<帰国大使は語る>女性リーダーが輝くカリブ海の国・バルバドス
前駐バルバドス大使 品田光彦
2016年10月から2022年4月まで駐バルバドス大使を務めて最近帰国した品田光彦大使は、インタビューに応え、バルバドスの特徴と魅力、在任中に経験したことや力を入れて取り組んだこと、日本との関係とその展望等について以下の通り語りました。
―バルバドスはどんな国ですか。
バルバドスは、カリブ海の東端に位置する人口約29万人の島国です。面積は約430㎢で、日本の種子島くらいの大きさです。
1627年に英国の植民地となったこの島は、1966年に独立するまで300年以上のあいだ、一貫して英国の統治下にありました。英国統治時代、バルバドスにはサトウキビ・プランテーションが数多く存在し、欧州への砂糖の一大供給地として知られていました。現在、人口の圧倒的多数(95%以上)を占めるアフリカ系の人々のほとんどは、当時プランテーションの労働力としてアフリカから連れて来られた奴隷の末裔にあたる人たちです。
このような歴史を反映して、バルバドスの公用語は英語で、バハマ、ジャマイカ、トリニダード・トバゴなどと共に、いわゆる「英語圏カリブ」に属します。
独立後50年以上を経た現在、バルバドスは議院内閣制、基本的人権の尊重、メディアの自由などが根付いた民主主義国家となっています。国土は便宜上11の地域に分けられていますが、国全体の規模が小さいため地方自治体はなく、完全な中央集権国家です。初等・中等学校の義務教育(5〜16歳)は公立校では無償となっており、識字率はほぼ100%。一人当たりGNIは約1万5千米ドル(2020年世銀)ですから、世界の上から3分の1くらいのところに位置するそこそこの高所得国で、すでにODA卒業国となっています。
外交活動の基軸はカリブ共同体(カリコム)の域内協力であり、近隣諸国とこれといった係争問題はなく、現在2期目に入ったミア・モトリー政権の下で、穏健かつ堅実な外交を展開しています。英語圏であり、このあと述べるように欧米からの観光客への依存度が高いので、バルバドスの目は近隣のスペイン語圏中南米諸国よりも、どちらかというと英国、米国、カナダといった国々に向けられている度合いが強いと言えます。
ーバルバドスの魅力は何ですか。
なんといっても観光資源でしょう。日本ではそれほど知られていませんが、島の西側はカリブ海、東側は大西洋に面し、美しいビーチと温暖な気候に恵まれるバルバドスは、英国をはじめとする欧州各国や、米国、カナダなどから多くの観光客を惹きつけるカリブ海観光のハブの一つになっています。
クルーズ船での寄港者も含めると年間100万人以上の来訪者があり、ホテルや貸別荘、レストランといった観光施設も充実しています。また、カリブ地域の中には治安が問題である国も多いのですが、バルバドスの治安は比較的良いので、観光客にとっては安心してバカンスが楽しめるのも魅力といえます。
一連の新型コロナウィルス禍で、観光業は一時かなりのダメージを受けましたが、2022年に入ってからは徐々に持ち直してきているようです。
―バルバドスと日本の関係はどのようなものですか。また大使として在任中、特に力を入れて取り組まれたことは何ですか。
日本とバルバドスは、1967年、すなわちバルバドス独立の1年後に国交を樹立しました。しかし、在バルバドス日本大使館(実館)が開設されたのは2016年のことで、それまでは在トリニダード・トバゴ大使館がバルバドスを兼轄していました。私はたまたま初代の常駐日本大使として現地に赴任しました。
日本の他に大使級の外交使節を置いているのは英国、米国、カナダ、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラ、キューバ、EU、中国で、比較的こじんまりとした外交団となっています。日本とバルバドスの二国間関係は伝統的に良好で、日本が実館を開設したことは官民ともに好意的に受け止められました。
大使としての在任中(2016年10月〜22年4月)は、現在の日本の正しい姿をバルバドスの人々にできるだけ知ってもらうことに努めました。
バルバドス国内の道路を走る自動車の8割くらいは日本車で、バルバドスの人たちは“日本“と聞くとまず自動車を思い浮かべるようです。また、柔道、空手といった日本の武道や、漫画・アニメなど現代日本文化に対する関心も高いものがあります。けれども、着任後しばらくして気づいたのですが、多くのバルバドス国民の日本に対する知識・関心はそのレベルで止まってしまっている。考えてみると無理もないことで、地理的に遠い上、長いあいだ大使館実館がなかったことからもわかるように、二国間関係は比較的希薄でしたし、在留邦人もほとんどいない。日本という国をじかに知ってもらう機会が不足していたのです。
