【総領事が語る2024年大統領選挙と米国②】米国南部(テキサス・オクラホマ)の動向


前在ヒューストン総領事 村林弘文

 今年の米国大統領選挙の民主・共和両党大統領候補を決める上で決定的に重要となるスーパーチューズデーが3月5日に行われ、在ヒューストン総領事館管轄のテキサス、オクラホマ両州でも両党の予備選挙が実施されました。筆者自身は3月末でヒューストン総領事のポストを離任しましたが、それまでのヒューストン総領事としての2年半、さらに外務省生活で長年、米国政治と関わってきた経験を踏まえ、両管轄州の予備選挙結果と最近の政治・経済・社会情勢につきお話ししたいと思います。

管轄州の共和党予備選挙の結果

 テキサス州、オクラホマ州ともに共和党が強い、いわゆる「レッド・ステート」(党のテーマカラーが共和党は赤、民主党は青のため)であり、いずれも大都市圏は民主党が強いものの、広大な両州のほとんどは非常に保守的で共和党の地盤となっています。テキサスは近年、ニューヨークを中心とする東海岸やカリフォルニアから大企業が移転してきており、これに伴って人も流入を続けて人口が増加しているほか、中南米からの移民も増えていることから、民主党寄りの人口が増えて(赤と青が混じった)「パープル・ステート」化していくのではないかと見られていましたが、実際のところは共和党知事や共和党多数の州議会が推進するビジネス・フレンドリーな投資環境への支持に加え、合法移民は不法移民に対して厳しい立場をとり共和党の移民政策を支持するという傾向も見られ、人口が増えても岩盤といえるようなレッド・ステートの立場を維持しています。両州とも連邦上院議員は2人とも共和党、連邦下院議員はテキサスでは3分の2が共和党、オクラホマにいたっては全員共和党という状況です。また両州とも知事は共和党、州議会も共和党が多数を占めています。

 このため、3月5日のスーパーチューズデーにおける両州予備選挙結果は、連邦議員の選挙を含めてもほとんどサプライズはなく、共和党大統領候補ではトランプ前大統領が大勝しました。11月5日の大統領選挙の一般投票(本選挙)でも、レッド・ステートである両州では共和党候補の勝利が確実視されております。

(写真)アボット・テキサス州知事と
(筆者提供)
(写真)スティット・オクラホマ州知事と
(筆者提供)

管轄州の民主党支持者の動きについては

 前述のとおり、ヒューストンやオースティンといった大都市圏は民主党が多数派ですが、日本の2倍近い面積を持つ広大なテキサス州、日本の半分の広さを持つオクラホマ州とも、全体としては共和党が圧倒的に強い保守的な州です。そうした事情から、民主党も全国レベルでは大統領選挙でテキサス州やオクラホマ州を無理に取りにいこうとはせず、もっと勝利の可能性のある接戦州に選挙資金や労力を注ぎ込む戦略であるように見受けられます。

 もちろん、両州とも大都市圏では郡や市の首長は民主党系がほとんどであり、またこれら都市圏を選挙区に含む連邦下院議員も民主党が多いことから、地方政治レベルでは民主党の政策も推進されていますが、州全体レベルでの動きにまではなり得ないとの印象を受けています。

今回の予備選挙を通じて浮かび上がる管轄地域に特有の事情

 今回の予備選挙だけを見ると、テキサス、オクラホマ両州におけるレッド・ステートの地位が堅持されたということでしょうが、もっと長いスパンでお話しすると、両州とも西部劇の舞台となった時代のカウボーイ気質が今も根強く残っているとの印象を受けております。多くの地元政治家やビジネスマンの男性が背広の下にもカウボーイブーツをはいていたり、ヒューストンではロデオが最大の年中行事となっているほか、テキサスでは車の運転も荒馬に乗るような荒っぽさですが、一方で皆さん心が広く、おおらかで非常にフレンドリーです。また、テキサス州は、一時期(1836年~1845年)、メキシコから独立して「テキサス共和国」であったという歴史があるからか、現在でも独立心が強く、ほぼあらゆる場所で米国旗と並んでテキサス州旗が掲げられている光景は、他の州ではほとんど見られません。

 また、テキサス、オクラホマ両州とも石油、天然ガスが採れることからエネルギー産業が経済の基盤を構築する重要産業となっています。それに加えて両州ともビジネス誘致に熱心であり、特にテキサスでは州法人税がゼロであることに加えて物価も不動産もニューヨークやカリフォルニアよりかなり安いこと、広大な土地もあるし労働力も豊富にある上、米国のほぼ中央に位置し東海岸へも西海岸へもアクセスが良い上に中南米へのゲートウェーになっているという地理的な優位性もあり、東海岸や西海岸から企業と人が流入を続けており、その結果、産業が多角化し経済も好調に成長を続けております(オクラホマ州も同様の傾向を持つ「ミニ・テキサス」という感じではあるものの、その規模やアクセス面ではまったく及ばないことから、テキサスのような勢いは現時点では感じられませんが、テキサスへの企業と人の流入が続いて飽和状態になり、価格が上昇してくれば、特に発展著しいダラス・フォートワース地域を含むテキサス北部から隣接するオクラホマ州への流入も期待できるかもしれません)。もう一点付け加えますと、両州ともに化石燃料が採れる州でありながら、再生可能エネルギーの振興にも熱心であり、電力源に占める再生可能エネルギーの割合は、全米でもテキサス州はトップクラス、オクラホマ州も上位に位置しております。

