第111回 語彙と漢字

元駐タイ大使 恩田 宗

 フランスの小説家A・モロワは随筆「書き方の技術」でこう勧めている。良書を沢山読み辞書を引き語彙を増やしなさい、と。

 日本語は語彙の大きい言葉で日本国語大辞典の見出しは五十万である。然し日常使われている単語の数は高級総合雑誌などで調べると三~四万だという。別の調査では英国の知識人が区別して使う語彙は三~五万語だというので日英であまり変りはない。日本の高校一年生は平均三万数百語知っており大学卒業頃には読み書きに不自由しなくなる。もっとも単語を知っている(読める)ことと使えるということは別であるが。
モロワは言葉が二つあるときは易しい方を選びなさいとも言っている。森鴎外は短編小説「高瀬船」に846の異なる単語を使っているという。読むと、時代に合わせた言葉を別にすればほぼ全文易しい単語で書いている。京都奉行所の同心庄兵衛が弟殺しの罪で遠島になった罪人喜助を高瀬舟で大阪まで護送するという話で、船上で喜助の身の上話を聞きその生き方考え方に感銘した庄兵衛が「(その時)喜助の頭から毫光(ごうこう)がさすように思った」ということで終わる。毫光は仏の額にある白毫(びゃくごう)(白い毛、仏像では水晶で表わす)が放つ光のことらしい。見出し語が75000ある角川国語辞典には載っているが55000の講談社の現代実用辞典には載っていない。あの頃の文学者は和漢の古典に親しみ使用頻度の少ない漢字も大量に学んでいてここと思うとき自在に使っていた。現代日本語の書き言葉は彼等によって創られたので漢字への依存は大きい。

 漢字は日本語を初めて書いたとき使った文字である。漢字の字音を仮借した表音文字(万葉仮名)としてだけでなく漢字本来の意味のままでも使用した。持統天皇の歌「春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香具山」の春、過、夏、来、白などはそのまま日本語の単語を表わす文字となった。日本語は生まれてすぐ漢字と結ばれ以後語彙を豊かに保つためにも不可欠なものとなった。ただ学習負担が大きく又種類多く使えば良い文章が書けるという訳でもない。論語と孟子の使用字数はそれぞれ1500と1900で杜甫と王維が4300と2500だという。日本で公文書などでの使用の目途として定められた漢字は2136字までに増えてきた。それではまだ窮屈だという人が多く軽い娯楽小説でも指定以外の漢字をよく見かける。当用漢字導入以前の日本の知識人は3000以上の漢字を使っていたという。情報機器の発達で漢字の使用が楽になったがカタカナ語の増え方にもよるが自然に任せていても日常使われる漢字の数はそのあたりが限度ではないだろうか。 

 モロワはこんな忠告もしている。筆が止まり書けなくなったら作文はそこで止めなさい、アイディァが尽きたのです、待っても湧いてきません、と。この雑談もこの辺で止めます。