余談雑談(第121回)女言葉

元駐タイ大使 恩田 宗

 「兼高かおる世界の旅」は日本人がまだ自由に外国に出られなかった1959年に始まり高校生が海外に修学旅行をするようになる1990年までの30年間日本人の海外への憧れと知識欲に応えた人気番組だった。案内をする兼高かおるは丁寧で上品な話し方をする人でもうあのように柔らかい女言葉で明晰かつ的確に話す人はテレビでは見られなくなった。ラ・ロッシュフーコーは頭脳明敏な女性の話しぶりは男性のそれに勝ると言っているが正にその通りだと思わせた。 

 男女の職場での言葉遣いの違いについて平成初期の統計がある。小中高の男性教師の約50%は生徒を呼ぶのに姓又は名前を呼び捨てにしていたのに対し女性教師は30~40%だったという。逆にクン・サンを付けていたのは前者が約20%後者が約40%だった。今はもうその男女の違いがなくなりつつあるらしい。

 職場での話し言葉では違いがなくなっても私的な場面では女性はまだ女言葉で話している。金原ひとみの小説「蛇にピアス」の女主人公は金髪で顔にピアスのパンク・ギャルだが敬語はめったに口にしないものの「・・わよ」「でも・・」「・・の」などと女言葉を使っている。書き言葉では論文など公開の文章では男女で違いはなくなったが私信などでは女性は女性と分かる書き方をしている。

 日本語の女言葉は尊敬語・謙譲語・丁寧語・美化語を多く使いワ・ヨなどの終助詞や女性用人称代名詞を使う。下品な言葉を避け婉曲にものを言い感情表現を誇張する。敬語は男も使う。話し相手との上下関係や間柄の親疎に応じ機敏に言葉を使い分ける能力は男の方が高いらしいが、女性は状況に関わりなく常に丁寧な言葉遣いをし相手との心理的距離を微妙に調整しつつ摩擦を未然に防いでいる。

 落語や滑稽本に出てくる江戸庶民の女は男と変わらぬ話し方をしている。然し武家や上流町人の間では女性は丁寧に柔らかく話すことが望ましいとされていた。「女の言葉」(堀井令以知)によると江戸中期以後の良家の女性の話し言葉には御所の女房ことばが多く入っているという。上品にと上を真似た結果である。あの時代は衣服や話し方にも階級別に決まりがあったが女言葉には上下の壁はなかったらしい。女性が使うワ・ヨなどの終助詞の起源は明治の上級階級の女子学生が話していたテヨ・ダワ言葉だという。 

 英語にも女性らしい話し方というものはある。1960~70年代の米国の女性解放運動は女性達にそうした話し方の放棄を促した。最近は考え方が色々である。人気のフェミニスト雑誌BUSTは女性は男性と必ずしも同じことをする必要はなく女性らしさも大切にするべきだと編み物などを勧めている。

 三島由紀夫は「女の言葉づかひだけは(末永く)女らしくあってほしい」と言っていた。今の女言葉は彼の望んだ程女らしくないかもしれないが雛祭や成人式の着物姿などの慣習は残っている。女性の心に時には女らしさを表現したいとの思いが宿り続けると思う。彼女達が女言葉自体を手放すことはないのではないか。