外務省退職後に司法試験に合格した私


弁護士、元駐南アフリカ大使 吉澤 裕

はじめに
 私は、2014年12月に外務省を退職した後司法試験を目指し、2021年1月に司法試験に合格したのち、その後1年間の司法修習を経て、2022年5月から弁護士法人ベンチャーサポート法律事務所に弁護士として勤務している。
 以下、何故退職後に司法試験を目指したのか、司法試験に合格するまでの経験、弁護士事務所に就職が決まるまでの苦労などについて記してみたい。法曹の仕事に関心のある方々の参考となればと思う。

1.何故外務省退職後に司法試験を目指したのか
 筆者は、大学法学部で法律を学んだものの、身近の弁護士を見ていると、仕事のスコープが狭いように感じ、世界を相手にできる外交官を仕事として選んだ。
 その後、外務省在職中に、いろいろの仕事を経験する中で、内閣に出向してPKO法の起案をしたり、児童の権利条約の国会承認の仕事に係ったりして、法律に関係する仕事を経験する機会があった。そうした経験を通じ、法律への関心を深めるようになった。
 また、人口中の高齢者の割合が増える中、できる限り働き続けることで、社会に貢献できると思われた。
 外務省を退職するに際し、これからでも法曹を目指すことができるのではないか、司法試験に合格して弁護士になればかなりの年齢まで仕事を続けられるのではないかと考え、それ以上深く考えることもなく、司法試験に挑戦した次第である。

2.司法試験に合格するまで
(1)どのような資格で司法試験を受験できるのか
 司法試験を受験するためには、法科大学院を終了するか、予備試験と言われるもの合格する必要がある。
 現在司法試験の合格者は毎年1500人弱であるが、そのうち予備試験合格の資格による司法試験合格者は、毎年400人弱にのぼる。合格率(受験者に占める合格者の比率)でみても,予備試験合格者は約9割,法科大学院修了者は約3分の1と,予備試験合格者の合格率が圧倒的に高い。
 これを見れば、司法試験を目指すのであれば、法科大学院に行くより、予備試験に合格する方が確実ということになるが、予備試験には、毎年1万人以上が受験する一方で、合格者は毎年400人強と4パーセント程度にとどまるとの現実がある。
 要するに、以前のいわゆる旧試験の頃に比べれば、司法試験の合格はかなり容易になっているとはいえ、司法試験が難関であることに変わりがないといえよう。

(2)法科大学院か予備試験か
 筆者自身は、予備試験ではなく、法科大学院で学ぶ道を選んだ。以下、予備試験により受験資格を得る場合と法科大学院に行く場合のメリット、デメリットを考えてみたい。

