気候変動外交(COP26と今後の課題)


外務省経済局長(前地球規模課題審議官) 小野啓一

1.COP26に至る道
 「2021年は気候変動の年」・・・小官が2020年夏に地球規模課題審議官を拝命したときからこのように言われていたが,これは2021年を終えてみた実感そのものである。このように言われた理由は,2020年に予定されていたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が一年延期された結果,2021年に英国議長の下でのCOP26とG7,さらにEUの主要国イタリアが議長国を務めるG20が開催される運びとなったためであるが,そうした動きに拍車をかけたのが米国バイデン政権の誕生であった。バイデン政権は,それまでのトランプ政権の姿勢から一転,パリ協定復帰,気候サミット主催,2050年カーボンニュートラルなど積極的な気候変動対策を相次いで表明し,世界全体の機運を高めた。
 日本もこれに先立つ2020年10月に菅総理大臣(当時)が所信表明にて2050年カーボンニュートラルを表明,グリーン成長戦略の策定など積極的な気候変動政策を打ち出した。産業界,言論界等も多くがこれを歓迎。外交面でも米英EUとともに世界の気候変動外交でリーダーシップを発揮できる立場に大きく転換。外交において時として首脳の発言が大きな方向転換をもたらすことがあるが,このカーボンニュートラル宣言は間違いなくその一つであり,これが日本の交渉当事者の立場をどれほど強くしたか特筆に値する。
 6月のG7サミットまでの2021年前半は,主としてG7を含む主要国の間で温室効果ガスのより野心的な2030年削減目標を策定することに重きが置かれて展開した。日本は,4月の米国主催気候サミットにおいて,同日に開催された地球温暖化対策推進本部決定を踏まえ、46%削減(2013年度比)目標と50%の高みに向け挑戦を続けることを表明(他に米,加,英等がこのサミット前後で新たな削減目標を表明)。同時に,二国間外交の文脈では,4月総理初訪米で首脳レベルでは初となる日米気候パートナーシップの立ち上げに,5月日EU定期首脳協議で日EUグリーン・アライアンスの立ち上げに合意した他に,中国との間でも政策対話の立ち上げを模索してきた。これらを後押ししたのは,この問題を協力の優先課題とすることが各国等との関係の推進にとっても有益だという考慮であった。
 そして2021年後半は,今度は途上国と向き合って途上国側をどう動かすかに焦点が移った。G7サミットにおいて,日本が5年間で官民合わせて6.5兆円の気候資金(途上国支援)を表明したのもこれを見据えてのことであった。また,G7が排出削減対策の講じられていない新規の石炭火力の海外支援終了に合意した後は,これをG20全体の合意とすべく交渉してその実現に至り,その他の面でも中国,インド,ブラジルといった主要国がより野心的な対策に加わることに焦点が当てられた。(図表1参照)

(図表1)

2.COP26の概要
 COP26はこのような流れを受けて開催された。その主要論点は,野心(排出削減目標),気候資金,石炭,イノベーション(自動車を含む),森林およびメタンの6分野であり,最終的には,数多くの論点を網羅した全体カバー決定に合意し,また,パリ協定採択時以来の課題であった同協定の実施指針,ルールブックに合意することができたのは大きな成果だった。
 筆者はCOP26の開催期間中に開催地の英国・グラスゴーまで二往復したが,最終日に向けた交渉過程では,先進国からも途上国からも今回は合意を作らねばならないという強い意思を感じ取ることができた。これは,気候変動の影響が日々深刻となり途上国も含め危機感が共有されていたことに加え,議長国英国や米国,EUさらには日本等がこのCOP26に向けた気運を高めてきたことが要因であった。同時に,途上国側からは,気候変動対策を講じるには相応の資金が必要であるという主張が根強くなされ,その意味で気候資金の問題は全体の交渉を進める上で重要な課題であった。
 日本の貢献も看過されるべきではない。最初の2日間の世界リーダーズ・サミットには,総選挙直後の岸田総理大臣が出席された。総理のメッセージの概要は図表2を参照いただきたいが,資金について,6月G7サミット時のコミットメントに追加で官民合わせて5年間で最大100億ドルの支援のコミットを表明されたことは重大な意味をもった(注1)。先進国側が年間1000億ドルの資金目標を達成していないことについて途上国側が大いに不満を持っていた中で,日本の追加コミットはその不足額の約1割に匹敵する資金追加提供の表明だったため,合意に向けた機運を高め交渉全体を前進させるのに大いに貢献した。日英首脳会談でジョンソン首相は大変な喜びようだったし,バイデン大統領やケリー特使からも大歓迎された。

