余談雑談(第133回)資本主義の在り方
元駐タイ大使 恩田 宗
新聞に「ライオン十万円 猫より安い」とあった。猫がそれより高い値で売られているらしい。商品化されたライオンには百獣の王の面影はない。資本は何でも商品化する。米国では低所得者に対する住宅ローンの債権まで商品化しそれを無軌道に売買して大恐慌以来の金融破綻を招いた。2008年のことで資本主義の危機だと叫ばれた。
その5年後、フランスの経済学者T・ピケティが「21世紀の資本」を著わした。資本の収益率は資本市場が完全になればなるほど上昇する、資本は経済全体(生産や所得)の成長率より高い率で利潤を生むので資本の所有者は資産を急速に増大させる、その結果民主主義の基本である平等の理念や能力主義的価値観に反する耐えがたい貧冨の格差が生じる、と警告し反響を呼んだ。
少数者に冨が集中する格差の問題は1970年代から指摘されていたがレーガンとサッチャーの80年代は貧困は問題だが所得の不平等自体は悪くないとして新自由主義が推進された。ソ連の崩壊もあり貪欲(グリード・)肯定(ワークス)の思想がはびこり富者は益々富み労働者の賃銀は停滞した。2010年には世界の富豪400人の資産が人類下半分の総資産と同じになり、長者リストの20位までの資産が上は1人500億ドル台下は200億ドルにもなった。 それが2020年の11月6日には上が1900億ドル下は500億ドルヘと増大している。単純平均で1人年55億ドルの増大である。
年に55億ドルの収入増では贅沢や慈善では使いきれない。再投資され失敗がなければ資産は更に増える。マルクスの資本論に資本は本質的に増殖するとあるらしいが正にその通りである。ピケティ他の論者は富者ヘの増税で富の再配分を図るべしというが富裕層の政治力は強く実現は望めない。国際的な抜け道も多いので現行の制度の下では冨の再配分は難しい。
著名な米資本家が「富裕な人は(危機の)今も冨を増やしている」と語っている。フランスの大企業LVMHの会長 (個人資産960億ドル) は自社株が下がっていてもより下がった優良企業を買収しているという。米国経済は製造業中心から金融とデジ夕ル技術中心の勝者総取り方式の経済になり社会の中核たる中間層はこの50年で6割から5割に縮小してしまった。ノーベル賞経済学者のクルーグマンとスティグリッツは今の事態をこう断じている。前者は、株価は史上最髙だが失業者は1400万人で貧困が深刻化している、金融市場はもう実体経済と繋がっていない、と。 後者は、このままでは不平等・不公正の状況が悪化する、金融市場と資本主義の本質を変える必要がある、と。日本の長者は柳井正・滝崎武光・孫正義ほか数は少ない。経営者ヘの報酬はよその国よりまだ低く従業員への気配りもなされている。衡平を求める日本人の気風に合う資本主義を模索し続けるべきである。
(注)このホームページに掲載された「余談雑談」の最初の100回分は、『大使館の庭』と題する一冊の書籍(2022年4月発行、ロギカ書房)にまとめてあります。