米・英主要メディアから見た米大統領選挙


元マイアミ総領事/元グアテマラ大使 川原 英一

(はじめに)
 11月3日投開票の米大統領選は、予想どおり大接戦となり、バイデン候補が優勢であるが、翌4日、一部の激戦州で再集計、郵便投票の集計停止を求めるトランプ陣営の法廷闘争の動きがあり、いつ最終結果が確定するのか不透明である。こうした中、本稿では、大統領選の終盤において米・英メディアが両大統領候補をどのように報じたのか、その背景事情を含め興味深く感じたことを以下申し上げたい。

〇10月22日夜に行われた第二回目TV大統領討論会では、トランプ大統領とバイデン候補(前オバマ政権の副大統領)の政策上の相違点が明らかになり、特にバイデン候補の考えを如実に示した発言が印象的であった。ところが、こうした両候補の政策議論を巡って掘り下げて報道した米メディアは少ない。

〇10月31日付WSJ紙社説は、最近のギャロップ世論調査結果を引用して、米国市民の56%が「4年前より生活が良くなった」と回答したと報じ、過去、同じ2期目大統領選に再出馬したレーガン大統領(44%)、ブッシュ大統領(47%)、オバマ大統領(45%)の調査回答を上回るものであり、又、米経済・貿易・外交面で誰もが当初予期し得ない成果を上げており、他の共和党大統領候補であったなら、二期目の勝利は確実との論調もみられた。

〇トランプ大統領は任期中に国民へ直接語りかけるとの理由で、ツイッターでのつぶやきを毎日10回程度は発信していた。他方、トランプ政権に批判的報道をするメディアに対して、任期当初からフェイク・ニュースと批判し、多くのメディアを敵に回してしまっている。選挙期間中も、トランプ大統領は毎日発信し、そのツイッターのフォロワー数は8千万人以上おり、他方、バイデン候補のフォロワー数は、1千百万人超である(11月3日現在)。

〇注目すべきは、多くの米メディアはトランプ大統領の人柄が気に入らず、温厚な対立候補バイデン氏への支持を訴え、政策論議は二の次としてあまり報じなかったことであろう。今回、米メディアの多くが、何故バイデン支持なのかについて、英エコノミスト誌(※)が「バイデンは、現在のアメリカを苦しめている状況への奇跡の治療ではないが、ホワイトハウスに堅実さと礼節をもたらしてくれそうな良い人である(“Joe Biden is not a miracle cure for what ails America. But he is a good man who would restore steadiness and civility to the White House.”)と指摘しており、多くの米メディアの立場を代弁していたように思われた。
(※)英エコノミスト誌:「Why it has to be Joe Biden」サイト:
https://www.economist.com/weeklyedition/2020-10-31

〇今回の米大統領選の特徴を一言で表現するなら、米主要経済紙ウォールストリート(WSJ)11月1日付社説の見出しに使われた「トランプ政権に対するレファレンダム(信任投票)(*)」との表現が適切ではないかと感じる。
(*)「The Trump Referendum」(WSJ紙社説電子版)サイト:
https://www.wsj.com/articles/the-trump-referendum-11604098637 

〇日本国内の総選挙報道と異なり、米主要メディアの多くは、どちらの大統領候補を支持するのか立場を明らかにして報じる。又、日本の読売新聞(部数7百万部超)など数百万部の全国紙が多いのとは対照的に、米主要紙で百万部を超える新聞は、「USA Today」、経済紙WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)紙とNYT紙しかなく、多くは数十万部で地方紙の発行部数である。米国民は自分の好みのTV局報道をネットでみたり、SNS(ツイッター、フェイスブック、Youtube等)を専ら見る人も多い。

第2回米大統領討論会(※)の争点

 全体で1時間半の討論時間を6つのセッションに分け、セッション毎に司会者の質問に両候補が2分以内で発言、その後、相互に反論の機会がある。9月末の第1回目討論会の反省から、冒頭の各候補発言中には相手候補が途中で発言を遮らないよう、相手候補のマイクをオフの状態にする新ルールが追加された。各セッションは15分間と短く、両候補とも相手を非難するパンチのある発言も多い。同討論会では非難の応酬にとどまらず、両候補の政策上の違いが判る場面が、特にバイデン候補の発言中にあった。例えば、

