ベナン:豊かな文化が香る西アフリカ市場の玄関口


前駐ベナン大使 小西淳文

1.豊かな文化・芸術と歴史的文化遺産の返還
 ベナンは、人口1,150万人、日本の約3分の1の国土面積を持つ西アフリカの国です。ベナンでは1600年から1900年まで13代にわたり栄えたアボメ王国の伝統もあり,豊かな文化が今日まで続いています。また,奴隷の子孫が中南米から持ち込んだ文化とも融合し,多様な文化が国内各地域に広く行き渡っています。この地域固有のアニミズムであるブードゥー教には,「祈りの術」としての宗教的側面と「祭り」を楽しむという日常的側面があります。この祭りは伝統的衣装や装飾品,デフォルメされたマスクを身につけ踊り歌うというものであり,ザンベドやエグングンなどの仮装なども加わり,外国人にも楽しみを与えてくれる観光資源の一つとなっています。

(写真①ザンベド:中に人が入っていますが誰にも見えない神様としての扱いを受ける)

 2018年6月,タロン大統領はパリのユネスコ本部で「文化遺産の循環:新たな展望とは」と題した基調演説をし,その後フランス政府との間で,植民地時代に不当に搬出された文化遺産のうち28品目の返還交渉をとりまとめました。この交渉の成功は周辺国にも広く波及するものと思います。

(写真② アボメ王国の各王の象徴とされたRICADE(杖)のひとつ。写真は現代のもの)
(写真③ 外務・協力省ロビーに展示されたDominique ZINKPE氏の彫像)

 欧米で評価が高い優れた芸術家も多く,ベナン外務・協力省のロビーは芸術作品の展示場となっており,定期的に作品の入れ替えが行われています。

2.ベナン社会・経済が抱える構造的課題
(1)社会構造の課題
 ベナンやギニア湾岸諸国では,陸路南下してきたイスラム教が北部地域で浸透した後に,キリスト教が沿岸部から北上して拡がっています。さらにベナンではブードゥーに代表される地域固有のアニミズムもあり,外来の宗教と共存しています。
 住民の移動もあって都市部ではイスラム教徒とキリスト教徒が共存しているものの,北部のイスラム教,南部のキリスト教という構図は依然として残っており,経済に地理的優位を占める南部の沿岸部とハンデを負わざるを得ない北部の内陸部との経済格差が宗教間の格差として捉えられ,社会不安を引き起こす誘因の一つとなっています。宗教間対話や他宗教に対する寛容さの重要性が様々な場で強調され,国家としての統一を維持するための市民の連帯が重視される由縁でもあります。なお,ベナン国内には約50もの民族がいますが諍いもなくお互いに共存しています。
 他方,これも西アフリカ地域固有の構造的課題ですが,乾期に水を求めて南下する遊牧民と農耕民との諍いが絶えず,殺人に至る事案も起こっています。人口増による食糧増産の要請に応えるため,遊牧民がかつて利用していた放牧地へ農地が拡大され続けているのがその原因のひとつになっています。
 さらに,ブルキナファソやニジェールとの国境にあるパンジャリ国立公園及びW国立公園近辺には狩猟民が定住しており,その生活のために象牙やセンザンコウのうろこ,豹などの毛皮を密猟する事例が絶えません。政府は密猟者を摘発し,禁制品を没収・焼却していますが,狩猟民にとっては生活の糧を得るための手段が密猟の他に少ないこともあって,根本的な解決にはなっていません。

(写真④ 伝統的狩猟民 Jean-Dominique BURTON氏撮影)

