<帰国大使は語る>ウクライナ侵略2周年とアフリカ・サヘル地域


前駐ブルキナファソ大使 加藤正明

 ロシアのウクライナ侵略からおよそ2年が経過した。その間、サヘル地域ではクーデターや非民主的な政権交代が起こるとともに、テロの脅威が拡大した。加えて、反仏感情や急進的な汎アフリカ主義の蔓延、ロシアによる有形無形の介入が混乱に拍車をかけた結果、地殻変動が加速化し、極めて不安定なベルト地帯と化している。こうした不安定さは、脆弱なガバナンスはもとより、テロの根本原因ともいえる貧困・格差や気候変動の影響を受けた食糧危機の問題などが複層的に絡み合い、地殻変動を引き起こす基層をなしている。一方、近年ロシアは、サヘル地域を含めたアフリカ広域で、天然資源などを狙った経済的利益やウクライナ侵略による国際的な孤立を回避し安全保障カードとしてのオプション拡大も視野に入れた地政学的利益を得るために、関与を強めている。長引くウクライナ戦線による国庫負担と西側の制裁を前に、ロシアのサヘル地域への関与は減少してもおかしくない。しかし、これらの行動はウクライナ侵略と共にサヘル地域では強化すらされており、結果、同地域と周辺国との分断を招来し、西アフリカ域内の不安定化の要因となっている。本稿では、ブルキナファソを中心にサヘル地域にウクライナ侵略がもたらした影響、それを契機に拡大を続けるロシアの行動と今後の対応について考えてみたい。

穀物、肥料、燃料価格等の高騰

 影響としてまず挙げられるのは、穀物、肥料、燃料価格等の高騰である。ロシア産の穀物、肥料等に対する中東、アフリカの依存度は高く、直接・間接にもブルキナファソへの供給直撃は必至であった。実際、2022年2月のウクライナ侵略以降物価は急上昇し、同年6月、消費者全国ネットワークは輸送料、消費財・穀物価格が50~100%急上昇していると現状を訴え、暫定政府に対応を求めている。内陸国が故にその影響は大きく、3月には13.5%であったインフレ率も、7月には18.2%と西アフリカで最も高い数値を記録した。肥料だけをみても、ロシア産肥料のブルキナファソ総需要に占める割合は 2021年で35%と言われており、19,000CFAフランの50㎏入り肥料は35,000CFAフランまで上昇し農家から悲鳴が上がった。また、地域でも有数の綿花生産国であることから、主幹産業へのインパクトが懸念された。このため暫定政府は、6月に補助金付き肥料の供給を増やすと発表。また、日常食であるバゲット価格を1本当たりの小麦量を少なくしつつ価格を据え置き、砂糖、石油、コメの関税率を削減するなどの措置をとることで、日常生活への影響を極力少なくした。しかし、財政負担は大きく、燃料価格も8月には引き上げざるを得ない状況となっている。

 こうした深刻な状況に対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアがアフリカを人質にしている」と批判。一方、ロシアのプーチン大統領は「欧米の対ロシア制裁が食糧価格高騰の原因」と反論している。WFPや日本を含めたドナーは、価格上昇に加えテロの脅威で市民に食糧が届かない現実を直視し、食糧援助を実施。特に日本の支援で得られた食糧(コメ)はブルキナファソの食糧供給機関が一定量を市場価格で売却し、獲得した収入を開発事業に活用する仕組みをとっている。こうした市場に配慮した日本の食糧援助は、高い評価を得ている。ロシアも2023年7月の第二回ロシア・アフリカサミットにおいて、ブルキナファソを含むアフリカ諸国への穀物供与を発表した。

ロシアのサヘル地域への関与拡大

 第二に、サヘル地域をターゲットにしたロシアの影響拡大である。ブルキナファソは、2022年9月のクーデターで暫定大統領の座についたトラオレ政権になってから、反フランス、親ロシアに政策の舵を大きく転換した。なぜこうした行動変化を起こしたのか、その理由の一部は、ウクライナに関する一連の国連総会決議へのアフリカ各国の投票行動から読み解くことができる。侵略、人道、領土一体性や平和など決議内容によって各国の投票態度には若干の変化が見られるが、投票行動を左右する要因として次の点が指摘できる。すなわち、ロシアと西側諸国との関係の天秤、非同盟の原則重視、および欧米諸国への不信感である。 