(1) 新型コロナ感染症への対応を最重視したバイデン候補は、十分な感染対策をとりつつ経済活動を行うべきであり、マスク着用を義務づけることを主張。他方、トランプ候補は、コロナのために経済再生の動きは止めてはいけないと発言。現在、毎日70万から百万件の検査が全米で実施中であると報じられる中、もしバイデン候補の主張どおりに検査を徹底すれば、今でも世界一の米国の感染者数がさらに増えよう。また、再度シャットダウンして感染を押さえ、その後に慎重に経済活動を再開するのでは、反転し成長回復過程にある米経済が再び落ち込み、回復の遅れる可能性が高まる。トランプ候補からは、最終実験段階のワクチン接種は年内にも可能、武漢ウイルスを世界に感染拡大させた中国が悪いとの発言もあった。
※(筆者注)主要メディアによる第2回討論会動画サイトの例;
https://www.bbc.com/news/av/election-us-2020-54650687 (BBC作成ダイジェスト版)
@FOX TV Newsサイト: 全討論の動画であり再生19分後からTV討論が始まる。
https://www.youtube.com/watch?v=nY2AXIx-GU4

 なお、10月29日、今年第3四半期の米経済成長率が年率33.1%で、第2四半期の史上最悪の落ち込みからの急速な回復が報じられた。経済活動の再開及び米企業支援や失業保険支払いに手厚い緊急経済対策によるものであろうが、緊急経済対策は9月末までの時限法であり、10月以降、追加の経済対策も必要となる。米議会下院の多数を占める民主党が追加対策と併せて赤字財政の州政府へ連邦政府からの財政支援を強く主張し、現政権との折衝は頓挫したままである。10月に入り、コロナ禍で巨額赤字が累積する米主要航空会社などが人員の大幅削減を発表しており、追加経済対策をタイムリーに実施しなければ、戦後最悪のマイナス成長の第2四半期から大きく反転した景気回復が遅れかねない。今年3月迄は、トランプ大統領自らの選挙公約どおり、大幅減税・規制緩和措置を講じた結果、米経済の好調が続き、失業率は戦後最低水準(3%台)で推移していたのからは大きく様変わりした状況にある。
(2)環境政策を重視するバイデン候補は、大気汚染の原因となる石油など化石燃料の利用に代えて、太陽光発電など再生エネルギーへシフトすると発言し、失言と一部米メディアが注目して報じた。トランプ大統領は、バイデン候補の再生エネルギーへの移行でガソリン料金などが高額となり国民生活を圧迫する、自らの規制緩和措置により米国は石油・天然ガスが自給でき、石炭・石油利用から天然ガスに代えた電力発電が増えて、米国の大気汚染は改善された(※)との発言をしたことをWSJ紙などが報じた。(※筆者注:9月に発表された国際エネルギー機関IEA報告では、2019年中に米国内でCO2の排出量削減率が顕著であり世界をリードしたと指摘。)
 バイデン候補の発言は、石油産業に依存するペンシルベニア、テキサス、アリゾナなど各州経済と雇用に甚大な悪影響を及ぼす深刻な発言(「Big statement!」)だとトランプ大統領が反論。TV討論会でのバイデン発言を聞いた石油産業に多くを依存する州知事から懸念の声があり、バイデン候補陣営は、討論会直後に長期的な計画であると火消し発言をしたと報じられた(WSJ紙)。又、再生エネルギー利用拡大に向けたインフラ投資に要する数兆ドル(数百兆円)の財源についてバイデン候補が主張する富裕層と企業増税だけで賄えず、中所得層も増税になるとトランプ大統領が反論している。連邦政府の財政赤字増大に伝統的に厳しい共和党の立場に沿った発言であろう。こうした論点についてバイデン支持のメディアによる政策報道は見当たらない。民主党政策綱領では医療保険の拡充や公立(州立)大学学費の無償化などに連邦政府の支援を提言しており、次期大統領の誕生となれば、連邦財政赤字が急増する可能性が否定できないが、こうした観点のメディア報道も少ない。
(3)北朝鮮への現政権の対応をバイデン候補が批判したのに対し、トランプ大統領は、これまでどの米政権もなしえなかったこととして、自分が金委員長と個人的に親密な関係を築いた結果、核実験は両国首脳会談を境になくなったと反論。又、バイデン候補から、第二次大戦前にナチスドイツと仲良くした米国と相通じる事情だと批判したのに対し、トランプ大統領から、ナチスドイツと戦う欧州各国へ米が武器供与していたと反論した。しかし民主党を支持する各メディアで、このくだりを報じたものはみられない。

