(コロナ特集)スペインにおけるコロナウイルスへの対応


駐スペイン特命全権大使 平松賢司

1.はじめに
 2月末から3月初頭にかけて,イタリアを中心に欧州での新型コロナウイルス感染が急速に拡大していく中で,3月に入ってスペインでも全国的規模で感染が増加し,結果として欧州の中でもスペインが最も感染者数・犠牲者が大きい国の一つとなったことは多くの方がご存じだと思う。6月になり感染者数増の伸びは一旦落ち着いたものの,8月以降再度感染が拡大し,予断を許さない状況になっているが,現時点で,現地(首都マドリード)から見たスペインの感染拡大の様子,当局の措置,スペイン国民の対応,その他気づきの点等を,所感も織り交ぜながら以下の通り記述したい。

2.感染拡大への対応(3月から5月)
(1)3月までに,中国の様子やイタリアの状況は報じられてはいたが,1月31日に,カナリア諸島のラ・ゴメラ島にて,国内初の感染者が確認された。感染者は,旅行中のドイツ人であり,この報道が出た時点では,政府にも国民にも,スペインがやがては大規模感染国になるとの警鐘をならしていた者はほとんどいなかった。また,その時点では,イベリア半島での感染ではなかったこともあるためか,政府当局により全国的なレベルでの措置が取られるには至らなかった。
(2)3月8日,「国際女性デー」の活動が全国各地で開催され,首都マドリッドでは12万人が参加したと報じられた。同活動には,現在のサンチェス首相の左派連立政権から複数の閣僚が参加したほか,一部の野党やマドリード州・市関係者も参加した。感染の因果関係は特定できないものの,同デモに参加したサンチェス首相夫人やカルボ第一副首相等の閣僚レベルを含め,その後のPCR検査で「陽性」と判断されたものが複数でた。この活動が,その後の感染拡大の一つの引き金になったのではと批判されたが,それ以降,マドリードやバルセロナ等大都市を中心に,急速に感染が拡大し,マドリード市内でも,いくつもの高齢者施設でクラスター感染が発生し,犠牲者数も急速に増大した。この頃から,保健省の感染症対策専門家であるフェルナンド・シモン氏がほぼ毎日テレビに登場し,前日の感染状況・死者数を発表するとともに,国民に対する必要な呼びかけや今後の見通しを述べる記者発表が開始された。

(写真)フェルナンド・シモン氏(出典:スペイン首相府。2020年5月8日)

(3)こういった中,3月13にはサンチェス首相が会見し,憲法上規定されている「警戒事態宣言」の発令を予告。翌14日には同宣言が発令され,医薬品や生活必需品の購入など不可欠な目的を除き,罰則を伴う厳しい外出禁止措置が発動された。この時点でスペインでの感染者数は1日5753人,犠牲者数は1日136人で,欧州の中でもイタリアに次ぐ規模となっていた。この警戒事態宣言は6月20日まで継続実施されたが,同宣言実施中で,一部緩和措置が導入される5月初旬までの期間が,スペイン国民にとって最もつらく厳しい時期であった。

(写真)サンチェス首相(出典:スペイン首相府。2020年3月21日)

3.段階的な規制緩和から規制解除まで(5月から6月)
(1)外出制限期間中,多くの国民が高い規律意識を発揮し,4月30日時点では,全国での感染者増加数は1日1,309人まで減少した(ちなみに,増加数のピークは 3月31日で,1日9,222人であった)。5月2日から,スペイン全土において,ジョギングや散歩のための外出が(年齢に応じ外出時間に制限はあるが)許されることとなり,5月11日から,国内全17州及び2自治都市のうち,北部のアストゥリアス州やガリシア州等,11州及び2自治都市並びに5州の一部において,県内の移動の自由や,屋外での飲食(人数や隣との距離を制限してではあるが)が許されることとなった。
(2)なお,この時期は,観光業や飲食業界を中心に,厳しい規制を続けることによる経済的影響を心配し,早期の規制緩和を求める声が目立ってきた時期と符合する。それに関連し,野党を中心に,またマドリード州を含む地方州政府から,サンチェス政権が必要以上に厳格な措置を維持しようとしているとの批判がしばしば聞かれた。
(3)結局,6月15日に,フランス,ドイツ,イタリア等,シェンゲン域内のEU諸国が同域内他国からの入国を認める措置を導入したことに合わせて,スペインでも,6月21日から,いわゆる「新たな日常」として,移動や活動の制限が基本的に解除されることとなった。特に国内観光業界からは夏の休暇シーズンを前にしてスペインが他国に出遅れてしまうことへの懸念も表明されていたところ,手始めに,感染状況がほとんど見られなくなったバレアレス諸島へのドイツ人観光客受け入れが再開され,前向きなニュースとしてドイツ人到着の様子がテレビで広く報じられた。

