「X RATED」 ルワンダ


駐ルワンダ大使 今井雅啓

「山のあなたの空遠く,幸い人の住むという。。。。」
 これは上田敏の名訳で知られるドイツの詩人カール・ブッセ(Karl Hermann Busse)の詩の冒頭の一節であるが,この描写こそ,昨今わたしが兼轄国であるブルンジに出張し最大都市ブジュンブラから北側に聳える山脈を見上げ,その向こう側にルワンダが位置することを思い起こす度に頭に浮かぶ描写である。今でこそ,ルワンダの首都キガリにはロンドン,ブラッセル,アムステルアムから,(また近い将来にはパリからも)直行便のフライトが飛んでおり,イスタンブール,ドバイ,ドーハ,アジスアベバ,ナイロビなどよりも容易にキガリに飛ぶことが出来るが,古の時代よりつい数十年前に至るまで,この大湖地域における政治・経済・文化の中心はブジュンブラであったと言われており,その一端は服部正也氏のベストセラー「ルワンダ中央銀行総裁日誌」からも伺える。人,物,金,文化はタンザニアを起点として南のブルンジから北のルワンダに流れこんでいたわけで,北側のウガンダとの国境は4,000メートル級の山の壁に遮られているルワンダは,正に「山のあなた」,アフリカの深奥,行き止まりのような場所に位置し面積は四国の1.5倍程度の広さ,平均標高1,500メートルの全土が丘と谷で織りなされた箱庭のような国である。

 そのルワンダが今や「アフリカの奇跡」,「アフリカのシンガポール」,「アフリカのスイス」,「ICT立国」,「千の丘の国」,「乳と蜜の国」など,アフリカで最も多くのニックネームを持っているのではないかと思われる程,様々な意味で注目を浴びていて,直近の話題としては,英国が英仏海峡を渡り入国した中東からの不法移民をルワンダに移送するというDEALを決めたというニュースではないかと思う。余りにも有名な(?)1994年のルワンダ虐殺以降,特に現在のカガメ大統領が大統領に就任した2000年以降,毎年年率10%内外の経済成長を達成し,流石にコロナ禍の影響を受けた2020年はマイナス成長に転じたものの,昨年2021年より再び経済は10%強のV字回復・成長に転じているルワンダを20年以上リードしてきたカガメ大統領の政治手腕,経済政策は尊敬に値するものがある。勿論,経済規模(GDP)は1兆円強程度と所詮日本の500分の1程度とまだまだ矮小であること,言論統制や人権保護の観点で西側諸国よりの批判がくすぶっていること,世銀の定義による貧困層の多さ(2017年現在で1日当たりの収入がUSD1.9以下の人口が55%)等の「暗」の部分が多くあることも否めないが,ここでは日本に負けず劣らず,いや,ある部分は日本以上に先進的な,ルワンダの「明」の部分,特にDigitalization, Green Transformationという二つの「X」に焦点を当ててその取組みをごくごく簡単に紹介させて頂きたいと思う。

