連合(AU)もその前身であるアフリカ統一機構(OAU)も、政治・経済両面でのアフリカの統合を目的として謳っていたが、ウクライナ戦争を前にして、アフリカは真二つに分断されていると言っても過言ではない。

 さて、その後この分断に変化は見られるのだろうか? 昨年10月12日には、ロシアによるウクライナの4地域併合を認めないとする決議(UNGA Resolution ES-11/4)が国連総会で投票に付されたが、アフリカ54カ国中賛成30カ国に対し、24カ国(44%)が賛成しておらず(反対ゼロ、棄権19、欠席5)、その比率は3月2日の48%から若干下がったもののアフリカの分断は解消していない。

 比較のために全世界の投票パターンと比較してみたい。3月2日の決議については、賛成141カ国に対し、賛成でない国(反対+棄権+欠席)が52カ国(27%)である。これに対し、10月12日の決議では、賛成143カ国に対し、賛成でない国(反対+棄権+欠席)が50カ国(26%)である。27%と26%ではほぼ同率とみて良かろう。分断の状況は全世界ではあまり変わらず、アフリカだけで見れば僅かの賛成増加に留まっている。

(なお、ロシアによるウクライナ侵攻から一年になるのを前にして、本年2月23日に「停戦とロシア軍の即時撤退」を求める決議が国連総会で採択された。この際の票の割れ方を見ると、全世界で賛成でない国が27%と前2回とほぼ同率、アフリカ諸国では44%と10月12日の決議の時と変わらなかった。ちなみに、賛成していない国の比率の変遷は、全世界では27%→26%→27%、アフリカ諸国では48%→44%→44%となる。)

3.ロシアをめぐる歴史的経緯

 こうした分断の理由を理解するには、まず歴史的背景に目を向ける必要がある。アフリカのいくつかの国々には、かつて独立戦争の時代にソ連の支援を受けていた経緯があり、ロシアに対する恩義や親近感が指導層を中心に残存していることが挙げられる。例えば、ナミビアは3月2日、10月12日、本年2月23日と、どの決議にも棄権したが、政権党であるSWAPOは内戦中にソ連からの支援を受けており、それ以来の親露感が現在に受け継がれていると考えられる。アンゴラやモザンビークも、植民地宗主国ポルトガルに対する独立戦争においてキューバと共にソ連からの支援を受けたが、モザンビークは上記国連総会決議のすべてで棄権、アンゴラは10月12日の決議には賛成しているものの3月2日の決議には棄権している。また、本年2月23日の決議にも棄権している。

 G20の一員でもある南アにも同様の歴史がある。アパルトヘイト廃止以来の政権党である与党ANC(アフリカ国民会議)は、アパルトヘイト体制下で非合法化されていたが、長年の反アパルトヘイト闘争の間、ソ連から継続的な支援を受けていた。南アのパンドール外相は、1月下旬にEUのボレル外交委員と会談した際、ANCが反アパルトヘイト闘争を闘っていた時代、欧州が軍事支援を行なってくれなかったことを指摘し、欧州は南アに説教する立場にない、と述べたと報じられている。(更に1月には、南アはラブロフ露外相の訪問を受け入れており、2月にはさらに露・中との3カ国海軍共同演習を実施している) ちなみに、南アは一貫して国連での決議に棄権票を投じている。

4.他の人道上の危機との対比

 ロシアのウクライナ侵略は決して是認できるものではないが、世界の各地で発生してきた人道上の危機に、先進諸国がウクライナに対するのと同様に取り組んでくれたのかという問いかけがグローバル・サウスの側にあるのは否めないであろう。アフリカや中東からの難民・移民の受け入れに対してEU加盟諸国は概して厳しい姿勢をとってきている。例えば、シリアやイエメン、あるいは南スーダンの内戦などから引き起こされた人道的な危機に対し、西側諸国が現在ウクライナに向けられているのと同様の関心や支援を向けてきたのかという問いかけに合理性がないとは言えまい。