4.スペイン人の対応(印象も含めて)
3月から5月上旬にかけての特に厳しかった時期に,スペイン人の連帯感や我慢強さを目にし,感銘を受けた。生活必需品を販売する商店での衛生対応の的確さ(消毒液や透明防御版の設置,レジ等での距離の確保等)は,警戒事態宣言の初期の段階から見られ,多くの市民はこのような未曾有の事態に従順に対応していた。スペインでは当初からはマスク着用が義務化されていなかったが,多くの市民は自主的にマスクや防御フードを着用していた。また,毎日夕刻の決まった時刻に,犠牲者への哀悼の意を表しつつ,保健衛生従事者への感謝と連帯を示すための「拍手」が市内のあちらこちらで聞かれた。

(写真)毎日の恒例となった「拍手」

概して陽気で親切なスペイン人であるが,少なからぬ人たちが失業し,また職を失う危険にさらされ,身内や関係者からも罹患者や犠牲者が出ている中で,悲観的にならずに各人が黙々と我慢し公のために必要な取り組みを進める姿,また,少なくともマドリード市内を含む多くの都市では買い占めなどもほとんど起こらずに互助の精神が広く看取されたことは特筆に値する。

5.経済への影響
(1)他国と同様,スペインにおいても,警戒事態宣言が実施に移され,食品店・薬局等を除く飲食店・商業施設などの営業が制限される等経済活動の大部分が停止した。また,医療関係者等一部を除きテレワークが要請された。このような中で,政府としては,コロナ対策として総額2,000億ユーロの経済支援策を発表し,雇用の維持のための「一時的解雇」(労働者の職場復帰の権利を保証するかたちでの解雇。現地ではERTEと呼ばれる)や自営業者支援策などが導入された。
(2)6月のIMF見通しでは,スペインは,欧州諸国の中でイタリアと同様,コロナの影響を最も受ける国とされ,本年は実質GDP成長率が対前年比▲12.8%と大幅なマイナス成長(スペイン内戦が始まった1936年以来の下げ幅)となると発表した。本稿執筆時点(8月20日)では,夏期休暇シーズンでもあり経済活動がまだ本格化していないが,感染者が再度拡大している中,9月以降も厳しい状況が続くものと予想される。
(3)サンチェス首相は,欧州の経済復興に向けて早い段階からイニシアティブを発揮し,3月末には「新たなマーシャル・プラン」構想を表明し,これがその後の「欧州復興基金」構想につながったと評価されている。同基金の規模・内容(無償支援と貸し付け支援の配分をどうするか。支援実施にあたり,どこまで条件をつけるか等)を巡る欧州内での議論においても,サンチャス首相は,EU首脳会合(7月17日~21日早朝)に先立ち,イタリア首相と会談し,会合直前には,オランダ,フランス,スウェーデンを訪問して各首脳と事前の意見交換を行った。このような外交的な取り組みもあって,難航した交渉の末に7月21日に,総額7500億ユーロの復興基金が合意された。コロナ禍で大きな影響を被ったスペインにとっては,同基金が合意され,欧州からできる限りの支援を得ることが死活的に重要である。同基金の実施は明年からになるが,スペインにとっておおむね期待した内容は確保できたと言える。

