余談雑談(第122回)広告と小説

元駐タイ大使 恩田 宗

 会社や商品を宣伝する語句や文章の創作を専門にする職業は19世紀末に米国で生まれたという。日本では高度成長期に戦後生まれの人気コピー・ライター達が一行何十万円などともて囃されるようになり専門の職種として定着したらしい。彼等の青春時代の1960年代にはフォルクス・ワーゲンのカブトムシがJ・ケーニグ作のThink Smallのキャッチ・コピーで大型車優勢の米国市場へ参入しつつあった。このカブトムシの広報活動は1999年に20世紀最優秀の広告キャンペーンだったと表彰された程画期的成功を収めた。日本では1980年代になり西武百貨店が「じぶん、新発見」「おいしい生活」などというコピーで客を集めていた。「ほしいものが、ほしいわ」も同じコピー・ライターの作であるが何ともない普通の言葉を常識にない形で組み合わせ微妙な違和感を創出し人の気を惹く技法を使っている。日本のコピー作成教本を見ると①強く短く言い切り②「何で?」という気持ちを抱かせ注目を引き③自分に関係あると思わせる、と書いてある。全て米国に学んだものであるが使い続けると飽きられる。西武は同じライターの作品で毎年取り替えていた。言葉への人間の無意識的で瞬間的な反応を利用する広告コピーの世界は日本も米国と変わりない。

 言葉を使う作品でも小説になると美意識や世界観が関わってくるので国により事情が異なる。D・キーンは著書「日本文学を読む愉しみ」の冒頭で日本人の美意識は「暗示Suggestion」「不均整irregularity」「簡素simplicity」「無常perishability」を好む点で欧米人と違うと書いている。特に、うつろい亡びゆくものに特異な美を見出し満開の花の美しさよりそれが散る様のはかなさに惹きつけられそれを愉しみ望みさえもするのは日本人が最初である、と言う。唯一絶対神の存在とその神のこの世への関与を信じる人達とこの世は空しく確かなものは何もないと考える伝統のある国では美意識が異なって当然である。

 然し彼は暗示、不均整、簡素は西欧の美の常識に反するが理解はできるものであり感動しないことはなく最近は模倣もしているとも言っている。今の日本人の考え方や趣味は西欧人のそれとあまり変わらなくなっていると思う。最近のJapan Times紙はサンフランシスコの書店の推薦書棚に小川洋子、川上弘美、村田沙耶香、小山田浩子などの日本人女性の小説が並んでいると報じこれをどう見るか二人の文芸評論家が同紙上で議論している。二十世紀の初めの漱石・鴎外から始まり三島・大江に終わる70年間は日本文学のルネッサンスとでも言うべきである、その時期に対比できるような文学的な盛り上がりの戸口が開いたと見るのは当たらない、村上春樹や女性作家の作品は翻訳され広く読まれてはいるが国際的に比較して突出している訳ではない、ということのようである。日本で一般に売れている小説が翻訳さえされれば外国でも一般に売れるようになったことは日本文学が世界の文学に合流し始めたということになる。