第107回 飜訳

元駐タイ大使 恩田 宗

 一国の要人の発言は翻訳のされ方次第で国際問題化することがある。1956年、フルシチョフのWe will outlast you との趣旨の声明がWe will bury youと翻訳されたため米国は正面からのソ連の挑戦と受け止め米ソの厳しい対立を導いた。異言語間の翻訳は難しい。聖書をラテン語に訳した聖ヒエロニムスは「翻訳の守護聖人」とされているが知恵の木の実をリンゴと果物一般をも意味する言葉で訳した。ルネッサンスの画家達をリンゴ派(デューラー他)とイチジク派(ミケランジェロ他)に分裂させたのはそのためだったという。

 翻訳の手違いは時として対立や誤解を生じさせてきたが人類の相互理解は翻訳なしにはあり得なかった。翻訳者の功績は計り知れなく大きい。日本はその近代化を翻訳に助けられて成し遂げた。

「日本語を翻訳するということ」の著者牧野成一は、日本の文芸作品の英語訳を原文と比較すると日本語の特徴や英語とのものの見方(認知的視点)の違いがよく分かる、と書いている。飜訳の副次的効果である。

 違いの一つは日英両語におけるものの数の扱いだと言う。日本人は芭蕉の俳句「古池や蛙飛び込む水の音」とか「枯枝にからすのとまりけり(たるや)秋の暮」の蛙や烏の数については無頓着だった。聞かれれば蛙は一匹と答える人が多いと思うが英語訳に接して初めて英語人のもの単数複数へのこだわりに気付くこととなった。D・キーン他ほとんどの英訳者はa frogと単数にしているがラフカディオ・ハーンはfrogsと複数である。芭蕉は蛙一匹が池の端にいる俳画に讃をしている。他方、弟子去来の手になるとされる「伝書・古池之解」には「折々蛙のづぼんづぼんと飛び込む音、その淋しさ、閑さ、言語に述る処に不有」とあるという。烏にしても芭蕉は37才の時空に20羽枯枝に7羽が止まっている俳画に讃をしているが亡くなる前年烏一羽が枯枝に止まる画に「けり」と直した句を書き添えている。牧野成一は死を前にして孤独な烏一匹に切り替えたのではないかと推測しているが芭蕉にとっては蛙も烏も何匹何羽かはどちらでもよい問題だったのだと思う。最近は数なしの裸で抽象的なfrogとする訳者もいるという。 

 時制(テンス)も日英で違う。過去を語る時英語は原則過去形であるが日本語では現在形も混ぜて使う。現在形が六割の小説もあるという。牧野は川端や三島は現実の出来事には過去形を使い意識の流れを臨場感をもって描くときは現在形にしていると分析している。然し文末に「た」「た」と続く単調さを避ける為の文章上の技巧でもあると思う。何れにせよ、老の身で「朝、鏡を覗いてみた。皺はなく髪は真っ黒である。驚いた。」などとツイートしてフェイクだと言われても文法的には問題ない。