中国とアメリカに関する最近の世論調査結果と私の視点
外務省参与、和歌山大学客員教授、元駐グアテマラ大使 川原 英一
2021年6月、Pew Research Centerが、中国及びアメリカについて、17か国・地域で実施された世論調査の結果を公表(*)し、一部メディアで紹介された。本稿ではこの調査結果のハイライト、背景事情などにつき、個人的見方を紹介したい。(*出所 Pew Research Center report 2021.6.30. Majorities Say China Does Not Respect the Personal Freedoms of Its People | Pew Research Center)
上記の世論調査は、毎年、実施されている。調査対象となった国及び地域では、言論の自由があり、民主主義国家である。他方、調査対象国に、中国と国境紛争で対立するインドや中国の影響力が増す中南米・アフリカの主要国であるブラジル、メキシコ、南アなどはカバーしていない。中国では、米世論調査会社が独自の調査を行うことが規制されていて実施出来ない。調査の対象となった各国では、報道の自由があり、国民が自国政府の政策の透明性を確保する手段があり、他国の情報に直接に接することが出来る。また、各国政府がこの調査に介入しない。こうした条件の上で、実際された世論調査の結果から、各国民の意識・感情を容易に知ることができる。なお、コロナ禍で、実施方法が、対面式から電話によるインタビューに変更されている。
◆米大統領への信頼度が急激に改善
特筆すべきは、バイデン政権が誕生して3か月程度で行われた今回の調査結果を、昨年同時期の調査結果と比較してみたグラフである。新政権になって各国国民からの信頼度が飛躍的に改善している(Source:Spring 2021 Global Attitudes Survey, Pew Research Center)。大きく変化した理由は、2月4日にバイデン大統領が就任後初めての外交方針スピーチを国務省職員に語りかけた言葉(”America is back”, ”Diplomacy is back”)に象徴されている。新政権が伝統的アメリカ外交に復帰し、世界の指導者として、かじ取りを始めたことを、各国の国民世論が歓迎している。 (https://youtu.be/C9sCK–sXxU?t=200)
◆習国家主席とバイデン大統領の信頼度比較
今年に入ってからバイデン大統領と習国家主席に対し、各国国民がどう感じているのかを示すグラフは興味深い。 国際問題への対応振りについて、バイデン大統領と習国家主席とを対比する形で、両者の信頼度を一つのグラフに示している。バイデン大統領への信頼度が全ての国で高く、最高は86%(オランダ)、最低で60%(米国)であり、米国内より国外での信頼度が高いことが興味深い。
対照的に習国家主席への信頼度は、総じて低い。信頼度が最低であった日本は10%、アメリカは15%、豪及び独は16%、英、NZは24%である。シンガポールだけが、習主席への信頼度が70%と例外的に高く、バイデン大統領への信頼度との間で差はない。さらに、バイデン氏と習氏の信頼率の差を同じグラフ右端にポイントで示している。米国でのバイデン信頼率60%に対し、習主席は15%でその差が45ポイントであった。最も支持率の差が大きいのは、スウェーデンの73ポイント差であり、次いで日本の63ポイント、独62ポイント、オランダ61ポイント、カナダ・ベルギー・豪は同じ59ポイント。仏(56)、西(53)、韓国(52)、イタリア(51)、NZ(50),英(48)、米(45)、ギリシャ(31)である。注目されるのは、シンガポールの世論調査結果である。
シンガポールにとり、安全保障や外国投資受け入れの観点からは、アメリカが最重要国である。他方、最大の貿易相手国は中国である。シンガポールは多人種の都市国家であり、その中で、元々、中国南部からの移民が多かったことから、中国との結びつきに親近感を持つ多くの国民がおり、世論調査にも反映されたと思われる。今年3月、リー同国首相が、BBC記者とのインタビューの中で、中国の力による台頭の行方に懸念を示しつつ、他方、米中対立が今後高まり、どちらの側に味方するかの選択を問われる事態になるのは回避したいとの正直な気持ちを述べていた(※)。調査対象には入っていないが、中国への貿易依存度の高い他ASEAN諸国でも似た事情があると推測される。
