安倍元総理銃撃事件から思う日本の銃器対策


元広島市立大学准教授 福井康人

1.はじめに
 2022年7月8日、安倍元総理は奈良市内で選挙応援演説中に不審者の手製銃で狙撃され、ご逝去された。この事件は安全な日本でもこのようなことが起きると、驚きをもって受け止められ、国の内外から多数の弔意が表明されるとともに、閣議決定により9月27日に日本武道館において国葬が行われることが決まった。この事件については、現在も警察庁が捜査を継続し、更に要人警護の在り方も全面的に再検討されている。本稿では、この事件に関連して我が国の銃器対策について、国際条約との関連を含め述べることとしたい。

2.今回の事件で使われた銃器
 この事件では模造銃が使用され、安倍元総理を銃撃した銃器は、金属製の筒2本を粘着テープで束ねた形状であり、弾丸は小さなカプセルに入れ筒から発射する、散弾銃に似た作りだったと報じられている。しかも、特殊なものを使用したものではなく、一般に購入できる材料により殺傷性のある銃が製造された。報道によれば、この銃は全長23センチで、金属製パイプと、3Dプリンターで製造したプラスチック製の引き金部分をコードでつないだ構造で、火薬と鉛弾を詰め、引き金を引くと通電し発砲する仕組みだった。犯人の自宅から3Dプリンター、銃の設計図、火薬が押収された由である。

3.日本における銃器の規制
 日本では中世の刀狩から始まり、銃器のみならず刀剣類も厳しく所持が規制されていたため、これまでも反社会勢力間の抗争や学生運動盛んなりし頃に過激派が爆発物を利用した殺傷事件が時々起きている。もっとも、銃器の発砲事件も時々起きるが、幸い事件数が限られ、銃撃事件が頻繁に起きる米国等とは根本的に異なった状況にある。(注1、注2)
 では、今日の日本国内での銃器の規制はどうなっているであろうか。先ず、重要なのは「銃砲刀剣類所持等取締法(略称「銃刀法」)である。この法律によれば、「銃砲」とは、拳銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃(圧縮した気体を使用して弾丸を発射する機能を有する銃のうち、内閣府令で定めるところにより測定した弾丸の運動エネルギーの値が、人の生命に危険を及ぼし得るものとして内閣府令で定める値以上となるものをいう。以下同じ。)をいう(同法2条1項)とされており、一般には原則所持禁止となっている。(注3)
 更に、銃器等のうち弾薬をカバーするのが、「火薬類取締法(略称「火取法」)」である。同法第2条には火薬類として、この法律において「火薬類」とは左に掲げる火類、爆薬及び加工品を言う。」として、黒色火薬からダイナマイトまで様々なものが列挙されている。同法の中では、銃器に関わるものとして同条3項の加工品の中にはロ項の実包及び空包、ハ項の信管及び火管が含まれ、これらの条文が関係する。更に、より大型の武器については、武器等製造法(略称「武等法」)が対応しており、最初の銃刀法が警察庁主管、後二者の火取法と武等法が経済産業省の主管になる。(注4)
 このように日本国内で銃器等を規制する法律としては、少なくとも銃刀法と火取法の双方が重要とされてきた。事実、一般人が猟銃であっても所持しようとすると厳重な審査の後に、普段も頻繁な講習や検査等があり、簡単に許可を取り、所持出来ない。このため今回の事件の様に、銃器を不正に製造することに繋がりやすい。更に、後述の銃器議定書が合意されたころから技術革新もあり、最近では熱溶解積層法(FDM法)と称する熱可塑性樹脂を高温により溶解して積層させることで立体形状を構成する特許が切れたため、同タイプの3Dプリンターが安価で販売され始めた。そして、武器等の不法製造に使用されかねない状況が生じており、また現に不法製造事件も起きている。(注5)
 今回の事件で使用されていたのは手製銃であり、報道によると、バッテリーがリード線で火薬に接続され、バッテリーを稼働させて火薬に通電して爆発させる仕組である。即ち、通常の銃器で使用される無煙火薬は無許可で購入できないが、花火等にも使用される黒色火薬等であれば入手可能であり、現行の規制制度をすり抜けての入手であった。このため、今後は国内関連法令を精査して然るべき入手経路を規制し、銃器部品となり得るものを購入する者を登録制にする等、警察のインテリジェンス能力を強化する必要があると思われる。