1.第一の「X」:Digitalization

 まず,ICTイノベーション大臣であるポーラ・インガビレ(Paula INGABIRE)大臣(39歳)を語らずルワンダのDigitalizationは語れない。

 彼女はカガメ大統領の側近の一人と言われており,とんでもない才女である上に,常にブランド物の,どうみても極めて高価なドレス・アクセサリーを纏っており,わたしは個人的に「港区女子」というニックネームをつけて尊敬(?)しているが,ルワンダをDigitalizeしつつある功績の大半は彼女の力,更には彼女への大統領の全幅の信頼と権限付与に依るところが大きいのではないかと想像するのは容易である。日本のデジタル相の役割も同様であろうが,彼女のMinistryに単独で起案,実行できる仕事はなく彼女の仕事は多省庁に跨がるCoordinationであり,それを支えるのは諸施策のアイデアそのものもさることながら、実施要領の手順の整理能力とスピードにあると言っても過言ではないのではないであろうか。彼女と面談する度に感銘を受けるのは、どのような話題であろうとすべて頭の中で物事が整理されていて、とめどもなく且つよどみなくルワンダ政府の政策と我々の主張・要請に対する応答を受けることで、しかも一切のペーパーを必要としない(勿論、部下に振ることなど一切なく、そもそも部下を必要としない?)。即決、即断、日本側のアイデアに興味を惹かれた場合にのみ小型I-PADでメモを取るというのが彼女の「習性」でありDigitalizationを社会に根付かせるに必要なリーダーとしての与件はこれではないかと思われる。Digitalizationを進める為に「下流」、即ちアイデアを作り上げる個人、スタートアップに幾ら金をかけても、彼女のようなリーダー不在では社会全体のDigitalizationは進まないし、そもそも教育や教育にかける「金」により革新的なStart-Upperを生み出そうと考えること自体に誤りがあるのではないかと思う:大使発令前の2019年10月22日の夜、即ち「即位の礼」の前日に在京フランス大使公邸で開かれた日本のビジネス界を相手にした夕食会に参加した折、フランス代表として来日していたサルコジ元フランス大統領と質疑応答をする機会があったので「最新の統計によると世界で一番Start Upの数の多いのはフランスだと聞く。これはフランスの教育が故か、補助金のお陰か?」とわたしが質問したに対してサルコジ氏の答えは「残念ながら教育のおかげでも補助金のおかげでもない。これは枠組みにはめられる事を嫌うフランス革命以来のフランス人のDNAである」という答えであったことを付記したい。

(写真)ポーラ・インガビレICTイノベーション大臣(face bookより)

 インガビレ大臣のような秀逸なリーダー以外ともうひとつ、見逃してはならないのはルワンダの歴史、ルワンダ人・社会の特性ではないかと個人的には考えている。ルワンダ人はおしなべて上から言われたことに反発するのではなく、まずなんとか従おうと努力する穏やか、勤勉な、或いは従順な性格の持ち主である。これは、革命を知らないルワンダ人が王国時代からの身分制度を引きずっているのか、はたまた、上で述べた通り西側基準に照らし人権が軽視されている状況に原因があるのかも知れないが、ともかく「個人情報の保護」という観点における国民の反発がない、あるいはそもそも反発を起こせない状況にあることが良い方向に働きルワンダのDigitalizationが進化しつつあるのかも知れない。
 
 最後にルワンダにおけるICT化を示す実例をいくつか紹介する:

●PCR TEST, ワクチン接種
 各個人にUnique IDというID Numberが与えられており、これが本来のID並びに携帯電話番号と連動していて、新たなTESTを受ける場合、あるいはワクチン接種を受ける場合、このUnique IDを示すだけで、全ての個人データ(過去のTEST履歴)が取り出せるだけでなく、必要に応じて陰性証明や接種証明を印刷できるPortal Siteに直結している。
→ICT & Innovation省と保健省との協働

●交通違反
 IDは車のプレートナンバーとも連動していて、例えば、スピード違反をすると監視カメラがナンバープレートを把握し、すぐさま携帯電話が鳴り違反金支払いを命令するSHORT MESSAGEが瞬時に届くといった具合。支払いも勿論E-MONEY ONLY
→ICT & Innovation省とRNP (Rwanda National Police)との協働

2.第二の「X」:Green Transformation

 ルワンダの主要輸出品は農産物であり就業人口の約6割が農業に従事しているが、近隣のタンザニア、ケニア、ウガンダ等と輸出農産物がほぼ同一であり国土の狭さから「Volume負け」「価格競争力負け」することより、足元の経済成長の起爆剤のひとつとして観光収入、国際会議などのEVENT関連収入に大きなウエイトを置いている。従い、農業に対する影響は言うまでもなく、広義の「自然破壊」は豊かな自然、清潔な街並みを売りにしている(毎朝、無数の人々が道路を掃除していて、少なくともキガリ市内にはゴミひとつ落ちておらず、ほぼ東京並の清潔さ)ルワンダにとっての致命傷となりえる要因でGreen Societyの実現にはもともと戦略的な重点を置いている。ちなみに、発展途上国における温室効果ガス低減・気候変動対処をMandateに活動している世界最大のFundであるThe Green Climate Fundの次期取締役会は2023年の3月にキガリで開催されることになっている。

