佐野利男著『核兵器禁止条約は日本を守れるか』(信山社、2022年)
日本国際問題研究所理事長 佐々江賢一郎
本書は、核軍縮・軍備管理をめぐるこれまでの歩みを振り返りつつ、人類の目標としての核兵器廃絶と主権国家が抱えている安全保障上の要求との相克について、現場を経験した外交官の視点から分析し、今後我々がとるべきアプローチについて専門家としての率直な見解を述べ、提言を行っている。
とりわけ、昨今注目を集めている核兵器禁止条約について、近年の核軍縮の停滞やNPT体制上の義務を十分履行しない主要核兵器国に対する多くの諸国の不満などその背景を理解しつつも、その規範的アプローチが核兵器保有国あるいはその拡大抑止に依存する諸国の安全保障上の懸念に応え得ない非現実的なものとして批判的な分析、見解を表明している。核兵器禁止条約が諸国の分断を招来しているとの位置づけである。
著者は、核軍縮さらには廃絶への道筋は、いかに困難でもステップ・バイ・ステップで信頼醸成を育みながら現実的な措置を積み上げていくしかないという「漸進的アプローチ」を強く唱道している。この関連で、核兵器国が「ギリギリ飲み込める」措置を追求していくことが重要だが、その時点での国際情勢、とりわけ米国、ロシア及び中国といった核大国の協調関係がなければ、これもまた困難であるとの厳しい現実認識を述べている。また、これまで議論や各種イニシアティブの対象となってきている核兵器の役割やリスク低減の在り方についても、その効果と限界、検証や不可逆性といった問題点について論じている。
本書で、特に注目してよいと思われるのは、今後インド太平洋地域で中国の核、ミサイル、さらにはサイバー、宇宙の分野で軍備拡張が予見される中で、いかにして米露中の3か国による軍備管理交渉を実現するかについて、その具体的ステップを提案していることである。現在までのところ中国はその核戦力が全体として米露に劣っているとして交渉に応じる姿勢を見せておらず、その困難性は十分予想されるところである。また核抑止力強化が優先の今の状況下で将来の軍備管理・軍縮を議論することの妥当性を疑問視する意見もあり得よう。しかし中国といえども無制限に軍備を拡張して時代の悪役になり、その国富を無駄に費やすことの合理性に目を向ける時も来るかもしれない。いずれにせよ、逆説的はあるが、軍拡の時代にはその出口としての軍縮戦略もまた思考する必要があるだろう。その意味で本書のような提言を含め、中国が自らの軍備管理・軍縮に参加することが自らの利益に資すると納得していく方途につき、より活発な議論が行われることが期待される。
本書は、核兵器禁止派、核抑止力低減反対派或いは中間派のいずれの立場の人々にとっても、互いの立場を理解し、今一度その妥当性を検証してみる良い材料を提供している。また専門的課題を比較的わかりやすく解説しているので、関心を有する一般の方々やなぜ核廃絶や禁止が難しいか疑問に思う若い諸君にも有益であろう。
著者の佐野利男氏は、互いに外務省に勤めていた頃の同僚である。軍備管理・軍縮問題でジュネーブ軍縮代表部大使として活躍され、今原子力委員会委員をされている。本書が広く読まれることにより、軍縮問題についてより理解が広まることを心から願う。