さらなる発展が期待されるバングラデシュとの「戦略的パートナーシップ」


前駐バングラデシュ大使 伊藤直樹

はじめに

 バングラデシュはとても親日的な国である。バングラデシュの人々と面会すると,ほぼ例外なく、日本へのあこがれ,日本企業への敬意やブランド・イメージの高さ,日本製品への信頼,日本の協力に対する感謝を口にする。日本への好意が「体から溢れ出ている」と形容する日本企業の方もいる。1990年代にテレビ番組「おしん」がヒットした時,娘さんに「おしん」という名前をつけた親もいる。バングラデシュは、ミヤンマー、インドと国境を接し、南アジアと東南アジアをつなぐ位置にあるが、その親日性ゆえASEANの一角のようにも感じられる。

 2022年2月,モメン外務大臣は外交関係50周年の祝賀行事にて,両国の交流に影響を与えた三人のベンガル人として,詩聖タゴール,極東軍事裁判のパル判事,建国の父ボンゴボンドゥをあげた。タゴールは20世紀初頭に日本と文化・芸術交流の道を開いた。岡倉天心をはじめ知己を得た文化人も多い。コルカタ出身であるが,現在のバングラデシュにあたる地域で暮らしていたこともある。パル判事の出身はクシュティア。戦後の極東軍事裁判で西欧中心の史観にチャレンジし,日本の戦争犯罪を認めなかったと熱を込めて語られる。国父ボンゴボンドゥはムジブル・ラーマン初代大統領。ハシナ首相の実父であり,73年10月に日本を訪問し,当時の田中角栄首相との間でジャムナ橋建設をはじめとする,その後の協力関係の礎を築いた。

(写真)戦勝記念日パレード

ハシナ首相の訪日

 ハシナ首相は2009年から2度目の政権を担い、3期15年の長期に及ぶ。同首相自らが日本との関係を重視している。日本文化への興味も強く、国会議事堂の応接室には喜多川歌麿の浮世絵がかかる。首相の側近は、彼女は日本に弱いところがあり、日本企業の投資や日本との協力となると特別に関心を寄せると言う。

 4月25−28日、そのハシナ首相が日本を訪問した。2019年5月以来、首相としては6回目の訪日であった。特筆すべき成果は、日本とバングラデシュ両国の関係を「戦略的パートナーシップ」と位置付けたことである。これは、共通の価値と相互利益に基づく関係強化の方向性である。そして、両政府間で、防衛協力・交流、サイバーセキュリティ・情報通信技術、農業、産業高度化パートナーシップ、知的財産権など8つの分野で新たな協定や協力覚書が署名された。

(写真)ハシナ首相と岸田総理との首脳会談(2023年4月)

新たな協力の3事例

 今回の訪日に先立つ昨年12月,経済面で新たな協力の幕開けとなる行事が三つあった。①ダッカ・メトロの開通,②工業団地の開設,③二国間経済連携協定(EPA)共同研究の立上げである。

 12月28日、ダッカ・メトロが開通した。国内初の電動交通機関であり、ダッカ市民の夢が現実となった。車両は川崎重工,レールは日本製鉄,信号システムとホームドアは日本信号,蓄電ブレーキは東芝,改札にはSONYのフェリカと,日本企業の技術が集約されている。6号線は全長20キロ。カマラプール駅まで延伸される。これまで車で2時間かかったところが35分で結ばれる。さらに2029年には約70キロに及ぶ三路線のネットワークが構築される。一日300万人の利用が見込まれ、ダッカの渋滞解消にも良い影響が期待できる。

(写真)ダッカ・メトロ

 12月初め、日本が手がけた初の工業団地がダッカ郊外のアライハザールにオープンした。住友商事とバングラデシュ経済特区庁(BEZA)の合弁会社がバングラデシュ経済特区(BSEZ)を運営する。ハシナ首相は、その開所式で、日本による工業団地は格別の意義があると述べるとともに,バングラデシュは南アジアと東南アジアをつなぐ理想的な環境にあり、外国投資はインドおよび中国を含む,地域の30億人の市場につながることを強調した。この工業団地が日本からの投資増大のきっかけとなると見込まれる。外国企業にも開かれており、最終的に100社、15億ドルの投資を想定する。チッタゴン港の北部ミルショライでは、双日が工業団地開発のための調査を実施している。

 さらに、EPAの共同研究の開始である。バングラデシュは、2026年のLDC卒業以降も無税輸出(現在、品目の98%)を求めている。対日輸出の8割は繊維製品。外貨獲得を繊維輸出に頼るバングラデシュにとり死活問題である。日本企業にも大きなメリットがあり,要望も強い。EPAにより、サービス、投資、知的所有権等の幅広い分野でルールを共有できれば経済の相互依存を高め、サプライチェーンの構築につながる。本年4月、第一回会合が開催された。