 広く知られているのは、ルワンダに入国時にプラスチックバッグの持ち込みは禁止されていることで、不注意に出発地の免税店で配られる袋等を持ち込むと容赦なく没収され紙袋に入れ替えさせられる。また、スーパーマーケットで買い物をした時にもらえるのも勿論プラスチックのレジ袋ではなく、紙袋のみと徹底している状況である。ただ、肝心の化石燃料からの脱却という観点における具体的な取り組みの実現は、ようやく端緒についたばかりという状況ではなかろうかと考えているが、反対に今後、この分野は日本の協力が期待される分野でもある。

 まず、そもそもルワンダの供給電力の約8割は水力発電に依拠しており、残り2割を担っているのが分散型の太陽光発電(三菱商事が出資しているBBOX社等)、コンゴ民主共和国との国境に位置するKIVU湖から産出するガスを利用した発電、石油炊きといった状況であるので、電力分野における脱ハイドロカーボンはルワンダにおいてはISSUEではなく、焦点は輸送分野、あるいは交通分野、特に喫緊の課題としては都市化が進んでゆくであろうと思われる首都キガリ市の渋滞に起因する温室効果ガスの削減にどう対応してゆくかに絞られるであろうと思われる。

 電気自動車(EV)について言えば、本年5月にキガリで行われたコモンウェルス首脳会合 (CHOGM:Commonwealth Heads of Government Meeting)の際に、三菱自動車のPHEV (Plug In Hybrid Electric Vehicle)であるOutlanderが数十台導入され、Meeting参加者の使用に供与されたが、乗用車のEV化はまだまだ初期の段階。キガリ市内で走っているEVはまだ300台程度ではないかと思われる。更に、市民の交通手段として広く利用されている二輪タクシーのEV化或いは禁止・廃止も、公共交通の整備に従って決断が必要となってくるであろう。我々はJICAと共同で鉄道も視野に入れつつキガリの都市交通の包括的な問題解決の為のスタデイーを行っており、技術指導、政策提案を行いながら信号システムの改善などに取り組んでゆこうとしている。

(写真)第26回コモンウェルス首脳会合(CHOGMのホームページより)

 なお、具体的な法制化は段階的に進行中であるがEV化促進の為にルワンダ政府は以下のようなインセンティブ、規制を設定している(更に蛇足ながら、アフリカ市場を席捲していると言っても過言ではない中古車の輸入に関しマッキンゼーのレポートによれば5年超の中古車の輸入を禁止、あるいは最低でもEURO 4のEmission Standardに合致しない中古車の輸入を禁止しているわずか6か国のひとつがルワンダである)

 ・EV本体、スペアパーツに係る輸入免税
 ・EV本体、スペアパーツに係るVAT免税
 ・電気料金の割引(工業用代金の適用)
 ・Carbon Taxの導入
 等々

 これらの施策は西側でEV化が最も進んでいると言われている国のひとつであり、ルワンダ同様、発電の大半を水力に依存しているノルウエーのそれに類似しており今後に期待したい。

 以上、この乱筆乱文がルワンダの今をご理解頂く一助になれば幸いです。当地における日本の広報文化活動は一生懸命やっておりますが、二国間の更なる関係強化の為に最も必要なのは、寧ろ日本におけるルワンダの広報文化活動であり、(標題に「X RATED」と付しているものの)若者も含めた日本の幅広い層、特にビジネスマンにルワンダの今を知って頂くことだと確信していますので。