人工知能で今起きていること


英スタビリティーAI COO  元外務省職員 伊藤 錬

 「Chat(チャット)GPT」に端を発した、「生成AI(Generative AI=生成人工知能)」をめぐる議論が活発だ。生成AIはAIの一種でありながら、それ以前のAIとは大きく異なる。まずはこの点から説明したい。

「予測する」AIから、「モノを作る」AIへ

 これまでのAIは、たとえば犬(と犬以外)の写真を100万回見せて学習したうえで、新しい写真を見たときに、それが犬なのか否かを「予測する(Predict)」ことを目的としていた。対して、次世代のAIである生成AIは、このような学習の成果として、多種多様な犬の絵を「創出する(Generate)」ことを目的とする。
 旧世代AIも新世代AIも、ともに無限大のインプットの投入を前提とする点では共通だ。しかし、異なるのはその結果(アウトプット)である。旧世代AIのアウトプットは、「犬かどうかの予測」というYes/Noの2進法であった。対して新世代AIは、「求められる多種多様な犬を新たに描き出す」という、無限大のアウトプットを導くのである。

「生成」AIは、正解・ファクトの検索ではない

具体的にはどういうことか。添付の画像をご覧いただきたい。アンディー・ウォーホールの手によるボリス・ジョンソン、ミケランジェロが彫刻したスターウォーズのヨーダ、フェルメールが描いたザッカーバーグ――このような「これまでに存在しなかった画像」が、任意の単語の組み合わせを入力するだけで、既存の画像の検索ではなく、新しく創出できる。これが、生成AIの「生成」の意味するところである(実際にこれらの画像群は、画像系生成AIアプリ「Stable Diffusion」を使って数秒で生成したものだ)。
 そしてこれにより導かれることは、生成AIのアウトプットは、極めてクリエイティブである反面、必ずしも正解・ファクトの検索ではないという点だ。生成されたものが正しくファクトに基づいたものであることは、生成AIとは別の方法によって(手動または自動化いずれの方法によるにせよ)担保されなければならない。

各業界で何が起こるのか
 
 メディアでは、すでにニュースの記事制作にAIが使われ始めているが、今後AIが過去の記事を参照し、インターネットや現地調査も行うことで、1日かかっていた記事制作が数分で可能になると予想されている。金融機関ではどうか。すでに、保有する膨大なデータを活用し、アナリストレポートの作成の一部がAIで自動化されている。次の決算シーズンには、「10K(年次報告書)を分析し、チャートやグラフを吐き出して」と指示するだけでレポートの作成ができるかもしれない。さらに、金融機関のトレーディングモデルは、一般人からのリアルタイムのセンチメントデータを収集することで、複雑な情報ソースをもとにしたデリバティブ取引までを自走できるかもしれない。

課題は「実装者」の不在

 このように各業界で劇的な発展を遂げうるAIであるが、その実装は一筋縄ではいかない。AIの衝撃を目の当たりにした今、あらゆる大企業が自社用にカスタマイズしたAIを構築したいと欲している。しかし、その実装プロセスは極めて煩雑だ。これを大規模に実行できるチームは、現在のビジネス界にはほぼ存在しない。
「石油は発見されたが、まだ自動車が発明されていない」「マイクロソフトがWindows OSを発表したが、まだインターネットが普及していない」――AI技術の現在は、まさにこういった歴史的転換点の狭間にある。石油やコンピュータがビジネスのエコシステムによって人々の生活に浸透していったように、AIもまた、AI自体の進化と、それに加えてAIを活用方法する進化の両方によって、今後進んでいくことになる。

外務省「業務」にとってのAI

 前述の通り、AIとクライアントをつなぐシステム・インテグレーターが未発達であることから、外務省において明日すぐに高度なAI実装ができるわけではない。したがって、短期のlow hanging fruitと、長期的に実現したい夢を分けて考えることが重要だ。
 例えばだが、短期的な目標は「業務合理化」に集約されると言えよう。①「要約・作文」、②「海外の報道ぶりとりまとめ」、③「クロスチェック機能(訓令の回電分析等)」、④「国際法局系業務(条約の和訳、国内担保法の整合性)」、⑤「記者ブリ用見え消し資料作成」などが挙げられるだろう。
 長期的な目標は、より高度なアイディアでの生成系AIの活用だ。諸外国の例で言えば、「公開情報を含めたインテル」系業務への活用をイメージしている。すなわち、テロの予測など、色々な情報を多面的に診断して、人間が気づかなかった解を導くという性質のもので、基本的にセキュリティの分野に行き着く。
 それとは別途、生成AIの本質により忠実に考えれば「アイディア出し(ideation)」という活用方法も重要になっていくであろう。例えば投資の世界では、ヘッジファンドは100人のリサーチャーが様々な投資アイディアを出し、マネージャーがそれらを見比べて、面白さや根拠等をもとに、良いものを選んで投資を行っている。このアイディア出しは非常にコストがかかるが重要なプロセスだ。これを外務省に置き換えて言えば、例えば首脳会談で何の話をどのようなタイミングで投入したら先方の首脳の心に響くのかを、担当官が生成系AIを活用してアイディアを出し、そのうち良いものを幹部が採用するといったことが考えられるだろう。実際にどんなニュースストーリーを提供すればどのような層から反響があるのか、複数のオプションを使ったシミュレーションも可能となる。生成系AIの最大の売りは、(ファクトに基づいても、正確でもないかもしれないが)ありとあらゆるアイディアを一瞬で出してくれるという機能だ。これをコミュニケや発言要領等のサブ資料作成で活用できるのではないかと考える。

