余談雑談(第87回)すぐやる人とグズな人
元駐タイ大使 恩田 宗
気安く仕事を引き受けてすぐそれに取り掛らず期日が迫り切羽詰まって四苦八苦する。そんなことがよくあった。
雑誌「PRESIDENT」が「すぐやる人、グズな人」について特集を掲載したことがある。企業が競争に勝つためには社長は素早く意思決定をし社員は仕事をすぐやる必要があると論じている。すぐやる人はグズな人に比べ残業が少なく生じた余剰時間を上手に使い人間関係も円滑で金銭に換算すれば年間6百万円の得をしているとも書いてある。永守日本電産会長は質問に答え、要はスピードですぐやる人は食べるのも速い、面接で残った70人に昼食を出し早く食べ終わった順に33人採用したが色々試した試験方法でこの早飯試験が一番成功したなどと述べている。人間に効率だけを求めればそうなってしまう。企業の部課長達と海外旅行すると彼等は始終スマホを覗いている。会社や友人家族と常時コネクトされていて来信にすぐ反応するよう期待されており又すぐしないと気が済まないのかもしれない。見ていて気の毒な程気忙しい。
学校でも課題処理の手際よさと学業成績は相関関係にあるという。ある研究調査(「発達研究」Vol.30)によると、冬休みに小学校の高学年児童百数十名に宿題を与えたところ、休みの始めに宿題を済ませた者が24%、毎日継続的に処理した者が57%、休みの終わりに片づけた者が13%、その他6%だった。宿題処理が休暇の終り間際なった児童の大部分は休暇初期に処理するつもりではいたがそれができなかったらしい。休暇後に行った聞き取り調査とテストではメタ認知活動(自分を客観的に視ること)と算数の成績が他の児童より明らか悪かったという。
ペンシルバニア大学のA・グラント心理学教授はNYT紙にProcrastinator(事の処理に手間取り遅れる人・グズ)にもとり得はあると書いている。グズは生産性に劣るが多様な考え方や創造的な仕事をする人の割合が多いらしい。成人で自分をグズだと認めるのは2割程度だが実際はもっと多い筈でアップルのS・ジョブズも酷いグズだったという。彼が述べた名言として「ゴールは何時までにではない、最良の製品を生み出すことだ」というのがある。凡人がそれを言えば仕事の期限遅れを強弁しているように受け取られるだろう。 忙しかった頃買って書棚にいれたままの本が出てくることがある。懐かしくなり頼まれた仕事の約束期日が迫っていてもつい取り出してしまう。「どうして関係もない本をこんな時読んだりするの?」と訊かれるが甘い菓子を見ると太ると分っていてもつい手を出すのと同じである
(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。