余談雑談(第140回)初志貫徹
元駐タイ大使 恩田 宗
雑誌でこんな文章を見かけた。「僕は子供の頃から新しもの好きである。とにかく新しいものが好きで……」。彼は子供の頃「新しもの好きね」と言われて自分でもそう思い込みそのように振る舞いそうなったのだと思う。人間は可塑性の高い無色の状態で生まれる。性格も遺伝で決まる確率は半分以下でより大きくは幼年期の経験を通じ形成されるという。心理学の本に人は幼い頃自分で深層心理に書き込んだ脚本に従い人生を歩むとあった。お笑いキャラを与えられた子はそのキャラに合うように生きるという。伝統芸能の父子相伝もそれで機能している。
トロイ発掘のH・シュリーマンは、自伝の中に、子供の頃父親からホメロスのトロイ戦争物語を聞かされそれが実話だと思い将来その遺跡を発掘すると皆に誓った、それからは人生の前半を資金の蓄積と古典語や考古学の学習に当て、人生後半に現地を探索し長年の望みを果たした、と書いている。初志貫徹を絵に書いたような成功物語である。フロイドは「最も羨むべき人生を送った人だ」と感嘆している。しかし、近年の調査では彼がトロイの発掘を思い立ったのは巨富を築いた後の46歳の時で現地を漫遊旅行した際のことだったという。このよく売れた自伝を書いた頃には彼はトロイ発掘の功績で既にあり余る賞賛と名誉を得ていたがそれに加え人生も美しく一貫していたと人々に思って欲しかったのである。彼は手紙や日記にも色々嘘を書くという病的な虚言癖があったらしい。
野口英世は本物の初志貫徹をした。3歳の時左手を火傷し母親に幼い頃から百姓は無理だから学問で身を立てるようにと言われ17の時医者になるため上京した。睡眠を3時間に絞りがむしゃらに勉強し最短コースで医師試験を突破したがすぐ金になる郷里での開業を選ばず医学研究の道に進んだ。貧乏に苦しんだが誰彼なく人の好意を利用してしのいだ。金銭感覚が破綻していて貯蓄が出来ず折角貰った金も気分次第で遊興に浪費しいつも弊衣蓬髪で過していた。袴は必要な時借りてすましたらしい。婚約相手の家から念願の渡米のための経費3百円を貰った時も仲間との別離の宴で使ってしまった。泣きつく彼に彼の才能を愛し終生支援を続けた血脇守之助が高利貸から調達し乗船切符にして手渡し「天与の英才か只の背徳漢かこれからで決まる」と諭したという。滞米が長引き婚約を破棄したが偉大な業績を挙げ世界にその英才を認めさせた。
二人共語学に秀でていた。シュリーマンは十数ヶ国語に通じロシアで財を成しアラビア語はコーランを自在に暗唱した。野口は英仏独を独学で習得し当時の医学生としては異彩を放っていたという。ただ発音は東北弁の自己流で米国では牛が喋っているようだと言われたらしい。