変わりゆくEU(欧州連合での駐在を終えて)
前欧州連合日本政府代表部大使 正木 靖
このたび、3年に及んだ欧州連合日本政府代表部大使としての在勤を終了し離任するに至った。その前の3年半に及ぶ本省欧州局長、そしてブリュッセル在勤中、正に目の当たりにしたEUの変化、権限拡大、多層化について感じたことについて述べ、この様なEUと日本はどの様な関係を構築すべきか、また、日本政府代表部の活動について、書くこととしたい。
変わりゆくEU
筆者が、入省後最初の在外勤務より戻りまず配属されたのが、当時経々一と呼ばれていたECとの関係を所管する課であった。それ以来、様々な部署で、欧州と関わる業務を長年行ってきた。特に、3年半の本省欧州局長の任をへて、ブリュッセルで3年間欧州連合日本政府代表部大使として勤務した。その間の欧州、EUの変化は、想定以上のものであり、特にこの直近の6年半の期間だけを見ても驚くべき速度でその構造と態様が変化している。それに伴い、日本との関係も、筆者が最初に関わった、貿易、経済摩擦解決のみの関係から大きな転換をした。今後の欧州がどのように変わっていくのか予見できないが、欧州が、我々と共通の価値観を有し、求心力を高めることが、日本を含めた世界の平和と安定に不可欠であることが言をまたない。その欧州の中核がEUである。
着任以来、コロナ危機、ウクライナ戦争、そして、イスラエルとハマスの紛争と、世界は、立て続きに危機に直面した。特にウクライナ戦争は、第二次大戦以来初の大規模な欧州での戦争である。また、直近のイスラエルとハマスの衝突は、欧州と中東との歴史的関係を考えると欧州に対し計り知れない影響のある紛争である。欧州、EUは、危機のたびに分裂の危機を迎え、それを乗り越えることで統合を進めてきたという自負をブリュッセルでは多く耳にするがはたして、本当にそうだろうか。確かにコロナ危機では、ワクチンを含めた危機管理、ウクライナ戦争では、対ロ制裁での連携と、その度にEUは、権限を集中し強化している。しかし、今後のEU拡大、新たな財政負担の分担、強まる移民政策で、今まで通り団結を保つことができるであろうか?イスラエルとハマスの紛争で図らずも明らかになったのは、EUの共通外交政策がどこまで成熟したものかという疑問である。イスラエルとアラブとの問題について、歴史的、社会的関係も異なる加盟国が、共通の立場を深めることは不可能であり、これはEU側高官も皆認めている。一時の、EUの外交を強化するための多数決制度の導入などという議論は、現在は鳴りを潜めている。
しかし、それでも二回の世界大戦の戦場となった、欧州各国は、欧州統合、その象徴たるEUのみが平和と安定の礎であることを実感しており、その統合への熱意と努力は我々の想像以上である。決して実現しないであろうと多くの人に言われていた通貨の統合があのような早いスピードで実現したことが好例である。今後とも、挫折をくりかしつつもその統合を進めているエネルギーは変わらず大きいものであろう。EUは引き続き想像以上のスピードで変化し、時代に適応しようとしていくはずである。
権限を増すEU
筆者が着任した時期は、コロナ危機が勃発し、各国がその対応に右往左往し、ワクチンの調達、対応にEU委員会が追われる毎日であった。当然ワクチンを共同調達して各国に配布できなければ、大変な事態となっていた。そのような中で、フォンデアライエン(VDL)委員長が中心となり、陣頭指揮を執った。当初、遅れた対応に批判はあったが、何とかワクチンの共同調達、分配、そして、ワクチン接種証明書の共通化などを実現し、危機を乗り越えることができた。そして、その結果、従来加盟国の権限が中心であった保険の分野での委員会の権限は一気に増大した。
このコロナ危機が、収まった矢先に生じたのが、ロシアのウクライナ侵攻である。多くの市民にとって、欧州での陸地戦は、第二次大戦以来のものであり、メデイアに流れる、ロシアの戦車の進軍、爆撃、逃れるウクライナの人たちの映像は、先の大戦のトラウマを呼び覚まし、再び欧州で大戦が起きると恐怖させるのに十分なものであった。欧州の指導者にとっては、ロシアによるクリミア占領、併合以来の無策のつけ、長年怠ったロシアとの安定した関係構築外交の失敗が、最悪の形で露呈したもので、大きなショックを与えることとなった。EUにとっては、冷戦の終結、旧ソ連の崩壊、EUの東方拡大という、今までにない明るい世の中の流れの中で現実はそれほど甘くないと頭をハンマーで割られる衝撃であった。
