我が国の安全保障の強化には、外交力の拡充を


元内閣外政審議室長 登 誠一郎

防衛と外交のバランスを欠く安保関連3文書

 今後5年間の防衛費を現行計画の1.5倍以上となる43兆円とすることなどを盛り込んだ安全保障関連3文書は、戦後の日本の防衛政策を大きく転換するものとして、通常国会において論戦が交わされているが、安全保障の「車の両輪」の片側とも言うべき外交力については、国会においても、メディアにおいても殆ど議論が行われていない。そこで、外交は具体的にいかなる形で安全保障に役立っているかを見つつ、外交力強化の方策について考えてみたい。

 改めて「国家安全保障戦略」を読むと、我が国の安全保障の確保に関して圧倒的な重点が防衛力の整備に充てられていることが分かる。その反面、戦争が起きないように抑止力を充実させるためにも、また不幸にして戦争が起きた場合にはその拡大を防止するためにも、外交的な努力が不可欠であるのに、外交機能の強化についての言及がほとんどない。これでは防衛と外交の両側面のバランスを著しく欠くものと言わざるを得ない。長年にわたりGDPの1%枠に縛られて十分な整備が行われなかった防衛費の拡充は必要であるが、その陰に隠れて、外交の実施体制が遅れを取ることとなれば、防衛費の拡充のみが目立ってしまい、周辺諸国をはじめとする諸外国の不安を惹起することにもなりかねない。

最も強力な抑止力は日米同盟の強化

 問題の核心は、日本の安全保障に役立つ抑止力とは何かを的確に判断することである。日本にとって最も重要な抑止力は、当然のことながら、強力な日米同盟の存在である。これは1月初めの岸田総理の訪米においても、バイデン大統領と十分に話し合われ、共同声明にも反映されている。しかし注意すべきは、米国の日本防衛のコミットメントは、集団的自衛権が明記されているNATOの場合とは異なり、「自国の憲法上の規定及び手続に従って、共通の危機に対処する」(日米安全保障条約第5条)とされていることである。将来、もし中国が台湾進攻に合わせて尖閣を攻撃した場合に、米国が日本防衛のためにいかなる対応を取るかは、最終的に米国議会が決定するのであり、その役割が極めて重要である。現在の米議会下院は、議長選挙をめぐるゴタゴタを見ても明らかなように、アメリカ・ファーストのトランプ前大統領の影響が強く、対外的な実力行動には極めて慎重である。この米議会を前にして我が国としては、いざという時に日本を守ることは単なる日米安保条約上の規定ではなく、それが米国の国益にかなうものであることについて、個々の議員の理解を得ることが重要である。

 そのためにはきめの細かい議員対策が必須であるが、現在の日本外交は、人員的にも予算的にもそれを十分に実施するための体制が整備されているとは言えない。例えば、米側の倫理規定の問題もあり、ここ10年余りの間に日本を訪問した米国の連邦議員の数は、数えるほどしかない。民間の国際交流機関とも連携してこの壁を乗り越え、米国議員の対日理解が増進するような工夫が望まれる。

在米の総領事館数が減少したのは遺憾

 米国には、現在14の日本総領事館がある。以前には16あったものが、他地域の総領事館を新設するに当たり、査定当局の主張する「スクラップ アンド ビルド」の原則により、10年以上も前に、カンサスシティ総領事館が閉鎖、ポートランド総領事館が領事事務所に格下げされてしまった。連邦議員はワシントン滞在中は多忙で、各国大使館との接触も限られているが、地元に帰った時には、当該州の支援者や支援企業と多くの接触を持つ。そこで、日本の総領事は、日本企業の地元への進出を紹介することなどを通じて会食、会合を重ね、個々の議員との人脈を深めることが大切である。現在までのところ、総領事の活動のプライオリティのおき方や資金的な余裕の不足から、このような努力が十分行われているとは言えない。

多角的な国際支援の確保が必要(特にアフリカ対策)

 将来、中国による尖閣攻撃を想定した場合にも、安保理の機能は拒否権により期待できないので、各国の態度表明の場は国連総会になる。これに関して想起すべきことは、ロシアのウクライナ侵略に対して安保理が機能しないことを受けて開催された国連特別総会が、141か国の賛成(反対5か国)を得てロシア非難の決議を採決した際に、35か国が棄権したことであり、このうち約半数の17か国がアフリカ諸国であったということである。これは、ある意味ではロシア外交の大きな「勝利」といえる。近年ロシアのアフリカ対策は、大きく進展しており、多くのアフリカ諸国に大使館を設置しているほか、アフリカ諸国を狙って軍事攻撃をかけてくるイスラム過激派勢力からの防衛に協力するため、軍事組織のワグネルが中心となって派兵として活動し、これら諸国から高い評価を得ている。