 (注1)2009年に先進国全体で途上国に対して2020年時での年間1000億ドルの資金動員(官民合わせて)を約束したが(その後,これが2025年まで毎年継続されることでも一致),2019年実績値では796億ドルに留まっており,この未達問題がCOP26に至る準備過程で大きな問題となった。途上国側からはそれでは自分たちは十分な対策がとれない,より多くの資金が約束通り提供されるべきだとの主張がされ,先進国側でも英国やドイツ等が他の先進国に対してより多く,かつ迅速な資金コミットメントを求めていた。なお,本稿では「支援」という言葉を使っていることもあるが,その中身は官民合わせての資金の流れを言っているのであり,すべてがODA,特に無償で供与する資金ということではない。JBICやNEXIを活用した民間企業の投資活動の資金も全体の4分の1程度占めている。この点はよく誤解されるので,要注意である。

(図表2)

 もう一つの日本の貢献は,これまでのパリ協定ルールブック(実施指針)交渉の中で未合意だった同協定6条(市場メカニズム)に関する交渉で,日本案が妥結のベースを作ったことであった。交渉最終盤の閣僚協議の場では,主要国から山口環境大臣に対して日本案への評価の声が相次いだ。今回のCOP26で最後に全体の合意(注2)ができたのは,このルールブックという全体の基盤をなす交渉がまとまったからであり,そのルールブック交渉がまとまる土台を提供した日本政府交渉団の長年の努力,知恵は評価に値すると自負している。
 グラスゴーでの会議で最後までもめたのは石炭火力発電の扱いであった。最終的には「排出削減対策が講じられていない石炭火力発電の逓減(フェーズ・ダウン)および非効率な化石燃料補助金からのフェーズ・アウトを含む努力を加速すること」が記載された。最終日に全加盟国に配布された議長国案は「・・・石炭火力発電のフェーズ・アウト」であったが,これに中国,インド等が強く反対し,これら両国と議長国,米国(最後はEU)が別室で協議してようやくまとまった。これをもって,別室での協議に加わらなかった日本は存在感がなかったと言う人がいるが,これは的を射ていない見方だと考える。こうした少人数協議に至ったのは議長国の読みどおりに交渉がまとめられなかったからであり,そうした場に日本が加わる必要があるのか。さらに,石炭火力の扱いが争点となっているこの場で日本が何を主張して,どちら側を説得するというのか。この少人数協議には加われなかったではなく,交渉団として加わらなかったのであり,この選択は誤っていなかったと考えている。なお,この石炭部分の合意については,議場において,多くの国が,密室で合意が作られたことへの失望と石炭についての表現がトーンダウンされたことへの失望を表明したが,同時にこのグラスゴーで合意を作る必要があるので自分たちは反対はしないと述べて,最終合意の策定を優先させていたのが印象的であった。

 (注2)市場メカニズムのルールができることで,民間企業が途上国の脱炭素化事業に投資や技術協力を行った結果実現される排出削減効果がクレジットとして先進国の側でカウントされる仕組みができることとなった。従来から提供国側と受入国側でのクレジットの二重計上防止が課題となっていたが,日本案がその打開策となった。

