(コロナ特集)オーストリアは新型コロナウイルスとどう向き合ってきたか


駐オーストリア大使 水谷 章

2020年8月12日の時点でオーストリア国内では新たに154名の新型コロナウイル(COVID-19)感染の確定症例が発生、死亡事例はゼロ、累計確定症例数は22,240名(内死亡数:723名、治癒数:20.123名)となっている。

 過去2週間の平均値として発表される実効再生産数は0.96で統計的には災禍の終熄に期待を抱かせる。オーストリアの総人口は約880万人。10万人当たりの現在患者数は約23-24人で推移しており対応は比較的巧くいっているようだ。元々低い人口密度の上に、国際的なヒトの移動制限が加わって外国人観光客が激減し所謂「三密」状態になりにくいことは感染抑制にはプラスであったろう。オーストリアでは最初のクラスターがよりにもよって世界的に有名な観光地で発生した。その後の全国への感染拡大に伴い速やかな安心安全の回復と「生業」の維持を目指すことは観光立国にとり喫緊の課題となった。

 以下、この国の「歴史的緊急事態」を巡るこれまでの対応を概観する。

1.大まかな感染状況の推移

1月7日の武漢での新型コロナウイルス確認後、アジア周辺国や米国への感染拡大を受けて墺外務省は渡航情報を発出、社会・保健・介護・消費者保護省はウィーン空港での防疫措置について累次プレスリリースを発出するようになった。その後の韓国、北イタリアでの蔓延を受けて2月24日には政府危機対策本部が招集され、それら地域への渡航は禁止された。チロル州の州都インスブルックで初の感染(イタリア人2名)が確認されたのは2月25日。翌日の当地紙には「コロナウイルスがオーストリアに到達」との文字が躍った。イタリア・ロンバルディア州での休暇から帰国した家族等の感染確認も国内各地で続出した。
 3月に入ると首都ウィーンでもクラスターが発生、同8日には感染者数が100人を突破、同12日には初の死者も確認され、医師の「イタリア同様の医療崩壊に直面するのは時間の問題」といった発言も報じられた。3月16日には確定症例1016人となり、10日後の同25日には5560人となった。3月27日には一日当たり新規確定症例が1001人とピークを迎え、30日には死亡例も100人を超えた。オーストリア社会全体に緊張が漲ったのはこの時期だった。
 しかし4月6日には10日連続で新規感染者増加率が1%となり、毎日の治癒者数も新規感染者を上回るようになった。更に同18日を過ぎると新規確定症例が100名を下回るようになり
 その後は大雑把に見て6月前半にかけては新規確定が50人前後、その後現在に至るまで毎日の新規確定症例はほぼ60-150人前後で推移している。

(参考2 新規感染者推移)

2.国民の行動制限他、政府の措置

 隣国イタリアでの感染拡大とそれが飛び火したかの状況を前に2月18日にオーストリア政府は「医薬品供給確保のための政令」を公布、目下国内では約200種類の薬品が不足気味だとして「不足の際の報告義務と薬品の輸出禁止」を定めた。アンショーバー社会・保健・介護・消費者保護大臣(以下、保健相と略)はこの時点で取材に対し「欧州が多くの薬品製造を中国に依存してきた状態は再検討を要す」と述べている。
 オーストリア外務省は2月28日、渡航には注意を払うよう日本他の渡航レベルを2に引き上げた。多くの感染国・地域への各種渡航制限、国際列車や旅客機の運行停止もこの前後から導入した。3月に入るとオーストリア外務省は国連の勧告を踏まえつつ、感染リスク最小化のため国際会議の短縮、延期とビデオ会議の慫慂を外交団に通知、3月6日以降は数日おきにクルツ首相、アンショーバー保健相、そしてネーハマー内相が揃って記者会見を行い感染状況と共に、国際鉄道・フライトの運行停止、国境での防疫措置、感染拡大国・地域からの在留墺人の帰国慫慂、リモートワークの推奨他追加措置につき国民向けメッセージを発出するようになった。在外墺人約30000人については渡航情報発出に加え、3月中に希望者約3500人を実費負担のチャーター機21回で帰国させている。