 日本としては、将来ありうる中国による尖閣攻撃の際の国連などでの議論において、アフリカ諸国の理解と支持を得ることの重要性も念頭に入れて、以下のような措置をあらかじめ取ることが重要と考える。

 ①中国は国交あるすべてのアフリカ諸国53カ国に大使館を設けている。日本はそのうちの18カ国に未だ大使館を設置していないが、この数年内にほぼすべてのアフリカ諸国に大使館を設置する。

 ②アフリカ諸国との関係強化に重要な役割を果たすのはODAであるが、日本の全途上国に対するODA総額は25年間で実に半減しており、対アフリカも大幅な減少を示している。今後数年間で、少なくとも25年前のレベルまで戻す。

 ③ここ20年間、日本政府は、世界各国との人的交流に力を入れ、ビジット・ジャパン・キャンペーンを展開した結果、コロナ以前に、訪日外国人数は3000万人を超えた。しかしアフリカ諸国に対する訪日キャンペーンは薄弱であり、アフリカからの来訪者数は全体の0.2%にも満たない5.5万人であり、また日本人のアフリカ訪問者数も伸び悩んでいる。要するに日本人のアフリカに対する認識が薄すぎることが問題であり、国を挙げてアフリカに対する関心を高めるよう、政府がイニシアティブをとる。

過去17年間ほとんど伸びていない外交関連予算

 ここに注目すべき統計がある。2022年度の外務省予算は7074億円であったが、この数字は小泉内閣終盤の2005年の同省予算7072億円とほぼ等しい。即ち、外務省予算は過去17年間殆ど伸びていないのである。その間、北朝鮮の核開発が進展し、中国の海洋への進出も著しいなど、日本をめぐる安全保障環境は一段と厳しさを増す中で、外交機能の強化はなおざりにされてきたと言わざるを得ない。また来年度の外務省予算案の伸びは3.7%増であり、政府全体の予算案の対前年比増である8%を大きく下回るものである。

 このような状況の中で、防衛予算案は前年比26%増と突出しており、安全保障の両輪とも言うべき防衛と外交の落差が際立っている。ロシアのウクライナ侵略の終結のめどが全く立たず、また台湾海峡をめぐる状況も一層の緊迫が予想される今後においては、我が国を巡る国際環境は一段と厳しくなることが必至である。このような状況に直面する中で、それに的確に対応すべき外交機能の抜本的な強化のためには、外交関連予算についても防衛費並みの伸びとは言わなくとも、例えば毎年7%づつ伸ばして5年後に1兆円程度とする目標を設置するなど、格別の努力が望まれる。

「外交の要諦は人」であり、主要国に劣らぬ体制が必要

 1952年に我が国が主権を回復して外交活動を再開した際に、当時の吉田茂首相兼外相は、「少数精鋭主義」を標榜して外交要員数(定員)の増大に慎重であった。その伝統を尊重したためか、その後の日本経済の飛躍的な成長期において、ほとんどの省庁が定員の大幅な拡大に努めたのに比して、外務省の定員は伸び悩み、他の主要国との格差は拡大の一途をたどった。「外交の要諦は人」といわれるように、外交の成果を挙げるためには一人一人の職員が、足で歩いて人脈を築くことから始まる。主要国の外務省職員数を見ると、米国の約3万名は別格としても、ロシア、中国、フランスは8000名以上、英国とドイツも7000名以上である。この関連で昨年春に自民党の部会が、外務省定員を今後10年間で8000名に増加すべしと提言したことは画期的であり、外務省当局は是非その実現を目指して、大幅な中途採用を含めた具体的な要員の採用計画を準備してほしい。

「安全保障のための外交力強化に関する有識者会議」の設立を

 振り返ってみれば、安全保障の強化のためには、防衛力と外交力の双方を拡充する必要があるにもかかわらず、「防衛力に関する有識者会議」においても、また「国家安全保障戦略」において、外交力の強化に関する具体的な勧告がなかったために、外交面は一歩遅れを取ったと言わざるを得ない。これからでも遅くはない。外交の事務当局は、首相官邸の国家安全保障局とも連携して、速やかに「安全保障のための外交力強化に関する有識者会議」を設立することを提案したい。

 この会議は、今後ますます厳しさを増す国際環境において、我が国の外交力が安全保障確保のために果たす役割を深掘りし、その上に立って、①今後数年間にわたる外交実施体制強化のための予算の抜本的増加(特にODA予算)、②在外公館数の拡充(特に兼轄大使館の実館への格上げ及び在米総領事館の拡充)、並びに③外交要員の質量両面における充実、を中心とする具体的提言を取りまとめて、総理または外相などの政府首脳に提出し、今後の外交実施体制拡充に筋道をつけることが期待される。