雨宮夏雄・訳『モルドヴァ民話』(2022年、明石書店)

伊藤実佐子(霞関会理事・国際文化会館理事・カルコン事務局長)

“意外性”がたくさん詰まった本である。

まず本書の原本は、オリジナルの著者(民話であるので、収集・語り)による本の1986年出版の英語翻訳版であること。モルドヴァ共和国の独立は1991年であるから、ソ連邦時代に英語として出版されたということになる。モルドヴァの民話には、かのプーシキンやゴーリキーも影響を受けたという。その民話が持つ魅力、言葉のパワーは傑出していたもので、誇りをもって世界に向けて発信したかったのであろう。

モルドヴァは西をルーマニア、その他の三方をウクライナに囲まれた九州程度の面積の「まるで幼な子のように身を屈める小国」(雨宮記)という。しかし、この地のまぶしいばかりの自然による恵みと、その過酷な歴史(タタール人、オスマントルコ、ロシア等による侵略)のギャップは凄まじい。歴史が培った人々の知恵が伝承され、本書に所収されている13話それぞれに描かれているシーンは、時には荒々しい迫力にあふれ、ページをめくる手も気が急く思いだ。

寓話・童話・神話・小噺ーそのどの要素をも包摂するような内容と展開に、日本も同じ頃(柳田國男によると800年前)だろうか、「昔ばなし」を育んできたことを重ねてみる。それにしても、これらのモルドヴァの民話が、なぜ今、日本語に翻訳されて出版されたのか。そこで、あらためて本書の訳者の意図の意外性を発見する。

訳者の雨宮氏は2009年から3年間駐ルーマニア大使を務めたが、その前は、国際交流基金に長年奉職し、英国・米国などでの勤務を経て、理事として基金業務全体をその職掌としていた。大使としてのルーマニア在勤時代に、モルドヴァ首都キシナウから100キロも離れた村の学童センターへの生活支援・慰問で数回訪ねていたというのだ。都会に出稼ぎに出ている親を持つ子どもたちの様子を視察したあとには、村で一般家庭の「おもてなし」を受け、その際に見せる人々の笑顔の奥には何があるのだろうと考える。人々が厳しい冬の夜に語りつなぐ民話のなかで、その辛辣かつ厳しい環境のなかでヒーローたちが達成する明るい結末に、そしてモルドヴァの人々の言葉から誇りを見つけたのである。まさに、モルドヴァ国歌の一節 “閉ざされた闇の祖国で/人々は眠りから目を覚ます/伝説の中の勇者の如く”。

「お伽話はお伽話です。
そして、それを伝えるために、失敗してはなりません。」

まるで使命感にも似た感情をもって世代から世代に伝えられたお話の数々には、日本のような島国の自然環境からは想像を超える意外性がちりばめられているだけでなく、すぐれたショートショートを読むような、計算されたかのようにきちっとした起承転結があって、充実した読後感を味わえる。

あたかも、そのエピソードの末尾に

「こうしてお話している私もその場にいたんですよ。
だからどんなことがあったのか、私は知っているんです。」

と言って締めくくられる民話は、読者の想像力を限りなく掻き立てる“意外性”喚起の最高の装置であるごとく。