 筆者の在任中には、テキサス州のGDPが国レベルで比較して世界9位から8位に上昇し、G7メンバー国のイタリアやカナダをしのぐ規模になりましたし、人口増加率でもテキサス州は全米第1位で、筆者が在任中の2022年中間選挙から採用された連邦議会下院の議席数(米国では10年に一度の国勢調査結果に基づき連邦下院の州ごとの議席数が割り当てられる)が2議席増えた州は全50州のうちテキサスのみと、政治・経済の両面でテキサス州の重要性の高まりを実感しました。

 さらに付言しますと、テキサス州はメキシコと長大な国境を接していることから、中南米からの移民が連日大挙して流入しております。国境にはフェンスが設置されていたり、川で隔てられていますが、危険を冒しても国境を越えてくる不法移民が後を絶ちません。筆者も国境沿いの道路を走行中に数人の若者がフェンスを乗り越えてアメリカ側に入境する場面に出くわしたことがあります。アボット・テキサス州知事は、移民をバスでワシントンDCの連邦議会やニューヨーク、シカゴといった民主党が強い大都市に送りつけたり、連邦政府の権限である国境警備の一部を州当局が執り行えるようにする州法を可決したりと、近年、移民に対して極めて厳しい立場を示しています。本年の大統領選挙の主要争点のひとつに移民問題が上がっていることからも、こうした情勢が大統領選挙においてテキサスの動向が注目を浴びる要因となっています。

(写真)メキシコ国境沿いのフェンス(筆者提供)

LNGの対日供給増加への投資リスク(例えばパナマ運河水位問題やバイデン政権の化石燃料非奨励策)はどう捉えるべきか。

 テキサス州からLNGを日本に輸出するためには基本的にパナマ運河を通航することになるので水位問題等の影響はありますし、最近のバイデン政権によるLNG新規輸出許可の一時停止等の措置がこの数年で劇的に増加したテキサス州から日本へのLNG輸出に与える影響(既存のものは対象外との理解ですが)については見定める必要があります。一方で、日本としてはLNGの供給先を分散する必要性があり、安定した供給先である米国からのLNGの確保は我が国にとって引き続き重要であることから、これらのバランスを考慮しつつ投資を検討していくことになると思います。

再生可能エネルギーの振興に対する「レッド・ステート」としての政策の評価

 両州とも保守的なレッド・ステートであり、しかも石油、天然ガスが採れることから、化石燃料の利用を制限しようという動きは強くありませんが、一方で気候変動問題をまったく否定することもできないので、再生可能エネルギーの振興も同時並行で進めるという現実的な政策をとっているように思われます。両州とも広大な土地があることから、たとえば、東京都中野区と同等の面積を有する広大な太陽光発電施設があったり、テキサス州のメキシコ湾岸沿いには広範囲にわたって風力発電施設がある等、再生可能エネルギーの活用も目に見える形で行われていることは、現実的な政策として評価できると思います。

不法移民に対する財界の考え方

 筆者が総領事としてコンタクトをしてきた方々は大企業の幹部や経済団体のトップであったため、彼らの口からは不法移民の必要性を聞くことはありませんでした。中小企業の経営者であればその必要性を主張される方もいるのかもしれませんが、コンビニやハンバーガー・チェーン店の求人広告を見ると時給20ドル~というのが相場であり(最近のレートでは3千円以上)、企業側にこうした職種にも十分な給与を出す余裕があるという意味で低賃金の不法移民に依存する必要はあまりないように感じられます。

在留邦人や日本企業に示唆すること

 テキサスやオクラホマがレッド・ステートであり続けることが在留邦人や日本コミュニティに影響を与えるわけではありませんが、日本とテキサス州の関係にも、近年、テキサスそのものと同様の勢いが感じられます。テキサス州から日本への輸出額は2015年から2022年の間に3倍近くに増えており、特に石油・天然ガスの輸出額はこの間に10倍以上に増え、日本にとってエネルギー、特にLNGの供給先としてのテキサスの重要性が増してきております。また、テキサス州進出の日本企業数も大幅に伸びており、2015年に300社程度であったものが2020年には450社近くに達し、その後のコロナ禍での停滞を経ても現時点で450社以上を維持しております。この1年の間にはいくつもの企業ミッションが日本からテキサスを訪問し、テキサス進出に関心を示していることからも、日本企業が増加するトレンドは今後も続くものと思われます(この背景にある一因として、米国や他国の企業と同様に日本企業も近年、北米本社や拠点を他州からテキサスに移転していることが挙げられます)。これに伴って、テキサス州の在留邦人数も順調に増えており、在留届で総領事館が把握できるだけでも約15,000人に至っています。

 テキサスもオクラホマも一般にコミュニティの多様性を重視しており、異なる民族の受け入れに包摂的で、日本人の立場から見ても非常に親日的です。ポップカルチャーを含む日本文化や日本食への関心も近年大きな高まりを見せており、筆者自身も総領事在任中に日本の存在感を高めるべく広大な管轄地を走り回っていましたが、前述のようにこの数年で日本との経済関係が飛躍的に緊密になり、日本企業も在留邦人も増えていることと合わせて、管轄地域における日本の存在感が非常に高まっていることを実感してきました。また、テキサス州の各大都市圏には日本人会や日本商工会に加えて日米協会があり、それぞれが活発に行事等を開催していますし、オクラホマ州においても日米協会が活発に日本文化を紹介しています。こうした現状を土台として、今後、両州と日本の関係がさらに緊密化していくことに期待しています。

(写真)最大の年中行事ロデオ (筆者提供)