(4)バイデン候補が、新型コロナへのトランプ政権の対応を強烈に批判し、又、白人警官による黒人容疑者への過剰対応の背景には人種差別が根強く残り、警察改革が必要との発言を擁護する報道が多くみられた。ところが、バイデン候補が副大統領当時に息子ハンターが副大統領との会談を口利くことで中国企業などから多額報酬を受けた疑惑については、殆どのメディアが報じない一方、保守系テレビのFOXニュースやWSJ紙は、バイデン候補発言の矛盾点など具体的に論じていた。このように多くの米メディアに中立・公正とは言い難い報道もみられ、日本のTVニュース報道でもそのまま報じたものがみられた。

バイデン候補の政策

 米経済主要紙WSJ紙社説(*)が、バイデン候補がトランプ大統領より穏健だという理由でメディアの多くが支持しており、他方、同候補の政策内容を報道しないため米国民は政策を理解していない、バイデン候補が自ら掲げた政策はなく、民主党左派の考えを反映した民主党政策綱領にバイデン候補が同意したのであり(As a presidential candidate this year he has put no particular policy imprint on the Democratic Party—not one. The party has put its stamp on him)、バイデン候補がこの政策綱領をどの程度実現できるのか、また、ペロシ下院議長や民主党重鎮議員をコントロールできるとも思えないと疑問視し、併せてバイデン候補は、経済政策が弱点であり、米経済回復が遅れると論じていて、主要メディアによるバイデン候補に関する数少ない政策論議の例として興味深い。

(*)WSJ紙10月29日社説電子版「The Biden Contradictionバイデンの矛盾」サイト:
https://www.wsj.com/articles/the-biden-contradiction-11604012546

期限前投票と激戦州での戦い

 各メディア報道によれば、約1億人(11月3日午後現在)が期限前投票をしている。新型感染症の予防として、郵便投票をバイデン候補が呼び掛け、既に民主党大統領候補支持を決めている人の多くは郵便投票したと思われる。前回2016年選挙では、約1億3千数百万人が投票したが、今回は、これを上回る1億6千万人となろうと報じられている(投票率は66%超と120年ぶりの高水準になった模様)。
 米国50州のうち民主党と共和党の支持が確実な州が多くある中で、注目は、激戦区であるフロリダ、ペンシルベニア、アリゾナ、ノースカロライナ、ミシガン、ウェスコンシンなどと報じられた。特に人口2千百万人のフロリダ州は、富裕層、年金生活者が多く、又、元々、中南米から移民した次世代の米市民も多くて米国社会の縮図とも言われる。同州の選挙人数は29人と全米の中でもカルフォルニアやテキサスに次ぐ。トランプ大統領は選挙選終盤にはフロリダなど激戦各州で1日に4-5か所遊説を行い、各地方空港の屋外で数万人の大観衆を集めて盛り上がりを見せたのに対し、バイデン候補は、感染防止対策から参加者が車に乗ったまま話しを聞くドライブイン方式の集会を行ったと各メディアが報じていた。

世論調査と開票予想

(1)米世論調査各社とメディア(TV・新聞)が結果を公表しており、終盤戦まで、バイデン候補の方が、現職大統領より優勢で、その差は10ポイント近いと多くのメディアが報じた。しかし、全米世論調査どおりに結果が出ないのは前回の大統領選で明らである。各州投票の結果選出された選挙人による代理選挙であり、かつ各州投票の過半数をとった側が選挙人を総取りするので、単純に支持票総数で勝ったヒラリー・クリントンは、全米538人の選挙人の過半数(270人)を確保できず敗退した。結果を大きく左右する激戦州毎の世論調査結果が、最終結果を予測する上からより重要となる。以下に2つの州別世論調査結果の例を表にまとめた。両候補の差は僅差であり、トランプ大統領が有利な状況にある。なお、下段のトラファルガー・グループは、前回の大統領選結果を正確に予測したことで注目されると報じられていた。開票結果、フロリダやオハイオ等でトランプ候補が勝利している。

