【総領事が語る2024年大統領選挙と米国①】北東ニューイングランド地方6州の情勢


在ボストン総領事 鈴木光太郎

ニューイングランド6州の特徴

 米国北東端ニューイングランド地方の6州(北東からメイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、ボストンの所在するマサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州)は、欧州植民地の時代に遡る歴史を持ち、米国の独立と建国、その憲法や民主主義の淵源となりました。北の3州はカナダと国境を接し、またバーモントを除く5州が大西洋に面する海港を持ちます。人種・民族構成では圧倒的多数が白人で、黒人やヒスパニック、アジア人の比率は高くありません。多くの有力大学を擁するマサチューセッツ州をはじめ、学術・高等教育の中心地としても知られ、大卒者比率など当地域の教育水準は全米でも上位に入ります。また平均所得水準も、全米一とされるマサチューセッツ州を筆頭に高い部類に入ります。
 政治的党派の点では、現在ニューイングランド地域は6州とも民主党支持が優勢で、その強固な地盤となっており、「(民主党を表す)青一色」の地域といわれます。現在、6人の州知事のうち4名が民主党であり、選出の連邦上院議員計12議席のうち共和党は1名のみ(9名が民主党、2名は無所属ですが民主党と会派を形成)、連邦下院に至っては21議席の全てが民主党で占められています。
 歴史的には当地域が共和党の牙城であった時代もありますが、19世紀後半以降、アイルランドやイタリア、フランス系カナダなどからの移民が増えるとともに民主党が勢いを増し、20世紀後半には両党勢力が拮抗するようになります(1950年代初めに書かれた本では、ニューイングランド北部の3州(メイン・バーモント・ニューハンプシャー)では引き続き共和党が強いものの、マサチューセッツ・ロードアイランド・コネチカットの3州では民主党勢力がこれに伯仲している様が記されています)。60年代からは、マサチューセッツ州出身のケネディ大統領に象徴されるように、当地域で民主党支持が優勢となる傾向が現れ始めました。但し60年の大統領選挙でも、北部3州ではケネディ候補でなく対立現職候補のニクソンが勝利しています。それ以降の大統領選挙をみると、70年代から80年代にかけてはニクソン候補やレーガン候補など共和党候補者が当地域でも多くの州で勝利しており、88年の選挙で民主党候補となったデュカキス・マサチューセッツ州知事も当地域4つの州でブッシュ候補に敗れました。しかし90年代に入り、92年・96年の両選挙で全ての州でクリントン候補が勝利して以来、前回まで8回の大統領選挙を通じて共和党候補が勝利したのは2000年ニューハンプシャー州におけるブッシュ候補だけで、これを唯一の例外として毎回全ての州が民主党候補を選んできています。これは04年選挙で敗れたケリー候補や16年選挙で敗れたヒラリー・クリントン候補を含みます。
 しかしながら、上に述べた「青一色」とは、選挙でいずれの党の候補者が対立候補よりも多くの票を得たかという話で、あくまで相対的多数であることの結果であり、いうまでもなく当地域に住む皆が民主党を支持していることを意味しません。共和党支持者も相当数おり、ニューハンプシャー州やメイン州第2区、マサチューセッツ州の西部など地方部を中心に大きな勢力を持っています。なお、支持政党の大雑把なイメージとしては、当地域でも両党支持者が概ね3割ずつで中間の4割が無党派層であると言われることがあります。したがって、この無党派層を中心に、政治への関心がさほど高くない両党支持者を含め、中間の人々がどのくらい投票にゆくか、そしていずれにつくかが選挙の結果に影響を与えるとみることができます。ちなみに、これまで当地域で支持される共和党の政治家は、無党派層を含めた広い支持を得られる中道・穏健派が主であるといわれてきました。現在2州で知事を務める共和党政治家や、ベイカー前マサチューセッツ州知事、12年大統領選でオバマ候補に敗れたロムニー元マサチューセッツ州知事らがこれにあたります。

  

(写真)ニューハンプシャー州議会議事堂に飾られた歴代候補のキャンペーングッズ(筆者提供)

直近2回の大統領選挙結果

 前回・前々回の大統領選挙の当地域での結果は次のようなものでした。

(1)2016年選挙

 トランプ大統領が選出された16年選挙で、ニューイングランド6州では民主党ヒラリー・クリントン候補が勝利しました。但し、92年以降6回連続で民主党が勝利してきたメイン州で、トランプ候補が州選挙人4名中の1名を獲得しました。同候補は選挙期間中に同州を5回も訪問しましたが、選挙人を獲得した同州第2区は地方部に属し、大卒者が少なく労働者層が多い保守的な選挙区と言われています。これは6州全体の中で、前述の00年ニューハンプシャー州でのブッシュ候補勝利以来の共和党候補による選挙人獲得となりました。(注:メイン州の大統領選挙人は、勝者独占総取りではなく、全州区(2名)に加え、2つの下院選挙区(各1名)の結果に応じ、計4名の選挙人が配分される決まりとなっています)。また、近年の大統領選で接戦となることが多かったニューハンプシャー州でも、ヒラリー候補がトランプ候補を下したものの、その票差はわずか0.3ポイントの二千数百票でした。