 議論はそれだけにはとどまらない。対ウクライナ支援の累計(出典:Kiel世界経済研究所)は、本年1月15日現在で米国から732億ユーロ、EU諸国から549億ユーロとなっており、米欧以外からの支援を除いても、米・EUの合計が1281億ユーロ(約1381億ドル)に達している。他方、OECDによれば2021年のODAの合計は1749億ドル(DAC統計)であり、ウクライナ支援はODA総額に匹敵する金額になっている。

 「ウクライナ戦争に起因する支援が開発目的に回されれば、ODAの倍増もあり得たのでは」との思いをグローバル・サウスが抱いてもあながち理不尽とは言えまい。領土保全や主権平等は、国連にとってもアフリカ連合(AU)及び前身のOAUにとっても発足以来の重要原則であり、これに照らしてもロシアのウクライナ侵攻は認められず、国連の対ロシア非難決議に真っ向からは反対できない。他方で、上記の二律背反がある。多くのアフリカ諸国が棄権ないし欠席という消極的な意思表示を選んだのは、このようなディレンマゆえと考えられる。

5.中国による12項目提案

 なお、中国は本年2月24日にウクライナ戦争に関する12項目の提案を行ったが、同提案が有効な和解案として機能するかについては懐疑的な見方が多い。たとえば12項目の一つである「戦闘の停止」は、ロシアが占領しているウクライナの領域を現状のまま固定化することにつながり、ロシア寄りの決着になってしまうのでウクライナ側が受け入れられる解決にはなり得ない。だが、中国提案の目的は、和平を現実化するためではなく、グローバル・サウスに対して中国が「平和を求める非同盟中立の仲介者」という姿をアピールするためだったたのではないだろうか。

 中国は伝統的に、開発途上国の一員でありその利害を代表する盟主的存在であると自負してきた。こうした立場は、古くは1955年のインドネシア・バンドンにおけるアジア・アフリカ会議にまで遡るが、現在も生きている。たとえば、気候変動交渉において、中国は「G77+中国」というグループに所属しており、世界第2位の経済大国になりハイテク分野でアメリカを脅かすまでに至ってもなおこのグループから外れていない。このような中国のアイデンティティは実態からは乖離しているが、中国がいまだにこれを捨てないのは、そこに国益を見出しているからであり、12項目提案もこうした中国の立ち位置を背景にしたものだと考えられる。

6.プロパガンダの影響

 さらに指摘すべきは、ロシアがグローバル・サウスを念頭にプロパガンダを強めていることであり、これがグローバル・サウスの旗幟が不鮮明になる傾向を助長している。ロシアは、自国の国際放送やソーシャルメディアを通じて、たとえば「食料価格の高騰は(黒海における海運を自国が妨害しているためではなく)西側の制裁によるものである」「ウクライナ難民が西側諸国に温かく受け入れられているのとは対照的に、シリア難民は冷たくあしらわれてきた」「アフリカの留学生がウクライナから退避する際のウクライナの扱いが不適切であった」等の主張がロシア側のメディアによってなされている模様である。また、中国がロシアのプロパガンダに便乗している面もあり、ウクライナが国家として存在すること自体は否定しないまでも、戦争の責任を米国とNATOに押し付けるロシアのレトリックは踏襲しているようである。

7.おわりに

 米中対立の尖鋭化、ロシアのウクライナ侵攻を経て、世界は民主主義国家群 vs. 権威主義国家群の対立の時代に入ったと言われる。一時期は、コロナの蔓延を防止するのに権威主義的体勢のほうが優れているとの主張も行われたが、中国のゼロコロナ政策が放棄されてからは、さすがにこうした議論は下火になった。しかし依然として変わらないのは、この角逐をじっと見守っているグローバル・サウスの存在である。両国家群の間の競争は、グローバル・サウスの心(hearts and minds)をどちらが掴むかの競争でもある。この意味でも、難民・移民政策を含め従来の政策を見直す余地がある。我が国を含む民主主義国家群が手をこまぬいていても、グローバル・サウスの人々の心は、いずれはこちら側になびくのだと慢心してはいられない状況が続いていることを肝に銘じる必要がある。