欧州を守るために各国が団結したのは言うまでもないが、EUの安全保障、防衛分野での権限は大きいものでなく、対応には限界があった。アフガンからの撤退以来、揺らぎつつある米国の関与をどうつなぎとめるかの課題も、喫緊のものとして現れた。欧州にとりNATOにおける米との協動が基本であるが、トランプ政権以来の欧州の自律の必要性が改めて現実となり、その受け皿としてのEUの役割が相対的に増大することとなった。ウクライナ支援にあたっては、EUの欧州平和ファシリテイ基金が活用された。また、経済支援、インフラ支援は、EUが率先して取り込まなければならない問題となった。財政的には、コロナ危機への対応の負担がある中で、さらなる負担が生じ、本来自国に回るべき資金が減少するのではという危惧もあったが、ハンガリーなどを除けば、北欧、東欧を中心にEU各国は、団結と連帯を示してきたと言える。
その中でEUが、再び権限を増大した契機が、対ロ制裁での連携である。その制裁分野は多岐に及び日々深いものになり、実効的なものとするために、委員会が中心になってとりまとめた。また、各国レッドラインがある分野もあり、それを聴取して妥協案を作成したのが、VDL委員長官房であった。このトップダウンの形式は、米にも大きく評価されることとなった。以前は、米に代表の電話番号がないとまで揶揄されたEUはここにきて存在感を表したといえる。米バイデン大統領もNATOへの出席もあるが、今までにない頻度で当地をおとずれ、EU側と協議して欧州を代表するEUの意義を発見することとなった。委員会が、この過程で、その権限を集中して増大させたことは言うまでもない。委員会の中でも各省庁にあたる、各部局をこえて、日本では総理大臣官邸にあたるともいえる、委員長の官房によるトップダウンの政策決定が誕生したと言える。ちなみにこの権限集中の傾向は当面継続する見込みであり、経済安全保障政策の策定についても同様の構造が生じてきている。
その一方で、外交政策の分野で、権限が増大しているとは思えない。外務省にあたる対外関係活動庁が、まだ、創設10年余りの歴史の新しい機関であり、人材もうすく、その地位が委員会の中で十分認知されているとも思えない。冒頭も記したように外交分野で多数決での意思決定を導入しようという議論があるが、直近の中東をめぐる対応をみても、まだまだ機が熟していないのが実情である。ただ、これも2024年の人事刷新で、有力な候補が、対外代表の地位を占めることとなれば、大きく変わっている可能性がある。
もう一つ看過できないのが、EUの権能が増大して、様々な分野でのルール作りを加速化される中で、各国の民主的統制の場としての欧州議会の役割が増大していることである。かつては、欧州議会は、その大きな議席数、予算にもかかわらず、欧州市民にとってさえ、何をしているのか明確でなく、それもBrexitの大きな原因の一つであったと言われている。欧州議会選挙といえば、各国の国民による政党の人気投票としてしか捉えられなかった。しかし、現地で見ると、EUのルール作りの過程での欧州議会の役割は大きくなってきている。委員会提案の規則などは、欧州議会、理事会との三者協議の中で、修正されることも多く、第三国を含め各国にとって、欧州議会は自国の利益を少しでも反映させるための重要なロビイングの場となってきている。また、委員長、理事会議長、対外代表の人事を決めるに際し、主要国の意向が大きく働くことは、過去の例からも明らかであるが、基本は、欧州議会における議席数にまず、したがって候補がきまる。委員長は、第一党から、議長は、第二党から、その他は、他の主要ポスト(欧州中銀など)と合わせ、議席数に従った取り合いとなる。その意味でも欧州議会の役割は重要である。この様な議会の重要性増大と比例するように重鎮議員の質も高まっている。本国政局で棚上げされたあまり将来性のない議員も多くいるが、新規加盟国の中では、国内政局の登竜門として、若手の有力な政治家が議員となり、ブリュッセル、ストラスブールで名をあげて、本国の有力政治家に戻るということもある。また、EUの各ポストが、地理的基準から、各国の代表を起用せざる得ない中、小国からの逸材発見の宝庫でもある。その良い例が、次期委員長候補にもあがる、現在のキプロスのメッツオーラ議長などであろう。
多層化するEU
外務省欧州局から見ていた時から、Brexitにより、仏、独、英の勢力均衡がくずれ、各地域のテーマごとのブロック化、多層化が始まってきていると分析していたが、在任中もこの傾向は益々、明確なものとなってきている。