 また,これらの地域周辺はブルキナファソのテロリスト掃討作戦から逃れたテロリストの避難場所ともなっているようです。ベナン国内では幸いにしてテロ事件は発生していませんが,その可能性はぬぐえません。実際,アラブ諸国などから帰国したイマームの中には過激思想をあおるような説教を行う者も散見され,そのようなベナン人イマームは政府の監視下に置かれています。また,北部国境地帯の村落の貧困がテロリスト集団への加入の動機になっていることもあり,ベナン政府は国境管理局を創設し,北部国境地帯への支援を強化しようとしていますがその予算や体制・人員は極端に少ないままです。このような状況下で,フランスやドイツ,EU,アメリカ等はNGO等を介してこの辺境地域への支援に一定程度の割合を割いています。
 トーゴ,ブルキナファソ,ニジェール,ナイジェリアの4カ国と陸路接しているベナンの国境管理体制は極めて脆弱ですし,国境をまたいだ両国地域には同じ民族が居住しており日常的に自由に行き来しています。このような状況下で麻薬の密輸事件が摘発されることも絶えません。そのもう一つの原因としてはコトヌ港の輸入品管理の粗雑さがあげられます。中南米から船積みされた麻薬がコトヌ港で陸揚げされ,ナイジェリアに向かうのです。
また,インドやナイジェリアで製造された違法医薬品の地域内流通も甚だしく、ベナン政府は2018年4月,ジュネーブで開かれた「アフリカ仏語圏における質の高い医薬品に係る国際会議」でタロン大統領自らが基調講演し,国内では医薬品流通に対し徹底した取り締りを行いました。

(2)経済構造の課題
 経済活動においては,産業の多角化が行われてこなかったために,雇用の受け皿が極めて小さく就業適齢者の雇用率は10%もありません。これに年平均2.8%の人口増加が雇用状況の悪化に拍車をかけています。多くの若者がより良い生活を求めて機会があれば国を離れたいと思っています。実際,海外在住ベナン人は欧米のみならず近隣国も併せ約50万人に上っており,彼らの送金額は海外からの金融・資本収支の35%にもなっています。
 2019年7月,ニアメで開催された第12回AU臨時首脳会議でアフリカ大陸自由貿易協定にベナン,ナイジェリアが署名し,同協定が発効することになりました。コトヌ港の陸揚げ品のうち約70%が北部内陸国やナイジェリアに再輸出されています。国内産品も含めると全輸出品目の約50%は経済規模がベナンの50倍もあるナイジェリア向けです。この協定は中継貿易国家でもあるベナンにとっては追い風となるはずであったのですが,2019年8月,ナイジェリアは密輸対策の不徹底及び国内産業の保護を理由として,すべての隣接国との陸路国境において物品の越境管理を強化しました。これに今年3月からのコロナウイルス対策によるナイジェリアへの入国禁止措置が追い打ちをかけています。2016年4月のタロン政権発足以来,好調な農業生産と徹底した行財政改革により6~7%で推移してきた国民総生産もこの影響を受け,IMFは3%あるいはそれ以下に落ち込むとみています。

3.タロン政権によるダイナミックな行財政改革の推進
 2016年4月の政権発足後,タロン大統領の強いイニシアティブのもとで行財政改革が矢継ぎ早に行われています。この結果,スタンダード&プアーズは2018年7月,マクロ経済管理がめざましく改善しているとして,ベナンのソブリン格付け(自国通貨:長期)を「B,安定」から「B+,安定」に上方修正し,今日に至っています。この上方修正の理由として挙げられた具体的な行財政改革の内容は次のとおりです。
(1)国家財政の正常化をめざした増収策の導入
(2)支出削減関連法案の着実な採択・施行
(3)税関や税務手続きの厳格化・迅速化
(法人税・所得税徴収についてはコンピューター処理システムを導入)
(4)政府支出予算を削減するための非効率な公企業体の解体や民営化の推進
(5)公企業体に対する監査機能の強化による無駄な経費の削減
(6)公金の流用や横領の処罰の厳罰化による汚職対策や公務員モラル向上教育の実施
 特筆すべきこととして,2018年8月,経済犯罪・テロ取締裁判所(CRIET)を設立し,迅速な審議を進め,審判を下すようになったため,官吏や警官による賄賂の要求等はほとんど見られなくなっています。
この高評価に先立ち,IMFは同年3月にベナンをSDGsの達成に向けた優先的資金供与対象国として選定していました。(世界5か国,アフリカではルワンダと2か国だけ。)
 このように経済政策面で高い評価を得ることができた要因として,タロン大統領自らのイニシアティブとワダニ経済・財務大臣の手腕が上げられます。ワダニ経済・財務大臣は2020年6月「アフリカ・バンカー・アワード2019」でアフリカ諸国最優秀財務大臣に選出されてもいます。また,デジタル情報技術を多方面に導入する行財政改革は極めて効率的で査証取得もネットででき、査証発給収入は国庫に直接入金されるシステムになりました。