6.日本国大使館としての取り組み
(1)何よりも在留邦人の皆様へ適時的確な情報提供を行い,邦人の皆様の不安を少しでも和らげることを心がけた。日々拡大する感染の状況に加え,他国との国境措置,外務省の「感染症危険情報」等をほぼ毎日,領事メールや当地日本人会,在スペイン日本商工会議所などを通じて速やかに提供するよう努めた。特に,3月19日の便をもってイベリア航空の直行便(マドリード・成田間。従来は週5便)の運航が停止されたことを受けて,ロンドンやパリ経由の日本行きフライトについて,フライト運行状況を毎日大使館のホームページで提供し,帰国を予定される方々への便宜に供した。
(2)3月以降,レセプションや文化行事等,大使館の主要な行事が実施できなくなり,物理的に人と会うこと自体も難しくなった中で,この難局に耐えておられるスペインの方々へ何らかの励ましができないかと考え,5月6日に「日本国大使からのメッセージ」としてスペイン国民に連帯を表明する短時間のビデオメッセージを当館SNS(FB及びTW)に掲載した。同メッセージについては,1週間で再生回数が1万回を超え,好意的なコメントが数多く寄せられる等大きな反響があった。また,邦人関係者にも同様のメッセージを発出するとともに,進出日本企業団体(在スペイン日本商工会議所及び社長会)の代表の方々ともビデオ形式で意見交換を行った。

7.最後に
(1)先にも言及したとおり,この未曾有の難局に対し,総じてスペインの皆さんはよく耐えて,かつ連帯の精神を発揮し,なんとか基本的な日常生活が営めるまでの段階まで回復できた。初期の段階での医療関係者の尽力も特筆に値する。多くの国でそうであるように,スペインでも対応初期の段階から,サンチェス首相や政府当局に対するいくつもの批判が寄せられ,感染者や犠牲者の発表数値をめぐっての混乱も見られた。また,スペインでは,カタルーニャ州やバスク州など各自治州での自治が広く認められており,中央政府がどこまで関与・規制すべきか,中央政府と地方州の政治勢力の違い等も相まって,種々の課題も見られた。
(2)目下心配なのは,6月21日の警戒事態宣言解除以降,各種活動が再開される中で,全国的規模で感染拡大が見られることである。EU当局の発表データによれば,8月に入りドイツ,フランス,英国等でもおおむね感染は拡大しているが,スペインは人口10万人あたり100数十人規模の感染となり突出している。これに伴い,多くの欧州諸国がスペインとの国境措置を再導入し,これが特にスペインの観光産業に大きな影響を与えている。スペインにおいて特に感染が拡大している原因はどこにあるのか,様々な見方が述べられているが,①厳しいロックダウンの反動で,多くのスペイン人が人との交わりを求め,また旅行等の移動が増大したこと,②若者を中心とした集まりが一部無規律に行われていること,③家族や親族間の親交(スペインの社会文化の重要な一部)を通じて感染が拡大した,④テストの数が格段に増え,それにより無症状,軽症の感染者の数が増えたこと等が指摘されている。また,いわゆる「ガバナンス」の点で課題があるとの意見も聞かれる。規制緩和・解除後,一定レベルの感染増加は当初から予想されてはいたが,許容されるべき増加レベルや,どの段階でどのような規制が必要となるか,誰が判断するか(中央政府当局か,各自治州政府か)等,コロナ対処上のガバナンス構造自体が必ずしも明確になっておらず,対応が後手後手に回った面があるとの指摘もある。今後,このような構造的な課題も踏まえた上で,国全体としてどのような措置を導入すべきかが問われることとなろう。
(3)ポスト・コロナの取り組みは,まだまだこれからである。8月に入っての感染拡大が早急に抑えられることを祈りつつ,今後日本とスペインが,それぞれに対応が迫られる中で,疫学・医療分野での知見の共有や,経済回復の過程において,ともに協力し取り組める諸点を見つけ出して,日スペイン関係の一層の強化につなげるよう引き続き汗をかきたいと考えている。 (令和2年8月20日記)