米トランプ政権の誕生、その後のアフガンからの米の撤退と、米の欧州への関与が薄くなるに伴い、欧州、EU内で、戦略的自律の議論が活発になってきた。勿論、仏は、英が外に出た今、欧州の統合を自国主導で加速化させようと主導している。これは、経済分野のみならず、安全保障分野にも及ぶ。これに対して独は、経済分野での自律を除けば慎重な立場をとっており、本来、EUを引っ張るはずの仏独協調がなされていない。この様な中で自由貿易、自由経済を主張するベネルクス、北欧グループが形成され、それに対し、補助金やEUの介入をすべて否としない、仏独やスペイン、伊などのグループが形成される。また、外交では、ウクライナ戦争を契機にロシアとの徹底対決を望むバルト、北欧、中東欧(ハンガリーを除く)とロシアとの安定的な関係構築を模索する独、仏、伊などのグループの意見の相違がある。これらは一例であるが、問題ごとに国ごとに新たな色分けの対立軸が生じ、昔のように仏、独、英など主要国の意見を踏まえればEUの動向は理解できるという時代は終わった。この様な中、ウクライナ戦争を契機にポーランドの発言力が増加してきている。ポーランドもハンガリー同様、国内の民主制度をめぐり「法の支配」の問題がEUでの障害となっているが、今般の選挙の結果を踏まえ、トスク前EU理事会議長が首相になったので、EU内での地位は大いに増すであろう。
記述したEUの権限増大の反対の鏡として、加盟国の勢力バランスを正確に把握することが、極めて重要である。加盟国は、当然EUの権限増大を指をくわえて見ているわけでなく、それをチエックするとともに利用しようとしている。したがって、EUの政策決定に影響を与えるためには、ブリュッセルと各国の首都での連動した働きかけが不可欠である。その場合、この様なテーマ別に多層化するEU内の力のバランスを見極める必要がある。
日本はEUとどのようにつきあうのか
筆者の三年の在任中も、日本とEUの関係は、大いに深化したと言える。これは、一つには、日EU・EPA、SPAが締結されたことにより、より安定的に関係を構築し、様々な分野での連携が可能になる環境が整ったことである。それに加えて大きいのは、米国の自国第一主義の傾向強化、中国の影響力増大、各地域ですすむ多極化の流れの中で、戦後の世界秩序が揺らぎ、それを支えるべき柱となるべき主体として日本とEUとの連携が双方にとり不可欠となっていることである。
筆者在任中ブリュッセルでいかなる要人と面会しても、日本は、最も頼りとなる戦略的パートナーであると受け入れられ、あらゆる問題について伝えた意見は傾聴された。これは、冒頭述べたように、外務省入省後、最初の経験で、日本の市場開放のみを求めて聞く耳を全くもたなかった、当時のECの官僚たちの態度を思い出すと天地の感がある。
この三年だけをみても、日EU間では、グリーンアライアンスの創設、デジタルパートナーシップの立ち上げ、データ・フロー協定交渉の合意と数々の成果が達成された。
EPAの締結により、双方の貿易、投資関係が進展するなかで、グリーンやデジタル分野での協力が着実に進みつつある。気候危機では、その道筋について意見の相違はあるが、目標共有があり、もはや、現在は、水素、再生エネルギーなど具体的協力プロジェクトの立ち上げに双方の関心は移行している。デジタルも大きな協力の柱であり、AIなど新技術、サプライチエーンの構築などで双方の連携の緊密化は大きく進んでいる。その他、環境問題についても日EUは常に重要なパートナーである。
また、在任中に日本とEUが直面した危機の中でも、コロナ危機では、EU自身供給が逼迫する中でのワクチンの日本への優先的な輸出、ウクライナ戦争により生じたエネルギー危機では、日本が、自国へ輸入分のLNGを迂回させてEUにまわすなど、両者は、正に困った時の真実の友を体現している。今般の米、英に遅れたとはいえ福島原発事故以来とられていた日本産品の輸入制限の撤廃決定など日EUの強いパートナーシップの好例となることが続いた。
ウクライナ戦争の勃発とともに地政学的問題における連携も強化されている。ロシアのウクライナ侵攻直後、日本がすぐにEUとともに連帯を表明し、対ロ政策を変更し、厳しい対ロ制裁に参加したことは、EUにとって、正直うれしい驚きだったようである。「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という岸田総理の問いかけは、EU側要人にそのまま受け止められ、アジアにおける日本との連携も深化しつつある。