3月15日にはクルツ首相が国民に向け、「1945年の第二共和制発足以来の国難に直面し、全国民が協力して危機に立ち向かう必要がある」と演説、同日国会で可決された新型コロナウイルス対策諸法に基づき行政罰を伴う外出規制や薬局・食料品店を除く店舗・飲食店の営業禁止、更には衛生・介護分野の人材支援のための在郷軍人招集等を打ち出した。平行して所得損失補填のために40億ユーロに上る初回の経済対策も打ち出したが、広範な外出・営業規制等については後に違憲訴訟が提起された。

(参考3 クルツ首相と憲法諷刺画)

 かかる状況を受け当館も週明け3月16日より館員の「半舷上陸・テレワーク」体制を導入した(7月以降は館内スペースを2分して相互接触を極小化して執務中)。
 クルツ首相は3月30日に記者会見で、「実効再生産数が1.7との現状が続くと4月中旬には医療崩壊が発生する。同再生産数を1未満に抑制し中期的には0に近づけねばならぬ」として違反者の摘発を含む措置の徹底、スーパーマーケットでのマスク着用義務を発表した。更に同日のTV番組では「知り合いの誰かを新型コロナウイルスで失う事態が我々全員を見舞うかもしれない(Bald wird jeder von uns jemanden kennen, der an Corona gestorben ist.)」と語った。各種緊急措置の発表と共に、30歳代の若き首相が沈痛な 面持ちでこうした発言を国民に向けて行ったことは、全国民をして粛然たらしめその慎重な行動を引き出す効果があったと推測する。


(参考4 美術史博物館のマスク着用Theseus像)

 その後の感染者数減少傾向を踏まえ、4月6日には外出規制を延長しつつ各種規制の段階的緩和を発表して国民の「踏ん張り」を引き出した。則ち、4月中旬からは小規模店、園芸用品店、ホームセンターが、5月1日からは全店舗の営業再開が可能となった。5月中旬からは学校が再開され、美術館・博物館といった文化施設も活動を再開した。
 6月15日にはマスク着用義務が飲食店店員は別として、①公共交通機関、②薬局を含む保健関係施設、③理髪店他1mの最低距離を保てないサービス業の3カ所に限られることとなった。7月からは感染防止策確保と参加者リスト完備を条件にスポーツに際しての最低距離間隔維持の義務も撤廃された。9月からは観客を伴うスポーツ、文化・芸術行事も屋内で5,000人、屋外で10,000人までが許容される。
 連邦政府と各州政府は現在、地域毎の感染クラスター発生やリスク差に応じて弾力的対応が可能となるよう、全国規模の指針(俗称「信号機システム」)と標準的対処方針の作成を急いでいる。

3.防疫のための国境管理

オーストリアは、中国、イタリア、韓国でのコロナ禍拡大を受けて2月に入ると空港と国境での防疫措置を徐々に強化していった。シェンゲン協定加盟域内の内陸国として査証制度等は改変することなく、明言ないもののあくまでも防疫上の緊急措置として国際列車・航空機の運行停止、特定国・地域からの入国規制を法律の委任に基づきつつも省令レベルで弾力的に実施していった。この手法は、例えば議会での抽象的な憲法論議等に入り込むことなく時宜を失せず「三密」や「感染経路不明」といった事態回避にも役立ったように思われる。
 3月中旬になるとイタリア、スイス、リヒテンシュタイン国境に加えてドイツを含む周辺全ての国境でも規制が導入された。更に同月末には省令を以て当該人物のステータス毎に次の空路入国規制が課されるようになり、4月には英国、フランス他特定の国からの直行便の着陸禁止措置も導入された。

  • 墺国籍者、シェンゲンのDビザを含む在留権所持者は入国後14日間の自己隔離
  • 外交官、輸送従事者、トランジット者等を除き、右①以外の第三国人のシェンゲン域外からの入国拒否
  • それ以外の外国人は直近4日以内の陰性証明書の提示を条件に入国可

 こういった措置は5月まで継続し、オーストリアが史上初めて「鎖国状態」に近くなった時期である。幸い5月後半からは周辺国との往来制限も徐々に緩和され、7月には「商用渡航」であればシェンゲン域外からの入国も一定条件の下で可能とすることで経済活動再開に道筋もついた。同月末には検疫関連保健省令の改正により、新たに①特定国(ドイツ他)、②ハイリスク国、③右いずれにも属さぬ国(日本他)に出発国が分類され弾力的な条件設定と防疫措置が可能となっている。因みに8月現在、日本からの墺入国は長期滞在者、商用渡航を除き原則禁止。入国には検査後72時間以内の陰性証明書及び10日の自己隔離措置が求められる。