 サヘル地域を含む多くのアフリカ諸国は、歴史的にロシアと軍事支援や留学等の人事交流などで関係を構築してきた。ブルキナファソも同様である。特に、テロ対策に軍備品が死活的に必要な中、迅速に支援をしてくれるロシアへの期待は大きい。一方、暫定政府は他国の軍に頼らぬ国防を目指した即効的強化策として、わずか2週間の訓練で現場に赴くボランティア兵を大量徴用しているが、この措置に欧米諸国は人権侵害の懸念を有している。また、軍の統制や管理の観点から殺傷能力のある軍備品等の供与には慎重な姿勢とならざるを得ない。こうした姿勢に、暫定政府は「帝国主義者は民主主義や人権を守ることを口実にしている」と反発し、明示的でないものの欧米諸国を批判している。

 アフリカは「非同盟」の原則を重視する国が多い。また、特定の立場をとることはアフリカの分断を招くと警戒する国もある。ブルキナファソも非同盟の立場を堅持しているが、必ずしも非同盟国同士の連帯のみを目論んでいるわけではない。むしろ主権国家としての自負と独立は守りつつも、自国にとって利益があると判断される国とは積極的に関与する外交を標榜している。このため、フランスとは一定の距離を置いているが、多くの開発援助を実施しているその他欧米諸国とはつかず離れずの関係を保ちつつ、新たな友好国として中国、トルコ、イラン、ブラジルやサウジアラビア、ア首連といった中東諸国、さらには北朝鮮、ベネズエラまで手を広げ関係強化を図ろうとしている。こうした積極外交を進める「非同盟」アフリカの国々は、今後その姿勢を強くしていくものと思われる

 欧米諸国への不信感であるが、仏語圏アフリカには反/親フランスの世論が混在している。ブルキナファソは潜在的にフランスに根強い反発を持っているが、トラオレ暫定政権になるまでは友好関係を継続していた。しかし、同政権になりロシアの情報戦に操られた若者の力を借り国民の反フランス感情を掻き立てている。また、シリア、パレスチナなどに対する西側諸国の対応はウクライナと異なるとして、ダブルスタンダードの姿勢にも批判がある。さらに、サヘル地域では遊牧と砂漠の交易を生業としてきたフラニ族(プル族)に対し、就業機会や水・食糧・教育等へのアクセスの不平等が深刻化している。こうした格差に不満を持つ住民が、過激主義の思想の影響を受けテロの温床となり、民族的な差別につながる負の連鎖を生んでいる。フラニ族や先に言及したボランティア兵に関する人権への不安を強調する欧米諸国に対し、「軍備品支援を躊躇し、装備が不十分な兵をテロリストの前に立たせることは人権遵守と言えるのか」と反発し、そうした指摘をしないロシアへの共感を示している。

 ブルキナファソはウクライナ関連の全ての決議に不投票の立場をとっている。2022年1月末にクーデターを起こしたダミバ暫定政権にとり、組閣もままならぬ中での国連決議には投票の意思決定準備も十分でなかった面はあろう。トラオレ暫定政権後は意識的に投票行動をとったものと思われるが、同国外務省に確認しても明確な回答を避けている。いずれにせよ、投票行動を左右する3つの要因は、ブルキナファソをして親ロシアに政策の舵を切らせた重要な要素であろう。

情報戦の展開とその影響

 しかし、ブルキナファソに3つの要因が内在するとしても、それだけで親ロシア政策に転向するわけではない。ナイジェリアのように、旧ソ連には1970年の内戦を終結に導いた恩義や、軍備品の調達に躊躇する欧米諸国をよそにロシアの支援を受けた経緯にもかかわらず、親ロシアに傾いていない国も多い。何らかのロシア側からの働きかけがトリガーとなり、具体的な行動につながったのではないか。そのトリガーは、かつては政府転覆の破壊工作であり、軍事侵略であったのであろうが、現在は情報戦が極めて効果的にその役割を果たしている。