ア 予備試験で受験資格を得るメリット
(ア)受験資格を得るまでに要する時間
 予備試験の方が受験資格を得るまでの時間が短い。予備試験は5月に試験が始まり、短答、論文、口述と3段階を経て、11月には最終結果が判明するから、最も早ければ退職後、半年で受験資格が得られることになる(司法試験自体は翌年の5月に行われる)。もちろん、予備試験のための勉強は,外務省在職中も可能であるし,予備試験の受験は,外務省在職中であっても可能である。
 法科大学院の場合,入学するまでに、外務省を退職してから、半年程度の時間を空費することになる。法科大学院の選考は、秋頃に行われ、入学は、翌年の4月となるからである。また、法科大学院に入学後、終了して受験資格を得るまでに、未修者コースでは3年、既修者コースでも2年を要する。
 そこで、法科大学院に行く場合、退職後、司法試験の受験資格を得るまでに、2年半ないし3年半又はそれ以上を要することになる(司法試験自体は3月の法科大学院終了後の5月に行われる。)
 ただし、2023年からは、法科大学院終了後ではなく、在学中の7月に司法試験の受験が可能となるから(これにともない、予備試験の日程も少し変更される)、法科大学院に進む場合でも、受験資格を得るまでの所要時間についてはかなりの改善がみられることになる。
(イ)費用的な面
 予備試験で受験資格を得る場合、予備校などを利用すればそれなりの費用がかかるとはいえ、法科大学院の授業料ほどのことはないから、予備試験を目指す方が費用面でも有利といえる。また、外務省退職後、何らかの仕事をしながらでも、予備試験を目指すことは可能である。
 法科大学院の授業料は、必ずしも安いとはいえない。国立大学でも年間100万円弱、私立大学の場合、150万円前後を要する。この他に入学金もかかる。教科書代、参考書代、授業用の資料のコピー代なども馬鹿にならない。
 ただし、各大学とも授業料の減免や、各種の奨学金を用意しているのが普通であるから、これらを利用することができれば、費用面では相当の節約が可能である。また,仕事をしながら,夜学の法科大学院に通う途もある。
(ウ)予備試験の準備を通じ,司法試験準備のための実践的な勉強ができること
 予備試験の勉強は司法試験の準備としても効果的である。そして,予備試験の準備に予備校を利用すれば,予備試験のためにも司法試験のためにも,かなり実践的な指導が受けられる。
 他方,法科大学院での勉強は、司法試験受験のうえで実践的とはいえない。法科大学院の授業は比較的少人数で行われるとはいえ,司法試験受験にとって重要な、答案の書き方まで、個別に指導してくれるわけではない。

イ 予備試験合格はどれくらい難しいのか
 以上,法科大学院に行かず,予備試験により司法試験受験資格を得るメリットについて述べた。しかし、予備試験の毎年の合格率は4パーセント程度しかない。予備試験に合格することはどれほど難しいのだろうか。
 筆者自身、法科大学院在学中に、予備試験にも合格したという同級生と数多く出会った。また、司法修習中も,予備試験により受験資格を得て司法試験に合格したという者と,何人も知り会った。その中には、大学の法学部在学中、あるいは、卒業直後に予備試験に合格したという俊英も多かったが、仕事をしながら予備試験に挑戦し、合格したという社会人経験者もかなりいた。
 予備試験は、確かに、難しい試験ではあるが、勉強の仕方さえ効率的であれば、2~3回の挑戦で合格するのは可能な試験であると感じる。そして、効率的な勉強の仕方は、予備校に教えてもらうことができる。

ウ 法科大学院に学ぶメリット
 以上、必要とする時間や費用などの面で、予備試験により受験資格を得るメリットについて書いてきた。もちろん,法科大学院終了により、司法試験を目指すメリットもある。以下筆者自身の経験を踏まえて,そのいくつかを挙げてみたい。
(1)司法試験受験資格を高い確率で得られること
 予備試験の合格率は4パーセント程度であるのに引き換え、法科大学院を終了すれば必ず司法試験の受験資格を得られるから、その点は、大きなメリットといえる。
(2)「良き師、良き友」を得られること
 筆者は、東大の法科大学院(以下「東大ロー」という。)に学んだが、各法分野で先端的な研究を行っている研究者から直接教えを受け、その知己を得たことは大きな財産となった。また、法律家の卵の若い同級生と友人となることができたのも大変有益であった。
(3)勉強のインセンティヴを維持できること
 同級生たちと学ぶことで、勉強のインセンティヴを維持できたこと、そして、同級生たちから勉強方法についてアドバイスを受けたことも大変有益であった。

エ 法科大学院に入るのは難しいのか
 では,法科大学院に入るのは難しいのか。

(1)既修者コースに入るのはなかなか難しい
 2年で終了できる既修者コースに入るためには、各大学が実施する法律科目の試験を受けなければならない。したがって、例えば東大ローの既修者コースに合格するためには、相当程度法律の勉強が進んでいることが必要である。他方、東大ローの既修者コース修了者の9割が、1回目の試験で司法試験に合格する。