4.政府行動計画(PAG)の策定と順調な遂行
 2016年10月,政府は政権発足後約半年間の策定期間を経て2016年~2021年の政府行動計画(PAG)を公表しました。政治・制度改革を通じて,経済構造の変革を目指すものであり,SDGsやパリ協定も考慮しつつ策定されています。PAGは3本の柱と7つの指針からなり,これを具体化するための299件の投資案件と77件の改革案件がリスト化され,公表されました。
2020年5月,政権発足後4年間の評価として,ビオ・チャネ計画・開発大臣があげたPAGの成果は次のとおりです。
(1) PAGの実現に必要と見込まれる9兆CFAフランに対し2019年末までに5兆5千億CFAフランを調達。このおよそ半分がドナーによるバイまたはマルチの資金援助である。
(2) 多数の民間セクターとも連携を図っており,国の支出割合は32%。
(3) 調達額のうち約30%が国際・地域市場からの債務による。2019年にはユーロ建て債権の発行も行った。なお,ベナンの累積債務はGDPの50%を大きく下回っており,債務はGDPの70%を超えないとする西アフリカ経済通貨同盟(UEMOA)の収斂性基準を満たしている。
 なお,累積借入先は世銀(約35%),アフリカ開発銀行(約16%),他の国際機関(約15%),中国(約11%),他の援助国(約23%)となっており,ワダニ経済・財務大臣は借入先や借り入れ条件については厳しく精査していると述べています。
 2019年には世銀の信用保証により,ベナン政府は短期高利息の借款の長期低利息の借款への政府債務借り換えに成功しました。三菱UFJ銀行は2.6億ユーロ,クレディ・スイスが1.27億ユーロを借款供与したことも特筆に値します。なお,三菱UFJ銀行は対ベナンの債権を証券化し市場で販売する手法をとっており,これによって同行が引き受けるベナンの信用リスクを大幅に低減することができています。

5.起業家育成と投資促進
 輸出促進庁(APIEX)が起業手続きの大幅な簡素化及び必要経費の低減を行った結果,2018年の新会社設立数は22,000社にもなりました。政府としては国内のインフォーマルセクターのフォーマル化を図るとともに海外からの投資促進のための法整備,各種措置の優遇を行う経済特区の設置などの環境整備を行っています。
 実業家であるタロン大統領はODAの必要性に理解を示しつつも,経済開発を加速させるには海外からの民間投資の呼びこみが必要であるとして,関連法令の国際標準化を図るとともに就任以来の外遊ではこれまで関係の希薄だったノルウエーやエストニア等にも足を運び,ベナンへの投資を呼びかけました。旧宗主国のフランスとの経済的つながりは非常に大きいですが,近年では中国の存在に加え,モロッコの金融業,トルコの建設業の進出が目立ちます。ベナン国内総貯蓄額の50%強がモロッコ資本の3銀行に預けられています。
 2019年8月に行われたTICAD7のサイドイベントとしてベナン政府は「ベナン:西アフリカ市場への入口」とする投資促進セミナーを開催しました。その後,2019年11月にはJICA・JETRO共催の投資環境視察ミッションが当地を訪問し,ベナン政府・民間業者関係者と意見交換を行った。今日に至るまで日本企業とベナン政府との間で3件のMOUが結ばれました。本邦民間企業の投資がさらに増えることが期待されています。

(写真⑤ 第一人者Ludovic K. FADAIRO氏の絵画で最高傑作の一つ。日本でも同氏の個展が開かれればと思います)