高い成長力を持つ経済

 第二次ハシナ政権が誕生した2009年以降、平均経済成長率は6.4%に達する。コロナ前の2018−19年度には8.15%という高成長を記録した。長期政権による継続的な成長が国の安定をもたらした。この10年で現地の日本企業は3倍、300社を超えた。日本からの投資は、昨年1.2億ドルと過去最高を記録した。コロナ禍でも昨年度6.9%成長を遂げ、今年度6.5%成長を見込む。「日経アジア」はその回復力を世界で5番目と評した。ウクライナ情勢はインフレ、為替、エネルギー需給に影響しているが、それが解消されれば、アジア最速の成長を遂げる国となろう。昨年11月、香港上海銀行は、バングラデシュが2030年に世界で9番目の消費市場となると予測している。

 日本国内の一部報道では,バングラデシュが隣国スリランカのような債務危機に瀕する可能性を伝えている。ここで留意すべきは,バングラデシュ政府は、IMFとの間で中長期の経済危機でなく短期のショックに備えていることである。予防的措置として,42か月間45億ドルの救済に合意し、外貨準備高の安定やエネルギー補助金の削減等を約束した。IMFは,一昨年12月の4条協議以降、債務持続性に問題なしとの見方を変えていない。まだ貸せるし,返せる国として,バングラデシュのマクロ経済運営に一定の信認をおいている。

インフラ整備のための協力

 JICAによるインフラ整備への協力はダッカ・メトロにとどまらない。ダッカ国際空港の第三ターミナルの拡大,マタバリにおける深海港の建設が進められている。円借款は2020年度に初めて3,000億円を超え(承諾額ベース),世界最大の被供与国となった(同じ年度に1,000億円を超えたのは、他にインド、フィリピン、インドネシアのみである。)。早ければ2024年には新空港でのオペレーションが始まる。マタバリ港は2024年に一期目の工事を終え,その後10数年かけて拡大し,チッタゴン港に匹敵する機能を備えるようになる。かつてインフラが不十分なことが成長のボトルネックであったが,それを克服しつつある。

(写真)マタバリ港

 その一方で,経済のソフトウェアをいかに整えていくかは,今後の課題と考えられる。産業発展のための人材育成、制度構築、情報通信の整備は急務である。また、バングラデシュの税収はGDPの8%に過ぎず、医療,教育,ソーシャルセイフティネットといった包含的成長の基盤となる支出への制約となる。また,間接税収の比率が高く,所得税の納入者は300万人、法人税は企業の2割のみの納入にとどまる。今後,EPA交渉で関税引き下げが難題となる。

安全保障分野の協力

 ハシナ首相訪日時に署名した安全保障分野での協力は、まさに「戦略的パートナーシップ」に相応しい。海上自衛隊の艦船の寄港も増え、2012、2019、2022年についで、2023年4月も海上自衛隊の掃海部隊である「うらが」と「あわじ」がチッタゴンに寄港し、バングラデシュ海軍との親善訓練も行った。軍関係者とのハイレベルの交流も進展している。昨年来,バングラデシュが防衛装備品の調達多角化を進める一環として、わが国企業からレーダー・システム等の調達に関心を寄せている。今回、「防衛装備品および技術移転協定」の交渉開始に合意するという画期的な成果が見られ、我が国による安全保障能力支援(OSA)の調査対象国としての意見交換も行われた。

 ハシナ首相の日、米、英歴訪に先立って、バングラデシュは自らの「インド太平洋概観(IPO)」を公表した。インド太平洋の安定と繁栄が、先進国入りを目標とする「ビジョン2041」にきわめて重要な要因であり、繁栄を皆が享受するため「自由で開かれた、平和で安定した包摂的な「インド太平洋」」を構想するとしている。我が国との「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のための実践的協力につながる時宜を得た外交努力であった。

 バングラデシュは独立以来、「すべてを友に、敵を作らず。」という大きな原則のもとで外交を進めてきている。その原則をIPOでも第一の理念として掲げている。米、中といった大国に与しないこと、いずれに付くか踏み絵を踏まされる状況を避けることが念頭にある。これまで、FOIPへの対応についても慎重に対応してきた。バングラデシュは2016年に習近平主席が来訪した際、「一帯一路」の覚書を結んだ最初の国であった。中国による大型プロジェクト、中国製品の輸入、防衛装備品の購入も大きな比重を占めているという実態もある。

 しかしながら、ここへ来て、インド太平洋という概念がクワッド(日米豪印)を超えて国際場裏で主流化したこと、及び中国を巡る戦略的環境の変化を踏まえ、FOIPへの見方を進化させたと考えられる。「インド太平洋」は、軍事協力でなく、平和のためのビジョンである、包摂的であって、クワッド以外の国との協力を排除しないとの理解も進んだ。駐バングラデシュの中国大使が一昨年5月、クワッドに加盟すべきでないと述べたことは、主権侵害との反発を招き、むしろ逆効果となった。コロナ危機の際も中国からの医療,ワクチン支援に依存することはあえて避けていたようだ。昨年11月、環インド洋連合(IORA)の閣僚会合が11月にダッカで開催された際にも、インドとバングラデシュが中心になって同様の行動計画を策定した。