4.銃器議定書の締結の必要性
 このような国内措置の強化と並行して、日本は国際組織犯罪防止条約の補足議定書である銃器議定書を早期に締結することが望ましい。平成18年4月の参議院内閣委員会での審議において、辻優政府参考人(当時)が、「(前略)特に刻印の在り方の問題、それから記録の保持等も含めまして関係省庁に鋭意御検討をお願いしているところでございまして、できるだけ早期にやるという姿勢だけで恐縮でございますけれども、引き続き努力をさせていただきたいと思います。」と答弁している(注6)。
 また、今回使用されたのは模造銃であったが、銃器議定書の銃器の定義はより広いので、新たな手製銃でもカバーされるようになる。即ち、同議定書第2条aは、「銃器」とは、持運び可能な銃身のある武器であって、爆発の作用により、弾丸、銃弾又は発射体を発射し、発射するよう設計されており又は発射するよう容易に転換することができるもの(以下略)と規定し、同条cは、「弾薬」とは、銃器に用いられる完全な実包又はその構成部分(薬きょう、雷管、発射火薬、銃弾又は発射体を含む。)をいう(以下略)と規定しており、わが国国内法より包括的な定義となっており、新たな改造銃であっても、規制の対象になる。
 更に、同議定書締結により関連情報の交換のみならず、国際組織犯罪の時には捜査共助が容易になる。そのためには、日本で所持される銃器を海外でも特定できるよう銃器に刻印を施すことや、10年間記録を保持すること等の義務に対応し、国内制度を国際的な銃規制の水準に合致させる必要がある。
 因みに、この議定書第8条の刻印方法につき、漢字等を使用する国が難色を示したので、同条a項を「銃器の製造時に、製造者名、製造国、若しくは製造地及び番号を記載する固有の刻印を押すこと又はこれに替えて全ての国による製造国の容易な特定を可能とするか簡易な幾何学的記号(数字又はいずれか一方による符号の組合せ)を有する固有な使い易い刻印を維持すること。」(下線は筆者)とされている。この点は、同議定書の交渉当時のアドホック委員会議長であった阿部信泰元ウィーン国際機関代表部大使が最終的に漸く取り纏めたもので、いわば「ジャパン・アイテム」でもある。
 そうした経緯からも、今回の銃撃事件を踏まえ、この機会に同議定書の締結に向けて検討が加速することを期待したい。

(注1)福井康人『銃器議定書の概要と我が国における批准に向けた課題』CISTECジャーナル、第183号、239-250頁。同項には銃機議定書を日本がクリアすべき論点のみならず、関連事項が纏めてある。

(注2)米国では、合衆国憲法修正第2条が「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。」とされ、銃の所持規制は憲法上の問題として、困難である。

(注3)大塚 尚 (著), 辻 義之 (監修)、『注釈銃刀法』平成23年、立花書房、95頁。
これに関係するものとして、具体的には銃砲として拳銃、小銃、機関銃、砲、猟銃、その他の金属製弾丸を発射する創薬銃砲、空気銃の7種類が挙げられ、その物品の構造が上記7種類のいずれかに相当するとともに(類型型要件)、金属製弾丸を発射する機能を有し、人畜に危害を与える殺傷を加える程度の有するものであること(実質的要件)を満たす必要がある。

(注4)その他にも、軍縮条約の国内担保法として、対人地雷禁止条約法、クラスター弾禁止条約法等の特別法で国内法担保を行っている例もある。

(注5)横浜地裁平成26年10月20日判決。ポリ乳酸樹脂等を材料にしてパソコン、3Dプリンター、及びボール盤当を利用し、拳銃の一部である銃身兼薬室、引き金、撃鉄を作成した上でこれを組み立て、その重口を貫通させるなどして手製した銃も拳銃に当たると判示した。即ち、銃器の製造に際しては材料も製造方法も問わないということが確認された。

(注6)平成18年4月11日参議院 内閣委員会議事録 第6号。猪口邦子国務大臣に対する外務省辻優外務省大臣官房参事官答弁等。URL: 発言のURL: https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/116414889X00620060411/51

(2022年8月9日記)