(中国特集)パキスタンから見た「中国パキスタン関係」
在パキスタン大使 松田邦紀
パキスタン及び中国両政府は,両国関係を「全天候型戦略的協力パ-トナーシップ」と称している。また,両政府関係者のスピーチや有識者の発言の中では,パキスタンと中国の友好は,「山よりも高く,海よりも深く,蜜よりも甘く,そして,鋼より硬い」と謳われている。
この一見緊密な両国関係は,如何に誕生したのか,その実体は,どうなっているのか,そして,今後変容する可能性があるのだろうか。以下に考察してみたい。
1.国家承認及び外交関係樹立
1947年8月14日に英領インド帝国から分離独立したパキスタンは,1950年1月5日,非共産主義圏では最初の国として,1949年10月1日に建国されたばかりの中国を国家承認した。その後,1951年5月21日,パキスタンは,イスラム圏では最初の国として,中国と外交関係を樹立した。今年2021年は,両国にとって外交関係樹立70周年に当たる。去る3月2日,イスラマバードと北京に於いて,バーチャル形式で式典が同時開催されて,クレーシー外相と王毅国務委員兼外交部長が両国を代表して祝意を交換し,「全天候型戦略的協力パートナーシップ」を更に強化し,深化させていくことを誓い合った。
今後一年間を通じて,両国は,習近平国家主席のパキスタン公式訪問を始め,政治,経済,軍事,文化,スポーツといった幅広い分野で様々な行事を開催していくことになっている。
2.二国間関係の歴史
実は,外交関係樹立直後の1950年代,中パ関係は,領土問題や体制の違いもあって必ずしも良好では無かった。当時,中国とインドが「兄弟」と称されて友好関係を謳歌していたのに対して,パキスタンは,「東南アジア条約機構(SEATO)」及び「バグダード条約機構(後の中央アジア条約機構CENTO)」にそれぞれ1954年9月及び1955年2月に相次いで加盟したことに現れているように,米国主導の対共産圏包囲網に参加していた。
しかしながら,1955年4月,インドネシアのバンドンで開催された「アジア・アフリカ会議」の際にパキスタンのアリ・ボグラ首相と中国の周恩来首相が会談したことが関係改善に向けた端緒となった。その後,1963年5月,パキスタンと中国が「中パ国境協定」を締結して,パキスタンから中国に対してカラコルム回廊が割譲された結果,英領インド帝国と清朝の時代から長らく懸案であった領土問題が解決した。その後,両国の政治・経済関係は大きく発展に転じることとなる。
両国関係を更に強固なものにしたのは,1965年及び1971年の二度にわたる印パ戦争であった。当時,中パ関係が改善に向かう一方で,かつて蜜月を謳歌した中国とインドの関係は,1950年代後半から,チベット問題や領土問題を巡って対立が激化していき,1962年10月,ついに印中国境紛争が発生するまでに悪化した。かかる背景の下,二度の印パ戦争に際して,中国は,パキスタンを外交及び武器供与の両面で支援したのである。
3.外交関係
現在,パキスタン・中国両国政府は,「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下,政治,軍事,経済,科学技術,医療,文化,スポーツ等,あらゆる分野で関係を発展させてきている。
近年の首脳レベルでの交流について見れば,2015年4月,習近平・国家主席が訪パしたのに対して,2020年3月,コロナ禍でパキスタンがロックダウン下にあるにもかかわらずアルビ大統領が訪中した。特筆すべきは,この間,イムラン・カーン首相が3回も訪中していることである。
パキスタンのメディアも両国関係の発展を称揚するニュースや論説を連日のように報道している。
また,私がパキスタン主催のイベントに参加した時に,外交団席の最上席に外交団長と並んで中国大使の席が用意されていたこともあり,パキスタン側が中国に配慮していることが見て取れた。
新型コロナウイルス対策に関しては,中国は,米国,日本,EUと並んで最も積極的にパキスタンを支援してきている。特に,ワクチン供給に関しては,今年2月に50万回分を無償供与し,3月に入って更に50万回分を追加供与することを発表した。両国は「雨の日も晴れの日も一緒」であると賞賛されている。
なお,両国のそれぞれの外交的関心事項に関して,中国政府は,印パ間のカシミール問題に関してはパキスタンの立場を支持しており,パキスタン政府も新疆ウイグル,チベット,香港,台湾に関する中国の立場を一貫して支持している。
4.軍事関係
パキスタンと中国の間には,攻守同盟的な軍事同盟条約はない。昨2020年12月,中国の魏鳳和・国務委員兼国防部長がパキスタンを訪問した機会に署名された軍事協力に関する文書においても,教育・訓練,武器開発,軍事情報の交換に関する協力を強化することが報じられただけである。
パキスタンの海外からの武器調達先は,かつては仏や米国であったが,現在は,中国がパキスタンにとって最大の武器供与国である。2016~20年にパキスタンが調達した武器の74%は中国が供与した(逆に言えば,中国の武器輸出の38%がパキスタン向け)。今後,2028年までに戦闘機50機,潜水艦8隻,フリゲート艦4隻が中国からパキスタンに追加供与される予定である。
また,パキスタンが誇る国産主力戦車アル・ハリド及び主力戦闘機JF-17も中国の技術協力で開発されたものである。
5.経済関係