南アジア地域における立ち位置

 こうした動きの背景に、南アジア地域におけるバングラデシュの立ち位置の向上がある。2021年3月の独立50周年、国父生誕100周年の行事の際,南アジア5カ国(インド、ネパール、スリランカ、モルディブ、ブータン)の首脳が一人ずつ招かれた。パキスタン不在の中で、最終日にモディ首相がインド・バングラデシュ関係の親密さをアピールした。一連の行事を通じ,バングラデシュは新たな一面を見せた。それは,地域の連結性増大や自由貿易拡大へ積極的なイニシアティブを示すことであった。スリランカとの間では通貨スワップに合意した。経済発展と政治的な安定をベースに域内で新たな役割を担い得ることを示したのである。

 バングラデシュとインドの関係はどうか。インド企業によるエネルギーやインフラへの投資が進み、交通の連接性も増大している。包括的経済連携協定(CEPA)も交渉中である。インドとの関係改善にようやく与野党のコンセンサスができていると野党BNPにも近い元外交官が述べていた。実際、パキスタン時代から使われていなかった鉄道が再開され,コルカタからインド北東部への輸送にチッタゴン港が活用されるようになった。また,日本による支援で,両国をつなぐ道路の建設や北東部との連接性も向上している。マタバリ港開発やバングラデシュの成長はインド北東部の発展にも好影響が及ぶであろう。岸田総理は、3月、インドで行なった政策演説で、バングラデシュとインド北東部とのバリューチェーン構想や連接性の向上の重要性を述べた。これは将来の日・印・バングラデシュ三カ国間の協力の可能性を拓く。

来年の総選挙

 来年初めに予定される総選挙は、国のさらなる安定的な成長に重要となる。現政権によるジャーナリストの弾圧、NGO等の市民社会に対する制約に批判が集まる中で、野党BNPは、昨年10月以降、全国各地での抗議集会を通じハシナ首相の退陣、そして選挙管理内閣のもとでの中立的な選挙の実施を求めている。アワミ連盟はこうした要求に応じる気配なく、現状では、野党不在のままアワミ連盟が勝利し、ハシナ政権が四期目となることが視野に入る。前回選挙の事態を繰り返さず、自由で公正な選挙が実施されることの意義は大きい。

ロヒンギャ難民問題

 最後にロヒンギャ難民問題を取り上げたい。2017年8月の大量流入以降、100万人に及ぶ難民がコックスバザールのキャンプに滞在する、アジアで最大の難民危機であり、バングラデシュには重荷である。当初、バングラデシュは人道的観点から国境を開放し、ミヤンマーからの難民を受け入れた。しかし、未だにミヤンマーへの帰還へのめどが立っておらず、バングラデシュ側のフラストレーションは高じている。難民にも失望感が広がり,帰還でなく,キャンプでの生活継続を希望する声も聞かれるようになっている。また、キャンプの治安の悪化はイスラム過激勢力の伸張を招き、ロヒンギャが地域の不安定化要因となることも懸念される。そうした中、ミヤンマーへの帰還プロセスの環境づくりと並んで、将来に備えた難民の能力向上が鍵となる。昨年来、ミヤンマー式教育の導入、スキル訓練の枠組みが導入され、将来に展望を与えるための事業も進展しつつある。ユニクロが民間企業初の訓練事業に乗り出した。また、キャンプから約3万人がバシャンチャール島に移転し、日本も国連の活動を積極的に支援している。問題解決への日本に対する期待は高い。

(写真)ロヒンギャ難民に対する職業訓練

治安情勢と今後の関係

 ダッカ・メトロの調査業務に従事されていた邦人7名が犠牲となった2016年7月のテロ事件から7年近くが経過した。この間,外国人をターゲットとする事件は発生していない。治安当局の捜査能力も向上し、テロ勢力に対する資金源、武器の供給源は絶ったと自信を深めている。ハシナ首相以下,テロを許容しない「ゼロ・トレランス」の政策が徹底されている。こうした状況を踏まえ,日本政府は2021年11月にダッカについても海外安全情報の基準をレベル1に引き下げた。2022年7月には、邦人犠牲者の方々の慰霊碑完成追悼式典がメトロの車両基地で執り行われた。事件を決して忘れることなく、発展に向けた協力の実をあげていくことが引き続き重要と考える。

 以上のとおり、日本とバングラデシュとの関係は、幅広い分野で大きな可能性を秘めており、「戦略的パートナーシップ」のもとで両国の協力関係が一層発展することを期待したい。