(2)2020年選挙
 バイデン候補と現職のトランプ候補との対決となった前回20年選挙も、ニューイングランド6州ではメイン州第2区を除き民主党が勝利しました。16年に接戦となったニューハンプシャー州でも、予備選ではサンダース候補に遅れをとったバイデン候補が本選では7.3ポイント、約6万票の差をつけ快勝しました。伝統的に民主党が強いその他の州では、民主党は16年選挙時から共和党とのマージンを拡大して順当に勝利しました。一方で、現職のトランプ大統領もロードアイランド州やコネチカット州で約4割、マサチューセッツ州やバーモント州で約3割の票を得ており、当地域でもMAGA層を中心に根強い支持があることも明らかになりました。

今次大統領選予備選挙

 本年の大統領予備選は、両党とも有力候補者が早期に絞り込まれたことにより、やや盛り上がりに欠けるものとなったことは否めません。当地域での状況は次のとおりです。

(1)ニューハンプシャー州(1月23日) 
 ニューハンプシャー州は州法で予備選を全国で最初に実施すると定めており、通例多くの候補者の集会が開かれ世界中からメディアも大挙して陣取るなど賑やかな様相となりますが、今回は主要メディアもあまり現地入りせず、閑散とした印象となりました。
 民主党については、昨年全国委員会がバイデン大統領の意向を受けてサウスカロライナ州を予備選初戦州とすることを決め、伝統と州法の規定からこれに反発した同州民主党はこの決定に従わず予備選を実施しました。その結果、規定に従い、投票用紙にはバイデン候補の名が記載されず「氏名記入が必要な(write-in)候補」として登録されるという異例の事態となりました。蓋を開けてみれば、多くの有権者が手書きでバイデン候補の名前を書いて投票し、同候補は約66%の得票率で圧勝しました。同予備選は非公認扱いでしたが、最終的にはバイデン大統領が獲得したニューハンプシャー州代議員も8月にシカゴで実施される民主党全国大会に参加できる模様です。
 共和党側はトランプ・ヘイリー両候補の一騎打ちの形となり、同州で人気の高い中道穏健派のスヌヌ知事(共)がヘイリー候補を支援したものの、トランプ前大統領が得票率約54%でヘイリー候補に10ポイント以上の差をつけ勝利しました。一方、ヘイリー候補も約43%の票を得たことは、穏健派や無党派層からの支持を物語ります。

     

(写真)ボストン郊外で演説する共和党のヘイリー候補(3月2日)(筆者提供)
(写真)トランプ候補支持者集会の屋台で売られていたグッズ(2月) (筆者提供)

(2)スーパーチューズデー(3月5日)
 スーパーチューズデーには当地メイン州、バーモント州、マサチューセッツ州で予備選が実施されました。共和党は、バーモント州でヘイリー候補が約50%の得票率を獲得し、同日実施の全米15州の中で唯一の勝利を挙げました。同州では人気の高いスコット知事(共)の後押しも得て、無党派層も取り込み支持を広げたとみられています。一方メイン州ではトランプ候補が圧勝、マサチューセッツ州でも20ポイント以上の差をつけて勝利し、当地域でも共和党支持者にトランプ支持者が多くいることを示しました。

(写真)バイデン・ハリス陣営のプラカード(マサチューセッツ州ボストン)(筆者提供)

(3)コネチカット州、ロードアイランド州(4月2日)
 ヘイリー候補の選挙戦撤退表明後に実施された2州の選挙は、有権者の関心が低下し投票率が10%に届かない状況でした。共和党予備選ではいずれもトランプ候補が約8割の得票率で勝利しました。民主党予備選では、現政権の対イスラエル政策を受け、ガザ停戦を訴えるグループが「支持候補なし」に投票するよう呼びかけて10%以上が「支持候補なし」に投票したことも注目されました。

ニューイングランド地域と社会の「分断」

 民主党支持が多数である当地域では、概して現政権の下での現状ないしその政策の方向性を維持することへの関心が強いと思われます。4月マサチューセッツ州で行われた世論調査では、米国の直面する最大の課題として民主主義の将来を挙げた人が最も多く(28%)、移民・国境(21%)、経済・インフレ(18%)、中絶(8%)等の個別イシューへの問題意識を上回っています。当地域でも具体的争点を巡り異なる意見はあるものの、それらは先鋭・深刻な対立をもたらすには至っていないように見受けられます。一方、当地で様々な人々から聞く話として、昨今は一昔前に比べ両党支持者相互の交友も議論も稀になったと言われます。また(予備選でのヘイリー支持者のような)本来穏健な共和党支持者も肩身が狭い時勢だとも言われます。米国社会のいわゆる分断は、当地域の中ではトランプ支持層の現状への不満のほか、そうした両党支持者間の疎隔や、民主党支持者の将来への不安や、中道共和党支持者の孤立感に表れているのかもしれません。

本選にむけて

 大統領選挙本選まで半年、その間に起こりうる様々な事柄や選挙結果への影響を正しく予想することは難しく、また各党予備選の結果から両党や第三極をまたぐ本選の帰趨を占うこともできませんが、当地域は総じてこれまでの特性から引き続き現職バイデン大統領に有利な状況と言えそうです。共和党でヘイリー候補を支持した層の動向、第三極候補の影響、そして両党の動員努力と無党派層の動向に関心が持たれるところです。