3.COP26後の課題
 このように様々な山を乗り越えてCOP26の合意はできあがったが,2022年エジプトが議長国を務めるCOP27やドイツが議長国を務めるG7に向けて新たな課題が山積している。まず,COPについては,議長国が途上国になることにより,気候資金や適応分野での途上国支援に対してより焦点が当てられることになるだろう。気候資金については,1000億ドル目標の達成が課題であり,また,2025年以降の新たな資金目標を巡る議論が開始される。また,COP26では先進国全体で2025年までに適応分野(注3)での支援を倍増すること,適応に関する世界全体の目標への取組に向けた「グラスゴー・シャルムエルシェイク作業計画」を立ち上げることが明記されており,これらの実現が今後の課題となる。
 また,G7については,ドイツが新政権の下で議長国を務めるが,社会民主党の首相,緑の党の外相,経済・気候保護相の下でどのような舵取りをするのかが注目される。特に,ドイツが提案する「国際的な気候クラブ」構想,そして最低炭素価格の設定等将来的なカーボン・リーケージ対策の国際的枠組みのあり方などの議論がどのように展開するのか注視していく必要がある。翌2023年は日本がG7議長国であり,その観点からもドイツとの連携,協力が重要となる。

 (注3)気候変動による被害の防止または軽減を図るための支援であり,防災分野におけるインフラ整備や人材育成が典型的な例になる(これに対する概念が「緩和」であり,温室効果ガス排出削減のための支援を指す。)。日本は,COP26リーダーズ・サミットの場で,岸田総理から,2025年までの5年間で適応分野の支援を倍増し,官民合わせて約148億ドルの支援を行う旨表明。

4.気候変動を巡る対応と国際関係
 ここまでは昨年のCOP26を中心にその結果と今後の課題を述べてきたが,ここからは,気候変動問題を巡る対応が国際関係にもたらしている影響について概観してみたい。
 気候変動問題が今や様々な外交舞台で中心的な課題の一つとして扱われていることは確かであるが,これは国際社会の安定要因なのか,それとも不安定要因なのだろうか。気候変動対策が人類共通の目標・利益であり,パリ協定に基づく対策の実施が国際社会共通の課題であることからすると,気候変動への対処は協力の原動力として作用している。一方,気候変動への対処に熱心かどうかで色分けをする,「善」と「悪」のレッテル貼りをする,重要鉱物や技術を巡って国家的争奪が繰り広げられるといった形での競争手段としての面もあり,現実の国際政治においては,協力と競争の両方の面が混在している。それぞれの国が自国に有利な形でいずれかの側面を前に押し出した外交を展開しているのであり,日本としても,それぞれの場面においてプレイヤーの意図をしっかりと見極めて行動する必要がある。
 国際社会で関心が高まっているのが「気候変動と安全保障」というテーマである。これにはまだ統一的な定義はないが,筆者の見るところ,①狭義の安全保障(災害救援活動等の増加による部隊活動への影響や,気候変動がもたらす軍の基地や訓練施設への影響),②広義の安全保障(海面上昇による島嶼国の領土喪失,食料や水の争奪と紛争,国家の脆弱性の増大等),③より広い地政学的な観点(エネルギー資源を巡る力関係の変化,すなわち中東の石油が持つパワーの変化,シーレーンへの影響等)という三つの面を含んでいる。この気候変動と安全保障に強い関心を寄せるのが米国バイデン政権で,大統領の指示を受け,国防総省および国家情報長官(NIC)室がそれぞれ報告書を公表した。
 また,2021年12月には国連安全保障理事会において初めてこの問題を正面から取り上げた安保理決議案(注4)が提案された。結果は,日本を含む113ヵ国が共同提案国となり,決議の際には12カ国が賛成したが,ロシア(拒否権行使)とインドが反対,中国が棄権した結果,決議は成立しなかった。中露等がこれに慎重だったのは,安保理が扱う安全保障の範囲を限定的にしたいという気候変動問題を超えた考慮もあり,今後も時間をかけた調整が必要になるとみられるが,安保理が正式な決議の採択一歩手前まで行ったこと自体注目に値する。日本自身も,このような決議案への賛同にとどまらず,自身の安全保障政策と気候変動との関係性についての検討を進めていく必要がある。こうした問題意識から、本稿では、このテーマに関連するいくつかの具体的な課題に触れてみたい。
 第一に米中関係である。気候変動問題が協力要因か競争要因かという議論が最も明確に現れるのが米中関係であろう。COP26の際には米中が共同宣言を発出し,メタン,石炭,森林保護など今後の様々な協力課題について合意したし,双方とも気候変動問題は協力の課題として言及している。しかし,産業,エネルギー安全保障,サプライチェーン等の面ではむしろ競争関係にもある。そもそも中国は世界最大の温室効果ガス排出国(世界全体の約3割,第二位米国の約2倍)としてはその削減努力は質量共に不十分と言わざるを得ない。中国が現在掲げるいわゆる「3060目標」(注5)は,世界全体の温室効果ガスの約3割を排出する国が2030年まで排出を減らさないと言っていることを意味しており,これではグラスゴーでの合意である1.5℃目標やそのための2030年までの45%削減は決して達成できない。中国には本来方向転換する能力があるのであり,その義務と責任を果たし,さらなる削減努力が求められる。
 第二にインド太平洋地域の脆弱性である。米国NICの報告書は,特に脆弱性(気候変動に起因した潜在的な不安定性や内戦の可能性)が懸念される国・地域を世界全体で11挙げているが,そのうちの6がインド太平洋地域に所在する(アフガニスタン,ミャンマー,インド,パキスタン,イラクおよび北朝鮮)。世界の経済成長のエンジンとしての側面と気候変動による脆弱性を併せ持つこのインド太平洋地域における脱炭素化移行は世界にとり重要な課題であり,日米豪印(クアッド)を始めとする種々の形での支援が求められている。
この他にも,北極圏(北極海航路の可能性),ロシアや中東といった伝統的なエネルギー供給国の位置づけの変化等様々な課題が浮かび上がっている。