そこで、まずは日本への関心と理解を増進することが大切だと思い、文化・スポーツ協力や人的交流の促進に力を入れました。カレンダー展や盆栽展、折紙教室、アニメ専門家の招聘などといった比較的小規模なイベントから始めたのですが、いずれも予想を上回る盛況だったことが懐かしく思い出されます。また、2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックに際しては、山形県南陽市がバルバドスのホストタウン役を買って出てくれ、これを契機にスポーツ関係者の交流も活発化しました。
さらに、JETプログラムや文科省国費留学生制度、国際協力推進協会(APIC)の交流スキームなども活用して、バルバドスの特に若い世代が日本での生活を体験する機会を増やせたのではないかと思っています。
―在任中に経験された大きな出来事や特筆すべき事柄はありますか。
最も印象に残っているのは、2021年11月にバルバドスが立憲君主制から共和制の国になったことでした。
この出来事には次のような背景があります。1966年に英国から独立した際、バルバドスは英国の元首を引き続き自国の元首として戴くという道を選びました。そのため、その後はエリザベス2世英女王が一貫してバルバドスの元首であり、バルバドスには元首の代理として「総督」職が置かれていたのです。これは英国を旧宗主国とするオーストラリア、ニュージーランドやカナダなども同じです。しかし、これらの国とバルバドスが違っていたのは、バルバドスは基本的に、かつて被支配層であったアフリカ系の人たちが主体となって運営する民主国家として発展してきたということです。
「独立から何十年も経って、今では自分達がこの国の主人公として立派に国を運営しているというのに、なぜいまだに外国人である英国女王を元首として仰がなくてはならないのか?」ーーバルバドス国民の多くは、長年にわたりこんな疑問を抱いていました。このようなわだかまりに終止符を打ったのが、2018年にバルバドス初の女性首相となり、強力なリーダーシップで国政を率いてきたミア・モトリー首相でした。
モトリー政権は2020年9月に「共和制への移行」という方針を表明し、その後着々と準備を進めて、ちょうど独立55周年にあたる21年11月30日に、大統領を元首とする共和制国家への移行を達成しました。初代大統領には、それまで総督を務めていたサンドラ・メイソン女史が就任し、バルバドスは大統領、首相を共に女性が務める共和国となりました。共和制移行式典には、旧宗主国の英国からもチャールズ皇太子が参列し祝辞を述べました。
一国の国体が平和裡に、かつ秩序だって変更された現場に居合わせることができたのは、私としても外交官冥利に尽きる出来事でした。
―日本・バルバドス関係の今後の展望はいかがですか。
バルバドスは行動力に富むモトリー首相の存在もあって、近年、カリコム内での発言力と存在感を高めているように思えます。21年にはUNCTAD総会のホスト国も務めるなど、カリコムの域を超えた国際場裡でも活動を活発化させているほか、従来はあまり手が回っていなかったアジア・アフリカ諸国との関係強化にも力を入れています。
先に述べたようにバルバドスはODA卒業国ですが、気候変動をはじめとする環境問題や、ハリケーン対策など防災の分野における日本からの協力に対する期待は大きなものがあります。現在バルバドスが大使館を置いているアジアの国は中国だけなのですが、私の離任表敬の際、モトリー首相は「数年後には東京に大使館を設置したい」と述べていました。
2014年の第1回日・カリコム首脳会議で安倍総理(当時)は「カリコム諸国が抱える小島嶼国特有の脆弱性に鑑み、1人当たりの所得水準とは異なる観点から支援することが重要である」と表明されました。日本としては、先に述べたように人的交流の活性化を図りつつ、今は亡き安倍総理が表明された協力方針に沿って、今後も、規模は小さくともよいので、無償資金協力を含むODA協力も地道に続けながら、両国関係の進展を重視していることを常に示していく必要があると思います。
また、モトリー首相はまだ56歳と若く、今後、カリブ地域のリーダーのひとりとして益々活躍するばかりでなく、より広い国際的な舞台で頭角をあらわすことも期待される人物なので、日本としては同首相と緊密な関係を構築していくべきでしょう。