(2)未修者コースに入るのは比較的易しい
 終了まで3年かかる未修者コースについては比較的入学は簡単である。東大ローの場合、筆者のときは、大学学部、TOIEC、法科大学院適性試験(今はない)の各成績などの書類審査と、一般教養的な論文試験と口述試験だけであった。筆者のときは、60名程度の定員に受験者は100名足らずと2倍に満たない状況で、かなり広き門という感じであった。今も状況は大きく変わっていないであろう。
 ただし,未修者の司法試験合格率は、東大ローでも終了直後の試験では終了者の3割弱、終了2年後までの試験の合格者を合わせても修了者の6割弱であり、かなり合格率が悪い。また、落第や退学などにより、60名の入学者のうち、既定の3年で終了するのは、約半数にとどまる。

(3)司法試験は難しいのか
 筆者は、東大ローの未修者コースで学び終了するのに3年かかった。また、1年目の挑戦では不首尾で、終了の翌年2回目の挑戦でようやく司法試験に合格した。加えて,退職後東大ローに入学するまで1年3箇月 かかったので,司法試験に合格するまで6年を要したことになる(司法試験受験後,合格発表までに半年かかる,またコロナで司法試験が3箇月遅れた)。
 司法試験に合格するために一番有効なのは、過去問や想定問についての答案練習をして、それについて添削をしてもらうことである。これは、予備校の力を借りてやる方法もあるし、力のある友人がいれば、少人数のグループで勉強する方法もある、過去問(これまでの新司法試験が約15年分あり各年8科目)のすべてについて、できれば2回ずつの答案練習を,効果的な環境,すなわち自分の書いた答案の適切さを検証できる状況の下ですれば、合格に必要な力をつけることができる。
 つまり、勉強法を誤らずに着実に勉強すれば、合格できる試験といえる。

(4)結論
 以上をまとめる。司法試験の受験資格を得るには、予備試験に合格する方法と法科大学院を終了する方法があるが、それぞれ一長一短あり、自分にあった途を選べば良い。効果的な司法試験の勉強法は、司法試験の過去問について実際に答案を書いてみることである。着実にそのような勉強をすれば、合格はそれほど困難ではない。

3.就職のこと
 最後に就職のことを書いておきたい。実は、就職には、司法試験合格以上に苦労した。
 東大ロー在学中に、法律事務所のインターンシップにいくつか応募したが、一つも採用されなかった。1回目の試験の後、比較的大手の法律事務所や中堅の法律事務所を中心に応募書類をいくつか出してみたが、いずれも面接まで進めなかった。それではと、何人かの知人の弁護士に、いわゆるイソ弁として置いてもらえないか打診してみたが、もう年老いて2人分の受任事件がないとか、事務所に2人分のスペースがないなどと言われて、いずれからも断られた。
 そのような状況から、2回目に試験を受けた後は、就職活動もしていなかったが、知人の弁護士からあきらめずに就職活動をするよう薦められた。そこで、司法修習が始まる直前になって、弁護士の求人情報を流しているWEBサイトを見て、その時点でも募集をしている弁護士事務所に片端から応募書類を送ることにした。
 その際には、送り先の弁護士事務所のことをいろいろ研究して、応募書類の中でその事務所の良い点をほめあげるとともに、その事務所で自分がどのような貢献をできるか、アピールする内容を盛り込んだ。要するに、典型的な就職活動のエントリーシートのようなものを送り続けたわけである。
 そうしたところ、10ぐらい応募した中で、3つぐらいの事務所について、面接まで進むことができ、そのうち2つから内定を得ることができた。
 司法修習では、筆者が最高齢ではあったが、他にも多くの年配者がいた。これらの者の中には、司法修習開始当初は就職が決まっておらず悩んでいた者もいたが、司法修習が終わったころには、筆者の知る限りすべて就職が決まっていた。
 したがって、外務省を退職した後で法曹を目指す場合、就職に若干苦労することはあっても、就職先は必ず見つかると考えて良いと思う。