包括的核実験禁止条約(CTBT)と安保理改革
元広島市立大学平和研究所准教授 福井康人
1.はじめに
核実験の禁止は長きに亘り核兵器の質的改良を妨げる措置として検討されて来た。そのために包括的核実験禁止条約(CTBT)はジュネーブの軍縮会議で交渉されていたものの、軍縮会議ではコンセンサス方式により決定が行われるため、インド等が反対したことからCTBT交渉は失敗に終わった。このため日本や豪州、カナダ等が中心となって努力した結果、表決が可能な国連総会において採択する方法が模索され、最終的に1998年9月10日に総会決議( A/50/1027)に添付されて採択された(賛成158、反対3、棄権5)。その後、同年9月24日に署名開放されて、橋本龍太郎総理大臣(当時)が署名式に出席した。今年はこの署名開放から25周年になるものの、残念ながらまだ未発効状態が続いている。筆者はその翌月にCTBT担当官に発令されたが、2回目の外務本省勤務の時も何故かCTBTを担当した。その後、外務省を退職してから広島市立大学広島平和研究所勤務を経て、今は東海村で研究職の仕事をしている。当時の関係者は殆ど退職しているが、嘱託勤務をされている方も僅かに残っておられる。このためCTBT勉強会にオブザーバーとして呼んで頂くなど、当時の検証専門家の方とはzoomを介して、いまでも定期的に交流がある。
ちなみにこのCTBTについては未発効状態が継続しているため、本年9月23日及び24日には、第12回発効促進会議がニューヨーク国連本部で開催され、更に安保理本会議では9月27日にCTBTについて討議が行われているので、この機会にCTBTを取り巻く国際社会の現状や関連事項を簡単に述べたいと思う。
2.CTBT発効促進会議
以前CTBT条約交渉に実際に参加しておられた某上司は、交渉が失敗するなら発効要件か現地査察の条文がその引き金になるであろうと回想しておられたのを記憶している。発効要件は確かに揉める議題と当時から関係者が予想していた難易度の高い論点である。インドは未だに国連総会第一委員会にてCTBT関連決議に反対する投票理由説明で、頻繁に自国が発効要件国に指定されていることに反対する発言をしている。条約交渉の結果、条約14条1項には、「この条約は、その附属書二に掲げるすべての国の批准書が寄託された日の後180日で効力を生ずる。(以下略)」として、潜在的に核開発能力を有する44カ国(注:当時のIAEAの作成した資料に基づき研究炉及び動力炉を有する国)が条約の附属書二に指定されている。
もっとも、核兵器国である安保理常任理事国(P5)を入れないと無意味との意見が主流であったが、さらにどの国を加えるかで意見が分かれたものの、最終的には44カ国が批准しないと発効しない厳格な発効要件が課された。当然のことながら、条約採択時に反対したインド、ブータン、リビアのなかでも、リビアは批准するなどのCTBTに対する態度の変化はあるものの、北朝鮮、インド、パキスタンは未署名のままである。それ以外にも、一部の核兵器国を含めた米国、中国、エジプト、イラン、イスラエルは署名済でも未批准であるため、この残り8カ国が批准しない限りCTBTは発効しない。
このため、条約発効には時間を要することが予見されていたので、カナダの提案等を踏まえて、最終的には条約第14条2項は、「この条約がその署名のための開放の日の後3年を経過しても効力を生じない場合には、寄託者は、既に批准書を寄託している国の過半数の要請によってこれらの国の会議を招集する。」として、同条3項以下に発効促進会議の具体的手続を定めている。筆者もウィーンのホーフブルグ宮殿で開催された第1回発効促進会議に事務方として出席したが、当時はそれでも15年くらいすればまだ条約が発効する見込みがあるかもしれないと思っていた。その後、米国上院がCTBT批准案を否決して、米国に外務政務次官や上司と一緒に出張して働きかけを行ったり、発効促進のミッションに行ったりと様々なことが思い出される(その辺りは外務省のホームページに主な過去の日本の発効即促進活動の記録が残っている。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/ctbt/archive.html)。
今年は署名開放から25年が経過し、第12回CTBT発効促進会議が開催されて、閣僚宣言も採択されたが、未だに未発効状態が続いており、国際社会の現実は厳しいということがよくわかる。
なお、同会議での日本の取組については外務省のホームページに掲載されており、全体の様子についてはCTBTO準備委員会のホームページに詳細が出ている。
外務省:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_009139.html
CTBTO:https://www.ctbto.org/press-centre/news-stories/2021/article-xiv-conference-mobilises-global-support-for-ctbt-on-25th-anniversary/
もっとも、若干、毎回同じとの印象が否めないが、これまでの北朝鮮による核実験は確実に探知され、現時点でも検証制度は確実に構築されており、秘密裏に核実験を行うのは困難なことが証明されている。よく略称でCTBTOと呼ぶ人も多いが、法的には条約が発効していないのでCTBT署名国会合決議(CTBT/MSS/RES/1)の附属に基づき設立された準備委員会のままではあるものの、それなりの成果を上げているのも事実である。職員も初期の頃にいた人はほぼ退職し、機材の更新も行われ、他方で国際監視制度の施設は約9割が完成している。