(※Singapore PM: ‘Considerable risk’ of severe US-China tensions – BBC News)
スウェーデンは、1950年5月に中国といち早く外交関係を樹立した国である。しかし、今の中国に対して厳しい見方を回答した国民が多い。その背景には、過去の出来事、例えば、中国に批判的記事を載せたスウェーデンメディアには中国駐在記者証の発給をしない例、又、中国が昨年6月、香港に国家安全維持法を実施したことに対して、人権意識の高いアメリカ、EU諸国と共に批判している事情を反映していると思えばわかりやすい。
◆習国家主席の国際問題への対応への信頼度
習主席への信頼度は、多くの国で圧倒的に低い。しかし、シンガポールでは習主席への信頼感が7割と例外的に高い。2番目に高いのはギリシャ(36%)である。
最近、中国とギリシャとの関係が緊密になりつつある。その象徴例として、2019年11月の習国家主席のギリシャ訪問がある。ギリシャは、長年にわたり財政赤字問題を抱え、EUの中で最悪の赤字財政国家であった。中国は一帯一路構想(OBOR)の中で、欧州との陸・海運の中継地としてのギリシャを重視していると報じられている。19年11月、中国国有の大手海運企業である、中国遠洋海運集団(コスコ・グループ)が、多額の資金を投入しアテネ郊外のピレウス港の拡張を進めている。また、「同港の輸送力を高めて中国と欧州を結ぶ陸・海の物流の能力を拡大したい*」と、同年7月に就任したばかりのミツォタキス(Mitsotakis)ギリシャ首相との会談後に習主席が発言したことが報じられている。(*https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52024380R11C19A1910M00/)
◆評価が高まる中国によるコロナ対応
中国のコロナ対応についての評価がこの1年の間に高まっている。全ての対象国で中国の評価が前年の評価より高くなっている。その背景として、中国国内のコロナ感染者発生後、ロックダウンを実施して後、この1年間に公表された感染者数が極めて少ないことが挙げられよう。アメリカや欧州などで、新規感染者数が今でも高いことと比較すれば、その違いは顕著である。
御記憶をされている方もおられるだろうが、アメリカや豪などが提案し、昨年5月のWHO総会で議論があった、コロナ発生源に関するWHO専門家による中国現地での調査については、中国側との調整が長引いて、発生から1年以上経過した2021年2月に、中国との共同調査の形で実施された。WHO調査団への元データの提供がなかったケースや、報告書に中国側見解も反映された結果となった。今年3月末に公表されたWHO専門家報告書に対し、日・米・豪・韓・欧州諸国など14か国が、公正で透明性のある科学的調査が必要なこと、専門家主導による迅速な調査実施体制の強化などを要望する共同声明が出された。こうした調査をめぐる対立がメディアで報じられてはいたが、今回の世論調査結果にあまり反映されなかったように思われる。
ワクチン外交
国際的なワクチン不足の中で、中国が各国へワクチンを提供しており、約80か国への支援と40数か国への輸出を併せれば3億回分のワクチンを提供したと報じられている。ワクチンを手に入れたくても、アメリカやEUは、しばらく前まで、国内接種を優先し、輸出を規制していた。その中で、ワクチンの効果が欧米産のワクチンより低くとも、中国からのワクチン提供を歓迎した国は多いと思われる。なかにはワクチン提供と引き換えに、台湾から中国への外交関係の変更を迫られた国が中南米地域であったと報じられている。
今年6月中旬、英コーンウォールで開催された先進7か国首脳会議(G7 Summit)は、アメリカの5億回分を含め7か国で10億回分のワクチン追加提供の意図を表明している(*)。この約束の早期実現への期待は大きい。(* https://youtu.be/EexxniXsRm0?t=127)