 (注4)決議案は,事務総長に対して,武力紛争や人道的緊急事態における気候変動の影響に関するデータ収集等を行うこと,安保理関連ミッションやテーマ別報告書が気候変動の安全保障に与える影響や気候変動に対処するための勧告に関する情報を含めるよう要請する他,特別政治ミッション,PKO, 国連の国事務所が,自らの活動や戦略において,気候変動の悪影響が安全保障に及ぼす影響を組み入れることを奨励する等の内容。これまでの関連する議論を超えて具体的な内容になっていた。
 (注5)温室効果ガス排出を2030年にピークアウトさせる。2060年にカーボンニュートラルを達成する。ただし,その対象は温室効果ガス全体ではなく,CO²に限られる。

5.結語
 こうした様々な課題に世界全体として取り組むため「気候のレンズ」を通した総合的な政策形成が求められている。国内,経済面では,気候変動対策を取り込んだ形での経済成長戦略が求められる(注6)。産業,金融,税など多岐にわたる政策が必要である。外交においては,先に述べた状況を見据えながら,2023年G7に向けて,また,2050年カーボンニュートラルに向けて,気候変動で世界をリードするための戦略・施策の策定が必要である。同時に,日本の安全保障政策の中での位置づけをしっかりと見つめ直し,戦略の策定に臨む必要がある。気候変動対策において世界をリードするとともに,自国の経済,外交,安全保障に利益をもたらすためには,分野を超えた総合的な取組をオールジャパンで行う必要があることを改めて強調しておきたい。

 (注6)岸田総理は昨2021年12月21日の記者会見で「気候変動問題は新しい資本主義の中心に位置する問題である」と発言。

(令和4年1月15日記)