注(1)最近のラスムッセンによる州別世論調査結果:
https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics
同、フロリダ州(11月1日公表)世論調査:
https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/elections/election_2020/florida_biden_48_trump_47
注(2)最近のトラファルガーG世論調査の州別最新結果:
https://www.thetrafalgargroup.org/ 
https://twitter.com/trafalgar_group

(2) コロナ感染対策として、今回選挙で郵便投票が認められ、投票しやすくなり、前回選挙より期日前投票者が増え、最終的に1億人を超えたと報じられた。他方、各州の郵便投票の締め切り日について全米で統一されておらず、一部州での開票最終結果の判明には日数を要する。
 2000年の共和党ブッシュJr候補対ゴア民主党候補による大統領選の場合には、フロリダ州の開票結果が僅差であったため、数えなおした上、連邦最高裁に持ち込まれ、最高裁裁定をゴア候補が受け入れたことにより1月あまり経過して結果が確定したと報じている。今回、トランプ大統領は投票所へ出かけることを呼び掛けているので、11月3日の開票直後にはトランプ候補が優勢となり、その後、バイデン候補が優勢になるとの報道もみられた。

(3)更には、トランプ大統領が郵便投票は不正の温床となるとの理由で集計結果を認めず、法廷闘争する可能性も終盤戦で報じられていた。現に、投票の終わった翌11月4日にトランプ陣営が激戦州での再集計、郵便投票の集計停止を求める最高裁に提訴する法廷闘争に入ったと報じられている。1月20日に現大統領の任期が終了する。それまでに決着しない場合には、新大統領を米下院議員が州毎に1票を投じて決定するとの憲法規定もあり、米下院の過半数を民主党が占めているが、州ごとに1票を投じる場合は、共和党に有利となる可能性も事前に報じられていた。

アジア外交(TPPと中国政策)

 少し付言すれば、バイデン大統領の誕生となれば、民主党政策綱領中で1期目4年間に成果を残せるものを選択的に実施する可能性が高いとの見方が報じられていた。トランプ大統領が離脱表明したパリ合意には就任後すぐ復帰すると表明していた。他方、オバマ前大統領が署名したアジア太平洋パートナーシップ協定(TPP)への復帰については、当時副大統領であったバイデン候補は自らの考えを述べておらず、今回選挙で中小企業や労組の支持拡大に努めたことから、トランプ大統領の対応と変わらない可能性があろう。
 米国の対中政策については、民主党・共和党を問わず超党派で強硬姿勢であり、大統領交代で大きく変わるものではなく、違いはバイデン候補が、米国のみによる対応ではなく、EU、日本、豪など同じ価値観を共有する同盟国と連携して対応するとの発言をメディアは報じていた。他方、トランプ大統領が強硬に維持している対中輸入関税措置をどうするのかは、慎重に考慮するのではないかとの見方が報じられている。

(最後に)

 今回の大統領選に関する米・英主要メディア報道では、米メディアの多くが、反トランプ色を鮮明にし、内政・外交の議論よりは、バイデン候補の方が、人柄が良さそうとの感情に訴えて投票を呼び掛ける報道が目立った。また、ソーシャル・メディア(SNS)では事実かどうかわからない情報が拡散されており、3日夜の首都ワシントンでの反トランプ派デモを報じたメディア報道に象徴されるように米国内で対立・混乱が続き、民主党支持層と共和党支持層の米国市民の間での分断は深いと思われる。
 米大統領選が終われば、国として一つに団結するというのが、過去、米大統領選の良き伝統であり、バイデン候補は同趣旨の発言を選挙終了後に行っている。この良き米国の民主主義の伝統が、今回見られることになるのかどうか、大いに注目される。
(令和2年11月5日 記)