外交「アジェンダ」としてのAI

 本年のG7広島サミットでは、AIの規制を議論する枠組み「広島AIプロセス」が合意された。公正性、説明責任、透明性、安全性などの基本的な原則について認識が共有された一方で、グローバルなルールづくりは、まだ始まったばかりである。各国ごとの取組みの差異も大きく、例えば、EU(及びその加盟国である仏独伊)では、包括的かつ法的拘束力のある枠組みが進んでいるのに対して、米国、英国(に加えて我が国)では、まずは、個々の産業分野における既存の法令の範囲内での、ガイダンスベースのアプローチが志向されていると言える。

 一例を挙げれば、欧州議会が6月に採択した包括的なAI規制案(発効までには、今後さらに、欧州議会本会議での承認と、欧州委員会、閣僚理事会との協議を要する)は、AIのリスクを4段階に分けた上で、AIサービス提供者とユーザーそれぞれへの義務を定めるというかなり強い内容となっている。他方、米国のアプローチは、例えば、5月に行われた米上院司法委員会での公聴会(議長:ブルメンタール上院議員(コネティカット州、民主党))の議論をみれば、AIをそれ自体として新しい問題を提示しているものとは見なさず、安全性やプライバシーという、インターネット(特にソーシャル・メディア)に伴う課題と類似のものであるという認識に立脚して議論が進んでいる。その結果として、FTC(連邦取引委員会)等既存の機関と法令の範囲内でどのような現実的な規制が可能であるかという議論や、そもそも現行のインターネット規制の中核となっている「通信品位法230条(Section 230)」が事業者に対する免責を広く捉え過ぎているのではないかとの議論の再燃などが特徴的だったと言える。

 このように、G7各国の取組みは、言ってみれば、総論賛成、各論「未分化」な状況にある。広島プロセスは、このような背景を踏まえ、基準・規制のハーモナイゼーションではなく、各国ごとに異なる基準・規制を前提に、その相互運用性(interoperability)を目指すという現実的な内容になっている。私見によれば、これは、必ずしも、将来のハーモナイゼーションに至るまでの経過措置なのではなく、今後将来にわたっても、基準・規制が流動的な状況は続くものと思われる。AIは、インターネットよりもさらに動きが速く、さらに技術的細目に影響される性質であることから、政府主導のトップダウンのアプローチや基準・規制を長期的に確定させることには馴染みにくい。さらなる外交上の課題としては、各国にとって(特に英国において顕著であるように)AIという国内産業保護が、国際協力を上回る優先事項となる可能性も提起しておきたい。
 
 さらには、いわゆるグローバル・サウスの諸国をいかに取り込んでいくかも重要である。AIの投資の世界では、いわゆる西側企業が、中国やロシアの資本を受け入れることは、CFIUS(対米外国投資委員会)やそれに類する各国法令の細目を守っているかどうかにかかわらず、西側各国による規制リスク(及び西側証券取引所への上場の制約)が高すぎるとしてそもそもタブーとなっている。また、資本の受入れではなく、単にサービスの提供であるとしても、それが中国やロシアに対しての機微技術の移転と見なされないよう細心の注意を払う必要があり、結果としてこれらのマーケットを取り逃がす結果にもつながっている。その間隙をつくように、例えばアブダビなどのAIに強いフォーカスを当てた中東諸国は米中対立の鞘取り(arbitrage)をするようなビジネスを推進している。

 実は、本稿はアブダビで書いた。日中、政府系ファンドのムバダラや、国営石油会社ADNOCが、欧米の先端AI企業ばかりを集めた華やかなカンファレンスで、西側AI企業への投資を強化するのを聞いた。しかし、その夜、主催者との内輪のディナーでは「米国市場だけに依存するわけにはいかない、新興国を抑える方法、更には中国市場とも共存する方法が最優先だ」と彼らは冷静だった。AIをめぐるトレンドの変遷は極めて速い。そして表面的な狂騒に乗っていたのでは遅い。昼間の熱気が消えて少し肌寒くなった夜に、覚めた気持ちで主催者のマジュリス(お屋敷)を後にした。

(了)