6月2日に日本とGaviの共同で開催したCOVAXサミット(※)で、世界人口の3割をカバーするワクチン18億回分、82億ドルの目的達成のため、日本は、追加拠出分と併せて計10億ドルの拠出を表明済。(※COVAXは新型コロナワクチンを共同購入し途上国などに分配する国際的枠組み。Outcome of the COVAX AMC Summit | Ministry of Foreign Affairs of Japan (mofa.go.jp))
また、同サミットで菅総理は、日本で生産したワクチン3千万回分を途上国へCOVAX経由で供与することを発表している。右発表を受けて、7月中旬迄に、日本から台湾、ASEAN(越、比、タイ、マレーシア、インドネシア)へのワクチン輸送を実施した。又、今年7月2日に開催した太平洋島嶼国と日本との首脳会議(the 9th Pacific Islands Leaders Meeting)において、日本から300万回分のワクチンを今年末までに提供することを表明した。
◆世論が分かれる中国との関係
中国との関係について、経済関係と人権問題のどちらをより優先するかとの問いに対するアジア・太平洋地域内各国の調査結果がある。人権問題より経済関係強化を優先する韓国(57%)、シンガポール(55%)と、経済関係を損なうことになっても中国における人権の尊重を優先するのが、NZ(80%),豪(78)、アメリカ(70)、日本(54)である。
韓国については、歴史的過去や中国が最大輸入国である現状が国民の心理にも反映されたのであろう。2017年、韓国にアメリカ製の高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を配備したことに反対した中国が、韓国に経済制裁を行い、韓国企業が中国市場から撤退を余儀なくされるという経済・貿易面で、大きな痛手を受けた経験がある。他方、安全保障面では、朝鮮戦争以来、同盟国アメリカと共に戦う関係であり、韓国の対中関係は微妙なバランスの上に立っていると思われる。又、文大統領は習主席の訪韓に熱心であり、北朝鮮との南北統一を願っていると報じられている。韓国国民には特別な感情がありそうである。
日本にとっても中国は最大貿易相手国であり、経済界から関係改善を期待する声がある。日本は、国内世論を味方につけながら、同盟関係にあるアメリカや同じ価値観を有するEU、インド太平洋諸国と連携して、中国に対応していくため大きな戦略を進めているように思われる。
◆中国は個人の自由を無視
中国では個人の自由が無視されているかとの問いに対して「Yes」と回答した比率が圧倒的に高い。スウェーデンの95%、韓国の92%、豪・オランダの91%、アメリカ・日本の90%、イタリア、ベルギー、NZ・スペイン、独、英、仏(83%)、ギリシャの75%と続く。注目は、シンガポールでは60%が無視していると答えたのに対し、逆に中国が自由を尊重しているとみる人の比率が35%と比較的高い。
民主国家であれば、国民が言論の自由や人権抑圧に関して敏感な反応を示すのは当然と思われる。昨年6月の香港に対する国家安全維持法の実施について、日本も含め米欧の多くの国が強い懸念や批判を表明している。特に、英は、国家安全維持法の施行に反対しており、約500万人の香港住民を、英海外市民(British Nationals Overseas)としての受け入れを進めている。特別査証の申請者が、当局の監視対象となることを避けるため、ネットで申請することが出来、最近の報道(※)によれば、既に約3万6千人が申請済みである。 (※ https://www.bbc.com/news/uk-57744847)
今年7月1日に共産党創立100周年を迎え、権威主義的な体制を維持しながら強国への道を突き進む中国にとって、今後、米国をはじめとする民主主義国との対立がさらに深まる可能性があろう。未曾有の情報戦が繰り広げられている中で、各国の世論が中国の今後の動きに対する評価をどのように変化させていくのか、非常に興味深い。
(注:本稿内容は、Pew Research Centerが最近公表した世論調査の結果に基づき、筆者個人の視点からの見解である。2021年7月16日記)