(コロナ特集)スウェーデンはどうCOVID−19と向き合っているか
駐スウェーデン大使 廣木重之
1.はじめに
新型コロナウィルスの世界的蔓延の中でロックダウンをしない国として報道されたスウェーデンであるが、決して巷間言われているように集団免疫を目指しているのではないことはスウェーデンのリンデ外務大臣も度々言及している(例えば4月17日の外国メディア向け記者会見)。
100年に一度とも言われる感染拡大に対し如何なる国にとっても過去の経験に基づく解決策や実証結果、正解が用意されている訳ではなく、人命を最大限に守りつつ経済活動にも目を配るという厳しい選択肢の中での対応を各国が余儀なくされているように思える。
2.スウェーデンの対応
スウェーデン政府はロックダウンこそ宣言しなかったが3月11日には中国湖北省、イラン、イタリア、韓国大邱などへの不要不急の渡航中止勧告、3月25日には飲食店での混雑回避、立食制限、3月27日には50名を超えるイベントなどの禁止といった措置を矢継ぎ早に打ち出し、4月1日には不要不急の旅行、出張などの移動制限、ラッシュ時の通勤回避、有症状者の自宅待機および外部との接触回避などを勧告した。
特に医療崩壊を避けるために重要であるとして政府は、地方自治体との協力の下、重症者の受入体制拡充、医療従事者へのPCR検査実施、防護具などの調達などに力を注いだ。また高齢者を含むリスク・グループの人達を守るため、4月1日に国内全ての高齢者施設への部外者の訪問禁止を打ち出した。
小中学校の閉鎖については働く両親への配慮もあって閉校措置はとらなかったが、3月17日に大学、高校、専門学校などに対し遠隔教育によるオンライン授業を勧告した。
日本との関係ではEU域外国などからの一時的な入国禁止というEU首脳合意を受けて3月19日以来日本からのスウェーデンへの入国も禁止された。その後7月4日から日本居住者は同措置の例外対象となりその限りで入国可能となったが、他方でスウェーデンは日本政府による渡航中止勧告の対象国の一つとなっており日本人の渡航は制限されている。4月3日、安倍総理はスウェーデンのロヴェーン首相と電話会談を行い、両首脳は現在の世界的な感染拡大を収束させるため医療先進国である両国の間でも引き続き緊密に連携・協力していくことで一致した。また6月26日には小泉環境大臣がロヴィーン環境大臣と電話会談を行い新型コロナウィルスからの持続可能な復興、気候変動、海洋プラスチックごみ問題などについて意見交換を行った。
スウェーデンにおける7月27日時点での新型コロナウィルスの感染状況は以下の通りである。感染者数7万9395人。10万人当たり770.8人。地域的には首都のあるストックホルム県が一番多く、2万3101人。スウェーデン第二の都市であるヨーテボリ市を含むベストラ・イェータランド県が1万7850人。スウェーデン全体の死者数は5700人。10万人当たりにすると55.3人。ピーク時の死者数は4月19日から26日の1週間で654人が亡くなっていたが最近は7月19日から7月26日の1週間で78人とだいぶ減少してきている。いわゆる実効再生産数R(t)は1ヶ月前の6月9日の1.06から7月9日の0.58まで縮小している。最近報告されている感染者数の増大はPCR検査数の実施件数の増大に伴うものだと言われており、同実施件数は3月中旬の1週1万件から7月初旬には1週8万件へと約8倍に増えている。
スウェーデンで亡くなられた方々については、次の数字が物語っているように高齢者の比率が極めて高い。90歳以上が26.1%、80歳代が41.5%、70歳代が21.6%で70歳以上が全体の89.2%を占めている。以下60歳代は6.8%、50歳代は2.8%、40歳代は0.8%、30歳代は0.3%で、30歳未満は0.1%にすぎない。
また、職業別の感染リスクについては次のような報告がある(Forekomst av covid−19 i olika yerkesgrupper)。全職業を通じたコロナ感染のリスクを1とした場合、タクシードライバーは相対的リスクが4.8、バスドライバーは4.3、レストランマネージャーは2.5、救急消防士は2.2倍でかかりやすいのに対し、高校教師は0.7、小学校教師は1.1、幼稚園保育士は0.7であるとスウェーデン公衆衛生庁が公表している。
3.我が国に対する評価
これらのデータを我が国と比較すると我が国における状況とは極めて顕著な違いが認められる。感染者数は同じ7月27日時点で3万866人となっており、人口10万人当たりにすると24.5人であり、また、亡くなられた方は998人で10万人当たりでは0.8人である。スウェーデンでは10万人当たりの数字はそれぞれ770.8人と55.3人となっており、これに比べると日本は極めて低い水準と言える。感染者数では約30分の1、死者数で約70分の1である。