この三年在任中、最も大きな変化を感じたのはEUにおけるアジアへの理解、対中警戒感の高まりである。これは、日本の継続的な説明の効果でもあるが、EU自身、一帯一路、脅迫的措置などで中国の脅威を感じてきていること、各国企業の中国での経済活動に大きな障害があり、公平な関係が築けていないこと、アジアにおける中国の「法の支配」をゆるがす海洋での活動、国内での人権弾圧を目のあたりにしたことが大きな原因であろう。また、コロナ危機の際の、中国の行動、都市の強制的ロックダウンなどの映像が、当地でも多くの市民の目にふれ、もはや、中国が自分たちと同じ価値観をもった国ではないということが広く共有されたことも大きいと思う。このような中で、ようやくEUが、インド太平洋政策を発表して、その中で日本と同様の共通認識をもち、慎重ながらも、海洋安全保障やインフラ支援の分野などで日本や同志国と同じ方向を打ちだしたことは大きい。
仏、独、蘭、チエコのように自国の政策で日本と同じ方向のものを出してもらうことも日本にとり大いに助けになるが、内容が薄まっても27ヶ国を代表として、EUが共通の立場で日本と同じ方向のインド太平洋政策を打ち出すことの意義ははかりしれない。インド太平洋をテーマに、当時の茂木大臣が、日本の外相として初めて、EU外相理事会に参加し、その後、仏、チエコ、スウエーデンと議長国が期間中、インド太平洋をテーマにしたハイレベルの会合が開催され、当時の林外相などが参加したことも意味のあることである。日本は、EUのインド太平洋政策においても最大かつ最も緊密なパートナーとなっている。
直近では、中国について、経済安全保障での連携の必要性は、EUでは、完全に理解され、VDL委員長はこの点で日本を最も頼りにしている。これは、自らの経済安全保障戦略発表の前の日本側当局との連携、直後の総理への電話などにも如実に現れている。委員長官房の高官は、訪日しNSS関係者と協議をして、経済安全保障については、日本から学ぶことが多いとして、それを参考に、現在、法制を整備している。
前述した通り、外交、安全保障でのEUの権限は、他分野に比べて弱いことは事実である。しかしながら、ウクライナ戦争を契機にその権限は更に少しずつ強化されてきていることも間違いない。このような地政学的な問題についての日EUの連携の強化は、当然のことながら安全保障の分野での協力の深化の必要性を生む。双方の思惑もあり、今般、まずは外相レベルでの安全保障についての戦略対話を立ち上げたことの意味は大きい。EU側はいつものように情報保護協定の締結など、制度上の成果をあげるべく、日本にとって高い球を投げてきている。日本側は、より実際的なアプローチを志向するであろうが、今後の同分野でのEU権限増大を見越して「先物買い」をするという考え方も必要であろう。
このように深化する日EUパートナーシップの下、日本は、EUとどのようにつきあっていくべきであろうか?戦後の国際社会秩序を日米欧三極が支えてきたことは言をまたない。その三極は、日本にとって米との距離がもっとも近いものである。欧州にとっても同様である。しかし、昨今の国際情勢、米の政治状況の影響でその距離感も従来とかわりつつある。その中で、日本と欧州、EUの距離は急速に近づきつつあると言えよう。既存の国際機関、国際社会の中で、日本と共に英、EUの果たす役割は引き続き大きい。したがって、EUとの関係を深化させることは、双方にとり利益のあることである。それは、時として国際社会へ背を向けがちな米国をいかにつなぎ止めるか共同戦線を張るためでもある。
EU、欧州が、ようやくアジアに関心を向け、アジアの情勢、中国の実態を経済関係を超えて理解し、日本と協働し始めたことは喜ばしいことである。しかしながら、EU27国によりその理解と立場には未だ濃淡がある。また、EUや主要国もその中国への経済依存は変えられるものではなく、自国の経済的利益が優先する契機は常に存在する。今年4月のマクロン大統領の訪中、直後のプレスでの発言を見ると、EU、欧州の現在の対中認識の基盤がいかに脆弱であるかを思い知らされる。ウクライナ戦争、イスラエル・ハマスの紛争と欧州が身近な問題に気をとられて、アジアへの意識が薄れないよう引き続き日本からインプットの努力を不断に継続することが必要である。