3.安保理での公式協議
他方で、国際の平和と安全に一義的な責任を有する安全保障理事会は、9月27日の安保理本会議において、「大量破壊兵器の不拡散のためのCTBT」と題する討論を開催した。記録の詳細は議事録(S/PV.8865)として既に配布されている他、CTBTO準備委のサイトにもその様子が掲載されている。
https://www.ctbto.org/press-centre/news-stories/2021/ctbto-executive-secretary-briefs-un-security-council/
しかしながら、核軍縮に熱心なアイルランドが安保理の議長国であることもあり、裏で積極的に調整した可能性もあるものの、いずれにせよ、CTBTについて推進派の議長国アイルランド、メキシコ、ノルウェーのみならず、CTBTに反対しているインド、更にはP5の核兵器国からは、既に批准している英国、フランス及びロシアに加えて、未批准の中国及び米国と、ある意味で現在のCTBTを取り巻く国際社会を理解する上で主要な国が発言しており、筆者にはCTBT発効促進会議の閣僚宣言からは読み取れない現実が伺われて非常に興味深く思われた。
会議冒頭に、中満泉国連軍縮部長が基調講演を行った後に、フロイド新CTBTO準備委員会・暫定技術事務局長がCTBT準備委員会の活動についてのブリーフィングを行った。先ほど紹介したグルーピングの中でCTBTを推進しようとする国は、基本的には発効促進会議と同じようなラインで発言している。但し、メキシコはCTBT交渉の際も積極的に交渉した国であるが、CTBTの重要性を強調しつつも、次回の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議及び核兵器禁止条約第1回締約国会議の開催にも言及し、こうした法的文書の相互関係を示唆している。もっとも、ノルウェーは保守政権に代わったためか、核兵器禁止条約には言及せずに第10回NPT運用検討会議が重要な役割を果たすことのみ言及して、CTBTの貢献可能性に言及しており、議長国アイルランドも核兵器禁止条約には一切言及していない。
また、インドは同国の核兵器のない世界の創設にコミットしており、ステップ・バイ・ステップ・アプローチを支持し、普遍的なコミットメントに裏付けられた全世界的かつ非差別的な多数国間の枠組みにより、それが実現可能であるとする。その前提でCTBTについては主要な点で懸念を有しているものの、核実験モラトリアムには参加しており、「唯一の軍縮交渉機関」である軍縮会議での、シャノン・マンデート(1995年に合意済みの交渉マンデート。CD/1299)をベースにした兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)交渉にも応じる用意があるとし、他の輸出管理レジームにも参加していると、まるで隣国のライバルであるパキスタンをけん制するが如く発言している。
更に核兵器国を見ると、まずロシアはプーチン大統領がCTBT署名開放25周年を記念するステートメントを発出したことを紹介しつつ、未発効の事実や近年の新たな技術の出現が不拡散体制を脅かしかねないとする。フランスは従前からの発言であるが、ポリネシアの核実験場を廃棄した事実を含めて同国のCTBTに対する取組を述べている。米国は自国の実施している核兵器関連実験を念頭においてか、爆発力を伴わない核実験のモラトリアムの継続を強調している。中国も特に新たなことは述べていない。このように安保理でのCTBT討論は、CTBTを取り巻く国際社会を如実に反映していて、発効促進会議よりも興味深い真の姿が伺える。
4.おわりに
ちなみに南アフリカとイタリアは、安保理暫定手続規則37に従い特別に招聘されて同会合に参加している。理事国以外の国は利害関係があると認定された上で、招聘されないと発言できない。日本は唯一の戦争被爆国であり、これまでCTBTを含む核軍縮・核不拡散に多大な貢献をしてきたにも拘らず、参加が認められず発言が出来ない状況にある。また、現時点では非常任理事国に選ばれないと参加できない国とP5との間で相当な差別待遇があるのが実情である。安保理会合を巡っては非常任理事国に選出されないと活動が制限されるので、日本にとり安保理改革は非常に重要である。
折しも本年の国連総会ハイレベル会合の際には菅前総理と茂木外相がニューヨーク滞在中に主要国との二国間会談を精力的にこなされ、各種会合にも積極的に参加されたのは、安保理改革を少しでも早く実現させるために重要であり、コロナの影響もある中で最大限の努力をされた関係者に、心から敬意を表したい。
本稿ではCTBT関連の最近の動きを紹介させて頂いたが、その陰には核実験の実施が「国際の平和と安全」を脅かすので、正にCTBTに関連する問題は安保理が取り扱うべき事項でもある。これまでも北朝鮮が核実験を行う度に、直ちに議長声明を発出し、核実験を非難するとともに経済制裁を課す安保理決議を採択してきたが、今回のように日本の関与が現実には制限されることもあるのは事実である。このため、今般の安保理改革を念頭に置いた日本の国連外交は時宜を得たものであり、いずれ成功することを強く期待している。