 西アフリカでは、クーデターといった脆弱なガバナンス問題の表出化と前後して、フランスに対する国民感情を逆手に取った情報戦が展開されている。マリ、ブルキナファソでは、親ロシアの暫定政権が誕生し、情報戦に影響された若者を中心とする市民の声を後ろ盾に、フランス部隊の退去を実現している。

 情報戦は、行動や表現の自由を含めまさに民主主義の隘路を突いたものである。言論の自由を無限に許容できないのは明らかであるが、どの言論が合法でどの言論が排除されるべきかを誰が判断するのかは、非常に微妙な問題である。かつ、ソーシャルメディアを通じた運動は、急速すぎて運動の基盤となる思想や組織を作り上げる余裕もなく、周囲の雰囲気やポピュリズム的言動に流されやすい。そのため、フェイクニュースがいとも簡単に拡散し、運動が過激化しやすい。こうした情報戦に対し、法治国家・民主国家がとり得る対策は限られており、法や民主的な考えを無視した行動をする権威主義国家にとって、軍事投入などをせずとも簡単に国を混乱に陥れ民意を動かせる有効な手段となっている。

 実際に、トラオレ大尉が2022年9月末にクーデターにより前政権を引きずり下ろした際、一時は、ダミバ元暫定大統領が国民に平静を呼びかけ反乱は抑え込まれたかに見えた。しかし、「ダミバはフランス軍駐留基地に匿われてトラオレ陣営への攻撃を画策している」との発表を機に、親ロシア派の民衆が立ち上がり一挙に形勢が逆転。ロシア国旗を振る民衆の興奮と歓迎ムードに包まれ、トラオレ大尉は勝利宣言を行った。2023年7月末に起きたニジェールのクーデターでも、反フランス、親ロシアの国民感情を煽る情報がSNSで瞬時に拡散し、国民の支援が大きなうねりとなって拡大した。

 現時点では、フェイクニュースに対する法的規制、ファクトチェック体制の強化・人材育成や市民への啓蒙活動など、情報戦への対抗策・予防策は限定的で十分ではない。今後ますます情報化が進み人々を結びつけるネットワークがパワーの源泉となる中にあって、情報戦に対する対策・戦略は脆弱国家に限らず全世界にとって無策ではいられない。

ロシアによる影響力の定着とそれに対する対応

 一旦情報戦で成功すると、ロシアは矢継ぎ早に外交攻勢をかけてくる。親ロシア派として誕生したトラオレ暫定政権に対し、ロシアは閉鎖していた大使館の相互開設を約束する一方、議員団による度重なる訪問外交を展開。また、これまで軍事支援や留学生受入がメインであった両国関係を、経済や開発に拡大せんとしている。具体的に、BRICS戦略プロジェクト国際連盟というモスクワに本部を置くBRICS加盟国とは直接関係のない非営利団体が来訪し、経済、保健、教育、インフラ、産業、エネルギーなど幅広い分野での協力に関し覚書を結んでいる。さらには、2023年7月のロシア・アフリカサミットでトラオレ暫定大統領がプーチン大統領に要望した原子力発電所の建設に関し、3か月後の同年10月にはロシア国営原子力企業ロスアトム社長とブルキナファソのエネルギー大臣が覚書を締結。こうした協力の拡大がどこまで現実的かは疑問なしとしないが、対応の迅速さに暫定政府がロシアに全幅の信頼を置くのもうなずける。

 現時点では、ロシアの流れを止める有効な策は見当たらない。ウクライナでは空前絶後の武器供給がNATO諸国から行われる一方、懇願するブルキナファソには小銃一丁も供与されない二重基準に大きな苛立ちを隠さず、国民の命に差があるのかと食ってかかる状況である。その結果がイラン、北朝鮮及びベネズエラへの急接近であった。また、フランスは、ニジェールのクーデター政権を支援するブルキナファソに援助停止の制裁をかけたが、全く効果は見せておらず、かえって親ロシアのブルキナファソ、マリ、ニジェール三か国の連帯強化という結果を招いている。欧米諸国が帝国主義者呼ばわりされ敬遠される雰囲気の中、まずは外交対話の道をつなぎ止めることが、国際秩序を維持する上で重要である。その点、「欧米」の範疇にはくくられない「日本」の位置づけはある意味特殊である。いかなる役割を果たせるか一考すべき時が来ている。