また、EU、委員会が、あらゆる分野でのルール形成を加速していることにも日本は目を向けるのみならず、より積極的に関与すべきであろう。経済的重要性は落ちたとは上、国際ルールを作り、世界をリードするEUの知恵は驚嘆すべきものである。各分野でルールが形成されたあと、日本にとり困ることを修正させるという従来の受動的姿勢では対応できない。また、ルールそのものの前提に問題がある場合には、代替となるルールを日本が他で作り対抗していくことも必要であろう。特に環境分野では、2035年のガソリン車の新車販売中止に象徴されるような先進的なものが多い。日本国内には、どうせ実現しないとたかをくくる向きもあるが、決して油断できない。EUは最後の帳尻合わせはあるが、一度掲げた目標を下ろすことはない。この点は、日本の発想と真逆であるので、EUと付き合う時は発想を転換する必要がある。
この寄稿の中で、EU、欧州、各国と、異なった呼称を用いていることから明らかなようにEUと言っても、ブリュッセルの委員会、理事会、議会のみを相手にしているだけでは、対欧外交としては不十分であろう。その裏にある加盟国各国、その利益に基づく行動などを情報収集して見極めることが重要である。したがって、日本も外務省を司令塔に、ブリュッセルと在加盟国大使館との連携を軸に多層的な働きかけをしていくことが最も重要である。また、日本の欧州外交はEUを中核としても、EUの外に出たとはいえ、国際社会において重要な位置をしめ、日本との関係を重視する英国、今後の加盟をまつ東方の諸国、これら全体との関係とバランスの中で、構築していくことが必要であることは言をまたない。
EU日本政府代表部の役割
EUの主要機関、委員会、理事会、議会だけでも、その複雑さと不透明さは悪名高い。委員長、理事会議長という二人の指導者の権限分担も条約上のみでは、明確でなく、加盟国にとってすら、その複雑さと奮闘する毎日である。特に、委員会の下には、各省庁に対応する、総局が複数存在して、総局長の下、多数の課が存在する。職員は、各国派遣の者、委員会プロパーの者など多様である。その質は、全体として極めて高く、特に新興加盟国国民にとっては、その待遇面での特権もあり、憧れのポストである。
日本政府代表部は、まずは、これら委員会の各部局の活動をフォローし、接触、働きかけを行うことが、最大の使命である。そのためには、日々無数に出される、規則、指針等の内容が日本にどのような影響を与えるかを把握する必要がある。これは言うは容易く、行うは困難な作業である。EUの権限分野が多岐に及びその権能が増大してきており、霞ヶ関の各主要官庁から優秀な人材が代表部に派遣されている。その優秀な館員からしても相手にする委員会の組織は、霞ヶ関にもまして、巨大な官僚組織である。その弊害は、加盟国にも認識されるも、官僚組織は、日々その業務を複雑にしていく一方である。また、縦割りで横の連携が極端に少ない。代表部の役割は、その全体像を何とか把握し、日本にとり、問題があれば、適切な部局というよりは、適切なカウンターパートを如何に早くみつけ接触するかが勝負である。加えて、委員会の裏に常に加盟国があることを意識すること、そして、相手がどこの国から来ているのかを前提として押さえ、ブリュッセルの加盟国代表部と接触して情報収集することである。
特に重要なのは議長国であり、すべての情報が集中する。議長国代表部は通常本国から出張スタッフが議長国の期間常駐し、スタッフ数は通常時の二倍以上になる。しかし、極めて多忙になるので、関係者がつかまらないことが多くなる。したがって、アベイラブルであれば、小国でも大いに情報収集に役に立つので、広く各公館とあらゆるレベルで常時関係を構築しておくことが極めて有益であった。
最後にブリュッセルの地理的意義とその活用について触れたい。ブリュッセルは、欧州の首都とよばれるだけあり、欧州各国の優秀な人材のハブであり、多くのロビー活動、シンクタンクの活動が行われている。Brexit以降、欧州は、英国からのみの視点では見誤るので、大陸から見るべきであると、筆者は日本より訪れる経済界の出張者にも常に申し上げつづけた。業種によるが、ようやく多くの日本企業が、その活動の重点を大陸に移し始めているが正しい決断であると思う。どこに移すかは、分野、活動内容によるであろうが、情報の集中という面ではブリュッセルがもっともふさわしいと思う。ブリュッセルのこの様な利点から、欧州との知的交流、発信を行うには最適の場所である。在任中、日本産品の振興にも取り組んだ。欧州27ヶ国への発信のベースとしては、これほど適切な場所はない。その意味でも欧州連合日本政府代表部の役割は大きくなる一方であろう。
以上