元来スウェーデンにおいては親日的な人々が多くいるが今回の新型コロナウィルスへの対応に関し、具体的な数字で示される我が国の状況については驚きと称賛をもって見られている。
この違いを分析することは専門家の手に委ねたいが現地にいて感じたことをいくつか述べたい。まず日本では4月に緊急事態宣言が出され政府による不要不急の外出自粛要請は強制力を有しないものではあったが、多数の国民が政府の要請を受け入れた。例えば渋谷のスクランブル交差点近辺でも午前6時から午後6時までの1時間平均の人出をとると3月には1万人ほどであったのが5月の連休中には2千人ほどに減少している。また日本では子供の頃からうがい・手洗いが励行されていたのに加え、挨拶時にハグやキスをする習慣はなかった。マスクの着用も日本では多くの人に遵守されていたことは印象的であり、早くから「3密」を避けるようにとの呼びかけが繰り返し行われ効果的であったように思う。保健所を含む医療関係機関の方々の献身的な努力には本当に頭が下がる思いがする。更に我が国のクラスター対策は感染の拡大防止に極めて重要な貢献を行ったと考えられる。
これに対しスウェーデンでは手洗いやうがいの習慣、マスクの着用が日本ほどには徹底していない。また日常生活の中での身体接触は日本より多いように見受けられる。
4.ポストコロナ
新型コロナウィルスによる経済活動の停滞でスウェーデンも深刻な需要の減退に直面している。失業率は6月末で9.0%を記録している。1年前は6.7%であったことを考えると大幅な悪化であり、実数にするとこの1年間で失業者は13万人増え46万6000人となっている。2020年のスウェーデンのGDP成長率は新型コロナウィルスの蔓延前は1.1%の成長が見込まれていたが、現在はマイナス5.3%になると欧州委員会は予想している。
ポストコロナとしてスウェーデン政府が力を入れている政策としては、テレワークなどをサポートするITインフラの更なる拡充やデジタル通貨への移行、環境に負荷の小さい産業政策、特に水素エネルギーや燃料電池の開発推進などがあげられる。
ビフォア・コロナとポスト・コロナで世界の図式はどのようなものとなっていくのだろうか。
中国ではスマホ決済が幅広く利用されており2022年の北京冬季オリンピックまでにデジタル人民元を実現させる準備がなされていると聞く。デジタル通貨はSuicaのようなものであるが、発行元が民間企業ではなく中央銀行という点に特徴がある。スウェーデンでは社会のキャッシュレス化が進み、店での支払いも現金は受け付けずカードか携帯による支払いに限るところも多い。おかげで強盗やスリが減ったという話も聞く。小官もスウェーデンに1年半いるが、日常生活で紙幣や硬貨を使用することはまず無いと言っても過言ではない。割り勘の精算や振り込みも互いの携帯番号を聞いて金額を打ち込むだけで瞬く間に完了する。もちろん感染症対策にもなる。スウェーデン中央銀行はすでにeクローナの実験プロジェクトを始めている。災害時の停電や通信障害などまだまだ課題は多いが、プロジェクトの行方を注視したい。
水素エネルギーについては、スウェーデンでは化石燃料を一切使用しない水素還元製鉄計画が進められており、年生産能力100トンの実証プラントの建設が予定されている。スウェーデンでは歴史的に製鉄業が発達してきたが、高炉においては酸化した鉄鉱石から鉄をとりだすのに化石燃料が使われ多量の二酸化炭素が排出されてきた。現在は副産物が主として水だけとなるような製鉄所を実現するためパイロットプラントの建設に政府が多額の補助金を拠出している。鉄鉱石の還元以外の分野でも水素エネルギーの利用が進められており、日本製鉄が買収したスウェーデンの子会社であるオヴァコ社では圧延プラントで炭酸ガスを発生する液化ガスの代わりに水素ガスが利用され、CO2削減効果が大きく環境にやさしい試みが進められている。
5.おわりに
コロナ後にニューノーマルとなる世界を考えると、テレワークが更に普及するようになると思われる。スウェーデンでは気候や人口密度の低さなどにより早くから働き方改革が進み、2014年のEUによるテレワーク人口率推計で既にEU28カ国中第二位に位置していたが、コロナ禍をきっかけにより多くの職種でテレワークが定着しつつあるように思われる。また、通勤手段も多様化が進み、時差出勤、自転車、シェアカー、水上交通などにより通勤時間帯の混雑が緩和されることが期待されている。外交の世界でもビデオ・カンファレンスがコロナ期間中に頻繁に利用されてきたが、今後益々活用が進み、国と国、人と人との距離が近づく可能性がある。ダイナマイト、ファスナー、ボールベアリング、テトラパック、シートベルト、パソコンのマウス、Skype、Spotifyなど世界に様々な新しい知恵と生き方を提供してきたスウェーデンに今後も注目していきたい。