⑴中国は,米国や英国を抜いて,2015年以来6年連続でパキスタンの最大の貿易パートナーとなっている。但し,貿易構造を見れば,例えば,2019年~20年のパキスタンの対中輸入が約90.1億米ドルに上るのに対して,対中輸出は僅かに16.6億米ドルに止まっている。この大きな貿易不均衡の存在が中パ間の最大の懸案の一つとなっている。
⑵CPEC
(ア)2015年4月,パキスタンを訪問した習近平・国家主席とナワズ・シャリフ首相(当時)が合意した「CPEC(中国パキスタン経済回廊)」構想は,投融資予定総額が600億米ドルにも上る巨大なインフラ整備計画である。
しかしながら,2018年夏の総選挙で勝利したイムラン・カーン首相は,選挙戦を通じて,シャリフ首相攻撃の一環としてCPECを批判し,その見直しを主張していた。首相就任後,2018年11月,2019年4月及び同10月,三度にわたって訪中したカーン首相が中国政府と交渉した結果,当初のダム,道路,鉄道,発電所等の大型経済インフラ中心の計画が変更されて,現在は,カーン政権の重視する保健・教育等の社会プロジェクトや経済特区の建設による産業振興等に重点が移っている。
(イ)計画されている全70プロジェクトのうち,イランとの国境に近い有名な「グワダル港」を始め,水力発電所,高速道路等を含む46プロジェクトが現時点で完成または建設中であり,投融資額は254億米ドルに上ると報じられている。その内訳は,75%が中国企業による商業的投資,20%が中国からの各種公的融資,残りの5%が中国政府からの無償援助であると報じられている。既に延べ7万人の雇用が生み出されたと言われており,両国政府は,CPECが中国の推し進める「一帯一路」構想の中で最も輝かしい成功例であるとして積極的に宣伝に努めている。
(ウ)しかしながら,パキスタン国内には,CPECに対する様々な批判の声もある。例えば,CPECの結果,パキスタンの累積債務が増加することを危惧する声は根強い。また,最重要プロジェクトの「グワダル港」の所在するバロチスタン州においては,地元経済に裨益していないという批判の声が聞かれる。
(エ)両国政府は,経済特区の建設を優先課題と位置づけて,その成功の為に第三国企業の誘致を開始した。9カ所の特区予定地のうち,先行するKP州のラシャカイ特区及びパンジャブ州のアラマ・イクバル特区2カ所に対しては,スイス等を含む複数の欧州企業が進出を検討していると報じられている。
6.文化・教育等
両国政府は,パキスタンと中国との友好関係を政府レベルから草の根レベルに拡大し,また,次世代に引き継ぐためにいろいろな取り組みをしている。
例えば,中国とパキスタンの間には,7つの姉妹州・省関係,13の姉妹都市関係が築かれて交流している。
教育交流は,特に重視されている。パキスタン国内には,孔子学院4校が開設されている。また,中国国内の大学には,7カ所のパキスタン研究所及び13カ所のウルドゥー語学部が存在する。現在,約6千人のパキスタン人が中国から種々の奨学金を貰って中国に留学している。
7.中国のイメージ
⑴両政府が築いてきた中パ友好関係は,一般のパキスタン人にはどのように受け止められているのだろうか。
適当な世論調査が無いが,報道や有識者の意見から推定して,「パキスタン人が最も信頼する国」,または,「パキスタン人が好きな国」として,中国がサウジやUAEと並んで上位に来ていると思われる。特に,新型コロナウイルスに関連して,地元世論調査会社が「ワクチン摂取の場合には,どの国のワクチンを希望するか」というアンケートを取った際に,中国製を希望すると回答した者が35%に達して第1位になり,第2位の米国製(9%),第3位の英国製(8%),第4位の露製(3%)を大きく引き離したことが注目される。
⑵パキスタン国内には,一説によれば約6万人の中国人が暮らしていると言われる。その結果,中国人が関与する犯罪も少なからず発生しており,中国人が関与していると見られる麻薬取引,買春,人身売買,或いは,CPEC関連の中国企業による不正経理等がパキスタンのメディアで報じられることもある。
また,CPECが必ずしも地元経済に貢献していないという批判を背景にして,中国人向けテロ事件も多数発生している。
8.米中関係とパキスタン
⑴これまで見てきたように,中パ関係は,両国政府の努力もあって,歴史的,地政学的及び経済的な理由に基づき発展してきているが,この関係に近い将来に影を落とす要因があるとすれば,米中関係であると指摘されている。
⑵今年,米国にバイデン政権が誕生した直後,トランプ前政権の下で不安定化した米中関係の改善を期待する声がパキスタン政府内外の専門家から上がった。しかしながら,その後,バイデン政権の主要閣僚による中国に対する厳しい発言や3月19日にアラスカで開催された米中協議での厳しいやりとりを目の当たりにして,むしろ米中対立の狭間でパキスタンが難しい外交の舵取りを迫られることを懸念する声が徐々に強くなっている。特に,アフガン和平等で米国との協力を重視する立場からは,今こそ中国一辺倒のイメージを払拭すべし,或いは,米中双方との間でバランスを取るべしという意見も出始めている。
他方で,むしろ中国,露,更にはイランとの関係を更に強化すべきであるという意見もメディア上で散見されるようになってきた。
⑶2億2千万人の人口を抱え,戦略的要衝(中,印,中央アジア,アフガニスタン及びイランと国境を接し,アラビア海に面している)に位置する核保有国パキスタンの今後の外交が注目される。