4経済対策

 感染防止と経済・社会生活の推進は全ての国にとって課題となっている。オーストリアでも3月16日成立の新型コロナウイルス対策諸法で危機対策基金(俗称、COVID-19基金)が設けられ、クルツ首相は3月18日の閣議後記者会見で「いくらかかってもやむを得ない(Koste es, was es wolle.)」と発言した。右基金の使途は保健環境維持、時短労働による労働市場活性化、景気刺激、公共治安の維持とされ、増額後の規模は380億ユーロである。そこから5月中旬には2ヶ月振りに営業再開する飲食店向け支援策5億ユーロが減税と売上げ支援を柱に打ち出された。ウィーン市は売上げ減が激しい飲食業界支援のため市内95万世帯を対象に額面25~50ユーロのクーポン券を独自に配給した。

(参考5 クルツ首相記者会見)

 この時期、クルツ首相は感染抑制と農業・観光分野の支援を兼ねて「(国民の習慣である)今夏のバカンスは国内で。そして国内農産品を費消しよう」と訴えた。 企業の固定費支援に加え、5月末になると政府は地域交通網整備・充実のために2023年にかけて約48億ユーロの投資、施設改修や再生可能エネルギー発電のために10億ユーロの地方自治体支援を発表した。
 6月に入ると営業利益減に喘ぐオーストリア航空(AUA)救済のためオーストリア政府は同社親会社である独ルフトハンザと交渉、AUAに1億5千万ユーロの補助金支出を行う一方、ルフトハンザとオーストリアの銀行団からの支援合意を取り付けた。これによりAUAは倒産を免れ約7000人の雇用が維持された。
 更に政府は所得税の累進課税第一段階の遡及的引き下げ、失業者への一時金支給、投資助成のためにCOVID-19基金の規模を70億ユーロ拡大し総額450億ユーロとした。その結果コロナ禍に伴う経済活性化措置の歳出総額は570億ユーロに上った。一方7月末の失業者数は約43万人、他に企業支援策の一つである時短労働に入った約47万人が依然存在することから、感染防止と国民の生業確保はオーストリアにとっても引き続き頭の痛い問題である。

5.まとめ

以上述べたような軌跡で新型コロナウイルスに対応してきたオーストリアだが、そこから看取された特徴を最後に纏めておく。
(1)国内感染者第一号とそのホット・スポットはオーストリアを象徴する国際的なスキーリゾートであった。「そこから欧州各地に飛び火した」ことは、風評被害を避けて観光立国の土台を守るために「先ずは徹底的な抑え込みが必要」という共通認識を官民社会に醸成した。
(2)感染が全国拡大を示すと首相始め関係閣僚が記者会見を頻繁に行い自らの見解を率直に伝えつつ、「全国民互いの協力によってしか乗り越えられぬ」とのメッセージを出し続けた。その過程では、若きクルツ首相が老親や家族を気遣う発言を行い、政府・自治体がマスク着用、子象間隔(1.5m)の維持といったニュー・ノーマルのためのキャンペーン「互いを思いやろう(Schau auf Dich, schau auf mich.)」を様々なメデイアで展開したことが、国民全体に浸透し感染抑止にプラスとなった。
(3)首相は国民向けに未曾有の国難であるとの演説を行った後、矢継ぎ早に法令を整備・執行していった。省令の中には「議会を通さなくていいのか?」と思わせるものもあり、実際に後日、憲法裁判所から一部違憲とされ修正を余儀なくされたものもあり、事態沈静後に訴訟や政治議論となる可能性は残る。
(4)他方、クルツ政権の支持率は、その後の揺り戻しはあったものの、感染ピーク時にはクルツ首相の強力なリーダーシップが評価され歴史的な高値を記録した。かねて現与党はクルツ人気に負っているとも言われ、そうしたムードも政府の迅速な対応を可能にせしめたし、これまでの対応結果と多くのメディア露出も好意的評価にプラスとなっている。 (2020年8月16日記)