第108回 夜中に働く脳

元駐タイ大使 恩田 宗

 国立科学博物館の特別展「人体」に神経細胞(ニューロン)の活動を光の点滅で示す脳の模型が展示されていた。その横に「人がぼーっとしている時の脳の活動はひらめきがあった時のパターンとよく似ている」との解説が付いていた。

 「脳の意識、機械の意識」(渡辺正峰)によると、感覚器官が把握した情報の全てが意識に到達し統合される訳ではなく脳内の各感覚部位のニューロンに留まりそこに保持されたままのものがあるという。心を虚ろにした時そうしたものが意識に浮上してくるのかもしれない。また、「失われた時を求めて」の冒頭の紅茶に浸したマドレーヌの話のように味や香りが切掛けとなり意識から失われていた過去の記憶が突然蘇えることがある。人間は自分自身(自分という意識)に矛盾する確率が10%あると読んだことがあるが、意識にない情報を脳内にあまた抱えているらしい。

 心をぼんやり遊ばせるには夜が適している。耳目からの情報で邪魔されないからである。暗い中に横たわっていると思いは論理のくびきを脱し紐の切れた風船のようにあてどなく浮遊する。忘れていたことを思い出すだけでなく新しい着想や発見に突き当たるのもそんな時である。量子力学でノーベル賞を受賞したハイゼンベルグは科学では論理的思考ではなく空想が重要な契機を作ると述べている。

 夜は根をつめて一事に集中するのにも向いている。芸術家には夜型が多いらしいがプルーストはその典型である。何十行にもなる長い文で綴られたあの読み通す人の少ない長大な小説の大部分は外光や雑音を遮断した暗い寝室で夜中に書いたものだという。

 然し心配事や恋愛事は夜考えない方がいい。暗闇の中の孤独な心は蓋のないパンドラの箱と同じで疑念、恐怖、羨望、嫉妬などの負の感情を抑えられず疑心暗鬼で思いが妄想に近くなるからである。金銭がらみの争いでは悪い結末を怖れて悩み、片思い気味の恋ではあれこれを疑い心配と不安で眠れなくなる。医者から最悪の場合あと数ヶ月と言われた写真家の幡野広志はその夜は悶々と憂苦し泣き明かしたという。人の心は夜は異常になりやすい。ただ日が出て世間や常識が現れればまた平常に戻るもので、幡野も翌朝は自分の番が来たのだと気持を切り替えたらしい。

 入省したての頃先輩から深夜筆の進むままに書いた意見具申や恋文はそのまま出さず日が開けてから見直した方がいいと教わった。気持を覚まして訴えないと相手は説得されないとのことだった。丁寧に書き丁寧に読んでいた時代である。手元の機器に打ち込めば瞬時に先方に届き呟やきが即座に人に広まる時代になったがあの忠告を懐かしく思う。